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=1= 「だって、は女の子でしょう?」 にこりと言われた言葉は真実で、変えようの無い事実で。 ようやく受け入れられそうだったそれなのに、 なぜか、背筋が凍りつくようだった。 「骸…さ……」 「違いますか?」 震えて体が動かない。 骸さんと向き合う時はいつだって多少なりとも緊張感は持っていたけれど、今までの比じゃない。 奥の見えない瞳が、今初めて、本気で怖いと思った。 二人で話すことは、別段珍しいことじゃない。 内容が他愛の無いものであれ、深刻なものであれ、これまで何度も繰り返してきたことだ。 今日骸さんに呼ばれた時も、だから何の疑問も持たなかった。 持つ方が、どうかしてる。 電気のついていない部屋だったが、少し大ぶりの窓が十分な光を取り入れていて、室内は十分明るかった。 読み書きをするにも不自由しない。 ソファに身をうずめていた骸さんは、いつもと同じ笑顔で私を待っていた。 全てがいつもと同じだったのに。 どうして今、私はこんなにもこの人が怖いのだろう。 迎えてくれた骸さんは、近くに来るよう手招きした。 素直に従うと、髪留めを取られて、髪に指を絡められた。 すっかり伸びた髪は、この近距離ならこれ以上無駄に近づかなくても十分手が届く。 しばらく弄んでいた骸さんは、ふいに私の髪を絡めた指を口元に持っていった。 私を見上げた瞳に、ぞくりとした。 頭を撫でられたことは何度もある。髪を梳かしてもらったことも。 たかだか髪に触られたことが一体何だというのか。 思う気持ちとは反対に、なぜか神経が集中した。 やっとのことで声を出すが、それもアッサリと流される。 違わない。 骸さんの言うことは、何一つ間違ってはいない。 もしそれがどんなに世間の倫理観から外れたことだったとしても、私にとって骸さんの言葉は神の言葉に等しい。 それを守るために、私が、私たちがいるのに。 私たちは骸さんの理想を実現するための手足。 それこそが私にとっての居場所であり幸せであったはずなのに。 骸さんの言葉を否定する自分の心の奥が嫌だった。 それじゃあ、私は何のためにここに存在しているのか。 「クフフ…真実を受け入れるには、時間が必要ですか」 穏やかな、人好きのする声だった。骸さんの笑顔をそのまま現した声音。 これを、「ゆっくりでいいんですよ」という意味に取るようでは、骸さんの手足は務まらない。 骸さんは自分の意のままにならないものはすぐに捨ててしまう。壊してしまう。 イコール 私は 不要 谷底に突き落とされたみたいだった。 骸さんに必要とされないなら、私は生きている意味も無い。 存在していいとも思えない。 この人に見放されることだけが、ひたすら怖かった。 ビクリと体を震わせた私に、骸さんは面白そうに笑った。 怖い、怖い、怖い。 私の居場所はここしかないのに。 それを守るためなら、死ぬことだって怖くないのに。 誰に否定されたっていい。 ただ骸さんにだけは……。 捨てられるくらいなら、いっそ壊されてしまった方が良かった。 そうしたら、私は無くなるから。 この恐怖と共に、消えてしまえるから。 骸さんの手で壊されるなら、それは最後に許された至福。 「大丈夫ですよ。は僕の『お気に入り』ですから。そんなに簡単に壊してしまうわけないじゃないですか」 「骸さ……」 髪から離し、すっと伸ばされた手が私の頬に触れる。 優しい手つきにすがりつきたくなった。 微かな希望に顔を上げると、とても近くに骸さんの顔があった。 深くて恐ろしいのにとても綺麗な瞳。 私たちを絶望の淵から救い上げてくれた瞳だ。 その瞳が優しく形を変え、閉じられた。 「僕が、女にしてあげますよ」 にこりといつもの笑顔で告げられ。 また、恐怖の谷底が私を飲み込もうとする。 初めて触れた骸さんの唇は冷たく、強固で。 他人の意思なんかお構いなしだった。 押し付けられたそれにイヤもウレシイも感じることはできず、ただ恐怖ばかりが突き上げた。 私を抱える腕の中は暖かいのに、体が震える。背筋が凍る……怖い。 「キミは僕の言う通りにしていればいい。いつもと同じです。ね」 耳元で囁かれる言葉。とても優しく耳をくすぐる。 いつもと同じ…そう、いつもと同じだ。 なのに、どうしてこんなに怖いのだろう。 それでも私に逆らう権利は無い。 あったとしてもできない。 骸さんに捨てられると思うと…何もできない。 体を固くした私の背を、骸さんの手が優しくなぜる。 触れられたところから凍り付いていくようだった。 大好きな骸さん。 この人のためなら何だってしようと思っていたはずなのに。 魂も命も、とっくにこの人に捧げていたはずだったのに。 どうしてこんなにも、今すぐ逃げ出したいと思ってしまうのだろう。 骸さんは優しく口付けてくれたのに、それでも恐怖はぬぐえなくて。 せめてもの抵抗のように力を入れてぎゅっと目を瞑っていた。 それしかできなかった。 意外にも骸さんは気分を害した風も無く、優しく微笑んでくれた。 「怖がらなくて、いいんですよ」 言葉が正しいと証明するように、優しく額に口付けられる。 とても優しいのに。 それでも震えが止まらない。 恐怖も収まらない。 そんな自分への嫌悪は増すばかり。 こんな感情を、骸さんが気付かないはずがない。 そのせいで捨てられるんじゃないかと、違う意味でも恐怖が走る。 どうしたらいいのか…わからない。 ともすれば、突き飛ばして逃げ出したい衝動に駆られる。 ありえない。骸さんを拒否するだなんて、ありえない。 自分を叱咤して、震える手で骸さんの服を掴んだ。 決して逃げ出さないように。 皺になってしまうなんてことまでは、頭がまわらなかった。必死だった。 「いい子ですね」 骸さんは、満足そうに笑った。 それから私は、何をしていただろう。 ただ降るような口付けに、呼吸をするのも必死だったことしかわからない。 怖いと思うほど手に力が入り、逃げ出さずに済んだことは幸いだった。 「……何の用ですか。無粋ですよ」 ふいに骸さんが手を止め、私ではない誰かに声をかけた。 息をつく間も無いキスから解放されて、力が抜ける。 崩れ落ちそうになる体は、けれど骸さんがしっかりと支えてくれていた。 振り返ろうとすると、骸さんの手がそれをさえぎる。 胸に抱えられ、唯一自由になる耳に神経を集中させた。 「骸様…お戯れが、過ぎます」 冷たい水を浴びせられたみたいに目が覚めた。 千種の声だった。 「いいじゃないですか。は女の子です。キミ達と同じ扱いも、なんでしょう」 「…そうですね」 骸さんの声は面白そうな響きで。それだけで。 別に私に対して何を思ってるわけでもない。 ただ私を「女」としてできる限り有効利用しようとしただけ。 わかってた。そんなこと、わかってた。 だから、全然ショックなんかじゃない。 辛いとか、寂しいとか…そんなの思わない。 「でも、震えてますから」 「おやおや、残念ですね」 ちっとも残念そうでなく笑って、骸さんはパっと両手を広げて私を離した。 支えを無くして今度こそ崩れそうになった私の腕を、今度は千種が掴む。 痛いくらいの力で握られ、引っ張られて私はただされるがままについていくばかりだった。 骸さんは止めようともせず、黙って笑顔で見送っていた。 部屋のベッドに座らされる。千種は私を見上げるように床に膝をついた。 何の感情も見えないようでいて、心配してくれていることがわかる千種の目。 ほっとした。 「千種……」 気が緩んだ。 溢れそうになる涙を見られたくなくて、私は目の前の千種の首に手を回した。 一番安心できる場所に、すがりついた。 私の居場所は骸さんのそば。 ずっとそう思ってきた。それ以外にあるはずもなかった。 なのに、それを否定する心が生まれた。そんな自分に、ただ恐怖した。 自分の居場所を見失ったみたいで。 だけど、本当に一番安心できるのは千種と犬の隣なのだ。 三人一緒なのが、一番落ち着くのだと、今になってようやく気付いた。 ただ私たちは三人共骸さんのそばにいるから。 だから、私たちの居場所は結局骸さんのところに戻ってくるのだ。 私が女だってことを、ようやく受け入れらそうになっていた。 事実から目を背けていたって、何も変わらない。 それなら、何か私にしかできないことがあるはずだと。 そう思おうとしていたところだったのに。 私は何も、そんな意味で自分が女であることを認めたかったわけじゃない。 女として骸さんに求められるのは、逆に女でなければ私は何の役にも立たないと言われているようで。 私が二人より弱いから、尚更そう思ってしまう。 同じように競い合ってきて、結果として私が一番弱かっただけなのに。 男であったら、ただの勝敗で済むことなのに。 性別一つのことが、こんなにも大きい。 「…」 千種は抱き返してはくれない。 いつものことだし、それが今は救われた気分だった。 だけど。 「そうやって、俺にばかり頼って、何がしたいの」 冷たい声。 まるで悪い夢を見ているようだった。 +++++++++++++++++++++++++++++ 骸様の底知れぬ恐怖を書こうとして 挫折しました。 また、続き、ます…すいません。 ’06.2.1.up |