戻りたい場所










この学校のシンボルは、高くそびえたつチャペルの十字架と。
生徒たちをその慈愛の微笑みで見守るように立っているマリア像。
どこからどう見てもキリスト教。
毎朝礼拝があって、一日の無事をカミサマにお祈りするような、そんな徹底している程の宗教学校。






そんなこの学校の前に、あまりにも不釣合いな雰囲気をかもし出している男が立っていた。
校門から出てゆく生徒たちは、皆一様に不思議そうな、好奇な視線を彼に送りながら通り過ぎてゆく。
厳しい教育を受けてきた彼女らだから、それは失礼だと感じるほどぶしつけなものではなかったけれど。
その視線を集める当の本人は、わかっていないはずも無いのだろうが、いつものことだとでもいうのか、平然としてそこに立ち続けていた。




どう見たって怪しすぎるその風貌。
例えここがキリスト教学校でなくても町を歩くだけで人目をひくだろうことは明白。
綺麗な黒髪を後ろに上げて、額には何かわからない飾り。
首にはデッカイ数珠。
背中に卒塔婆。
本人を見ずともこれを聞いただけで大抵の人は引くこと請け合いだ。
私だって普通ならそんな奴と係わり合いになんてなりたくない。


けれど、そんな奴だけど、まぎれもなく私の2年来の友人なわけで。
しかもかなり仲の良い。
更に言ってしまえば、私の数少ない理解者。
どこで道を間違ってこんな怪しげな奴と付き合いだすことになったんだろうと思うけど、中身はいい奴だから。例え普通でなくても。



ただでさえ目を引く彼が更に目立つことになるこの学校へと来たのは、まず間違いなく私に会うためだろう。ここに私以外に彼の知り合いがいるとも思えない。
周りの女生徒の視線を私も浴びることになるのを覚悟して、私は彼、蛇神尊に声をかけた。







「蛇神、久しぶり」
私の声を聞く前に、彼は顔をあげた。
おそらく気配ででも気づいたのだろう。恐ろしいヤツ。
。久方ぶり也」
姿も妙ならしゃべり方も独特だ。
これにもすっかり慣れてしまって、今更彼が普通の喋り方をすれば違和感を感じるのだろうが。



周りの人たちは、私たちの方を見てひそひそと何かを言っている。
元々この学校において異端児と言っても過言ではない私だ。
明日にはこの話は瞬く間に広がっているのだろう。
別に構わない。
コイツがコイツだから『人間を外見で判断するような奴らに何言われたって気にならない』なんてことは言えないけど(なにせ彼の外見は中身をそのまま表している)
この学校に特別思い入れがあるわけではない。
もっと言ってしまえば、異端でいるのは私自身が馴染もうとしていないから。
私とこの学校自体がそもそも合わないのだ。

それは構わないけれど、こう視線を集めていては落ち着いて話もできない。
場所を移すことにして、私たちは歩きながら話し始めた。






「どう?いい一年生入った?」

聞くのは部活のこと。
主に、ではなく完全に。
お互いのこととか、話すべきことは色々あるとは思うけど、私にとっての重要事項はまずは野球部のことだから。


私はつい最近まで十二支高校野球部のマネージャーをしていた。
それがこの3年への進級の際、ちょっとした原因で学校を転校することを余儀なくされた。
そして今の学校へ転入。
キリスト教はともかくとして、女子高である以上野球部なんて無い。
私の夢でもあった甲子園は、現実になる前に消えうせてしまった。


「なかなか有望也。将来が誠楽しみである」
「そ。筒良ちゃんからも聞いてるけど、あの子あんまり他人に興味ないし」



私の理解者。
蛇神尊、牛尾御門、鹿目筒良、三象男歩。
この4人だけは、私のこの野球に対する気持ちをわかってくれた。



子供の頃、男も女もなく野球をしていた頃は、疑いもなく自分で甲子園へ行くんだと言い続けていた私。
女は野球を続けられないのだと知ったのはいつだったろう。
悔しくて、自分で甲子園行くんだって思ってた私には、子供ながらにこの世の終わりのようなショックだった。


そして十二支に入って。
それでも自分でプレイすることはできないのに野球部に入ろうか随分迷った。
そんな時、牛尾と話をしたんだ。
野球に関して誰かと話すのは久しぶりで、しかも相手が野球LOVEの牛尾で。
話はとても弾んで、そして私は思い知った。
野球から離れることなんてできないってことを。
そのまま牛尾たちに勧められるままマネージャーとして入部した。

「一緒に甲子園に行こう」
「選手でなくても、は僕らの仲間なのだ」

そう言ってくれた牛尾たちの言葉は、とても嬉しかった。




なのに、その甲子園には行けないまま、まだ1年の猶予を残していたというのに私は転校させられた。




「部の運営、うまくいってる?他のマネージャーたちがいるから、大丈夫かな」

一応“マネジャー筆頭”なんて地位を拝命していた私が抜けて、雑用はうまくいっているだろうか。
マネージャーもそれなりに人数がいるから大丈夫かとは思うけど、仕事を中途半端に放り出してしまうことはとても気にかかっていた。

「心配無用也」
「そう」

それだけ返事するのが精一杯だった。
『良かった』って、そう言えなかった。
私の居場所は今の学校にはなくて、今でも私にとって一番帰りたい場所はあそこなのに。
けれど、そこは私無しで動き始めている。
仕方ないことだと頭ではわかっていても、寂しさは隠せなかった。








「構わぬのだぞ」



蛇神が口を開いた。
何が構わないのか。コイツは言葉少なというわけでも無いけど、どうも単語の羅列のようなセリフが多くて時々言いたいことがわからない。
何が?と表情で問う私に、彼は言い直した。





「戻ってきても構わぬ。学び舎が違えども、主は我らの仲間。鹿目も言うたであろう」





コイツは。
いや、コイツらは、か。
いつもいつも、周りに理解されない私の心を満たしてくれる。
受け入れて、救い出してくれる。

不覚にも泣きそうになりながら、私は頷いた。
そんな私の頭に蛇神は手を置き、ゆっくりと撫でてくれた。


「さしあたって、今度の連休に合宿がある。来るが良い」
「………」


けれど、どんなにその申し出が嬉しかろうと、それは受け入れてはいけない。
私はもう十二支の生徒ではない。
それでも構わないと言ってくれても、周りはそうはいかない。
監督が変わったというならなおさらだ。


声が出なくてふるふると首を横に振ると、彼は怪訝そうな顔で下を向いていた私の顔を覗き込んできた。



「何故」


まだ声が出なくて、私は首を振り続けるばかり。
相手が忍耐力のある蛇神で良かった。
これが筒良ちゃんだったらイラついて怒り出していたかもしれない。



「気に病む必要は無し。我らが来て欲しいと願うのみ」


嬉しいのに。
そうやって受け入れてもらえることは、凄く嬉しいのに。



「…ダメだよ、蛇神。私はもう、十二支の生徒じゃない」
「そのようなこと、関係無し」



真顔で言われる彼の言葉。
信じたくなるけど、それは部として良くない。
部外者が口を挟んで、良い結果など生めたためしが無い。




は、もはや甲子園など興味も無いか?」
「そんなわけ無いっ!」



それだけは否定したかった。
コイツらと一緒に甲子園を目指していたあの頃。
失われた夢がまた目の前に出てきてとても嬉しかった。
毎日が充実していた。


噛み付くような勢いで大声で否定した私に、蛇神はふっと表情を緩めるともう一度言った。


「ならば来るが良い。心配せずとも他のマネージャーにも監督にも承諾済み也」


…そうか。
蛇神も、牛尾も。
考えなしに他人を呼ぶような奴らじゃない。
私が考える悪要素くらい考えて、その上で対処策もちゃんと用意してから私に告げに来てくれたんだ。







私は黙って頷いた。
蛇神は満足したように笑った。





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  ごめんなさい、恋愛要素出せませんでした。
  蛇夢ってより、蛇、牛、鹿、象との友情話?
  一応ヒロインと蛇さん恋人〜って思ってるんですけど。
  相手が蛇さんだと甘くなりませんな。
  最近自分的鹿目ブームです。
  子津子津と散々言ってたのに、書いたのは蛇でブームは鹿かい。
  3年生好きっす。一宮さんとかも。

                               ’02.6.13.up


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