起動










最初はほんの軽い気持ちだった。
半分遊び、残りの半分は疑惑と好奇心。
どうせ無料なんだから。
そんな程度だったのに。





申し込んだ次の日に届いた『彼氏』を実際に目で見て、ことの大きさに愕然とした。






「……彼女?」





呟かれた低い掠れた声は、まるで寝起きの少年そのもの。
少し重そうな瞼も、いかにも今まで熟睡してましたって様子で。
彼が座っているのはまだ開きかけのダンボールの中だってことも忘れて、私は呆けていた。


さらさらの綺麗な黒髪。
切れ長の目。
体は程よく筋肉がついていて、それでいて少年らしい柔らかさを保っている。

それ以上視線を下にしないようにしながら、私は彼に見とれていた。
作り物なんだってわかっていてさえ魅了される、綺麗な男の子だった。


「…キミが、俺の彼女?」


呆けていると、彼は少し苛立ったように繰り返した。
その言葉にハッとして、慌てて視線を彼に合わせる。
うん、という一言さえ出せずに、ただ首を縦に振るばかり。


何を考えているのか、それともふりだけなのか。
彼は少し間を置いてじっと私を見つめてから、にこりともせずに頬に手を当てた。




「よろしく、彼女」




これをファーストキスと呼んで良いものか。それとも起動も数えるのならセカンドキスだろうか。
パニくった頭でそんなことを考えながら、私は唇を奪われていた。









ことの起こりは怪しげなセールスのお兄さんだった。
セールスマンだと言い切ったそのお兄さんだが、正直見た目にそうは思えなかった。
何と言ってもRPG風な衣装を身にまとって、それで「営業です」と関西弁で繰り返されてもちょっと信じ難い。
しかし、渡された名刺には確かにそう明記されており、とりあえず深く関わらない程度にお相手しようと話し続けた。

言い忘れたが、変なキャッチセールスに捕まったわけでは断じて無い。
ガク・ナミキリと言う名らしいそのお兄さんの定期入れを拾って、一緒に挟まれていた名刺の連絡先に電話しただけだ。
まごうことなく良心に従ったまでの行動だ。むしろ誉められて然るべき!
実際、ガクさんは困っていたらしく、連絡すると飛ぶように駆けつけてきた。


そうしてお礼代わりだと言って紹介されたのが、あやしげなサイトだった。




好奇心は猫をも殺すと言うけれど、女の子にとって(男の子も?)好奇心は切っても切れないもの。
有料サイトで無いことは確認して覗いてみたそのサイトは、「恋人ショップ」というものだった。




それがどういう物かは今の私の現状を見れば一目瞭然だ。





「え……と、かれし?」



説明書に「好きな名前をつけろ」と書いてあったからには、名前はまだ無いのだろう。どう呼んでいいのかわからず、とりあえず『彼女』と呼んでくれた彼に倣って『彼氏』と呼んでみた。

そもそも、まともにものを考えられる状態じゃない。
相手はまだ素っ裸で(一応下は予め隠しておいたけど)、そのままキスされて。
顔も離してくれない状態でまだ冷静でいられるって人がいるならお目にかかりたい。
『彼』はまだ離してくれなかったけれど、とりあえず返事はしてくれた。

…の、だが。



「何?」



……素っ気ない。

商品…だよね?
記憶を探ってみる限り、また、さっき見た説明書を見る限り、「愛玩商品」と書かれていたはず。

そう、彼は見た目は人間だけど、体温も温かいしちゃんと動くけど、あの怪しげなサイトから購入した「人形」なのだ。
人形と言ってもおもちゃではなく、ちゃんと考えるし物も食べる、喜怒哀楽もある…らしい。科学も随分と進歩したものだ。

“お客様のご要望通りの性格に仕上げた最高の彼氏をお届けします”

そんなキャッチコピーが、いかにも女性受けしそうな可愛い文字で書かれていた。



一見した時は「おもちゃか」と思い、興味本位でページを眺めているだけだった。
けれど、説明を読むにしたがって興味はむくむくと膨れ上がり、最終的に「3日間無料お試しセール」という文字が決定打となり、注文ボタンをクリックしていた。

“あなただけのために存在するあなただけの恋人”と書かれたその『商品』は、あおりの通り要望通りの性格を付加できるということだった。
深く考えず、項目を幾つか付け加えた。
どうせ無料なんだから。
それが私の心の制御を緩めていた。


そうして届いた人形は、注文通りの性格をしているはず。
だというのに。
この反応は何だろう。
寝起きで機嫌が悪いとかって、そこまで完璧な人間らしさを追及した、とか?
それにしたって、それじゃ客受けしなさそうな。



今日…つまり、注文した次の日。
学校から帰ってきた絶妙のタイミングで届いた大きな包みを、半分怖さを感じながらも半分はどきどきしながら開けた。
中に入っていたのは誰が見ても眠っているとしか思えない男の子。
一糸纏わぬ姿で横たわっていた彼に慌てながらも、どうにか平静を保って説明書に目を通した。
実際それは、「人形なのだから」と必死になって自分に言い聞かせなければ忘れてしまいそうなくらい人間らしかった。


起動させるのに、躊躇ったのも事実だ。
彼が本当に動くのかどうか。動かして、どうなるのか。
また、それとは別に、起動方法に少しばかり抵抗があった。

説明書にはこう書かれていた。


『本体の唇がセンサーになっており、お客様の唇から体温を読み取ることにより、お客様を「恋人」と認識いたします。』


つまり、平たく言い直すと「キスすれば起動する」ということだった。

ファーストキスさえまだの私にとって、これは大問題だった。
たかが人形。されど人形。
これだけ精巧な人形で、しかも動いてしゃべるとなれば、もはや「人形だなら」なんて済ませない。
目覚めない彼を目の前に随分悩んだけれど、ここでも結局好奇心が勝った。


思い返してみると、今回の私の行動はいつもの私らしくない。
どうして歯止めが利かないのか。まるで催眠術にでもかかっているように、誘惑に勝てなかった。




また考えに陥りそうになったけれど、彼と視線がぶつかって正気に戻った。
その目は明らかに不機嫌という感情を映していた。


「あ、あの…離して、くれるかな」
「? 俺、キミの彼氏でしょ?」
「そ、そうなんだけど……」


きょとんとされるとかえって反論し辛い。
天然だったりするんだろうか。
相手が人間じゃないとわかっていても、この距離は心臓に重労働を強いるものだった。
むしろ人間じゃない『彼氏』だからこそかもしれない。
私を見る瞳には、本当に私以外映っていないって感じで。
人間の彼氏なら疑わずにはいられない浮気を気にすることもない。
本当に、私のことだけを見てくれる彼氏。
そう設定されているにしろ、そんな風に見つめられるのはドキドキした。


「話……まず、話、しよ。ね?名前とかも…」


しどろもどろに言葉を紡ぐ。
苦し紛れの言い逃れバレバレの態度。
でも、他に思いつくことも、何とか言い繕う機転も私には持ち合わせが無い。
彼は少し機嫌を損ねたように目を細めて、額にキスしてからようやく離してくれた。






オプションでついていた服に着替えさせ、夕飯を作ってるうちにようやく頭が冷静に機動し始めた。
けれど、今度は逆にことの重大さに気付いてしまった。
確かに3日間無料お試しセールだ。
3日で返品すれば一銭も取られることはない。

でも…。




「ねー、。まだ?」



さっきまでテレビを見ていたはずの彼が台所をひょいと覗いた。
「ごめん、もうちょっと…」
首だけ向いて返事をする。
彼はむっとした顔で近づいてきた。
人形と言ってもちゃんと食事はするそうだし、お腹も空くんだろう。
「お腹空いてるなら、冷蔵庫に昨日の……」
昨日の残りのジャガイモ煮が冷やしてある。
そう言おうとしたが、みなまで言い終わらないうちに中断せざるをえなくなった。



「メシじゃなくて、



後ろからそう囁かれて、治まっていたはずの心臓の活動が再び激化する。
その隙に彼は腕をまわしてきた。
間近に感じた体温に口も満足に動かせなくて、離してなんてとても言えやしない。
手だって菜ばしを落さないようにするのが精一杯だ。
そんな私に気付いているのかどうか、『彼氏』は更に追い討ちをかける。


「メシはいいから、しようよ」


ガッシャーン


ここまでくると固まってすらいられず、隣に置いてあったボウルを引っ掛けて中の野菜ごと流しに転げ落ちた。


「ちょ、ちょっ……待って…!」


必死に拒否すると、またむっとする。
どうやら不機嫌だったのは寝起きのせいではなく、元の性格らしい。
ついでに付け加えるなら、彼は「NGHTLYシリーズ」というヤツで、早い話が夜のお相手用として作られた人形だということだ。
だから、こんなことも平気で言うんだろう。
そこに私との認識の差があるとさえ思っていない。


どうしてだと詰め寄る彼に、心の準備くらいさせてくれと納得させるのにも随分時間がかかった。
感覚の違いなのだ。
彼はそのために「造られた」ものだから、それが当然で。
見た目は人間でも、あくまでも人形。インプットされたままに動いているだけ。



そうとわかっていても、彼の動きも感情もリアルすぎて。
声をかけられるたびに、彼が人形なんだってことは忘れてしまう。



3日経って、果たして私は彼をちゃんと『返品』できるだろうか。



手遅れになってしまうくらいなら、今すぐ送り返した方がいいのはわかっている。
けれど、それが「設定」であってもこうまで私を好きだと言ってくれる彼を目の前にすると、そんな気持ちは吹き飛んでしまう。
たった1時間程度の今でこれだ。
それを、3日?





?」





それを知ってか知らずか、『彼氏』はぎゅっと私を抱きしめた。





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  絶対彼氏、面白かったんです。
  内容どうこう以前に設定が腐女子向け(笑)
  渡瀬先生の作品ってことで前々から気になってはいたんですが、
  立ち読みで読んでみてノックアウト。
  そんなオイシイ設定有りですか!?
  そしてここでパラレルしてしまう辺り、私です(苦笑)
  久々に創作意欲かきたてられました。

                               ’04.6.24up


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