|
-FINAL- は固まっていた。 何が起こったのかわかるのにかかった時間はたった数秒。 けれど、理解したらしたで、今度はその意図が掴めずただ狼狽した。 雲雀は固まっていた。 何が起こったのかは瞬時に理解した。 けれど、己の行動の意味がさっぱりわからず、困惑した。 「ヒ…バリ?」 体の両側に両手を付かれ、動くに動けない状態のが先に声を出した。 自分の行動でなかった分、まだしも驚きが薄かったのだろう。 自分で自分がわからない方が、存外立ち直りに時間がかかるものだ。 声をかけられてハッとした雲雀。もちろん顔に出すことなんかしない。 「離して欲しい」とは言わず、ただ「どうしたんだ」と問うてくる彼女に「別に」とだけ返した。 「別に…って」 別にと言いながら、雲雀はどこうとしない。 不安定な棚に体重を預けて、ヘタをすれば転倒しかねないというのに。 中途半端な角度で振り向いたままだったは、前を向くことも後ろを向くこともできない。 離して欲しいと思いながら、細心の注意を払って雲雀には触れないよう気をつけた。 そう。 これだけ近距離に迫っていながら、雲雀の体はまったくの体に触れていなかった。 抱えるような体勢だというのに、服の端にも触れない。 そこにいつも通りの雲雀を感じて、こんな状況でもは少し安堵した。 雲雀は他人と群れることを嫌う。 そして、体に触れられることも極度に嫌う。 手を繋ぐだなんていうのは論外。 例え物を手渡しする際であっても、決して体が触れるようなことはしない。 雲雀の注意に気付かず触れてしまった者は、例外なく咬み殺されている。 当然、も雲雀に触れたことは一度も無かった。だって命は惜しい。 この距離では何をして触れてしまうかわからない。 雲雀のせいだ、などと言って聞き入れてくれるような彼なら最初からそんなことは言わない。 いつ触れてしまうかと、ドキドキするよりビクビクしてしまうというのも切ない話だ。 好きな男にこうまでされて、保身の心配しかできないだなんて。 しかし、雲雀はいっこうに離れてくれなかった。 かといって、何か触れてくるわけでもない。 まったくもって何をしたいのかわからなかった。 「触れられるの、イヤなんでしょ」 そう声をかけると、雲雀はようやく動いた。 「そうだね」 その言葉に、はホっとした。 ビクビクするのも嫌だが、ドキドキするのも同じくらい御免被りたい。 変な期待は持つだけ自分が空しくなると知っているから。 だから、離れてくれた方がいい。 自分がうっかり気持ちを伝えたくなってしまう前に。 けれど、雲雀の次の行動に驚愕した。 「ココは、例外」 ペロリと自分の唇を舐めた雲雀の舌は、綺麗だった。 「……え?」 動いたことには動いてくれた。 ただ、の思惑とは反対に、近づいてきたのだ。 どんどん迫る雲雀の顔に、顔を逸らすこともできない。考える余裕も無かった。 長い睫毛の一本一本が判別できるようになり、そして。 唇が、重なった。 「だから、例外。口唇だけは、ね」 言い直して欲しいわけじゃない!という心の叫びは声にならなかった。 どうしてこんなことをするのだろう。 今に至って、それでも言葉通り唇以外は全く触れない雲雀。 唇を重ねてさえ、何の感情も見られない瞳。 夢を見せるようなことをしておきながら、その目は痛いくらいに現実的で。 すとん、と。 力が抜けて座り込んでしまったに、雲雀はやっぱり手を貸したりはしなかった。 床にへたりこんでしまったを、雲雀はやけに冷静に見ていた。 ただ、頭は冷めているのに、触れた口唇だけが熱かった。 思わず自分の口に指で触れたが、下を見ているばかりのには気付かれることはなかった。 体が勝手に動いて、その後から付け足したような言い訳。 まったく馬鹿馬鹿しい。 体が勝手に動くわけなど無いのに。 では、あれは自分の意志だったというのか。 それもまた、馬鹿馬鹿しい話だ。 座り込んだが小さく呟いた。 生憎小さすぎて言葉の判別がつかなかったが、聞かなくたってわかる。 自分への批難だろう。 聞いたって意味が無いと思いながらも、自分に対する文句をぶちぶちと小声で言われるのが気に入らなくて聞き返した。 「何?文句ならハッキリ言いなよ。それじゃ聞こえないよ」 口調が無意識に責めるようになってしまったのは仕方ない。 今の雲雀の感情をそのまま具現化していた。 それに返ってきたのは、思った以上にずっと弱弱しい声だった。 「……んで…。好きでも無いのに、こんなことするのよ…」 「じゃあ、好きだったら?」 淡々と聞き返したのはなぜだったのか。 今日は自分でも不明な行動が多すぎる。 雲雀の質問に、は振り返りもせずにキレたように叫び返した。 「ちっとも私を見ないで、そんなワケないくせにっ…!」 驚いた。 彼女が声を荒げたことも、自分が彼女を見ていないと思われていたことも。 恋愛感情かどうかなんて問題じゃない。 ただ彼女への扱いが、他と違っていることだけは明らかだったろうに。 むしろ、自分を見ないのは彼女の方だったではないか。 決め付けるような物言いにムっとした。 たとえ内容がどうであれ、自分の気持ちや行動を他人に決め付けられるのは嫌いだ。 「ホントにそう思うわけ?だったら僕は今何をしてるんだろうね」 本当に、何をしているのだろう。 別に、何かを思っていたわけでもなかったのに。 彼女がいなくなったからといって、特別困るような生活ではないはずだった。 あと半年。 それが過ぎればただの他人の関係だったのに。 しばらく見下ろしていたが、決して振り向こうとしない彼女の態度に苛立ちを抑えきれなくなった。 目を見ずに話をされるのは嫌いだと、あんなに言っていたのに。 彼女がそれを忘れるはずがないのだから、この行為は故意に決まってる。 雲雀は自分も膝を折ると、彼女に手を伸ばした。 「わっ…」 しゃがんでいた彼女は足元が不安定だった。 軽くひっぱるとアッサリとバランスを崩す。 後ろに倒れてなすすべも無い彼女を捕まえるのは簡単だった。 後ろ抱きにがっちりと捕まえれば、彼女が適うはずもない。 この時初めて、雲雀はに触れた。 「僕と話す時は目を見ろって、言ったよね」 耳をくすぐる不機嫌な声に、は体を固くする。 それとも雲雀に抱えられているからか。 彼女の反応には頓着せず、雲雀は言葉を続けた。 激情を押さえ込んでいるような、静かなのに苛立ちを伝える声だった。 「嘘をつかれるのも嫌いだ。それに、決め付けられるのも」 これまで決して自分の逆鱗に触れることのなかった彼女。 それが今日に限って、地雷ばかり踏んでいる。 なのに、咬み殺そうという気にならないのはなぜか。 こんなにも許せないと思うのに、トンファーに手が伸びないで、代わりに彼女に手を伸ばしている。 「僕のことを決めるのは、僕であって君じゃない」 では、自分でもわからない気持ちは? 誰が教えてくれるというのか。 誰に教えてもらっても、受け入れるか否かは自分が決める。 結局、どれもこれも自分の意志なのだ。 「僕は君を逃がすつもりはない。他にはやらない。…その気持ちを決めるのは、僕だ」 言葉にして。なぜか初めて納得できた。 自分は彼女が他ばかり見るのが許せなかったのだと。 自分のことを見ないくせに、他で笑顔を振りまいていることがたまらなかったのだと。 だから捕まえたかった。自分を見せて、他を見ないようにさせたかった。 どうしようもない独占欲。を使うのは、自分だけでいい。 捕まえた彼女の体は、いつの間にか震えていた。 そんなにも嫌なら突き飛ばしてでも逃げればいいのにと思ったが、それはとんだ見当違いだった。 「……かない。どこにも…。ヒバリの、トコに、いる…よ」 震えて上手く回らない唇で、それでも必死に紡がれる言葉。 恐々とこちらを向いた顔は、笑い出しそうでいながら泣き出しそうに歪められている。 「…変な顔」 思った通りのことを言ったら途端に顔を真っ赤にした。 振り上げられた拳を捕まえる。 絡まった視線は、今度こそ互いを捉えていた。 あんなにも、自分を見てくれなかった瞳。 互いに、相手が決して見てくれないと思い込んでいただけで、本当はずっと互いに求めていたそれが、今初めて。 「…やっぱり、触れていいのはココだけかな」 拳を捕まえて、体も抱えたまま。 雲雀は矛盾にもそう言って、もう一度口付けた。 ++++++++++++++++++++++++++++++ こ、こんなものでしょうか。 雲雀さんは難しいですホント。 実は途中で挫折してまたチクに浮気してたとかしてないとか。 ’06.1.31.up |