本気か否か













やっぱり彼女にするなら素直で可愛い女の子らしい女の子がいいと思う。
泣きたい時に惜しげもなく泣けて、それを慰めるのも男冥利に尽きるってものだろう。




少なくとも、奴らと同じ視点で物を見る私では、『仲間』にはなれても『恋人』になどなれないのだ。














「虎鉄」
「何スKa せんぱ〜い☆」
「凪ちゃんって可愛いよね」





言った瞬間、準備運動をしていた虎鉄の動きが止まった。

ギクリ

擬態語をつけるならこんなところだろう。





「ど、どーしたんスKa急に……」


どもるなどもるな。
隠す気があるんなら。



冷や汗をダラダラ流して、挙動不審になった虎鉄の態度は、明らかに私の問いたいことの答えを代弁していた。










虎鉄の女好きは今に始まったことじゃない。
モテたいとかそういうのでもなく、あれは虎鉄の習性。
可愛い子を見つけたら声をかけずにはいられない。
私に声をかけてきたのだって、その延長上だった。
そんなアイツを適当にあしらって、けど全然メゲなくて。
いつの間にか何となく付き合うようになっていた。


それだけ。






「別に、無理しなくていいんだよ?凪ちゃんは私も大好きだし」



守ってあげたくなる女の子。
その典型パターンに当てはまるだろうあの子。
鳥居凪ちゃんのことは、私だってそう思う。
むしろ虎鉄や猿野から私が守ってあげたいくらい。




だから、わかるんだ。
虎鉄があの子に惹かれるの。
遊びなんかじゃなく、本気で。






「もともと私らの関係だって、何となくだったんだしさ。義理だてする必要も無いじゃない?」






だって、ねぇ?
今までなら、何も言わず放っておいたよ。
虎鉄が誰に声かけてようが、フられようがケられようが。
私の存在が気になってアプローチできないなんて奴でもないし、ホントに好きならそんなこと関係無しにそう言うと思ってたから。




でもさ、凪ちゃん相手だと勝手が違うんだよね。
私と虎鉄が付き合ってることはみんな知ってるし、もちろんそれは彼女にだって隠し通せるはずがない。
凪ちゃん自身は鈍いから直接言いでもしなきゃ気づかずに済んでいただろうけど、生憎虎鉄を邪魔に思った猿野がハッキリ教えてしまった。
あの時のアッサリした凪ちゃんの言葉にはさすがの私も虎鉄が憐れに思えた。



私たちが付き合ってること知ってて、あの凪ちゃんが虎鉄を受け入れるわけがない。
万一受け入れたいって気持ちがあっても、きっとできない。



だから、本気で凪ちゃんを口説きたいのであろう虎鉄を思えば、私はここら辺で潔く身を引いた方が良いのだ。お互いのためにも。

何より、自由な虎鉄を縛り付けたくはない。














案の定、虎鉄は心底焦った顔でわたわたしていた。
驚くことは何も無いと思うのだけど。
あれだけあからさまにアプローチしているのだから。



一通り慌て終わったらしい彼は、頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。


「せんぱ〜い……」
「何?」

あ、情けない声。














「俺、別れるつもりなんて無いですYo?」














へぇ、そう…。


って、返しかけて気づいた。
虎鉄の言った言葉は、私の予想とは全く逆だったことに。




「はぁ?今更何言って……」
「すんませんっ!」


反論しようとしたら、その瞬間虎鉄は凄い勢いで頭を下げた。
深々と、これでもかってくらいに。
本心なんだってわかるその行動に、私は言葉に詰まった。








「確かに俺、凪に構いすぎでした。けど、今までも先輩何も言わなかったし、逆にそんなら勝手にしてやるって俺も意地になって……」







あまりに必死なのだろう。
語尾を変換することさえ忘れている。
一向に上げられる気配の無い頭。
そのバンダナの柄を見ながら、私はコイツの気持ちを認識した。






「……虎鉄」
「覚悟はできてます!煮るなり焼くなり、好きなようにしてくださいっ!」




コラコラ、私を一体何だと思っているんだ。


けど、虎鉄の言うことは確かにもっともだった(煮るなり云々じゃなくて)
今まで文句一つ言ったことが無かった。
虎鉄がどれだけ他の女に声をかけようと。
私の目前でそれをしようと、気にしないでいた。


それは虎鉄の性格をわかっての諸行だったのだけど、それを虎鉄自身がどう思ってるかなんて考えてなかった。
ヤキモチ焼くなんてみっともないって思ったし、虎鉄が本気じゃないことわかってたから。
根拠があったわけじゃないけど、多分虎鉄を信じていられたのだろう。
だからこそ、今回凪ちゃんのことは本気だと思ったからこうして別れ話をしたのだ。












頭はまだ下げられたまま。
この角度じゃ、いい加減頭に血が上りそうだ。
それでも微動だにしない虎鉄にタメ息をついてから、私は丁度近くに転がっていたボールを手に取って軽く投げた。


コンッ


小気味良い音をたてて、虎鉄の頭にクリーンヒット。
ナイスピッチ。


「でっ!」


いくら軽く投げたと言っても硬球は硬球だ。
痛くて当然。
本気で投げていたら頭をカチ割りかねない。




「何するんスKaっ!」
ガバっと頭を上げる。
痛みでうっすら涙目になっている虎鉄に私はシレっとして言った。
「覚悟はできてたんじゃないの?好きにしろって言った言葉は偽りだった、と」
その言葉にうっと詰まると、そのままいじけたようにブツブツと言い出した。









「これでチャラにしたげる」
「He?」


間抜けな顔をしてこちらを向いた虎鉄の頭を今度は平手でパンっとはたいた。









「アンタが凪ちゃんに本気じゃないんだったら、私にも別れる理由は無いわ」








それだけ言って、練習前の仕事をするために私はその場を後にした。
後ろでまだ呆けている虎鉄は放っておいて。
ちょっとも経たないうちに、合流した猪里の不思議そうな声が聞こえてきた。














ヤキモチは焼かないけど、気にならないわけじゃない。
私だって、ダテや酔狂で付き合っているわけじゃない。






何も無いのなら、私は虎鉄と別れる気などサラサラ無いのだ。






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  初の虎鉄。初の2年。
  なのに初っ端から別れ話かい。
  虎鉄先輩が凪ちゃんに本気かどうかで話が違ってくるので、
  彼は比較的書きづらいのです。
  それでも完全本気の猿野に比べれば全然マシですが。
  (それ以前に猿野に関しては他にも色々と問題が…)
  虎鉄先輩好き〜♪
  「Do☆シロートちゃん」が名言だと思うのは私だけですか?(苦笑)

                                ’02.7.30.up


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