世界を構成するもの
=2=













「………」



何も言わずにただ支えてくれるこんな男の存在を、有難いと思うなんて。
コイツになんて、絶対頼りたくないと思っていたのに。
それでも、他の誰の前でも見せられない。
ボロボロ泣き続ける私の頭を、ランチアはただあやすようにぽんぽんと叩いてくれた。
暖かい手の平に、余計に涙が溢れてきた。












「何かある度、俺のトコに来て。俺を頼って。
にとって俺は、ただ都合のいい甘やかしてくれるだけの存在?」
「千種…?」



何を言ってるのかわからなかった。
千種が私を頭から否定するなんて、考えたこともなかった。

抱きついていた腕をほどかずにはいられなかった。
まともに視線がぶつかる。
本気で怒っている。



「俺を何だと思ってるの。自分のことしか考えないで、そうやって俺にすがって。俺になら何しても許されると思った?」


頭の中で、エコーがかかったみたいに千種の声が響く。
実質的な内容よりも、千種が私を突き放したことがショックだった。
さっきのことで私がショックを受けているって、千種がわからないわけがない。
それなのに、わざわざ今こんなことを言うなんて。



骸さんに抱いた恐怖とは違う。
あの時は、まるで不安定な足場にいるような、現実味の無い感覚だったけど。
今は逆に、嫌になるほど意識がハッキリしてた。
頭は上手く回らないまま、だけど千種が私を拒絶してることだけはハッキリわかる。


「俺だって、いつまでもいい顔ばかりしてられない。いい加減、わかれよ…!」



千種がそんな風に思ってたなんて、気付きもしなかった。









その場にいられなくて。
小さく「ごめん」とだけ呟いて、部屋を出た。
あまりのショックに涙も出なかった。


『俺になら、何しても許されると思った?』


そんなことを思ってたわけじゃなかった。
だけど。
確かに私は「こんな時に」と思った。
骸さんの行動にショックを受けているこんな時に、どうして千種が私を責めるのかと。

その考えがつまりは千種に甘えているということではないか。
千種なら、私のことをわかってくれる。
私のわがままもきいてくれると。
信頼しての行動でも、行き過ぎれば毒になる。
どんなに一緒にいてお互いを理解しているようでも、結局自分自身では無いのだから。




骸さんに女として求められて。
千種に拒絶されて。


今立っている足元が、急に不安になった。
私の世界は骸さんと千種と犬で構成されている。
三人が全てで、三人がいれば良かった。
他がどうなろうと知ったことではなかった。




その三人がいなくなったら、私は…?




、何やってんら?」



ビクリと反応すると、犬がきょとんとしていた。
考え込みすぎて、近づく気配にも気付かなかったらしい。
何てことだ。
外から帰ってきたばかりらしく、まだ制服のままで鞄をさげていた。
そういえば今日は姿が見えなかったかと、今更になって思う。


「犬……」


普段通りの犬にホっとする。
私を私として見てくれている目。
男も女も無く、ただの「」を。

反射的に犬に飛びつきそうになって、ハっとする。



これじゃ、さっきと全く変わらない。
骸さんの行動にショックを受けて、助けてくれた千種にすがりついた。
千種の手は暖かくて、私の居場所はここなんだって、とても安心した。
でも、その千種に突き放されて。


もし今、同じことをして犬にも拒絶されたら?


確かめるのが怖かった。
最後の砦を崩されたら、私は私でいられない。


「なんでも……ないっ」


覗き込んでくる犬を半ば突き放すようにして、私は犬に背を向けた。






どこに行けばいいのかわからなかった。
誰にも見られたくなかったけれど、一人でいるのは怖かった。
誰かにいて欲しかったけど、いて欲しい人間が思いつかない。

こんなことで悩んだことは無かった。

私が泣けるのは、千種の前で、犬の前で。
他に無くても、二つあれば十分だった。
決して壊されないと思っていたから。
なのに…。




他に、泣ける場所…?




一つだけ思いついて、けれどすぐに首を振る。

たった一つだけ、無いわけじゃない。
だけど、そんなものを頼りたくなかった。
なけなしのプライドが許さない。







散々悩んで、けれど心は正直だった。
今はヘタなプライドよりも寂しい心の方が勝った。
私は普段めったに訪れないランチアの部屋へ足を運び、本人の許可も無く居座った。
突然の来訪に驚いたようだったが、彼は一言も文句は言わなかった。



この部屋はとても殺風景だ。
私たちの部屋も大概だが、その上を行く。
彼には普段の生活さえ与えられていないのだから、当然だ。
学校へ行くわけでなく、外に出ることもしない。
していることと言えば体を鍛えることばかりで。

部屋にあったのは粗末なソファと毛布が一枚。
おそらくはここで寝ているのだろう。ベッドの一つも見当たらない。
他にあるものと言えば、きちんとたたまれた衣服。しまう棚さえ無い。
唯一、床に散らばった武器だけが私物らしい私物というのもおかしな話だ。



ベッド代わりと思われるソファにどっかと座り込み、私は肘置きに体を預けた。

「………っ」

堪えていた涙が溢れ出す。
こんな男の前でと思ったが、これ以上は耐えられなかった。
少なくとも今、骸さんと千種には頼れないし、犬の前で泣くこともできない。
他に場所は無かったのだと自分に言い訳しながら。



後ろでため息を一つついたのがわかった。
一呼吸のち、ソファがぎしりときしんだ。
隣に座ったランチアは何も言わず、ただその大きい手を伸ばした。
ポンポンと、軽く叩く呼吸はなぜか安心させる効果があって。
大きくてごつくて汚いその手に、私の涙は余計に止まらなくなった。



骸さんがランチアを捕まえてきて。
まだ子供だった私たちの面倒を見ていたのはランチアだった。
ノイローゼ気味になっていたのに、私たちを見た途端自分を保たなければと思った様子は、子供だった私たちにもわかった。
この男が子供好きのお人好しで、だから骸さんに引っかかったのだということもすぐにわかった。
私たちは骸さんの「仲間」で、ランチアは「道具」なのだと、子供心に格付けした私たちは決して彼を対等には扱わなかった。


私たちの態度を快く思うはずも無いのに、ランチアは面倒見が良かった。
だからこそ、私たちは尚更彼を見下げたのだ。
こんなになってまで子供の面倒を見るだなんて馬鹿のすることだと。
けれど、彼の存在で助かっていたのもまた事実だった。
これまで決して認めたくは無かったけれど。




「…女扱いなんかしたら…殺してやるから」



頭の中がぐちゃぐちゃで。
八つ当たりに出てきた言葉にランチアは面食らったようだった。
まさか頭を叩いてなぐさめる行為が「女扱い」の範疇に入るわけがない。
分類するなら「子ども扱い」の部類だ。

手を止めたランチアは、すぐに呆れた声で返してきた。

「子供の頃の面倒を見てたヤツに、女扱いもあるかよ」

いいから泣いてろと言って押さえつけられた胸は、筋肉質で硬くてどうにも居心地は悪かった。
けれど、広くて、暖かくて。
ランチアの言葉は、これ以上ないくらい事実で。
今度こそ安心しきって私は泣いた。
例え失っても平気な場所だからこそ、安心できた。
失っても平気なのに、ここを失うことはきっと無いんだろうとも思った。







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  ランチアさんを書きたかったんです。
  千種ヒロインでランチアさんを書きたかったんです。
  うっかりランチア夢にしたくなった。

                          ’06.2.2.up


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