Vol.1087

3連扇風機車の晩年(名古屋線)

 1980年代はまだまだ大阪線でも区間列車の3両編成運用は主流で、1480系や2470系、それ以降の3連車も単独運用が日常的に見られました。その後大阪線3連車の需要も無くなってきたことから次第に3両編成の車両は名古屋線へと転属していきました。
 今でも名古屋線では3連単独運用は日常的に見ることができますが、初期大阪線転属組の扇風機車は2000年代初頭に姿を消してしまいましたね。残念ながらこれら名古屋線での記録はあまりできていなかったのですが、少ない記録の中からピックアップしてみました。既掲載のものもありますがもう一度振り返ってみたいと思います。

***
 2470系による富吉行き普通電車。2470系は1480系のモデルチェンジ版ともいえますが、電動機は10400系のおさがり品を使用しています。MMユニットが2編成に対し、Tc車は3両存在したので、1480系間で変則的な編成が見られたのも面白かったですね。
1993年 4月 4日(日) 富吉〜蟹江   2581 + 2471 + 2472 
***
***
***
 夕方の伊勢中川駅で出発を待つ2470系。左隣には大阪線東ローカルのインバータ車1420系が見えていますね。世代交代の波がやって来たというまさにその過渡期でもありました。
1994年12月 4日(日) 中川   2474 + 2473 + 2582 
***
***
***
 伊勢若松駅を出る名古屋行き普通電車の1480系。地元の大阪線で見慣れた系列でもあったので、名古屋線での姿は当時は少々違和感がありました...すぐに慣れましたが。^^;
1996年 8月 9日(金) 伊勢若松〜箕田   1597 + 1485 + 1486 
***
***
***
 津新町行き普通電車の1480系。パンタグラフが下枠交差型に交換されているタイプですね。見た目も何となく違ったイメージになります。
1996年 8月 9日(金) 伊勢若松〜箕田   1484 + 1483 + 1596 
***
***
***
 1480系ラストナンバー、モ1498が準急の運用に就いています。1480系も当初初期車も名古屋線に転属運用されていましたが、冷房改造対象にはならず全廃、後期型がリニューアル工事を受けて活躍していました。
1997年 5月28日(水) 長島〜弥富   1498 + 1497 + 2583 
***
***
***
 2470系の中川行き普通電車。中間M車は1480系は側面左右対称形状だったのに対し、2470系は非対称となっているのが一見した違いかな。
1997年10月22日(水) 伊勢若松〜箕田   2472 + 2471 + 2581 
***
***
***
 名古屋行き準急の1480系。Tc車は2410系ク2591が連結されています。ラインデリア装備車なので屋根形状が異なり、一見で判別できますね。2470系ク2583とともにもっぱら1480系のTc車として使用されていましたね。
1998年 5月21日(木) 四日市   1496 + 1495 + 2591 
***
***
***
 宮川橋梁を渡る2470系普通電車。ここでの3両編成ローカルは見ることが無くなりましたね。
1998年10月11日(日) 小俣〜宮町   2582 + 2473 + 2474 
***
***
***
 秋空の元を行く2470系四日市行き準急。そろそろ2470系の去就の話も色濃くなってきた頃です。
1999年10月13日(水) 霞ヶ浦〜富田   2474 + 2473 + 2582 
***
***
***
 一般車塗装簡易化(現在の塗装)の過渡期、2472Fの方は辛うじてその対象にかかり、若干スッキリした顔を見ることができました。
2001年 1月17日(水) 江戸橋   2582 + 2473 + 2474 
***
***
***
 前写真の後方、簡易塗装化されたモ2474。この編成自体、もう再会することはありませんでした。
2001年 1月17日(水) 江戸橋   2474 + 2473 + 2582 
***
***
***
 記録した2470系の最後の1枚です。晩年はク2591と編成を組んでいました。2472Fの簡易塗装は見ることができませんでしたが、この後に塗装変更されたか、そのまま引退したかは不明です。
2001年 7月15日(日) 塩浜   2472 + 2471 + 2591 
***

HOME

2017, 8, 5

記事および画像の無断転載はお断りします
© 1999 大和路ポストマン