嘘で固めた僕ら
-SIDE HIBARI-











今回の入院で、真っ先に駆けつけて来たのは彼女だった。
息を切らせて走ってきておきながら、その顔に浮かんでいるのはただの驚きで。
心配して欲しかったわけじゃない。
でもそれなら来ないで欲しかった。
こんな時に、彼女の顔は見たくなかった。







カチャリとドアの開く音。
顔を上げなくたってわかる。だ。
個室の僕の病室に足を運ぶ人間はごく限られている。

一に病院関係者。
二に風紀委員。
そして、三にクラス委員長のだ。

それだけしかいない中で、足音を聞き分けるのは特別難しいことじゃない。
特に、二と三の区別がつかないような役に立たない耳は持ち合わせていない。


読んでいた本から顔を上げることもせず、ただ聞き耳を立てている僕をどう思っているのか。
彼女は声もかけずに棚にある花瓶を持ってすぐに出て行った。
後姿が見えたのは一瞬。足音が遠ざかっていく音がいやに響いた。
すぐに閉じられた扉が無情な音をたてた。


消毒液の匂いの染み付いた以外、何の変哲も無い白い扉。
開けようとさえ思えば簡単に開く。ベッドから出て、歩いて、ノブを回せばいい。それだけだ。
なのにどうしてか開けようという気にならない。
僕と彼女の距離のように。






扉の横には鞄と一緒に紙袋。
僕に持ってきたノートやプリント類が入っていた。


風紀委員の誰かに届けさせても良いものを、僕は彼女に頼んでいた。


最初は一年の時。
まだ使える手足となる人間がいなかったので、自然とクラスの中から便利の良い者を物色した。


彼女を選んだのは、面倒が無さそうだったからだ。
他の女子のように僕におびえることもこびることもなく、まっすぐ向けられた目が単純に気に入った。
特別誰かと群れているわけでないことも良かった。
それだけの理由で僕はを指名した。以来、何かある度に僕は彼女に言いつけた。
彼女は不満があるのか無いのかわからない顔で、僕の言うことをテキパキとこなした。
けど、言う通りに動いていながら、不思議なことに「服従」感は一切無かった。それも気に入った。



なのに、それが物足りなくなったのはいつからだろう。
僕の下で、言う通りにただ動く奴隷なら、他に沢山いる。
にそんなものを求めているわけじゃない。
ただ、何がっあても彼女は僕の下に就くことは無い。
最初は気に入っていたはずのそれに、どうしようもない苛立ちを感じた。



彼女は決して僕を見ない。
目を合わせていても、それは僕ではなく「命令する者」を見ているだけ。
言葉を聞いていても、必要なのはその内容だけ。
彼女に命令するのは僕だけだが、彼女にとっては僕であろうとなかろうと変わらない。
そう仕向けたのは、僕自身だというのに。


「……バカバカしい」


中学に入学して、2年と半分が過ぎた。
もう半年もすれば切れる縁。
卒業したら、何事も無かったかのように他のヤツを使って、これまでと同じような生活。
彼女は僕から解放されて、以前のような生活。
きっとそうやって、互いに忘れていくだろう。
今だけの関係に、一体何を求めるというのか。





とても続きを読む気になれなくて、本を閉じた。
入院生活での楽しみなんて、読書くらいだというのに。
今はそれも頭に入らない。まったく不愉快だ。





彼女は気付いているだろうか。
そして、僕自身はどうなのだろう。


わからない。

この先彼女がいても、いなくても、同じだと思っていた。
ただ生きているのは「今」なのだから、それを想像できないだけだと。
では、今彼女がいなくなるとしたら…?


暇で暇で、退屈だったせいだろう。
僕はそんなことを考えるようになっていた。


まったくもって無駄でしかないこの考えを、何度消し去っても浮かんでくるのはなぜなのか。
彼女の顔を見るたびに、苛立ちは増した。







戻ってきた彼女は、僕が本から顔をあげていたことに驚いたらしい。
「珍しいね」と声をかけてきた。
適当に相槌を返すと軽く笑った。


花瓶の水を入れ替えてきたのだろう。
抱えた花瓶は彼女の腕には重労働を強いていたようで、置いた瞬間体から力が抜けたのがわかった。
そうまでするなら放っておけばいいのに。
どうせしばらくすればしおれて散る命だ。
少しばかり長くしたところで何があるというのか。



「…キミさ」
「ん?」


短く声をかけると、彼女は軽く振り返った。
首をこちらに向けて、けれど角度の限界だったらしく、目が合うことは無かった。
まだ花瓶をいじっているから仕方が無いのだろう。
それでも面白く無かった。
どうして面白くないと感じるのか、わからなかった。


続きを待つ彼女の顔。
聞く気が無いのなら、反応しなければいいのに。
どうせ僕が何を言ったところで、キミの心に残ったりはしないんだろう。




「よく来るね。よっぽど暇なんだ」



それでも律儀に来るのは、責任感だって知ってる。
クラス委員長に任命されたのは、僕を少しでも何とかしようという担任の策略だったということも知っている。

義務感で満ち溢れた彼女の態度が嫌いだ。
義務なのか、義理なのか。
どちらにしたって、そんなものを僕は望んでいない。







「クラス委員の義務らしいからね。風紀委員長サマ」






僕の言葉に苦笑した彼女は、あろうことか僕の逆鱗に見事に触れた。
ストライク。
野球の試合なら叫ばれていただろう。
よりによって、丁度その時「望んでいない」と思ったとおりのことを口にするなんて、なかなかできることじゃない。








ぷつりと。


頭の奥で何かが切れる音がした。






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  久々に同じ話の別視点。
  最後は第三者視点で締めます。ということで続きます。

                        ’06.1.28.up


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