僕らの夢












本当に酷い人だね、キミは。
僕の気持ちなんてお構い無しに、見知らぬ他人からの頼まれごとすら簡単に引き受けるのだから。

わかっているよ、キミが僕なんかに興味なんて無いってことは。
僕とキミを繋ぐものは、野球でしかないってことは。



でも、流石に今回は酷いよ。
キミ自身の口から、他人の僕への愛の告白を告げるのだから。







「〜って子が、牛尾のこと好きだって」



その時口にしていた名前なんて、僕の頭には入っていなかった。
ただ、それが彼女自身の名前ではないこと。
僕にとって認識すべきはそれだけだったのだから。


確かに今までだって、他人からのラブレターを渡されたこともあった。
直接頼まれたものもあれば、勝手に机に入っていたものもあったとか。
そういう『物』の運搬くらいなら、こうまでショックは受けない。
でも、その内容を彼女自身の口から聞くなんて、この上ないショックだ。
たとえ内容は同じであっても、意味合いが全然違う。
だって、口にするということは、つまり彼女は僕のことをそういう対象としては全く興味が無いと告げられるようなものではないか。




裏庭で待っているということだけでも何とか聞き取ることができて、とりあえず僕は行くという返事をした。
ここで行かなければ、きっと彼女が叩かれるのだろう。伝えてくれなかったのかと。
僕のせいで彼女が気まずい思いをしたことは今までだって何度もあった。
これ以上そんなことはさせられない。


それに、見てみたいと思った。
僕をここまで苦しめるその原因である女生徒を。
別段興味なんて無い。
ただ、ニッコリといつもの極上の笑顔で振ってやれば、少しはこの気持ちも晴れるかもしれない。
悪趣味だと思うけれど、それだけのことをしてくれたのだから。




「おう、行ってこい」




普通に返されるその返事が、とても痛かった。











裏庭へ行くと、すでにそれらしい女子がいた。
見覚えはない。
2年生だと言っていたような気がするから、それならば当然だろう。
顔立ちは悪くない、ただ少し派手目の印象を受ける。
染められた髪の色だとか、その化粧の厚さだとか。
仕草一つとっても、僕には良い印象は受けなかった。


彼女は僕を見ると嬉しそうに小走りに駆け寄ってきた。
無様でない程度。可愛らしくと気を使っているのだろうとわかるその動き。
けれど、それすらも僕には媚びているように見えてとても不快だった。





「来て…くれたんですね」
とても嬉しそうに笑顔を向ける。
確かに僕を好いてくれているのだろう。それはわかる。



けど、悪いね。
僕は彼女以外に興味がない。
彼女がいなければ、今だって恋愛なんてものは知らなかったし興味も持たなかった。
だから、キミは一番してはいけないことをしたんだ。



「キミが、その……」
言いかけて、名前なんて全然記憶に無いことを思い出した。
どう続けようか。
まさか「くんに告白を頼んだ人か」なんて尋ねるわけにはいかない。
けれど幸いにも彼女は自分から「はい、名城です」と名乗ってくれた。



「それで、そのぅ……」


やめて欲しい、そんな上目遣いは。
僕の方が身長が高いのだからそれは仕方ないのだろうけど、どうしても嫌悪感を感じてしまう。
くんはこんなことはない。
いつも僕と同じ視点で話をしてくれ、同じ位置で物事を感じてくれる。
そんな彼女だからこそ惹かれたんであって、年頃だから一番近くにいた女の子である彼女を好きになったわけじゃない。




胸がムカムカする。
どうしてこんな子が多いのだろう。
媚びるようなその視線も態度も願い下げだというのに。



覚悟を決めて、僕は口を開いた。
極上の笑顔もつけて、この上なく残酷な言葉を。




「悪いけど、僕はキミのような人には興味は無いよ。自分の気持ちを自分の口で伝えられないような人と、付き合う気にはならない」




そう言った瞬間、彼女の顔は凍りついた。
予想していなかったのかい?
くんに頼んだのは、少しでも僕が彼女にそういう気持ちを抱いていると見越してのことだろうに。


「僕は、キミのオプションになる気は無いしね。見掛けだけで判断するなんて、やめておくべきだよ」


こういう子に限って、僕のことは大して知らないものだ。
僕がどれだけ野球を愛しているかを知らなければ、例え僕に好きな人がいなかったとしても付き合うことなんて不可能だ。





見ると彼女は震えていた。
あまりにも屈辱だったのだろう。
雰囲気からして遊びなれてそうだし、おそらく僕のこんな答えは予想していなかっただろう。

「なっ…そんな言い方しなくても……」

そんな言葉を選ばせたのが自分だとは思わないらしい。
確かに酷い言葉だったという自覚はある。
けれど、それを引き出したのは彼女自身なのだから、自業自得だ。

「もっと男を見る目を磨くことだね。僕のような野球馬鹿では、どちらにしろキミはすぐに飽きがくる。そういうことだよ」
それだけ言うと、僕は踵を返した。
これ以上ここにいても意味はない。
これからグラウンドのトンボかけだってあるんだ。
一年生だけに任せてなんておけない。


去るとき、後ろから声がした。
「どうせどんなに想ったって…あの野球馬鹿女に通じるわけないだろ!!」
もはや『可愛い女』の仮面は捨て去ったらしい。
あまりにも定番なその変貌に呆れてしまう。
どうして女の子はこうも自分を隠したがるのだろう。


第一、キミに彼女の何がわかる。
野球馬鹿でなければそもそも僕らが出会うことすらなかった。
そして、僕と同等に野球について語ってくれる彼女にだからこそ惹かれたというのに。
確かに、そのせいであと一歩のはずの距離が縮まらないのも事実なのだけど。


僕はそれに振り向きもせずにそのまま歩いて行った。
もう諦めたのか、彼女もそれ以上は何も言ってこなかった。










野球を通して彼女と知り合えたのに、その野球が。何よりも大切なはずの野球が障害になってしまうなんて。
けれど、野球も彼女も同じくらい大切で、比べることなんてできないから。
だから、今は時が来るのを待とう。
甲子園へ行けたなら、その時はハッキリと伝えようと思っている。


キミのことが好きなのだと。


それまでは、言うわけにはいかないと固く心に誓った。
約束を果たすその日までは、まだ僕にはこのことを告げる資格は無い。




だから今は、ただひたすら甲子園を目指そう。

僕らの夢のために―――……。




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  『僕らの恋人』の牛尾キャプ視点です。
  書こう書こうと思っているうちに日が過ぎて。
  なんだか最初に思い描いていたのと違うものになってしまいました(汗)
  なんだか野球LOVE度があんまり出せなかったのが心残りですが。
  恋愛要素を出すと、どうしてもそっちの度合いが低くならざるを得ない。
  両立させるのは難しいです。精進せねば。

                               ’02.6.27.up


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