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―知人― は、深司に無茶な働きをさせることはなかった。 彼女には持つことの苦しい重い荷物を運ばせるだとか。 畑仕事を手伝わせるだとか。 やらせるのはそんな程度のことで。 他の一般的な黒き羽の者が奴隷を扱うように、死ぬまで休みなく働かせたりだとかいうことは全くなかった。 それどころか、食事も一日三度、自分と同じにとらせ、睡眠もきちんと与えてくれる。それも、綺麗な寝床を用意して。 首輪もつけずに放し飼い。それに清潔な服も着せて。 どう考えてもそれは、奴隷に対する扱いではなかった。 深司はもっと過酷なことを予想していたので正直拍子抜けしたが、それでも何か裏があるのかもしれないと警戒心を解くことは無かった。 この世界ではそれが当たり前。 親兄弟の間にも温かい感情など存在しはしない。 なぜなら、『愛』とは7つの大罪の一つであり、またその内の最も重い罪であったからだ。 『愛』など所詮種族保存本能としての発情期を迎えた動物の一時的な気の迷いに過ぎない。 それが定義とされていた。 変わり者の彼女がようやく奴隷を購入したという話は、街の中で起こったということもあり、すぐに広まった。 はそれからもそうそう町へ出ることもなく、その噂を直接耳にすることはなかったが、そういう噂が広がるだろうという予想はついていた。 できるなら、噂程度に留めておくことができれば良いと思いながら、日々を暮らしていた。 深司がこの家へ来て、一週間と少しが経過した。 相変わらず警戒心を解くことはなかったけれど。 それでも最初と比べれば少しはそれを解き始めていた。 そんな折のこと。 「キミがの奴隷かい?」 「……誰?」 に頼まれた薪割りをしていた深司は、突然かけられた声に振り向いた。 そこには黒き羽を持つ男が一人立っていた。 ニコニコと人好きのするように見えるがどこか得体の知れないと感じる笑顔を絶やさずに。 深司のその白き羽を持つものとしてはあまりに無礼な返事にも、その表情を崩すことはなかった。 「僕はの知り合いだよ。は中?」 「…そうだけど。客が来るなんて聞いてない」 黒き羽の男はふふ、と笑うとそれには答えずに勝手に家の方へと進んでいった。 放っておこうかとも思ったが、何か気になって深司もその後を追った。 家の扉まで来ると、さっきの男とが何か言い合っているようだった。 「あ、深司」 に声をかけられて、深司はそちらへとさらに一歩進んだ。 自分を見た瞬間の、彼女のどこかホっとしたような表情が引っかかったが、今は気にしないことにした。 「ここじゃなんだし。とりあえず入って、周助。深司、お茶の用意頼める?」 その男はシュウスケというらしい。 深司はの言葉に黙って頷いた。 「結構な噂になってるよ。キミがようやく奴隷を買ったって」 その言葉には少し眉を寄せた。 予想はしていたが、こうはっきり言われるとより一層現実なのだと実感する。 そんなを、周助は楽しそうに見ていた。 「僕としては心配でもあったんだけどね」 「心配?」 以前はあなたも奴隷を買えと言っていたのに? そう言うと、周助はクスクス笑った。 「やっぱりキミはいいなぁ。わかってないのかい?いくら家畜とはいえ、彼もれっきとした男。それも僕らと同じくらいの年頃だ。確かに働き手としては申し分ない年だけれど。万一発情期になったらキミは危険なんだよ」 カァっ、と。は顔を赤く染めた。 そんなこと考えもしていなかった。 何も周助の言うように、奴隷だから安心なんてことを思っていたわけではなく。 そんなことを考える以前に、それよりも自分が奴隷というものを買ってしまったことに対してばかり考えていたからだった。 「気づいてなかったみたいだね。そんなトコロも世俗に染まっていなくて良いんだけど」 口元を軽く隠しながらクス、と笑う。 にはそれは侮辱のように感じられた。 「…そんなんじゃ、ない。深司は…」 しかし、言葉を続けることはできなかった。 深司は、なんだというのだ。 自分にとって何、と定義付けするのなら、それは奴隷という言葉に他ならない。 だが、自身はそうは思っていなかったし、そんな風に思いたくなかった。 けれど、そこでそう言ってしまえばならなんだという話になってしまう。 下手をすれば異端審問官の耳に入って自分も彼も終わりだ。 何より、自分の中でも答えは出ていなかった。 次の言葉を口にしないを、周助はやはりその笑顔を崩さずに至極楽しそうに眺めていた。 深司は台所からそんな二人の会話を耳にしていた。 聞きたくなかろうともこの距離では聞こえてしまう。 押し黙ったに深司は疑問を持っていた。 自分は彼女の奴隷で、それ以外に自分を表す言葉など存在しようはずもない。 たとえそれが自分にとって不本意なことであろうとも、それが現実であって、わざわざ足掻こうなどという考えも持ち合わせてはいなかった。 面倒事は嫌いだ。 少なくとも、ここにいれば他の黒き羽の者に飼われるより何倍もましだということはわかっていた。 淹れ終えた茶を手に、深司は会話中の彼らの方へと足を運んだ。 「ところで、考えてくれた?僕との婚約の話」 急に変えられた話題に、深司は頭がついていかなかった。 婚約?と、この周助という男が? もしそうなれば、自分はどうなるのだろう。 所詮自分は白き羽を持つ者。 その辺りに捨てられても不思議はない。 周助の言葉にも困惑したようだった。 「また、その話。何度も言うようだけど、私はそんなつもりは全くないわ」 困惑しながらも、はっきりと彼女は彼の言葉を拒否した。 しかし、彼の表情は相変わらず。 クスクスと笑いながら、彼は席を立った。 「そう言っていられるのも今のうちだよ。キミにもすぐ発情期が来るさ。そうすればキミの方から僕が欲しくなるはずだ。その時は遠慮しないで言ってくれて構わないからね」 動物としての種族保存本能。 発情期はその一環であり、恥じるものとはされていない。 ただ、そこに愛などというありもしないものを感じることこそが恥じるべき、そして最大の禁忌とされていた。 「キミとなら最高の子孫を生み出せると思うんだ。かのメフィスト・フェレスの末裔として、恥じることのない」 そう言いながら、周助はの後ろへとまわり、絡みつくように抱きしめた。 「ちょっ…、離して!」 「嫌だよ。言っただろ。発情期なんだよ。キミがいいと言ってくれるまで待つつもりではあるけど、僕にだって限界っていうものがある」 の耳元で囁くその声は、甘い媚薬でも含んでいるかのよう。 「ねぇ。頷いてくれるだけでいいんだよ。僕だって、キミに手荒なマネはしたくない」 片手をの顎に添え、そのまま口付けようとした…。 しかし、後ろからグイとひっぱられ、それは実行されずに中断された。 茶を持ってきた深司に止められたのだった。 「なんだい?白き羽のキミが僕の行動を邪魔するの?」 一見ニコヤカそうに見えるその表情だが、薄く開かれた目は相手を鋭く射抜くようだった。 だが、深司もそれに動じることなく引き下がりはしなかった。 「…は、嫌がってる………」 なぜ止めたのか、自分でもわからなかった。 確かには自分の主人。 だが、だからと言ってわざわざ守りたいなどという薄っぺらい感情など持っていなかったのに。 ただ、黙って見ていられなかった。 嫌だとかそういうことを感じる間もなく、気づけば周助の肩を掴んで止めていた。 は弾かれたように深司の元へと駆け寄った。 ギュっと。すがりつくように深司に抱きつく。 その細い体に片手を回して、深司は周助を睨みつけながら言った。 「…主人が嫌がってるのを、黙って見てるわけにはいかない……」 本当はそんなことまで考えてなどいない。 だが、これが一番正当化される理由になることがわかっていたのであえてそう口にした。 そんな深司を周助は今までとは違う目つきで眺めた。 「ふぅん。なかなか忠実なペットだね。さすがは。しつけが行き届いている」 は深司にしがみついたまま、微動だにしなかった。 そんな彼女の様子にタメ息をつく。 「仕方ない。今日のところは邪魔も入ったし、その奴隷くんに免じて帰ることにするよ」 けどね。そう言って、周助は意味ありげに口を開いた。 「気をつけた方がいい。万一7つの大罪を犯しなどしたら、どうなるかはわかっているだろう。……気の迷いは、捨てることだね」 それだけ言うと、彼はそのまま家を出て行った。 「…もう、行ったよ」 周助が出て行って、深司がそう声をかけてもなおは顔をあげなかった。 ぎゅっと、力を込めて抱きつかれていてははがすこともできない。 深司は諦めたのか、ポンポン、とそんなの背を叩いてやった。 温かくて柔らかい女の体は、嫌ではなかったから。 「……ありがとう」 しばらくして、はぽつりとそう口にした。 「奴隷にお礼なんて言うの?」 そんな黒き羽の人間なんて、聞いたこともない。 政府の人間に聞かれでもすれば一大事なほどのものだ。 しかし、は反論した。 「羽が黒とか、白とか。そんなの関係ない。深司は…深司でしょ」 ようやく体を離し、しっかりと目を見て告げられたその言葉に、嘘はかけらも感じなかった。 彼らの中に、ある感情が芽生え始めていた。 それはまだ、とても小さな。 本人たちも気づかないものだったけれど…。 ******************************* ブラマト第二弾。 このパラレルをしようと思って、深司以外で最初に思いついたのが 不二先輩(黒き羽)だったのです。 ハマりすぎ。羽の色がどうとかでなく、この世界に(苦笑) 思いっきりブラック不二様でした。 深司vs不二?っぽく。 発情期を連呼してすみません(恥) 恋とか愛をそういう風に表す世界なもので…。 自分で書いててどうよって感じでした(汗) ’02.2.26.up |