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ナイトメア・メモリー うなされて目が覚める。 最悪な目覚め。 夜中の一人ぼっち。 これほど怖いものは無い。 脈打つ心臓。 体は汗をかいているのに、背中は寒くて。 ぞくりとして、両手で自分の体を抱えた。 夢を見ていたのだろうか。 よくわからない。 ただ恐怖感だけが鮮明に残っていて、内容を覚えていないだけに恐怖は一層増した。 手に力を込める。大丈夫…私は、ここにいる。 これで何回目だろう。 もう数えることもしなくなっているほどに繰り返す、最悪の目覚め。 だというのに、何度繰り返しても慣れることは無い。尚更悪い。 脱獄して、しばらくしてから皆と部屋を分けられて。 それ以来、幾度となく繰り返した。 監獄の中では、もちろん男女は分けられていたから、骸さんとも犬とも千種とも会えないのは当たり前だったのだけど。 そこから抜け出して、自由の身になって。 しばらくの間、野宿なんかもあったりして、皆と離れることが無くなって。 甘えが出たのかもしれない。 あるいは、少し離れるだけのことが怖くなったのか。 犬と千種の暖かい手を失いたく無かった。 …馬鹿みたいな話。 二人は隣の部屋で寝てるし、何の前触れも無く離れてしまうなんて、あるわけないのに。 そう思いながらも拭えない不安。 まるで、いつそうなってもおかしくないような。 追われることは慣れっこだった。 ファミリーが壊滅しても、私たちが生き残りだと嗅ぎ付けた者がいるらしく、どこへ行っても長くしないうちにまたその場を追われることになった。 怖くないわけがない。 いつ誰が襲ってくるかわからない不安。 それでも皆一緒なら怖くなかった。 どんな深い眠りに落ちて、どんなに危険であっても、手を繋いでいれば平気だった。 死にたくないけど、死ぬよりも怖いことがある。 犬と、千種と、骸さんと、離れ離れになること。 それだけがどうしようもなく怖い。 だから私たちは、いつも手を握り合って眠った。 寝相の悪い犬も、起きるまでその手が離れていたことは一度も無かった。 一つのベッドで四人が身を寄せ合って眠るのは、まるで生まれたての子猫のようだった。 小さくて、弱くて、震えて身を寄せ合っている。 骸さんはその時からちっとも弱くなかったけれど、私たちの不安を感じ取ってか一緒に混ざってくれた。 骸さんがいれば、怖さも吹き飛んだ。 脱獄した今、再び追われる身となった私たち。 子供の頃ほどの恐怖は無かった。 むしろ出し抜いてやって、いい気味だとさえ感じた。 けれどしばらく離れていた間に、私は一人皆と違う生き物であることが明白になっていて。 根城を持つにあたって、とうとう私は別の部屋を割り当てられた。 不満があったわけじゃなかった。 一人部屋はプライバシーを守れるし、広くて快適だ。 けど、眠る時だけはどうしようもなく怖かった。 子供みたいだと笑うなら笑えばいい。 でも、知っているから。 眠っている間に出るのは、お化けでも幽霊でもない。 私たちを捕えに来る、マフィアたち。 捕まれば、また皆と離れさせられる。 それが途方も無く怖かった。 今はまだ、大丈夫。 私たちの居場所は漏れていない。怖がる必要は無い。 自分にそう言い聞かせて、せめて落ち着かせるように大きく息を吐いた。 「だいじょぶか?」 暗闇の中、聞こえた声にびくりとする。 聞きなれた声だったけれど、さすがにいるとは思っておらず驚愕した。 見れば犬が心配そうな顔でそばにいた。 犬は軽く謝って、私の手を握ってくれた。 「うなされてたろ」 「うん……」 嘘をついても仕方ない。目の前で見られていたのだから。 不法侵入なんてことは思わなかった。 ここに来るまでは、ずっと一緒に皆で寝ていたのだから、今更勝手に部屋に入られることに拒否感は無い。 そもそも犬に隠し事をする気なんてさらさら無かった。 何でも話し合える、気心の知れた存在。それが犬と千種なのだから。 犬の手はあったかくて、心が落ち着いた。 「最近、毎晩」 「……知ってたんだ」 「聞こえちまうからさ。俺、耳と勘いいから」 驚いた。 千種になら感づかれるかもしれないと思っていたけど、まさか犬に、それも物理的理由で知られているとは思っていなかった。 「どうした?」 「ん……」 どう言えばいいのかわからず、沈黙する。 一人で寝るのが怖いと、そう言うことは躊躇われた。 私自身、あまり認めたくも無かった。 もう子供じゃない。いつまでも甘えてばかりはいられない。 そうでなくても私は女で、そんな理由で皆に甘やかされているのだから。 これ以上、同等から下がりたくなかった。 でも、じゃあどう言えばいいのだろう。 夢にうなされたにしても、内容なんて覚えてない。 適当なことを言って、誤魔化されてくれる相手でもない。 第一、そんなことはしたくないしする気も無い。 ためらいはしたけど、結論はすぐに出た。 犬に隠し事なんて、したくない。 「…怖いの」 一人で眠るのが。 眠る時でなくても、一人になるのが。 一緒にいるのが当たり前で、当たり前すぎて。 離れることなんて考えなかったのに、いつの間にか離れることの不安ばかりを感じていた。 私たちの心に、距離なんてあるはずがないのに。 漠然としていながら、どうしても拭いきれない不安。孤独。 犬は珍しく、ただ黙って聞いてくれた。 いつもなら挟む茶々も無く、でも聞いてないわけではなく。 何を言っても受け止めてくれると思ったら、言葉と一緒に涙が出て、止まらなくなった。 「俺、ここにいるよ。いなくなったりしない」 「うん、わかってる」 言われるまでもなく、そんなことはわかっていた。 じゃあどうして不安は拭えないのだろう。 わからない。わからない。 表情を変えない私に、犬は困ってしまったようだった。 犬は勘はいいけど頭は悪い。どう言ったらいいのかわからないのだろう。 他にどう言えばいいのか、互いにわからず黙り込んでしまう。 沈黙が降りたけれど、それでも一人でいることほど怖くなかった。 「骸さんに、頼んでみっか?一緒の部屋がいいって」 おそるおそる切り出した提案に、私は首を横に振った。 確かに、できることならそうしたい。 でも、そうも言ってられないのも知っている。 私は女で、三人は男で。 いつまでも全てが一緒はよくないと、骸さんが判断したなら従う方がいい。 実際、学校というところへ通うようになって、そのことはよくわかった。 子供のままではいられない、それが現実。 今気休めのように部屋を戻したところで、遠くないうちにまた分けなければならなくなる。 犬もそれはわかっている。 だから、困惑したのだ。 それでも他に対処法は思いつかなかった。 うなされる原因は、どう考えたって犬と千種の不在以外にありえないのだから。 「じゃあ…」 私が思いつかないことを犬が思いつくわけがない。 もう話は進まないだろうと思っていたから、犬が別の提案をしたことに驚いた。 それも、得意気なわけでもなく、少しばかり深刻そうに。 首を傾げて顔を上げた時には、犬の腕が伸びてきていた。 「せめて、が眠るまで、手…握ってる」 離していた手をもう一度掴んで、ぎゅっと力をこめてくれた。 いつからか、私よりずっと大きくなった手。 時に鋭い武器になる爪も、今はちゃんとしまっていて痛く無い。 それでも力強い手。 互いに互いの命を預けられる手だった。 その手だけで、「これくらいしかできないけど、これくらいならできる」と伝わってきた。 心底嬉しかった。 「俺も…一人には、なりたくない」 たまたま四人の中で、私が一人だけ女で。 もしそれが犬だったら、今一人で泣いているのは自分だったんだと。 犬はそう言って、泣いてもいいんだと示してくれた。 皆同じ気持ちだから、が泣いているなら俺たちも泣くからと。 額にお休みのキスをくれた犬は、私が眠るまでずっと手を握っていてくれた。 もう怖いとは感じなかった。 朝起きてみれば、頭をベッドにもたせ掛けてそのまま眠っている犬がいた。 幸せそうな顔で眠りながら、手はしっかりと離さないでくれていた。 無邪気な寝顔に笑みが洩れる。 犬がいれば、やっぱり怖い夢は見ない。うなされて不安にさいなまれることもない。 こんなにぐっすり眠れたのは、久しぶりだった。 感謝の意を込めて、こめかみに口付けると、微かにみじろぎしたが、まだ目は覚まさなかった。 もぬけの殻のベッドを見た千種が怒鳴り込んでくるのは、 きっとすぐ。 ++++++++++++++++++++++++++++++++ もうちょっとラブラブ書こうと思っていたのに 結局恋愛未満な感じで。 犬ちゃん兄弟にしかならない… ’06.2.9.up |