欠陥良品










何が正しいのかなんてわからない。
けれど、このままじゃいられないってことだけは痛いくらいに感じていた。
一番最初の『彼氏』と、こんな風に気まずいまま別れたりしたら、絶対後々尾を引く。
それ以上に、深司を好きだって気持ちが強かった。


だからと言って後悔しないかといったらそれは全くの別問題で。
半分くらいはほだされたような気持ちでこんなことをするのに抵抗はあった。


でも、深司の顔を見たらそんな気持ちは吹き飛んだ。
この気持ちだけが私を支配した。







部屋に行くことすらもどかしかったのか、深司はそのままソファに私を押し倒した。
体勢に無理はあったけれど、息をつく間も無いほど繰り返されるキスに思考能力は失われていった。
最初は絡ませられる舌に応えようとしていたけれど、その力すら奪われる。
くたりとした私に気付いたのか、一度中断して優しく額に口付けてくれた。


「…好き」


うわ言のように呟いたら、彼は体の機能を停止させたみたいにぴたりと止まった。
不安に駆られた私の目の前で、彼は微かに赤くなり、片手で顔半分を抑えて不機嫌そうに言った。

「…馬鹿。俺、フィギュアだよ」

本気になっても泣くだけだ。
そう言いたかったのだろう。
最初から本気で愛されるはずがないと認識している。それは彼にとって辛いはずなのに、そうやって私の心配をする。


私の言葉に離れた顔を、腕を延ばして引き寄せる。
額がつくギリギリの位置まで近付けて、言った。

「私の『彼氏』だよ」

本心からの言葉だった。
伝わったのか、深司は目を丸くして、次に想いをぶつけるように口付けた。




服の裾から手が進入してくる。
直接肌に触れられる手は少し冷たかった。
人間でありえる範囲内の低い体温。
手の冷たい人は心が温かいってよく言うけど、それを具現したような暖かさだった。
ひんやりした手にぞくりとして身をよじる。
するとソファから落ちないようにもう一方の手が支えてくれた。ついでに、逃がさないと言うように。




手を動かしている間もずっと口付けられていた。
唇だけでなく、頬、額、眉間。
顔中にキスされて、その度にその箇所が熱くなった。


……」


耳元で囁いて、そのまま耳をぺろりと舐めあげる。
熱い舌にぞくりとして、反射的に声をあげていた。
自分のものとは思えない声に顔が熱くなったけれど、逆に彼は満足したように笑っていた。






好きだ。
深司が好きだ。
人形だとか商品だとか、明日には返品しなきゃいけないとかその後のこととか。
心配だったはずのことは全部吹き飛んで、この想いだけが全てだった。
怖さを感じなくなったとまで言うと嘘になる。
でも、深司ならって。自然にそう思えたことが嬉しかった。






背中に手が回され、ホックが外される。
手はすぐに下着の下に滑り込み、誘うように動き始めた。

「やっ……」
「何?やめる?」

意地悪くそう聞いてくる。
肯定の返事なんか返ってくるはずがないって態度で。
悔しいながらもその通りで、私はふるふると首を横に振った。

「やめろって言われても…やめないけど」

服を捲り上げられ、露になった胸元に口付けられる。
声にならない声をあげながらも、初めて味わう感覚を心地好く感じていた。




その時。






ピーンポーーン



無粋とは正にこういう時のためにある言葉だと思える絶妙なタイミングで、現実に引き戻すような軽快なインターホンの音が響いた。
慌てて体を起こそうとした私を深司が止める。

「でも…」
「…………」

困ったけれども、一睨みで返された。
もっとも、私としてもこのタイミングでの来訪は正直嬉しくなかったのだけれど。


現実から再び引き離そうとするかのように口付けられる。
それだけで来訪者のことなんてどうでも良くなった。


しかし、この無粋な客人。こんな時間に訪れるだけのことはある。
何度無視してもこりずに、遂にはぴんぽんぴんぽんと間髪入れずに押し続ける。
さすがにこれを無視して続けることは彼にもできなかったらしい。
苛立ったようにインターホンの受話器を上げた。
途端に響いた声に、二人で顔を見合わせた。









「どーもー!クロノス・ヘブン社のガク・ナミキリでーす!!」










「ややなぁ、そんな不機嫌な顔せんと」
「……で?」


不機嫌絶頂の深司を前にして馬鹿明るい顔を保っていられるとは、恐るべしガク・ナミキリ。
彼こそ私に恋人SHOPを紹介し、結果として深司と引き合わせてくれた張本人のセールスマンだ。
コスプレまがいの営業服も以前会った時と全く同じ。
既に午後10時半を回ったこの時間は営業時間外なんじゃないだろうかと思ったが、そもそも彼が本当にセールスマンで本当に営業かどうかも非常に怪しいため、聞くに聞けなかった。



「どうも、お客様。この度はウチの店をご利用下さりありがとうございました」


にこやかに向けられる笑みは胡散臭いのに、疑う気になれないのは親しげな関西弁のせいだろうか。
しかし、それでもこんなタイミングで邪魔されて快く歓迎などできるはずがなく、私は気の無い返事を返した。

けれど、本当に何だと言うのだろう。
返品は明日の夕方のはずだ。
もちろん、私が望めばそれ以前に返品することは可能だけれど、そんなことはカケラも望んでいない。
ならば規定の時間まで待つのが筋。
なのに、時間切れまでまだ15時間以上ある今、一体何の用事があるというのか。

少しばかり不安に駆られながら、ガクさんの言葉を待った。
もっとも、待つまでもなく彼はそのまま本題へと入った。


「それにしてもこの度は、ホンマにえらいすんまへん」
「は?」


ちっともすまなさそうに見えない態度で頭を下げる彼。
理由がさっぱり思いつかず、私はきょとんとした。

「すみませんって…何がですか?」

私が深司に本気になってしまったことだろうか。
それ以前に中学生にこんなものを売りつけてしまったこと?
けれどそのどちらも今更な話だ。それに、注文したのは私の意思であって、販売側がそれに対して謝る道理は無い。
ガクさんはにこにこしながら私の隣にぴったり座っている深司を指差した。




「これですわ。ご注文いただいたラヴァ・ドール(恋人人形)。これがまたえっらい不良品を送ってもーて」




あっけらかんと言われた言葉。あっはっはと笑いながらだから、余計に意味を飲み込むのに時間がかかった。


『不良品』


確かにそう聞こえた。
呆然としている私に彼はもう一度繰り返して念を押してくれさえした。
深司は『欠陥品』だと。



「あれ、お客さん気付いてはらへんかった?」

逆に驚いて聞き返される始末。
そうしてガクさんは、本来のラヴァ・ドールの性能と私が付加した性格オプションについて説明してくれた。


「おかしいと思わんかった?どう考えたってコレが客商売に向いてるようには見えへんと思うんやけど」

確かに、些細なことですぐ不機嫌になる上にぶつぶつと文句を繰り返す『恋人』を、大金を払って欲しがる客は稀だろう。

「それに、アンタがつけた性格設定。『優しい』『頼りがいがある』『少し嫉妬深い』……なんやシスコン兄貴みたいやな……どう見てもちゃうやろ?」

確かに違う。
優しいと言って言えなくは無いけれど、希望してつけたオプションならもっとハッキリと現れるのが当然だ。
それに頼りがいなんて皆無。むしろ放っておけないタイプだ。
唯一『嫉妬深い』という点だけは当てはまっているが、それにしたって「少し」という部分は無視している。



思わず隣にいる深司を見た。
彼は気まずそうに顔を背け、何も言わなかった。



『不良品』
そう言われる気分はどうだろう。
考えなくたってわかる。最悪だ。
自分はいらないのだと言われたのと同じなのだから。
人間で言えば『クズ』と言われるようなもの……もっと酷い。
存在意義を否定されたも同然だ。



「まぁ、無料お試し期間やし、それなりに楽しんで貰えたみたいやし。この件はサラーっと水に流す、ちゅうことで…」



目の前に座っていて、深司の様子が見えていないはずは無いのに、一切考えない様子でガクさんは結論を言った。
深司はもう、私を見ようとはしなかった。絶対に、何があっても振り返らないと背中が物語っていた。
「拒絶」しているわけではなく、それでいてハッキリとした「壁」だった。






「…ガクさん」
「はいな!」


膝の上で重ねていた手に力を込めた。入りすぎて細かく震えるくらい。
怒っているのか悲しいのか、それとももっと違う感情なのかもわからない。
けど、決意だけは決まっていた。

反射的に返事はしたものの、おちゃらけた自分と対照的に真剣な私の態度に戸惑ったのか、ガクさんは少し腰をひかせた。



これから私が言おうとしていることは、酷いことだろうか。
深司に辛い思いをさせるだけだろうか。
考えながらも、口は動いていた。


「不良品なら…今すぐ返品ってことですか?」
「そのつもりで来たんやけどな」
「持ってかえって…その、後は……?」
「とりあえず何があかんかったんか調べなあかんからな。そっから先は企業秘密や。ま、幸い初号機は上手くいってるさかい、あっちと比較して……」


皆まで言わさなかった。
ほとんど怒鳴りつけるように私は叫んでいた。




「だったら、私が引き取ります!!」




二人とも驚いたように私を見た。
絶対振り向かないとあんなに示していた深司さえも、この発言には振り向かずにはいられなかったらしい。
目を丸くしながらじっと私を凝視していた。


不良品だって言うなら、その後処理するくらいなら、私が引き取ったって構わないじゃないか。
欠陥品を送ってきたというなら責任を取ってもらったっていいじゃない。
おかげで深司を好きになってしまったんだから、どうせ売り物にならないんだったら私が貰っても問題ないじゃないか。




こじつけどころか無茶苦茶だってことはわかってた。
けど、離れたくなかった。返したくなかった。
向こうに落ち度があるのなら、それを逆手に取ってでも引き止めたかった。






たった一言なのに息は荒くなっていた。
勢い余って立ち上がってしまった私を二人してポカンと見上げている。
特にガクさんは私を比較的大人しい真面目な中学生と認識していたようだった分、深司以上に驚きは大きいようだった。
先に我に返ったのは深司の方だった。
丁度彼の目の前にあった私の手…力一杯握っている拳を引き、座らせる。
全力を振り絞った私にそれに逆らうだけの力は残っておらず、されるがままにすとんと腰を降ろした。

……」

もたれかかると、深司は怖々と私の肩を抱いてくれた。
二人して震えていた。
私はとんでもないことを言い切った後の脱力感と、深司を失うことへの恐怖で。
深司は…わからないけど、私を抱いてくれる腕が微かに震えていた。
それが恐怖なのか安堵なのか、わからないけれど。



支えあっている私たちを見ているガクさんは心底驚いたようで、ぽかんと口を開けたまま固まっていた。
信じられないというより、ありえないものを見る目だった。
ぱくぱくと音の出ない口を動かし、意味もなく私たちを交互に指差す。
呆けた対応に、二人して睨みつけるような強い眼を返した。




「えー、つまり?嬢ちゃんはその不良品が、お気に、召した……?」



不可解だと言わんばかりに額を指で押さえながらガクさんは呟いた。
それは私に対してというより、自分に言い聞かすようだった。

私が頷いたのを確認し、再び視線を深司に向ける。
ムっとした顔のまま睨み返す深司に臆する様子は無く、観察するように上から下まで何度も視線を動かした。
機嫌は悪いものの、深司は何も言わずにただ眺められていた。



しばらく観察した後、ガクさんはあれだけ軽かった口を重そう開いた。


「注文とえらい違うけど、それでもコレがええっちゅーの?」


言い回しに不快になりながらも、私は力強く頷いた。
嘘偽りは無かった。
確かに注文した内容とは違う。
けれど、現実とは得てしてそういうものだ。
理想と全く同じ人で無ければ好きにならないわけじゃない。むしろ理想通りの人が目の前に現れたからと言って、好きになるとも限らない。
理想とはあくまでも夢。実現することのない空想上のもの。だからこそ汚されず綺麗なままで思い浮かべることができる。
理想の型通りの人が目の前にいれば、必ず些細な粗が気になってしまう。
そんなものだ。


特に人を好きになるっていうのは理屈じゃない。
今度のことでそれがよくわかった。
深司は私の理想とは全く違った。
頼りにはできないし、表立って優しくは無いし、文句は言うし、自分勝手だし。
けれど、そんな深司が私は好きだ。
それはもう、「どうして」と問われても答えの出るものではなく、動かすことのできない「事実」。




ガクさんはまた頭を抱えたが、頭を上げて第一声、こう言った。


「『理想の恋人』がコンセプトやのに、理想とちゃう恋人がええって言われたらウチの会社成り立たんやん」


確かに。
とは言え、女心は理屈じゃない。
何でも予想通り、期待通りにいくとは限らないのだ。






その後、ガクさんが会社に電話してああだこうだと協議する間、私たちは黙って見ていた。
それは見ていて十分楽しめるほど掛け合い漫才のようなやり取りだった。
相手の声は聞こえないというのに、ボケと突っ込みが傍目にもわかる。
謎の多い会社だ、クロノス・ヘブン社。




「あー、コホン。一応、社との協議の結果な…」
「漫才の間違いじゃないの」

ボソリと入った深司の突っ込みに心なしか嬉しそうにボケ返してから続けた。

「協議の結果。不良品や言うてもタダで渡すてワケにはいかん。何せ製作費用かかっとるからな」

思わず深司の手を握った。こっちを見ることは無かったけど、震える手を深司は握り返してくれた。
私の怯えはあからさまに見てとれたらしく、ガクさんは慌てて言い直した。

「や、ちゃうて!最後まで話聞く前に俺を悪役にせんとってって!!
確かに、タダってワケにはいかん。けどな、正直言うて俺らにはわからんねん。なんでこんな不良品…怒らんといてって…がええんか。その辺女心っちゅーんはどんだけ研究しても難しいもんでな」

『不良品』の言葉に睨みつける。
例えそれが事実であっても、深司が人形であっても、その言い方は絶対に嫌だった。




「せやから、や。データを提供してくれること。これが条件や。精神面でも肉体面でも、とにかく『恋人』に関する女の子のデータ。つまり、ちゃんのな。
それを提供してくれるんやったら……」
「やりますっ!!」



言い終わる前に答えていた。
私の感情とかを人に晒すというのは恥ずかしかったけれど、このまま深司と別れるより遥かにマシだった。
更に言うなら、彼らに引き渡した後深司がどうなるかを考えれば比較するまでもない。


深司は微かに眉根を寄せたけど、私の顔を見て口を閉ざした。





息をついて私たちを見たガクさんの目は、どこか優しく見えた。
それは単に私の気持ちの問題だったのかもしれないけれど。






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  とにかくここまで書かなきゃと決めて書き始めたんですが、
  精々2話程度のつもりが4話にも。
  いつものことながら長引くこと。
  前置き長っ。
  やっぱり私は深司が好きなのだと再確認するのには十分でした(笑)

                            ’04.6.29up


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