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―血縁― パタパタと走る音が響く。 裏路地は薄暗く、音も反響しやすく誰かがそこにいるのだということを誇示させずにはいなかった。 少し軽めの音は、女性一人分だということを容易く予想させる。 どんな者がいるかもわからない場所でそんなに目立つ音をさせていては危険だと、そんな概念さえ失ってしまうほど彼女は焦っていた。 落ち着かない様子で辺りを注意深く見回しながら、その速度を落とさない。 響く足音にもまるで頓着せず、彼女はひたすら何かを探しているらしかった。 時折何かに気づいたように一瞬立ち止まっては違ったことを確認して落胆した表情を浮かべ、また走り続ける。 彼女の姿を見掛けた者たちは、一体何をしているのかと皆首をかしげていた。 深司は目の前の男をじっと観察した。 黒髪長髪にめがねをかけた長身の男。 薄い笑いを浮かべるその顔は、明らかに自分を侮蔑の対象として見ている。 いっそ、汚らわしい死体でも見ているような視線。 虫唾が走った。 「オモロイなぁ、この奴隷。俺らにガンつけとんで」 「え〜、ウザ!身元証明書は?無いならさっさと殺しちゃえよ、侑士」 「せやなぁ…」 隣にいた妙なおかっぱの男は、至極面倒そうに言う。 その男はもう一人の男とは違い、汚いものどころか存在すら認めないように無視しているようだ。 はっきりと表したその態度は、逆に相方と比べればずっと可愛らしく感じられたが。 二人のやり取りを冷めた目で見る。 深司の性格上、そして目つきの悪さも手伝って、街に出る度に何かと因縁をつけられるのはいつものことだったが、今回ほど最悪な状況は初めてだった。 一つには、相手が異端審問官であったこと。 他の一般市民であれば隙を見て逃げ出すこともできるが、直接彼らに見つかったのでは成す術も無い。 それも、どうやら彼らは審問官の中でも高位に属しているらしく、先ほど彼らの部下らしき黒き羽の者が報告のためかどこかへ走っていったようだった。 二つ目に、深司は今飼い主とはぐれてしまっていた。 身元証明書は肌身離さず持つように言われていたし、それを所持していないがゆえに問答無用でその場で切り捨てられる他の奴隷の姿も何度か見たことがあったので、それを手放すような馬鹿な真似はしなかった。それがあるからこそまだ殺されずに済んでいるが、無ければもっとあっさり終わっていたことだろう。 自分が死体になる、という結果で。 それは免れたが、それでも主人が傍にいないことは随分と致命的だった。 いつもは彼女が何かと弁解してくれるのだ。差しさわりの無い程度に。 黒き羽でありながら処世術すら全く持ち合わせていない深司の代わりに彼女がいつも弁護してくれていた。 おそらく今頃必死になって自分を探してくれているのだろうと予想はつくが、今目の前にいる審問官たちに切り捨てられるよりも前に見つけてくれる可能性は低かった。 騒ぎを聞きつけて彼女が辿り着いた時には、自分は物言わぬ死体と成り果てているだろう。 自業自得、という単語が頭に浮かび、深司は苦笑した。 正にその通りだ。 最近彼女を見るたびに、自分でもわからないイライラが募り、自然に彼女への接し方に棘が含まれるようになった。 自分を遠ざけているのだと思ったは、遠慮するかのように少しずつ深司との距離を置き始めていた。 今日街へ来るのにも、一緒にいるのにどこか怯えてるようで。それが更に深司を苛立たせた。 隣で歩きながら奇妙に間に置かれた距離。 それが原因だったのだろう。気づけばそれまでいたはずの場所に姿が見えなくなっていた。 そして探し歩いているうちにこの二人にぶち当たってしまったのだ。 「身元証明書っと……。 !!?岳人、これ見てみ!!」 深司の持っていた証明書をなかばひったくるように奪い取り確認した男が取り乱して相方に呼びかけた。 何だよ、という顔をしていた相方も、それを見た瞬間顔色を変えた。 こちらは声も出ないようだ。 証明書と深司を交互に見やり、見間違いでないことを確認するように自分の頬を叩いている。 証明書に書かれているのは、予防注射を済ませているか、今の主人の元に来てどれくらいか、その程度のことだ。 あとは自分の主人と家の所在地くらいのものである。 それに何を驚くことがあるのか。 彼らのただならぬ様子に、むしろ深司の方が面食らった。 「……身元、証明できたと思うけど」 ボソリと呟くように口にした彼の言葉を彼らは聞いていなかった。 ただ驚きのまま、深司に向かって叫ぶように言った 「お前、の奴隷かよっ……マジで!?」 こくりと頷いた深司の返事を確認しているのかいないのか、彼らは騒ぎ立てるばかりである。 当事者である深司はわけもわからず、忘れ去られてしまったようなこの状況に困っていた。 ここで逃げれば切り捨てられるだろう。 けれどこの馬鹿みたいなやり取りに付き合ってもいられない。 自分がの奴隷であることがどうして彼らをそれほどまでに驚かせているのかわからない深司にしてみれば、彼らのその様子は馬鹿げたものにしか見えなかった。 (これだけ騒いでるんだから、とっとと気づいて迎えにくればいいものを…) 白き羽を持つ者としてはあまりに不似合いな文句を心の中で呟き、主が迎えに来ることを願った。 「そういや、宍戸のヤツがそんなこと言うとったような気が……」 「でもありえねぇって!だってさ…」 まだ言い合いを続けている二人を見ていると、ふいに腕を掴まれ後ろに引っ張られた。 引かれるまま振り返る。 にしてはあまりに大きな手に疑問を持ちながら。 視界に入った予想もしていなかった大きさに驚く。 腕を引いていたのは、長身の、それも体格のがっしりした男だったのだ。 全く見覚えの無い顔。の知り合いだろうか。 彼は人差し指を口に当てて静かに、と示すとそのまま深司の腕を掴んで、異端審問官に気づかれないようにそっと裏路地へと身を隠した。 我に返った審問官たちが、問題の奴隷の姿が消えていることに気づくのは、ゆうに10分以上が経過してからのことだった。 男の促されるままにひとけの無い路地を進んでいった。 たまに人はいたが、それらは全て白き羽の奴隷。しかも生きる生気すら失った者たちばかりだったので、目撃者はいないと言って良かった。 二人は無言だった。 男は時折深司がついてきているかを確認するように振り返ったが、姿を確認するだけでまた進行方向を向いて歩き続けた。 深司としては逃げ出しても良かったのだが、来た道を戻ればおそらくあの審問官たちと鉢合わせしてしまうだろう。 この男が何者かわからないが、少なくとも彼らよりはよほどマシな気がした。 「あの二人の前であんなに堂々としてるなんて…黒き羽の者でもああはいかないよ」 突然男が言葉を発した。 視線は相変わらず前方を向いていたが、明らかに深司に対して言われた言葉だった。 「…………別に」 無礼な答え方に少々眉を寄せたが、どちらかと言えば苦笑しているようで気分を害したわけではないらしかった。 「あそこ…あの扉に入れば大丈夫だから」 「あっそ」 前方に見えた扉を指差し、男は速度を緩めた。 いや、正確には緩めざるをえなかったのだ。 視界に入った人物を確認したために。 「深司!!」 扉の前にはがいた。 とても落ち着かない様子でそわそわしているのが遠目にもわかるほどだったが、二人が来るのを見た途端パァっとその表情は明るくなった。 濃い茶の髪は、建物の陰のせいでほぼ黒にしか見えなかったけれど、それは間違いなく彼女だった。 「良かった、無事だったのね」 小走りに駆け寄りそのまま抱きついてきた彼女を受け止める。 すがりつく彼女を拒むことはできず、戸惑いながらもおそるおそるその体を抱き返した。 「だから、俺に任せてって言っただろ、姉さん。信用無いなぁ」 ほぼ存在を忘れかけていた男の言葉に、深司は目を見張った。 姉さん、と。彼は確かにそう口にした。 答えを求めるようにを見ると、顔をあげた彼女は事も無げに言い返した。 「そうじゃないけど、父様のこともあるし。 ……って、つまりは信用してないことになっちゃうのか。ごめんね、長太郎」 チョウタロウと呼ばれたその男は先ほどと同じように苦笑しながら、さも当然のように彼女の笑顔を受け止めていた。 「………弟?」 「うん、そう。一番下の弟なの」 彼は間違いなくの弟らしい。 末っ子である彼をはとても可愛がっているらしく、何かにつけて「ね、長太郎」と楽しそうに同意を求めていた。 長太郎にしても、兄弟の中で唯一の姉を慕っているらしい。 だからこそ、こうして深司を助けてくれたのだという。 「姉さんが奴隷を買ったって、知り合いじゃ誰も信じなかったよ。あの父上にあれだけの啖呵を切って出てったその原因を、あっさり覆すなんてさ」 それもそうだ、とはまるで他人事のように笑った。 何があったのか、説明されずとも容易に想像できた。 恐らくまた、白き羽の者だって自分たちと同じ人間なんだと主張してやまなかったのだろう。今も昔も全く変わっていないということだ。 確かにそれでは彼女が奴隷を買ったと聞かされても俄かには信じ難いだろう。 「でも……それでも、家に戻る気は無いんだろう?」 長太郎の切り返しに、は少し表情に影を落とした。 ごめんなさい、とその表情が語っていた。 そんな姉を見て、長太郎は軽く息を吐いた。 「わかってるよ。言ってみただけ。奴隷を買ったとはいえ、意見は変えてないみたいだし。その状態で戻ってきたら今度こそ父上に殺されてしまいかねない」 「うん……」 小さくごめんねと呟いたは、それでも深司の手を離そうとしなかった。 まるで、この手を離せばなくしてしまうと思い込んでいるかのように、しっかりと握った手。 その手は微かに震えていた。 「……さっきの審問官たち…俺のこと凄く驚いてたんだけど」 「ああ……やっぱり」 苦笑しながらは、彼らが自分の知り合いであることを教えた。 「姉さん、家を飛び出してく時凄いこと言ってったんだよ」 言葉を付け足す長太郎。 心配しているというよりは、どこか面白がっているような顔だ。 「……『羽の色で差別するな』って?」 「………奴隷にすらそんなこと教えてるの? これじゃ父上が怒るのも当たり前だよ」 先取りされた深司のセリフに今度こそ完全に眉をひそめた。 姉のことは大切だし、出来る限り協力したいとは思っている長太郎だったが、それでも彼女の言い分が世間の一般常識からかなり逸脱していることはわかっていたし、それに賛成できないでいた。 とても危険極まりないことなのだ。彼女が主義主張していることは。 それは自分たちの存在を脅かしてしまうものだから。 だから、とりわけ身分の高い貴族たちは、そのようなことを市民が口にすることすら許さないというのに。 平等などということを自分の娘が口にすることを良しとしなかった神官である父は、数年前のの啖呵を機に彼女を勘当していた。 「だって父様、あまりに頑固なんだもの。兄様もよ。何かにつけて父様と同じことばかり」 「そりゃあ、景吾兄さんは姉さんのことを可愛がっていらしたから。心配してらしたんだよ、あれでも」 「あれでも……ねぇ」 何か思うところがあるらしく、不満そうに唇と尖らせた。 長太郎はそれには何も言わず、ただ彼女をじっとみつめていた。 そんな姉弟のやり取りを傍で見ながら、深司はまたいつもの苛立ちに襲われた。 いや、似ているけれど、いつものとは微妙に違う。 いつもは自分に対してなのに、今の対象者は長太郎だ。 それも、どこか憎しみに似た感情。 その衝動をぶつけるように、深司はを引き寄せた。 力を込めれば折れてしまいそうな体に、それだけの力を込めて。 は驚きはしたものの、折れたりはしなかった。 当たり前のことなのに、それにどこか安堵した。 「深司……?」 不思議そうに名を呼ぶ彼女。けれど返事はしなかった。 どうしてそんなことをしたのか自分でもわからない。 ただ誤魔化すように、そして苛立ちを拭うようにきつく彼女を抱きしめるばかりだった。 「やれやれ……嫉妬されちゃったかな」 笑う長太郎の言葉。 反論するをよそに、深司は自分の原因不明のこの感情が何なのか知った気がした。 「もう大丈夫だよ。忍足さんも向日さんも、この時間には引き上げてるはずだから」 長太郎のおかげで何とか事なきを得た深司だったが、それでも礼は言わなかった。 むしろ借りを作るようで癪だった。 愛想の無い深司の代わりにが礼を言っていて、それが余計に深司の癇に障ったが、流石にそれに文句は言えなかった。 帰り際、長太郎はにバレないようにコソ、と深司に耳打ちした。 『姉さんを、守って欲しい』と。 それにも深司は返事をしなかった。 する必要も無かった。 どうせ他人に何を言われようとも、もはや彼女に他の男が触れるだけでも許せない自分を認識していたから。 そんな深司の気持ちをわかっていたのか、長太郎はそれ以上言わずにくす、と笑って見送ってくれた。 ******************************** またしても長らく放置しておりましたB/Mパロです。 しかもなぜか他キャラが今だかつて無いほど大勢出演。 さらに氷帝メンバーばっかりだってんだからホント何故でしょう(をい) 当初、助けてくれるのは大石先輩(友人設定)のつもりだったのですが、 忍足向日を出したなら長太郎はどうだろう、と思い、 どうせなら弟にするか、弟にしたんなら監督を父親にでも(待て)、 更にここまで来たら跡部も兄に、宍戸も弟にしちまえと 無謀に無謀を重ねた設定が出来上がりました(核爆) やり過ぎ……(−_−) 収集つかなくなりそうで怖いですが、頑張ります……。 ’02.10.13.up |