Vol.1566

養老線最後のクロスシート

 初めて名古屋線へ撮影に訪れた時は既に名古屋線元特急車6420系は全車養老線へと転属後で、残念ながら名古屋線で活躍する姿を見ることが出来ませんでした。しかし転属後も大きな改造を受けずにクロスシートのままで運用され、ゆったりとしたクロスシートでローカル線をのんびりと満喫できたものでした。

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大雨にもかかわらず強行した山田線・名古屋線撮影遠征の時に桑名駅に停車していた6425F+ク1566の3連。この時はスカート設置前で名古屋線時代に近いイマージでした。6424F以降は前面窓はHゴム支持となっていたので印象も違っていました。
1980年10月19日(日) 桑名   6425 + 6575 ほか
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桑名から養老行きの急行に乗り養老駅で下車。ここからは西大垣まで回送となります。6423Fまでは前面窓は木枠支持だったので角ばった印象を受けますね。
1981年 3月19日(木) 養老   6422 + 6572 ほか
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6421F単独2連の揖斐行き普通が大垣駅に停車中。当時2番線はホーム改札側の曲線部に停車していたので側面中央扉の乗り降りは注意が必要ですね。
1981年 3月19日(木) 大垣   6571 + 6421 
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6420系のTc側はク1560形やク6560形が連結されることが多かったので、単独2連でやって来た時は少しうれしかったですね。6423Fまでは標識灯は角型のものに交換されていました。(埋め込み設置ではなく、旧骸骨型灯具の穴を鉄板で塞いだ上に取り付けたイメージ)
1981年 3月24日(火) 桑名   6573 + 6423 
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こちらは6424F単独2連のク6574側、上写真のク6573とは窓の支持、標識灯が異なるのでガラッとイメージが異なりますね。
1982年 8月30日(月) 桑名   6574 + 6424 
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桑名駅を出発する6422Fの大垣行き。名古屋線では左に小さく見える1200系が投入されて間もないころ、新旧の対比が著しいですね。
1983年 2月13日(日) 桑名   6572 + 6422 
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奈良〜大垣間の原付バイク強行遠征で美濃柳付近で撮影した時の一コマ。名古屋線から6440系の転属も本格化し、支線車両番号の3桁化が実施され、6420系は420系となりました。モ426は元々単独のMc車で、中間に連結されているのは元6560形からの改造車サ531。
1984年 9月24日(月) 美濃青柳〜西大垣   426 + 531 ほか
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しばらく時が過ぎ、1990年代に養老線に訪問した時は420系の顔が変化していました。増結需要のない大垣側の前面は大きな貫通扉渡り板と幌受けが撤去、側面前後の乗降扉も交換されてシンプルなイメージになりました。
1993年 4月 4日(日) 美濃津屋〜駒野   421 + 571 
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上写真の約1ヶ月後に同じ場所に訪れた時にやって来た423Fほかの3連、まだ幌枠が残っていました。「こどもの国号」のヘッドマークを掲示、元々急行運用があった頃に愛称が付けられていましたが、普通運用なので愛称板意匠も赤色基調から青色基調に変化してますね。
1993年 5月 3日(月) 美濃津屋〜駒野   423 + 573 ほか
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424F・426Fの晩年は前面窓の固定化や標識灯の交換(こちらは埋め込み設置)が実施されて、どちらかというと初期車に近いイメージなりました。
1994年 1月 8日(土) 美濃津屋〜駒野   424 + 574 ほか
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西大垣駅構内で入れ替えを行う424F、引退間近の姿です。
1994年 6月26日(日) 西大垣   424 + 574 
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既に運用を外れ、西大垣駅構内に留置中の421F、この後大井川鉄道に譲渡され、旧特急色で活躍しましたね。
1994年 6月26日(日) 西大垣   571 + 421 
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2026, 3,21

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© 1999 大和路ポストマン