Vol.643

愛称列車その11 あすか

 先に紹介した「大和路号」の生い立ちは1957年(昭和32年)から名古屋〜赤目口間(後に室生口大野)に運転された急行「赤目青山号」で、後に特急や急行において「赤目号」や「赤目室生号」へと変化していったが、1968年(昭和43年)から特急、急行とも八木まで延長運転されることとなり、全て「大和路号」に名称変更された。
 1976年(昭和51年)には特急「大和路号」が廃止されたのを期に、急行のみ「あすか」となって運転されていた。シンプルな名称入り表示板を掲示していたが、後年愛称もなくなり行楽シーズンに1往復運転されたが現在は消滅している。

 臨時急行「あすか」の標識板。イラストはなく、文字のみのシンプルなものであった
1981年10月18日(日) Photo:Kagorinさん
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 八木駅に到着する臨時急行「あすか」。名古屋からのロングランでやって来た編成は撮影当時、2000系+2680系が基本編成となっていた。
1981年 5月 八木   2109 + 2017 + 2018 ほか
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 八木駅到着後は高安まで回送され、午後の復路運用まで待機した。貫通扉から標識板を外す乗員の姿も懐かしい光景である。
1981年 5月 八木   2682 + 2681 + 2781 ほか
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 午後は復路、名古屋行きの臨時急行「あすか」となり八木駅1番線にて出発を待つ。
1981年 5月 八木   2682 + 2681 + 2781 ほか
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 愛称はなくなったが、行楽シーズンには臨時急行として名古屋〜八木間の運用は残っていた。八木駅を出る5200系4連の復路名古屋行き。
1996年 5月 3日(金) 八木   5103 + 5203 + 5253 + 5153
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 運用晩年は大阪側に2両増結した6連で八木まで姿を見せていたが、「急行|八木」の行き先表示を掲げて走る姿は現在は見ることはない。
1998年 4月19日(日) 大和朝倉   1360 + 1260 ほか

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2008, 7,13
(再)2017, 4,29

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© 1999 大和路ポストマン