世界を構成するもの
=3=















「えっ、おいっ…っ!?」


手を伸ばしたけど、一呼吸遅くて。
俺の手は空を掴んだだけだった。
走れば追いつけたけど、遠ざかるの背中は明らかに拒絶していて、できなかった。
暗黙の了解。
互いにしていいことと悪いことは、相変わらずいやになるくらいわかってしまう。
空をきった手を虚しく数回ぐっぱとした。
届かなかった手が、今の俺たちを暗示しているようでちょっと悲しかった。




が走っていったから、無意識のうちに部屋には誰もいないと思った。
だから、部屋の電気がついていたことにまず驚いた。
節約節約とうるさいが電気を消し忘れるなんて、そうめったにあることじゃない。
珍しいこともあるもんだと思いながら、さっきの様子を思い出す。
よっぽど何かあったんだろう。
今にも泣き出しそうな顔をしていたくせに、俺に何も言わずに逃げるだなんて。
俺にも言えない悩みだなんて。

よっぽどなんだろう…って思ったけど、やっぱ正直寂しかった。
俺たちの間で隠し事なんて、これまで無かったのに。
最近は柿ぴーもあんまり話さなくなった。
ただ、柿ぴーの場合は元の性格が暗いからだって思ってた。
いや、思おうとしてるだけなのかもしれない。
口数と信頼は、別に比例してるわけじゃないし。
でもそれとは別に、最近なんだか距離を感じる。
収容されてた時のが、よっぽど近かった。

それでも、はそうじゃないって思ってたのに。
いつもと同じ笑顔で、子供の頃と変わらないって。
なのに…。
なんか俺だけ蚊帳の外みたいで、気分悪い。





そんなことを考えて荷物を放り投げた時だった。


「うわっ、柿ぴ!?」


存在感無くて全然気付かなかった。
柿ぴーはベッドの隣で床にひざをついたまま、ぼーっとしてた。
生気の無い顔なような気もしたけど、何せ元があまり明るい顔じゃないので俺には区別がつかなかった。

「いるなら声かけろって!びびんじゃん!!」
「……あ、犬。お帰り」
「しかも気付いてないとか!!」

反射的に突っ込んだけど、相変わらず柿ぴーは何も返してくれない。
俺も次のボケやツッコミを期待してたわけじゃなかったけど、それにしてもテンポのずれた反応にいぶかしく思った。

柿ぴーは、俺がボケてもツッコんでくれた試しがない。
たまにグサっと一刀両断にしてくれるけど、それも本人に自覚は無い。
俺の馬鹿さ加減に呆れて正論返ししてくるから、心臓を打ち抜かれることが多いが、返事が返ってくること自体がそう多く無い。

けど、大半の場合の反応として、呆れたようにため息をつく。
白けた目線が「何やってんの」と告げてくる。
それに気にせずにやりと返すのがいつものやりとりだというのに。



「…何があったんだよ?」
「うん……」


生返事。
俺の言葉も聞いているのかいないのか。
宙を見上げるばかりで、俺の方を見もしない。
に続けて柿ぴーもこれで、ちょーっとばかし頭にきた。
最近になって感じるようになった、俺たちの間の壁。
ずっと一緒に過ごしてきて、そんなものあるわけないと思ってたのに、最近ちょっと感じることが多い。
これでも我慢してたけど、さすがに限界がきた。
ムカムカして。
俺は何も考えずに柿ぴーを責めた。


「さっき、、泣きそうだったんらけど。何したんだよ」


が柿ぴーに何かしたんだったら、こうはならない。
きっと、が死ぬほど後悔するようなことをしたとしても、柿ぴーは気にするなって何も無かった顔をする。
だから、きっと逆だと思った。柿ぴーがに何かしたんだって。
実際、半分くらいは勘だったけど、俺の動物的勘はハンパじゃない。
案の定、柿ぴーは俺と目を合わせようとしなかった。
そうでなくてもメガネで反射して見づらいってのに。


「突き放した…俺ばっか、頼るなって。それだけ」


ぼそぼそとした喋り方だったけど、聞き逃せる内容じゃなかった。
耳を疑った。
何?
に柿ぴー頼るなって?


「なんれ!!」


思わず詰め寄った。
普通に歩けば10歩以上ある距離を3歩で詰めて、イキオイのまま掴み挙げる。
首元捕まえて締め上げるようにしたけど、柿ぴーはうめき声一つあげなかった。
平気だからじゃない。
苦しそうな顔はしている。
柿ぴーの性格からして、これは自分が「苦しい」と言う資格なんか無いって思ってるってことだ。
自分の行為を後悔するなんて。それくらいなら、なんでそんなことをしたんだ。

「柿ぴー!」

もう一度呼ぶと、柿ぴーはようやく俺ちらりとを見た。
あと一瞬遅かったら、俺はこの爪で柿ぴーを引っかいてた。



ずっと一緒だった俺たち三人。
お互い以上に大事なもんなんて無かった。
そのうち、が女だって実感するようになって。
俺と柿ぴーは誓った。
絶対のことは守るんだって。
は自分が女だってことを否定したがってたけど、俺たちにとって守る対象があることは単純に嬉しかった。
を守れる自分が嬉しかった。

なのに、なのに、なのに。

よりにもよって、柿ぴーが!
が反発するっていうなら予想できたことだ。
けど、柿ぴーがを拒絶するだなんて。


柿ぴーはしばらく視線を彷徨わせていたけど、話さない限り俺が手を離さないと悟ったようで、小さく口を開いた。


「どうすれば…良かったんだよ。あんな風に頼られて、抱きつかれて。自分を抑えられる自信なんて無かった。突き放さなきゃ、何してたか…」
「柿ぴ…?」

吐き出すように言った柿ぴー。
でも、俺には全然意味がわからなかった。
俺は頭が悪いから。何でもと柿ぴーに聞いてばっかりだったから。
だから理解できないのかとも思ったけど、違う。
単純に状況が飲み込めていないからだ。
前振り無しの説明ではちっともわからないだけ。


「…何があったんらよ」


様子のおかしい柿ぴーに、さすがに手を離した。
柿ぴーが声を荒げるなんて、めったにない。
しょっちゅうキレるけど、そのキレ方は静かなもんだ。
もっとも、激情するよりそっちの方が実はよっぽど恐ろしいんだけど。


しばらく渋っていたけど、今度も根負けしたのは柿ぴーの方だった。
いつもなら俺の方が先に根をあげてしまうけど、ことと柿ぴーのことに関してだけは特別だった。
俺だけ蚊帳の外なんて、絶対許すもんか。
ましてや、柿ぴーがを泣かせたんなら、俺がどうにかするしかない。


ぽつりぽつりと話し出した柿ぴーだったけど、段々早口になった。
溜め込んでたのが爆発した感じだった。
柿ぴーの悪い癖。
何でも自分で背負い込んで、溜め込んで、自滅しちゃう。
そうなる前に俺に話せって何度言っても聞かない。
今度のはその極めつけだった。
10年近く溜め続けた想いなんだから、当然だった。



「骸様に襲われてショックを受けてるに、俺が同じことするわけにいかない…。
だからって、あのまま普通に慰めてやることなんて、できる自信無かった」



最近感じてた壁はこれだったんだと、俺は納得した。



はここ1年くらいで、どんどん女の子らしくなっていた。
本人は絶対否定するけど、キレイになって、乱暴さが抜けて。

俺は、それでも変わらないと思ってた。
もちろん、が女らしくなればなるほど「守らなきゃ」って気持ちは強くなったけど、根本にある「仲間」って意識が一番強かった。
兄弟みたいなもんかもしれない。
けど、柿ぴーは違ったんだ。
女になってくに戸惑って、俺とは違う風に感じて。

「好きに、なっちゃったんら?」

首を傾げて尋ねると、柿ぴーはこくんと頷いた。
気まずい顔で、それでも嘘はつかなかった。


でも、だったら尚更どうしてって思う。
好きだったら、泣かせたくなんて無いはずだろ?
いじめて喜ぶなんて子供みたいなこと、柿ぴーがするはず無いし。
頼って欲しくないなんて、理屈に合わない。

そう言ったら、柿ぴーは「犬が羨ましいよ」と言った。
意味がわからなかった。
一体何を考えてんだろう。
頭良すぎて考えすぎちまうってのも、問題だ。


「好きなだけなのに…そうやって、好きだけでいられたらいいのにね」
「?」

待ったけど、柿ぴーは説明してくれる気は無いようだった。



俺は、まだそういう「好き」はわからない。
女の子にドキドキしたりとか、考えて眠れないとか、その子が欲しいとか。
そういうのは感じたことがない。
今はまだ、俺と、と、柿ぴー。それに何より骸さんがいりゃそれで良かった。
それが、単純な俺の世界の全てだった。



「好きなのに、泣かせたいのか?」

柿ぴーは口をへの字に結んだまま、ふるふると首を横に振った。
何の解決にもなってないけど、それでも柿ぴーがを泣かせたくないと思ってることに、少し安心した。

「俺も、が泣いてんのやらな」

俺も、の泣き顔は見たくない。
凄い切なくなって、自分も泣きたくなるから。

今きっと、は泣いてる。
さっき見た顔。泣きそうな顔しながら必死で耐えてた。
多分、一人になったら堪えられなくなる。
いつもなら俺か柿ぴーんトコに来るはずだけど、今は俺たち二人ともここにいる。
ってことは、絶対一人で泣いてるんだ。
一人で泣くのは、一番辛い。

「今、泣いてるの涙を止めれんの、柿ぴーだけだぜ」

そう言うと、柿ぴーはハっとしたみたいに顔をあげた。
ようやくまともに俺の顔を見た柿ぴーは、なんかビビったような顔をしてた。




ホントは俺が行きたい。
行って「泣いていいぞ」って言ってやりたい。
ついでに、を泣かせた柿ぴーは俺が成敗してやったって。
人前で泣くのを我慢するが泣けるのは、俺たちの前だけだから。

でも今は、俺じゃ何の役にも立たない。
それくらいわかる。
どんなに俺がなぐさめたって、柿ぴーの言葉は消えないから。
俺は俺。柿ぴーは柿ぴー。
柿ぴーの酷い言葉を取り消せるのは、柿ぴーだけ。





「な?」




同意を求めて見上げると、柿ぴーは困った顔をしながらも頷いた。

これでもう安心。
の涙は止まる。


とりあえず、今一番大事なのはそれだけだから。
ニパっと笑ってやると、柿ぴーもちょっと気持ちがほぐれたみたいに口の端を上げた。






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  犬の口調がわかりません。
  何だよびょーんて(笑)
  犬ちゃん白い子代表。
  3話で終わらなかった…

                        ’06.2.3.up


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