女の子の決戦の日 2/14 聖バレンタインデー バタバタバタ…。 全力疾走の女の子たちの足音。 女としてその想いをチョコに託しているのだろうに、それを渡すのに女を捨て ているというのも何だか。 まぁ、それも仕方の無いことだろう。 何せその相手がああも見事に逃げおおせていては。 私は彼女らが追いかけているのであろう人物がおそらく隠れているはずの場 所へと向かった。 犬飼冥。 野球部のピッチャーで、顔良し、成績ソコソコ、性格まぁまぁという男。 見た目のみで判断している女の子たちも多いが、それがなくともモテる奴だと 思う。 顔がいい以上、それを完全に測ることはできないけれど。 そして、こんな風に女の子に追われ続けた結果。 彼は見事なまでの女嫌いになっていた。 (いた…) 非常階段の踊り場から見えた姿。 少なくとも小さくはないその体が隠れきれるはずもなく。 本人は完全に隠れているつもりだろうが、ここからは丸見えだった。 私は小さくタメ息をつくと、そんな彼に呼びかけた。 「犬飼ー」 呼ばれてビクっと体を竦ませたようだったが、おそるおそるという表現がぴっ たりな動きでこちらを見て私だとわかると安堵のタメ息をついたようだった。 「か……。大声を出すな。気づかれる」 自分の無様な隠れっぷりには全く気づいていないらしい。 私はその言葉は無視して犬飼の元へと行った。 「とりあえず、ハイ」 私は彼の口グセを真似してそう言った。 驚いた顔で私を見る犬飼。 その表情には、驚きとともに喜びも見てとれた。 私からもらえるとは思ってなかったのだろう。 その通り。 私は彼の喜びを打ち砕くことになると思いつつも、黙っているわけにもいかな いので告げた。 「犬飼くんに渡してください、って」 その言葉を聞いた瞬間、ガク、と肩を落とす。 別に騙したわけでも黙っていたわけでもない。 私は渡すと同時に言ったのだから。 そのたった数秒間で夢を見たのはそっちの勝手だ。 と言っても。 その様子に気がとがめないでもなく。 私はポンポンと犬飼の肩を叩いた。 「私があげなくても一杯もらってんでしょ?」 おそらく始末に困る程に。 そう思ったから私は何も用意しなかった。 犬飼がそれらのチョコを受け取るとは思えなかったけど、それでも勝手に机 や下駄箱に押し込む子はいるものだ。 「…………別に。落ち込んでるワケじゃない」 そう言っても。 わざわざ否定するトコロからあからさまに気落ちしてるのがわかるんですけ ど。 やっぱ悪かったかな? 仮にも彼女なら、用意しておくべきだっただろうか。 でも、どうもバレンタインというものは性に合わないのだ。 これでも一応、何度かチョコを買おうとしたのだ。 けれど、売り場へ足を踏み入れようとするのに、どうしても足が進まない。 女である私がソコにいて不思議に思う者などいようはずもないのに。 なぜか場違いな気がしてしまって結局目的を果たせないまま帰ってきてし まったのだった。 「ねー犬飼。悪かったからさ」 「別に。何でもないって言ってるだろ」 覇気の無い声でそう言われても……。 「とりあえず、コレはいらない」 そう言って、さきほど私が渡したチョコを突っ返した。 3,4個の箱が再び私の手に戻る。 「どういうつもりよ」 たとえ犬飼と付き合っているのが私だとはいえ、このチョコの送り主たちもきっ と本当に彼を好きなのだ。 それを差出人も確認せずに突っ返すだなんて。 彼女らに失礼だとは思わないのだろうか。 しかし、犬飼は私をじっと見て真面目な顔で言った。 「本命以外からもらっても、意味ないだろ……」 そう言ったきり顔を背けてこちらを見ようともしなくなった。 色黒なのでわかりにくいが、どうやら耳まで真っ赤なようだった。 (本命って……。一応彼女である、私よね?) そう頭で確認して、これは本当にマズかったかなと思った。 犬飼はそういうの嫌いそうだから深くは考えなかったのだけど。 やはりそれでも欲しいものらしい。 私は顔を背けたまま一度もこちらを見ようとしない犬飼の背中に抱きついた。 「ごめんね」 「………別に」 背中が強張るのが感じられた。 いつまで経ってもこういうことに慣れない奴。 私は一旦体を離すと、彼の前に回りこんだ。 しゃがんでいても、元の身長差があるので自然と私が見上げる形になる。 なんだという顔をした犬飼の顔を覗き込んだ。 「〜〜〜〜〜〜〜/////」 「……これで満足?//」 バレンタインの贈り物は、何もチョコでなきゃいけないワケじゃない。 大切なのは、相手が好きだという気持ち。 それなら負けるつもりは無い。 「チョコより高いものあげたんだから、それなりのモノお返ししてよ」 そう言って、私は教室へと向かうために立ち上がった。 しかし、数歩も進まないうちにそれは止められた。 犬飼に腕を掴まれたのだった。 「とりあえず……ここにいろ」 そしてそのまま私たちはその日の授業のほとんどをサボって一緒にいた。 ****************************** 犬です、犬(笑) ヘタれですみません…。 初犬がこれで良いのか。 ヒロインが強すぎるせいか。 犬も好きなのですけどね。 おそらく昔の私なら一も二も無くハマっていたでしょう。 しかし「とりあえず」って使いスギ? 私、普段からよく使うのですけどね。 でもまぁ、犬は司馬くんよりは話してくれるので 比較的書きやすいかと。 って、司馬くんより喋らない人なんていないって(爆) (どうでもいが司馬くんのことは『司馬くん』って呼ぶのに 犬飼のことは『犬』って呼ぶのはどうよ) ’02.2.13.up |