居場所










教室の一角に、異常なまでの人だかりができていた。
転入生というのはただでさえ人目を引く。
加えてあの顔だち。
女の子の興味を引き寄せるには十分過ぎる。

中心に取り囲まれた深司の姿はここからは見えないくらいに人が集っていた。




深司を返さなくても良いと商談が成立したあの夜。
何だかんだとデータ収集に関する云々を語っているガクさんに、深司がおもむろに言い出したのが「学校へ通いたい」ということだった。
一緒に住んでいるから感情データを取ることは難しく無いけれど、学生である以上家にいるより学校にいる時間の方が長い。部活をしていれば尚更だ。
たった2日でも深司は不満だったらしく、データ収集を言い訳に自分の願望を伝えた。
ただの我侭なら無視したのだろうが、データを取るなら学校も一緒の方が都合が良いのも確か。
加えていつ親が帰ってくるかわからない状態でこれから毎日深司を一人で家に置いておくことはさすがに躊躇われた。


その後何をどうしたことか、ガクさんは深司の転入手続きを済ませたことを報告し、早くも学校へと通うことになったのだった。
戸籍も無いフィギュアを学校に通わせることができるなんて、一体どういう会社なのかと思うがあえて不問にしておく。





顔立ちだけを見れば綺麗なことこの上無いから女の子たちの興味を引くだろうとは思っていたけれど、ここまでは予想していなかった。
話しかけて性格がわかれば皆引いてくれると思っていたのだ。
甘かった。
どうやら彼女らは深司のあの態度を「転校初日で緊張している」などと自分たちにとって都合の良いように解釈したらしく、その波は休まることが無い。
噂は広まり、別のクラスからまで見物人が来ている始末だ。
おかげで折角同じクラス(ガクさんが取り計らってくれたらしい)だというのに教室ではまだ一言も口をきけていなかった。



「よー、。噂の転校生ってどれだ?」

遠目に深司の方ばかりを気にしていた私は、声をかけられてようやく後ろの桃くんに気付いた。
驚いて振り返ると彼は私の返事も待たずに深司の周りの人だかりを見つけて声をあげる。

「お、あれか。ってー、お前の彼氏じゃねーの」
「うん、いや、まぁ…」
「なんだ?」

ズバリ的を得た質問に、曖昧に笑うしかなかった。
桃くんは怪訝な顔をしたが、それ以上聞いてはこなかった。



このクラスにも、勿論テニス部員はいる。
当然先日の一件は知っているはずだが、言葉にする人はいなかった。
一つには部活中に訪れた彼に興味を持って騒ぎ立てていた部員たちを部長が一括したため。
もう一つは、深司の存在に女子生徒の多くが色めきたったため、一応私を慮ってくれたのではないかと思われる。
この状況で付き合っているなどと言い出せばどうなるかは想像するだに恐ろしい。
ずっと黙っていることはできないだろうけど、今すぐ明かすのは愚かだ。
2,3日もすれば、自然と人の波は引いていくだろうから、その後ならいくらでも構わない。
転校生という者珍しさと顔立ちの良さが引き起こしている現象だ。
彼のあの性格が露呈すれば落ち着くだろう。





「いいのか、放っておいて」

良くない。
それはもう断じて良くないのだけど、声を大にして「私の彼氏だから近寄らないで」などとふれてまわれるほどの度胸は私にはない。
部に顔を出した時だって部員全員が驚いていた。
教室で同じことすればどうなるか。
絶対に隠さなければならないとは思っていないけれど、わざわざ自分から言い出す気にはなれなかった。

そう思いながらも深司に群がる女の子たちに不快感を感じているのも矛盾しているのだけど、つくづく理性と感情は別物なのだと思う。
頭ではできれば私達の関係などなるべく知られたくないと思いながら、心は反対のことを望んでいる。

だからこそ、私はここから動けなかった。
別のクラスに遊びに行けばこの光景を見ずに済む。
けれどそうしないで。
それでいてあの輪に割って入るでも無い。
自分のしていることが中途半端だと自覚しながらも、どちらの行動も取れずにこうして黙って見ることしかできないでいた。

時々深司の視線がこちらを向く。
そのことだけで何とか自分を慰めようとしながら。



「転校初日って、あんなモノなんじゃない?」


無理に作った笑顔は上出来だった。
別段満面の笑みを作る必要も無いのだし、苦笑したように笑えば桃くんも同じように返してくれた。
「だな」
そう言って私の頭をかき混ぜる。
形ばかりの抵抗をしながら、その手を有難いと思った。


桃くんはいつも、聞かれたく無いことは深く突っ込まずにいてくれる。
内心どれだけ腑に落ちないでいても、無理に聞き出したり不用意に言葉にしたりしない。
豪快でふざけたようでいながら、そんな気遣いのできる人だ。
もっとも、本人は何も考えていないらしいけど、それなら尚更その才能ともいうべき性格は感嘆に値する。

今もこうして私の頭をかき混ぜてふざけた様子をしているけれど、私が深司の方を、ひいては女の子たちのことを気にしないように、なるべく見ないようにとしてくれていることは明白だった。



「……ん?」
「え、どうしたの?」
「いや、あっち……」


桃くんは突然手を止めた。
何かと思って顔をあげると、さっきまであった人だかりが割れて、そこから深司がこちらに向かってくるところだった。
後ろの女の子たちの様子から察するに、何の前触れも無く立ち上がって何も言わずに歩き出したのだろう。想像に難くない。

「伊武くん……?」

振り向いてくれと言わんばかりの女の子の声は、深司の耳には届いていないようだった。


伊武というのはガクさんが深司につけた名字だった。
曰く、クロノス・ヘブン社だからイヴという発想らしい。
捻ってるんだか単純なんだか。
それ以前にイヴは女性なのだけど。
伊武深司という語呂は悪くないし、転入手続きは済まされているということだったのであえて反論もせずそのまま決定となった。


学生服はよく似合っていた。
もともと私と同じくらいの年なのだから、着ていて当たり前のもの。
それでも初めて見る新鮮さに朝は少し戸惑ってしまったっけ。
肩までの髪が合わないのでは無いかと心配していたが、実際に着てみると何の違和感も無かった。


既に一度朝見た姿だというのに、私は思わず見入っていた。
考えてみれば、意図せずにこれだけ離れていたのは初めてなのだ。
これまで私が学校にいる間は会えなくて当然だった。
それは仕方の無いことで、ちゃんと覚悟していたことだ。
けれど、今のは違う。
同じ教室にいて、邪魔さえなければ一緒にいられた時間。
なまじ目の前で見られるだけ余計に距離が感じられた。


深司は私たちの目の前まで来たと思った瞬間、桃くんを軽く突き飛ばすようにして私を引っ張っていた。
予想していないというより、思考がついていってなかった私はされるがままに深司の腕に収まった。
幸い桃くんは私と違って反射神経が良い。突き飛ばされはしたが少し後ろに下がっただけで、よろけることさえなかった…ようだった。私にとっては背中になるので見えないけれど、乱れた足音はしなかったからそうなのだろう。



何事も無かったからと言って、文句が無いわけではない。
何をするんだと声を荒げかけた彼の先手を制すように、深司は静かに言った。


「触んないでくれる?これ、俺のだから」


荒げた声ではない。鋭いわけでもない。
静かで暗いのに、どうしてか怒気が十二分に伝わる声だった。
さすがの桃くんもその殺気めいた怒りに咄嗟に言葉が出なかったらしい。
桃くんだけじゃない。
教室全体がシンとなり、さっきまで騒いでいた別グループの人たちに至るまで誰一人音を立てる者はいなかった。


「…………」


あまりに突然な恋人宣言に、当の私は恥ずかしさで声をあげるどころじゃなかった。
反射的に反論でも何でもすれば良かったのだろうけど、咄嗟に反応ができない。それどころかたった数時間ぶりだというのに、深司の腕の中がとても恋しくて。居心地がよくて。
これから広まるであろう噂に尾ひれを増やすだけだとわかっているのに、深司にしがみつくように腕を回した。





数秒間、教室中が固まっていた。
危惧していたことが最も極端な形で現実となってしまった。

これまで私には一切そういった色恋の話が出ることは無かった。
だからこそ、あの人気の高い男子テニス部でのマネージャーを務めていられたのだ。
下手に部員の誰かとでも付き合おうものなら、即刻解雇されていてもおかしくない。そのくらいにウチの部員、特にレギュラーの人気は高い。
本来ならマネージャーは取らないという顧問の信条があったにも関わらず登用された私。だからこそ信頼を裏切ることはできなかったし、それ以前の問題として好きな人なんてできなかった。

だから、部員全員…それどころかこの学校で私を知る人なら誰もが、私に彼氏がいるなどということは思いもしなかったはず。
ゆえに、この反応は至極もっともなものなのだ。



この氷河期とも呼べる空間を破ったのは、他ならぬ桃くんだった。
我に返ったと言わんばかりの乾いた笑い。それが段々と大きくなって、ついには爆笑寸前の笑い声になった。

「そうだな、人の彼女に手を出しちゃーいけねぇなぁ、いけねぇよ」

笑いながらのその言葉は真剣さに欠けていて、深司はムっとしたようだったけど、私は慌てて顔を上げて首を振って見せた。
桃くんは至って本気なのだ。
確かに笑い事と認識していることは否めないけれど、彼は彼なりに真剣に深司の言葉を受け止めてくれた。
突然にこんなことを言われて怒り出してもよさそうなものなのに、笑い話にして済まそうとしてくれている。
そうすることで深司を取り巻いていた子たちの矛先を少しでも和らげるように。
彼の好意を無にするわけにはいかなかった。



納得した風には見えなかったけど、深司はそれ以上何も言わなかった。
代わりに桃くんへの興味を無くしたように私のことを抱きしめた。
私の存在を確認するみたいに。ほっとしたように。
桃くんのおかげで徐々に息を吹き返していた教室は、今度は静まることなくひやかしの声をあげた。
恥ずかしさのあまり深司の体を押しやりそうになったけど、意志の力を総動員して何とか行動には移さずに済んだ。



腕に込められた力が、深司の気持ちを表していたから。
桃くんの気遣い以上に深司の心を無にしちゃいけないって。そう感じたから。
半分近くは開き直りながら、私は彼の腕の中で大人しくしていた。





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  やっぱだめ。別人になってしまう…。
  でも深司がナイトだったらこんなものでは無いだろうかと(開き直り)
  昔使った「俺のだから」をもう一度使いたくて言わせてみました(笑)
  ヒロインちゃんが青学2年って、
  ほとんど書いたことなくて実感が湧きません。
  とりあえず桃を出してみたのですが(他に手頃なキャラが…)

                           ’04.7.10up


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