霧中の未来図










世の中のフツーの恋愛してる人間全部、憎らしいほど羨ましい。
私に変態趣味は無いけれど、どう足掻いたって私の恋愛は世間一般に言われるものとは何かが違う。





「あっ、あの子!んまぁ、素敵。真剣な瞳がイイわ〜」

指差した先には生徒が密集していてどれを指しているのかもわからない。
「あ、そ」と気の無い返事を返せばしっかり見ろと怒られる。

「あっちの子も。あんなトコロで腐らせておくの、勿体無いと思わない?」

ミーハーなアイドル追っかけのノリで私の肩を掴み揺さぶる。
ちら、と視線を向けると、確かにナルホド、悪くない素材。



そんなやり取りを幾度繰り返したろう。
さすがの女王もしびれを切らし、腰に手を当てて憤慨したように言った。


「ちょっと、何よそのやる気の無さ!人の話はちゃんと聞く!!」
「聞いてるって」
「テンションが低いのよっ!」


ひらひら手を振ると、反射的にはたかれた。
突っ込みのタイミングは絶妙。




「アンタとアタシの好みは同じだっていうのに、何がそんなに不服なの。言ってみなさい!」



それが一番不服なのだと声には出さず、代わりにため息をついたら今度は頭をはたかれた。
仮にもセブンブリッジの正捕手の腕力だ。痛い。









彼、中宮紅印とは高校から2年来の付き合い。
いい友人として、部活仲間として、今では互いに他に代わりはきかない存在だ。
彼の趣向も最初は理解し難かったけれど、一緒に過ごすうちに慣れた。
皆でいると、その中にゆるゆるな剣菱やお子様なワンタン、とボケ要員に事欠かないメンツでいるため、同じツッコミ気質の紅印とは自然に同調した。





まさかそこから恋愛に発展するなど、思いも寄らず。





何が悲しくて好きな男がイイ男に歓喜してる姿を一番近くで見なくてはいけないのか。
何が悲しくて好きな男とイイ男を一緒に探さなくてはならないのか。








一番の悲しいのは、ヤツとの思いは一応通じてるはずだという事実だ。








気持ちを告げるつもりなんて無かった。
言ったら友情が壊れることはわかりきっていたから。
あくまでも「女友達」として付き合ってきた私たちの間に、そんなものを挟めばどうなるかは考えたくも無かった。

それが露見したのは、正直なところ剣菱にハメられたというのが一番正しい表現になる。
想いがバレた時は友情の破滅も覚悟したというのに、その時紅印はあっさり言い放ったのだ。


「あら、アタシもよ。気が合うわね」


あまりの呆気なさに何を言われたかわからず、理解したらしたで喜んでいいのか悲しむべきか本気で悩んだものだ。




その一言以来、名目としては彼氏彼女となったのだろう。
けれど彼の態度が変わることはなく、彼の趣向が変わる気配はもっと無かった。
勿論、それを含めた中宮紅印という人に惚れ込んでしまった以上、私から申し出て直して欲しいと思うわけでもない。
ただ、あまりにも女同士としての付き合いの域を出ないことが問題なのだ。



だからと言って、じゃあ突然紅印がそれらしく振舞うようになったらと思うとそれも難しいものがある。
嫌だとか嬉しいとか感じる以前に想像すらできない。
ゆえにあまり見たくもない。
それに、実際そうなると私は貴重な親しい女友達(正確には男だが)を失うことになる。


どっちも…なんていうのは贅沢だってわかってる。
ベタ甘カップルなんて嫌だとも思う。


ただ、私が彼にとって本当に恋愛対象に含まれているのか。
ハッキリしないからすっきりしなかった。









まだ怒りを露にしている彼を見上げ、気付かれない程度にタメ息をつく。
少し距離を置いた隣で霧咲がこめかみを抑えて「騒音」と呟いているのが聞こえた。



「どうしてそんなにイイ男を探すことに熱をあげるのか、びみょ〜にわかんないなぁ」


霧咲と私の間に入り、私を後ろから支える形で割り込んだのは剣菱だった。
ゆるゆるながらも芯は通っている男。
今も普通なら近寄りたくないヒステリックな紅印に臆することなく笑顔で問いかける。
こんなことをやってのけることは、私以外にはこの男にしかできない。
多分、バッテリーを組んでいることも要因の一つだろう。
私とは違う面において、紅印の一番の理解者だ。



旦那役の登場に、紅印は一旦言葉を切った。
なぜかぎろりと鋭い目で私たち二人を交互ににらみつけて、頬に手を添えて重そうな息を吐く。
わかるようでわからないその意図に、私と剣菱は顔を見合わせて首を傾げた。


紅印は両手を腰に置き、前かがみになって重要事項だと言わんばかりに口を開いた。



「イイ男を探すのはオンナの楽しみなのよ、剣ちゃん。アタシと、の、スキンシップ。おわかり?」


一言一言区切るごとに、言葉に重みが増す。
言葉を向けられた剣菱はたじたじになりながら答えた。


「あ、はぁ…わかるよーな、わからんよーな……。ごめん、やっぱびみょ〜にわかんない」
「……わかんなくていい」
「おだまりっ」


わかったら紅印の仲間入りだ。つまり変態さんだ。
ピッチャーかつ4番というチームの顔である彼に、シスコンというステータスに加えてオカマさんなんて余分なものまで付随して欲しくない。
ぽそりと突っ込むと容赦ない刃のような言葉で切りつけられた。
紅印のヒステリックには慣れたもので、後ろでぴょこぴょこ跳ねているワンタンなど気にも留めない。
私も気にしなかったのだが、次の言葉は下手なヒステリーよりもずっと心に響いた。









「好きな子と一緒に好きなことして楽しむのは当たり前でショ。だから、アタシはイイ男探しをと一緒に楽しんでるのが一番好きなの」










それは予想しない言葉だった。
紅印が私を好きだと言ってくれても、だからといって同性愛の嗜好が消えたわけじゃ無かったから。
そのうち私より好きだと思える男を見つけるのだと、思うとはなしに思っていた。
現実として直視したくなくて、それでもぼんやりと見えていた未来図。
イイ男探しはそれを端的に示しているのだと思っていた。



「けど紅印。キミがそれするの、シャレになんない……」



呟いた剣菱の言葉はその通りだったのだけど、紅印は鼻で笑うように一蹴した。


「わかってない。わかってないわ、剣ちゃん」


挑戦的に剣菱を睨みつけ、頬に添えていた手をぬっと伸ばしたかと思うと私の首元を掴んでいた。
よろけると、背中に感じていた剣菱の温かみがふっと消える。
代わりにもっと近くに、もっと大事な温もりを感じた。





「アタシとの絆は、その程度で壊れるようなヤワなものじゃないの」




だって、はアタシのことを理解した上で、それでも好きって言うんだから。





そう言われて。


同意を求められて。





あぁ、やっぱり私はこの人が好きなんだと。
なのに、彼の気持ちが見えなくなっていたんだと。





嬉しさと申し訳なさで私の中はいっぱいになった。








幾つもの「ごめんなさい」を心の中で繰り返し。
けれど、それを告げることを紅印が望んでいないことは「親友」として知っていたから。

引き寄せられた彼のシャツを軽く掴み、見上げた。






「…紅印以上の男は、存在しないしね」






私の言葉に彼の顔が歪んだのは、オカマとしての怒りだろうか、彼氏としての嬉しさだろうか。





実に複雑な顔をして、私の髪に口付けた。








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  今更ミスフル再加熱、自分内ブーム到来。
  それで久しぶりに手をつけて書いたのが女王ってどうなのさ!(笑)
  漢溢れるオカマさんは大好きです。え、紅印に漢は見えません?
  私には見えるので問題ありません。
  今回のブームは他校中心に巻き起こってます。
  書けるといいな、芭唐……。

                            ’04.9.16.up


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