血染めの羽
―欲求―














異端審問官:世の規律を守らぬ者を罰する警官隊







両手に抱えた紙袋は、結構な量だったが重くはなかった。
頼まれた買出し。
いつもならは自分で行くのだが、生憎足をくじいてしまい、仕方なしに深司一人に頼んだのだった。
そうでもなければ、白き羽を持つ深司を一人で街に向かわせるなど、彼女がするはずもなかった。

たとえ言いがかりであっても、何か黒き羽の者に因縁をつけられでもすれば、深司はの預り知らぬところで帰らぬ人となっていてもおかしくない。
極力そういう事態は避けたくて、奴隷として彼を買ってからも、彼女は街へ出る時は必ず自分も共に行くようにしていた。
それがこの事態。
おそらくは心配して自分の帰りを待っているだろう彼女を思うと、深司は苦笑しながらも歩みを止めることはなかった。






「ただいま」
物静かな家に響く声。
人の気配などほとんど感じられないようなこの家だが、それでも彼女は必ずいる。怪我をしているのだから、外に出られるはずもない。
返事が返ってこないことをさして気にも留めず、深司はそのままリビングへと向かった。


「お帰りなさい、深司。ありがとう」
「…別に」

そのまま荷物を置きにキッチンへ入ると、彼女は足に無理のないように手作業でできることを済ませていた。
夕食の材料は残念ながら深司が今買ってきた荷物の中にあるからできないけれど。

手にしていた荷物をあるべき場所にしまい、腰を落ち着けると彼はふと思い出したように言った。



「今日、行かなくて正解だったよ」

どうして、と表情で問うに、深司は置いてあったコップに手を伸ばしながら言った。






「異端審問官が警備してたから」





その言葉に、は動かしていた手を止め、持っていたナイフと果物を落とした。
顔は強張っている。
コロコロと転がるその実は、彼女から離れた位置でテーブルの端に到着し、落下した。
言うべきではなかったか、と深司は少し悔やんだが、別に何もなかったのだからと彼女を落ち着けさせた。
「何も無かったなら…いいんだけど……」
異端審問官は、時として何もしていなくとも見せしめのように白き羽の者を殺すことがある。
そうでなくとも目立つ深司を、一人で行かせたことをは後悔した。


「俺一人ならね。キミが一緒だったらまずかっただろうけど」
「え?」
またも不思議な顔をしたに、深司は微かに苦笑して言った。



「だって、キミは俺と一緒だったら何言い出すかわからないしさ。また俺のこと、奴隷じゃない、とかアイツらの前で言われたらどうなることか」

ホントに予想しやすくてやんなるよ、という深司に、は少し顔を赤くしながらムっと睨んだ。
しかし、深司の言ってることはあながち間違いではないので言い返すことはできない。
彼の言う通り自分も共に行っていれば、審問官に呼び止められでもすれば必ずよくないことになっていただろう。


人前で彼を『奴隷でない』などと言い出すことは無かったが、それは彼女が人付き合いが多くないから何とかなっているだけで。
もし大勢の前であっても、彼を罵られでもすれば、きっと感情を抑えきれずに思ったままを口にしてしまうだろう。




にとって、深司はもはや奴隷ではなかった。



元々、羽の色だけで差別することに賛成していなかった彼女だ。
深司を普通に自分と同じように見ることも難しいことではなかった。
そして、特別な存在になるのも…。







「また素晴らしく政府の鏡のような奴らだったからね。捕まったら死刑じゃ済まなかったよ」

この世で一番軽い刑罰は死刑。
重罪人は、死ぬことすら許されない。



「黒髪に眼鏡の長身の男と、妙なおかっぱの黒髪の二人組」
「……ガク、か」


異端審問官の特徴を挙げた深司に、はポツリと呟いた。
それを耳ざとく聞き取り深司は尋ねた。
「何、知り合い?」
「昔、家にいたころにちょっと…ね。おかっぱの方。ガク…岳人っていうの。出世…したんだなって思っただけ」
「ふ〜ん」
興味なさ気に返事をしたが、深司は微妙に気になった。


この間の周助という男といい、今回のガクトという奴といい。
彼女の周りにはやたらと良い家系の出身者だと思える者が目につく。
は家のことを話そうとしない。
深司も興味があるわけでなないので聞かないが、例え気になって聞いたとしても答えてくれそうにはなかった。そんな気がした。


別にそれでも構わないけど、隠し事をされていると思うと癪だ。自分には隠すものすらないのに。
そんなこと、奴隷である自分には当たり前だと前なら思っただろう。
けれど、ここに来てから。
彼女が自分を奴隷としてではなく、一人の人間として扱ってくれるようになってから。
これまで無気力に生きてきたはずなのに、欲が出るようになった。
望んでも手に入らないと思っていたものが、少し努力すれば得られる喜び。
そして、その満足感を得たいとまた思う。
欲求というのは尽きることが無いのだと、深司は初めて知った。
美徳の一つに挙げられるこの“欲求”という感情は、白き羽の者が持つにはふさわしくないのに。







「気に…入らない」
「深司?」
椅子を引いて立ち上がりを見下ろす。
驚く彼女のそばに行き、手を掴んだ。


「俺の主人はキミで、本意だろうが不本意だろうが俺にはキミ以外いないのに?なのには俺に何も話さない。そういうの、ムカツク」
「痛っ……」
彼女の手を掴む彼のそれは、とても力が込められていて思わずは声をあげた。
けれど、深司はそんな声は聞こえないとばかりに言葉を続ける。





も俺のモノになんなきゃ、不公平じゃない?ああ、平等ってのは大罪だっけ」
「し、んじ……」
「俺のこと、奴隷じゃないって言うなら」
「離し……」
「俺のものになりなよ」





目の前の少年は、もはや白き羽の者としての心を失っていた。
弱者として虐げられ、常に死と隣り合わせに生きてきた彼はいない。
いるのは、黒き羽にもなりきれず、けれど今更白き羽の心を取り戻すこともできず我知らずもがき苦しんでいる一人の人間。
そして、彼をそうしてしまったのは他ならぬ自分自身だった。
半端に与えた自由がこんな結果を招いたのだ。







返事を待たずに、深司は顔を近づけると強引に口付けてきた。
激しいそれに体勢を保てず、思わず自分を支えた足が痛んだ。
「んんっ……」
呻き声を挙げることもかなわず、それはくぐもった声として口内に響いた。

掴まれたままの手も痛い。
挫いているにも関わらず体重を支えてしまった足も痛い。
けれど、それよりもずっと痛むのは、彼のこの行動と。
そして、それを受け入れてしまう自分の心だった。






自分だけなら何とかなると思っていた。
そう、自身気づいていた。
自分が彼をどう思っているか。
それがどういうことであるか。



私は彼を、『愛して』いる



それは定められた七つの大罪のうちでも最も重い罪。
けれど、相手がいなければ適うこともないもの。
だから、自分の胸の内だけに留めておければ、彼に害が及ぶこともないだろうと、そう思っていたのに。

ここで受け入れてしまっては、それこそ異端者として罪に問われかねない。自分も彼も。
それとも彼の今の行動も、周助が言っていたのと同じく単なる発情期というヤツなのだろうか。
だとしても、家畜が主人にそんなことをすれば、また別に罪に問われることになるのだろうが。







何度も繰り返される口付けにぐったりとしたの体を、深司は片手で軽く支えた。

「……嫌、なんだろ?やっぱり同じじゃん、他の黒い羽の奴らと。俺のこと奴隷じゃない、なんて思ってないくせに」

支えてくれる手は暖かくて、優しい気がするのに。
呟かれたのは自嘲気味たそんな言葉。
欲求は満たされない。満たされるはずはないと、ここまできてそれでも思考にこびりついてしまった価値観が彼をさらに絶望へと追いやる。

「違っ…」

否定する彼女の言葉も耳に入れようとはしない。



「別にいいけどね。このまま俺を政府に突き出す?」
「そんなこと、しないっ!」

その言葉に慌てる。
そんなこと、考えもしないのに。
けれど、その警戒心こそが彼をここまで生きながらえさせてきたのだ。




「…どうだか。強姦されてもそんなこと言える?」
「……深司…」

言える、と答えることは、あまりに危険だった。
それが本心かどうかは別にしても。









しばらくじっとをみつめて深司は手を離した。
ふいと顔を背けて部屋を出ていく彼の背は、言いようのない諦めのようなものが感じられた。







********************************

  気ままに更新されていくこのB/Mパロ。
  とは言え何ヶ月放っておいたことか(汗)
  あーあーあー、えーと。
  今回は別に深司がどうこうではなく、
  忍足向日ペアを異端審問官として出したかっただけのはずなのに。
  何か方向性全く変わってしまいました(滝汗)
  とりあえず続いて…て、宣言するのも怖いのでやめといて(爆)
  また気が向いたら続けて更新されたりされなかったり。
  いい加減でごめんなさい。

                                 ’02.6.10.up


BACK