心境












最初は少し怖かった。
勝手な先入観だってわかっていたけど、それでもあれだけ身長が高くて青い髪をした司馬くんは、私にとって馴染みやすい存在とは言えなかったから。
ただでさえ身長の高くない私からすれば、彼は見上げなければまともに視線を合わすことだってできなかったし、他の部員のように気さくに話しかけてくれるわけでもない。


いつも黙ったまま、遠くに見ている。


そんな彼を選手として凄いとは思っても、仲良くやっていけるなんて思っていなかった。










「っと、もうちょいなのにっ……」



しびれるくらいに頑張って頭の上に腕を伸ばす。
さきほどからゆうに10分。いや、もっとかかっているかもしれない。
本棚の上の方にある本を取ろうと必死になって無駄な努力をしている女子生徒の姿は、ある意味微笑ましいかもしれないが、本人にとっては泣きたくなるほど情けないことだった。






生まれついた身長が足りないってだけで損をしていることは色々あると思う。



例えば満員電車では、人の波に押しつぶされるしまともに息もできない。
席は前の方にされてしまうし。
いつまでたっても子供扱い。


そして、今のように届かない場所がいくつもあるのが腹立たしい。





もう少しなのに。

そう思うけど、実際指の先と目的の本との間には、軽く5センチは間があった。
しかも、その5センチが縮まったところで、本を取り出すにはまだ十分とは言えない。
普通なら上の段の本を取るために踏み台が置かれているはずなのに、この辺一帯にはそれとおぼしき物体は見当たらなかった。


誰かが通りがかってくれたら。
なんて思ったけど、こんな図書室の奥の方にわざわざ訪れる物好きなんてめったにいない。
ここに並べられている本だって、専門的なものばかり。
よほどのことがなければこんなところに通りがかる人なんているはずが無かった。





諦めようか。
そう思ったけど、その考えはすぐに打ち消す。

だって、勿体無い。
もう絶版になったと思っていた捜し求めていた本を、学校の図書館で見つけられたのだから。
凄く読みたかったけど、絶版だっていうなら仕方ない。
そう思いながらも諦めきれずに古本屋を散々巡っても見つからなかったシロモノだ。
ここで諦めたりしたら女がすたる。


半分意地になっているとはわかっているのだけど、それでも悔しくて私は延々とムダな努力を続けていた。









「っん〜……」

声だって勝手に出てしまう。
図書室では静かに、とは言っても、こんな場所で小さくうめいている程度なら問題ないだろう。
誰かに見られたくは無いけれど。





そんな時、突然その本が動いた。

いや、違う。誰か私の後ろから手を伸ばしてその本を取り出したのだ。




取ってくれたのか、それとも自分が借りたいのか。
わからないけど、とりあえずこのムダな努力は一旦中断することができる。
これだけ頑張っても無理だったものを他の人ならアッサリっていうのはちょっと悲しかったりもしたけど、それは極力気にしないことにして振り向いた。







けど、そこにいた人物を見て一瞬固まってしまった。
それは、20センチ以上も上から私を見下ろす青い髪の持ち主だった。






「司馬、くん……」

名を呼ぶと、彼はコクンと頷いた。
別に名前を確認するつもりで言ったわけじゃなかったけど、彼が極端に会話をしない人だということを思い出して不問にした。


彼はこの薄暗い場所でもわかるくらい顔を赤くして、オドオドと例の本を私に差し出してくれた。


「取ってくれた、の?」


勝手な思い込みだろうと、私はこの人が苦手だった。
理由は前述した通り。
大きい人は、小さい私にとって無条件に威圧感を与えてくれるのだ。
自然と言葉を詰まらせてしまった私に彼は気分を害した風もなく、むしろ自分の方が慌ててコクコクと頷いた。


「ありがとう」


そう言って受け取ると、彼はとても優しく笑った。
サングラスで表情はわからないのに、それでも優しい笑い方だと感じた。






アレ?


その瞬間、何か違和感を感じた。
多分それは、私が彼の外見から勝手に作っていたイメージと本当の彼のギャップだったのだろう。





「えと、司馬くんも、ここに用事?」


尋ねると、またコクコクと頷く。
その仕草が、今までだったら奇妙に思えていたのに今は可愛く思えた。
人間の心の持ちようって凄いと思う。
彼はもう1冊手にしていた本を見せてくれた。


『音と人の相関性』


同じ棚にあったのだろう心理学の本。
なんだか意外な気持ちで司馬くんを見ると、彼はやはり恥ずかしそうに赤くなっていた。






心理学っていうのがまず意外だった。
人とコミュニケーションをとらない司馬くんが?って。
彼が友達と呼べる人間はごく限られていると思う。
比乃くんを筆頭にそのほとんどが野球部の部員で、野球という繋がりがなければ彼らとも接することは無かったのではないかと思う。
だって、クラスでの彼はずっと黙って一人でウォークマンを聴いていて、たまに彼の友達が教科書を借りにくるくらい。
自分から他人に関わる人じゃないと思っていたから。




「心理学、興味あるんだ」

そう聞くとまた頷く。
そして司馬くんは、さっき彼が取ってくれた私の目的の本に視線を移した。



これも心理学の本。
ただし、対象は人間ではなく植物なのだけど。


「ああ、うん。私も。人じゃなくて植物だけどね」


視線が、なんとなく「キミも?」と言っているように思えたのでそう言うと、彼は納得したように微笑んでくれた。






私は昔から花とか木が好きで、小さい頃は本気で花に話しかけたりしてるような子だった。
今でも植物が好きで色々育てている。
花に限らず、草とか、木とか。
植物って人の心を和ませてくれるから。
そんなことから、私は植物関連の心理学に興味を持った。




司馬くんがさっきの本を手にしていた理由も同じようなものなのだろう。
彼はいつもウォークマンを聴いているし、私が植物が好きなことから心理学にまで手を出したのと同じように、彼もまた音楽好きからそうやって発展したのかもしれない。
そう思うと、少し親近感が沸いた。





不思議だ。
あんなに苦手だと思っていた人なのにこんなにスムーズに話せるなんて。
もっとも、彼は一言も言葉を口にしてはいないのだけど。


それでも、『会話』だって思える。
言葉にしなくても伝わってくる。
そんな感覚があった。








それじゃ、部活で。
そう言って私一人カウンターへと向かいながら考えた。











結論。


司馬くんと話すのは、なんだか植物と話すのに似ているんだ。







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  なんだか意味不明。
  ヒロインちゃんが司馬くんを意識し出したきっかけを書こうと
  思ったのですが。
  なんとも言えず彼女のことを明らかにしただけ。
  しかも書き上げてから気づく。
  某恋シュミの園芸少年と王子様の会話イベントのようだ……。

                             ’02.8.5.up


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