心頭滅却













「わかるかよ〜っ!モミッチ、いいから答え写させろっつーの!」
「いけませんよ、猿野くん。それはベリーイージーですが、それでは君のためになりません」
「「え〜、辰羅川く〜ん」」

ノートを投げつけ辰羅川に泣きついた猿野だったが、それは冷たく却下された。そんな辰羅川に泣きついたのは兎丸……が二人。片方は兎丸の仮装をした猿野。
対応に困りながらもガンとして譲らない辰羅川はある意味凄いと思う。



「Da−−っ、なんでこんなモンがあるんだYo!!」
「仕方なかよ。文句言うとらんでちゃっちゃとやりぃや」

2年生組も同じようなものか。
それでも猿野のいる1年と比べれば随分大人しいものだ。
元々猿野の存在が問題なのか。


そして私たち3年は黙々とシャーペンを動かす。
途中何度か筒良ちゃんが泣き言を言いかけたが、その度に牛尾に優しく諭されていた。




クーラーもなくてクソ暑い広い一室。
いかに毎日グラウンドの日光にさらされてきた野球部員といえども、その中で勉強できるかと問われれば答えは否だ。
時折入ってくる自然の風はあるけれど、その程度で頭がすっきりするはずもない。







夏の終わり。
2学期ももうすぐ始まりという日、蛇神家においての出来事だった。












ことの始まりは牛尾の何気ない一言。


「ところで皆、休み中の宿題は終わったかな?」


練習の終わりがけに用具をしまいながら呟いた牛尾の言葉に辺りは冷気が立ち込めた。
冷気の出所は主に猿野、虎鉄、それに犬飼辺り。
夏休み中、ついに一日たりとも休みの無かった野球部にそんなヒマなどあるわけがなく、おそらくは部員の半分以上がまだ手付かずの状態だろう。
冷気こそ立ち込めてはいないが、それでも皆顔がこわばっている。
平気な顔をしているのは牛尾以外に子津、辰羅川、蛇神くらいか。

かく言う私もあまりはかどっているとは言えない。
3年の夏が受験の勝負どころだという担任の言葉はよくよくわかっていたが、それでも私には野球の方がずっと大事で、例えマネージャーであっても本腰を入れて野球と関わっていけるのがこれっきりだということもわかっていたから。
だから、わかっていながらもあえて無視した。
夏についた差はなかなか縮まるものじゃないって耳タコになるくらい色んな教師に繰り返されたけど、私の積年の思いをかける野球にそんな説教が敵うはずが無かった。



「牛尾…それ、禁句。猿野なんて壊れてるよ」
「おや」


後ろの猿野はショックで胎児化していた。横ではいつものように子津が慌てている。
少し離れたところで何やら猿野をバカにしているらしい犬飼も、顔色は優れなかった。




それを見かねた監督が、突然のように1日休みをくれた。
あくまでも1日限りのものだけど、そのたった1日すらなくては他の教師やPTAなんかに何を言われるかわからない。意図としてはそれ程度だろう。
そして、放置しておけば折角与えた休みを無駄にしかねない者が多く見受けられるということで、部員それぞれ数名ずつで集まって宿題を片付けることが義務付けられたのだった。



レギュラー陣を中心にいつものメンバーが集まったのは蛇神宅。
これだけの人数を収容できる部屋のある家となると自ずと限られていき、最終的に牛尾の家との2択の結果、多数決で蛇神の家に決定したのだった。



けれどそろそろ皆そのことを後悔し始めている。
まさか今の時代にクーラーの無い家があろうとは誰も予想していなかった。




「蛇神……いつもこんな暑い中で過ごしているのだ?」

筒良ちゃんの問いかけに、蛇神はこともなく

「心頭滅却すれば火もまた涼し。慣れればどうということは無い」

とサラリと返してくれた。流石。
その言葉に猿野や兎丸はこれまた予想通りにうめいていた。



そうでなくとも暑い部屋に、更に大の男がこれだけ詰め込めば心頭滅却しようとも涼しいわけがない。
なのに汗一つかかずに涼しい顔をしている蛇神と牛尾はおかしい。絶対人間を超えている。…元からか。





「あーつーいーっ!仏教先輩、せめてアイスとか無いの!?」
「アイス……氷ならば裏にあったと思うが…」

その言葉と同時に顔が輝く。

「この際氷でいいから頂戴!こう暑くっちゃ勉強どころじゃないよ!!」

うちわを高速で動かしながら切望する兎丸。
けれど私は「ならば」と腰を上げた蛇神の腰を掴んで止めた。
振り返った蛇神と、どうして止めるんだという不満を顔に出す兎丸。
他のやつらもこちらを向いている。
彼らの視線を身に受けながら、それでも私は先に聞いておかなければならないことがあった。
先ほどの彼の「裏」という言葉が気にかかって仕方ないためだ。


「蛇神。その氷って、大きさどれくらい?」

質問の意図がわからないらしく、不思議な顔をしながらも、蛇神は素直に答えた。

その瞬間、室内に風が吹いた。









「これくらい…ちょうど、我の両手で抱える程度也」








さすが蛇神家。
砕いて使うんかい。







妙な間が空いた後、質問が終わったならと出て行こうとした蛇神を兎丸は慌てて止めた。



「いやっ、いい!やっぱいいよ仏教先輩!!」
「だが、こう暑くてははかどらぬと……」
「ううん、もう大丈夫!ホラ、お猿の兄ちゃんが凍ったから!!」



そばで凍結した猿野を引っ張り出してきながら必死に止める兎丸に、蛇神は腑に落ちないという顔をしながらもそれ以上逆らいはしなかった。






彼がまた腰を下ろした途端部屋中から安堵のため息が漏らされた。


宿題が無事終わったかどうかはそれぞれ定かではない。






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  ただのギャグです。in蛇神家。
  どこの家に訪問しようともギャグになるとは思うのですが、
  比較的想像しやすそうな蛇神先輩で。
  最初は蛇夢のはずだったのに、どうしても恋愛になってくれず
  ギャグ落ちになってしまいました。
  私はギャグ書けるのってめったにないので楽しかったですが。

                            ’02.9.10.up


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