鬼ダチ共が夢の跡















天国がまた女の子を追いかけ始めた。


鬼ダチ・猿野天国が運命の人(自称)鳥居凪さんと出会った次の日。
同じく鬼ダチである沢松健吾からそれを聞き、笑い飛ばしたのはそのコンマ3秒後。
私の盛大な笑い声は、屋上から空へと吸い込まれていった。






「あっほだ!史上最高のアホだ!!」
「入学早々…早くも大金星の予感だぜ」
「記録こうしーん!」




鬼の居ぬ間に何とやら。
正確には鬼ダチ居ぬ間。






天国と沢松は幼稚園からの腐れ縁。
それに私が加わったのが小学校3年の時。
転校した私の隣の席が、寄りによって天国だったのが運の尽き。
いつの間に、どころか速攻でこの阿呆共の仲間入りしていた過去の自分を恨みたい。
おかげで6年経った今でも彼氏の一人もできやしない。


誰もが口を揃えて言う。





は可愛いんだけど……猿野とまともに付き合えるようなヤツと付き合える自信ねぇよ」




と、まぁそんなワケで。
女の子達ですら微妙に一歩おいて接してくるくらいだ。
この史上最凶の鬼ダチ共以外に、私には親しい友人すらできなかった。






とはいえ、これはこれで退屈しない毎日だしめったに体験できる人生でもない。
どうせ変わらないなら目いっぱい満喫してやろうとコイツらで遊ぶ毎日。
これも結構悪くない。
ただし、それでもそんな人生は一度きりで十分だ。
来世でもまた会いましょうなんてのは御免被りたい。



毎日が楽しけりゃそれで良い私としては、それなりにコイツらとバカやりながら、コイツらとは違ってそこそこ勉強もして。一応この社会に適応するだけの能力と、どんなことが起きても動じない精神力を養うことはできた。
ある意味コイツらのおかげか。





っと、そんなことはどうでも良い。
それよりも天国のことだ。

幼稚園の頃からことごとく好きな子をスポーツ少年に奪われてきた天国が、寄りによってそのスポーツが大好きな女の子に惚れるなんて。
しかもたったそれだけで野球部に入部しようなんて単純なアイツの頭は本当に笑わせてくれる。
世の中そんなに簡単じゃない。
高校野球の辛さを知らずに入部したところで3日もたたずにやめるのがオチだ。



アホだアホだと散々バカにしながら笑っていると、沢松は急に深刻そうな顔をしてタメ息をついた。
それはそれは重そうに吐き出された息に深いんだか浅いんだかわからない意図を感じて、沢松を凝視した。


そして沢松の口にした言葉に、私は二の句が告げなかった。











「…確かに、入部するそうだ。ただし……マネージャーとしてな」










阿呆だ。
いや、そんな単語を使ったら世の中の阿呆に失礼だ。
しかし他に言葉が見つからない。
さすが天国、と言ったところか。
やってくれたなコンチクショウ。





「確かに……一番近くにいられるっちゃあそうだろうけど…」
「ああ…あの姿は正に犯罪だったぜ。しかも明美(源氏名)…」




二人で視線をあらぬ方向に向け、同時に息を吐き捨てた。


何で俺たちアイツと友達やってんだろう。


そんな意味を互いに込めていたと思う。












「んで、はどうなんだよ」

突然ふられた話題に、私は速攻で答えを返した。

「は?私…って、彼氏?ムリムリ」
「天国のダチってだけで遠巻きに見られるもんな…」


お前もか。
お互い苦労するね。
沢松の背をポンポンと叩く様は、さながら上司のおかげで出世できずに苦労しているリストラ手前のしがないサラリーマンを慰めているようで笑えない。
そしてそれはお互い様なのだろう。
他人から見れば私も同じなのだと思うと嫌すぎる。





「モテねぇわけじゃないんだろうに、原因はアレだよなぁ」


流石鬼ダチ。
同じ苦労をした仲間だ。よくわかっている。

けれど、次の言葉に私はこの自称ハンサム様の胸倉を掴み上げた。



「俺、こんなにハンサムなのに……って、!くるしくるしっ、ギブ!ギブ!!」
「だぁれがハンサムだって!?」
「うわぁ、暴力反対!!」


必死に抵抗する沢松のあまりの暴れ方に手が離れてしまい、生憎地獄を見せそこなった。
ちっ、惜しい。
そんな物騒なことを呟くと、沢松は心底怯えた表情でジリっと一歩下がった。


「何本気で怯えてんのよ失礼な」
「……目がマジだったってぇの」


一歩近づくと一歩下がる。
そんな沢松に呆れながら、私はその場に腰を降ろした。
座りさえすれば、流石にそんな気は無いと判断してくれるだろう。



「…がモテねぇのは、天国のせいだけじゃないと思う」


ボソリと呟やいた沢松にギロリと一つ睨みをきかせると、ヒィっと小さな悲鳴を上げながら今の言葉を取り消した。







「別にモテたいとか思うわけじゃないし。今は天国で思いっきり遊んで、アンタとコントみたいな言い合いしてるこの毎日で十分よ」



それ以上やることが増えたら身がもたない。
それも正直なところだった。
そしてこんな毎日にもそれなりに満足しているのだ。
例えそれが、他人から見れば(自分から見ても)世間一般の女子高生の生活とは百万光年くらい離れているものだとしても。




「あー……俺も」




諦め口調とも、悟った口調ともとれるように沢松は呟いた。


多分、そんなもんなんだろう。
現実っていうのは、それなりに夢を見られる程度に厳しいくらいが丁度いい。
これをちょっとと言ってしまうのも微妙だけど。










「元気かね諸君!未来の大リーガー猿野天国様のご登場だ、敬ってへつらうがいい!!」




またしても神出鬼没に現れた天国をちらりと見やってから立ち上がり、そのまま無言で、それも思いっきり冷めた表情でツカツカと近づきそのノー天気な頭をどこからともなく取り出したハリセンでひっぱたく。


スッパァン


小気味良い音と同時に下がる頭。
すかさず入る沢松の突っ込み。





反抗する天国を二人分の突っ込みで簀巻きにして。
ヘコム天国に適度にアメとムチをやりながら、効果的にいぢめ倒すタイミングは互いに絶妙だ。













阿呆だけどこんな毎日も悪くない。


少なくとも、退屈という文字とは無縁で過ごせるから。







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  友情です。アクマでも友情。
  私だったらこんな学園生活は逃げ出しているでしょうが(をい)
  遠くから見ている(自分に害が及ばない)程度なら楽しいことでしょう。
  基本的に沢松好きですしね。微妙な脇っぷりとか(笑)
  ところで試合が始まる度に消えてますが、ちゃんといてるんですよね…?
  (禁句)

                          ’02.8.17.up


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