今また笑って過ごせる日々













その男が、俺を見て最初に言った言葉は忘れられようも無い。
どんなヤツだろうと思いながらの初対面。
俺に視線を向けながら、面白そうに言ったものだ。



が友達を連れて帰ってくるとは思わなかったな」



と呼ばれた少女は、むぅ、とむくれたように唇を尖らせた。
これまでの少女の印象と、あまりに違っていて驚く。
今まで見た中からは想像もつかないような幼い顔は、けれどそれこそが年相応なものだった。








「ランチアー!」
「おう」


大きな声で呼ばれて、短く応える。
軽く手を挙げていたに足を止めると、彼女は小走りにこちらへ来た。
軽い足取りだが、無駄が無い。
小動物のようでいながら、どこか野生めいたところのある少女だ。



走り寄ってきた少女が俺のそばまで来たのを確かめて、俺は再び歩き出す。
はニっと笑って隣に並んだ。


「買出し、ついてく」


短く言って、並んで歩く。
歩幅にはかなりの差があるのに、それをものともしていない。
初めの頃はこれでも気遣って歩調を緩めていたのだが、早々に気付かれて怒られた。
そんな気遣いはいらないというのだ。
歩幅が違うだろうと言うと、ボスと歩いていた頃と比べれば全然だというのだ。
どういうことかと思った。

ボンゴレ9代目の身長は、俺と大差ない。
もう中年を過ぎてきて少々縮みかけている様子さえ伺える。
ちなみにそう言えば猛烈に怒るのが目に見えていたので黙っていたおかげで俺は無事で済んだ。
彼女の前で9代目を少しでも軽く言うと恐ろしい報復が待っている。

そんな経緯はあれど、歩幅についてはほどなく理由は知れた。
が9代目に拾われたのは、まだ10歳にも満たなかった頃だという。
その頃の子供が大人の男に、決して遅れまいと後をついていたのだと。
ファミリーの誰もが気遣う中、いつもと同じでいいと憤然と言い返したらしい。
想像すると微笑ましい状況だが、俺は素直に納得した。
俺自身にも見に覚えのあることだった。




「手は足りるぞ」



ボンゴレ10代目に救われた俺は、9代目への報告のために一時イタリアに戻るというに誘われて共に海を渡った。
戻る場所も無かった俺は、ほとんど何も考えずについてきた。
ただ、今になって思う。俺は、もしかしたらファミリーというものに飢えていたのかもしれないと。
昔犯した過ちを、自ら手でファミリーを潰してしまったこと忘れたわけではなかったが、同時にそんな俺を受け入れてくれる仲間を欲していた。
ボンゴレに来ないかと聞いてきた彼女は屈託がなく、断わる気にはなれなかった。
嫌になったら抜ければいい。
そう思ったのは自分への言い訳だろう。
彼女は俺のもっとも欲していたものを的確についてきたのだった。



そうして連れてきた俺の面倒を見るのは当然の役目だった。
拾ってきた犬猫の世話をするのと同じ理屈だ。
別に嫌だとは思わなかった。
はこの年にしては落ち着いていたし、大人びてもいた。
妹のような年なのに、まるで姉のように振舞う。
そのギャップが面白くもあり微笑ましくもあった。単純に、この少女のことは嫌いじゃない。

…俺のこの子供好きが、結果として最大の過ちだったわけだが、今それは考えても仕方のないことでもあった。
ましてこの少女と六道骸は違うのだから。



地理に不慣れな俺を案内がてら何度も一緒に買出しへは行ったが、最近ではそんなこともなくなった。
子供ではないのだから、道くらいすぐに覚えられる。
手が必要無くなれば、彼女はそれ以上無駄に構ってくることは無かった。






「足りない。今日は出てたヤツ等が5人帰ってくるからね。いつもの量じゃ足りないよ」
「…聞いてないぞ」
「だから私が来たの。伝言役兼ねて」


だから行くよと言う彼女は、既に俺の前を歩いている。
こうしてまた彼女のペースだ。
ため息を吐きながら、諦めて付いていった。






夕食には、の言った通り知らない顔が5人増えていた。
短く紹介され、俺も名乗った。
が連れてきたと聞けば、他のファミリー同様驚いて目を見張っていた。


「どうして皆、驚くんだ」


食後、自室で武器の手入れをしている彼女に問いかけた。
この屋敷にいる人間の誰もが、俺の存在に驚いた。
正確には、が俺を連れてきたことに、だ。
不思議だった。
俺に一緒に来ないかと誘った時に、何ら無理をしている風は無かった。
ジャッポーネにいる他のファミリーともそこそこ上手くやっていたようだし、ここでの人間関係は言うまでもない。
俺の見る限りにおいて、彼女は社交的とは言いがたいかもしれないが、そこまで他人に壁を作るような少女ではなかった。


「そりゃ、珍しいからでしょ」
「だから、それがわからない」
「…どうして?」


聞きたいのはこちらの方だというのに、互いにどうしてわからないのかわからない。
困ってお互い黙り込んだところに、別の声が割り込んできた。


「こらこら、それじゃ話になんねーだろ」
「イヴ」

入ってきたのは長身の男だった。
短く刈り上げた金の髪は、男には勿体無いほどの輝きだ。
人を食ったようなこの男は本心が掴めなくて俺は未だに少し苦手だったが、がファミリーで一番なついているのもこの男だった。
ゆえに、俺も接する機会が多かった。



はなかなか人になつかねーからなぁ」
「人を動物みたいに…」

睨みつけるにも気にした様子は無い。慣れたものなのだろう。
も気にしてもらえるとは思ってなかったようで、その表情はさして厳しいものではなかった。

「動物だろうが。ホラ見ろよランチア。これ、に初めて会った時につけられた傷跡」
「……何の冗談だ」

おどけた様子で差し出された手には、確かにクッキリと傷が残っていた。
ただしそれは、刃物で切られたものでもなければ弾痕でもない。
まるで、獣に噛み千切られたような痕だったのだ。
いくら何でも冗談が過ぎる。
こんなものは、人の歯では不可能だ。きっと飼い犬か何かに手を噛まれたのだろう。



頭から信じなかったがそれこそ愚かだった。
後ろから途端に元気の無くなった声がする。





「まだ、残ってる……」


磨いていた銃を置き、イヴの手を取る。
両手で包み込むようにして、持ち上げた。
神妙な顔になったに、イヴは兄貴めいた顔で優しく笑って頭を撫でた。




「気にすんなって。あん時のお前は捨て犬みたいなもんだったからな。あんま覚えてねーんだろ」
「うん……ごめん」
「犬に手を噛まれたと思えばいい。だいたい、7つや8つの子供にこんな傷つけられましたーなんて、マフィアとしたら笑い話にもならんだろうが」
「ごめん…」
「だから謝るなって言ってんのに…言葉の通じねーヤツだな」
「イヴが冗談ばかり言うからだよ」




このやり取りが冗談などとは思えなかった。
打ち合わせて俺を笑わそうというのでもなければ、それこそありえない。
黙って見ていた俺に、が振り返った。
何かを言いかけたが、音にはできなかった。
後ろからイヴがの口を押さえたからだ。
もがくを軽くあしらいながら、イヴは俺に目配せした。
これ以上は話すなということだろう。
わけがわからなかったが、あまり触れていいようでは無かったし、俺は黙って頷いた。








「ボスに拾われた頃のは、ホント文字通り動物だったんだよ」


後日、のいない時を見計らってイヴが声をかけてきた。
互いにどちらかがと一緒にいることが多いせいで忘れそうなくらいの日が経っていたが、生憎中途半端な途切れ方が気になって、忘れることはできないでいた。
語るイヴの目には、への哀れみが映っている。
ここにがいればいれば怒るだろうなと思った。



「捨て犬か野良犬か、そんなとこだった。あいや、狼って言った方が近いかな。話しかけても言葉は返ってこない。手を出せば噛み付かれる。近づけば唸る。誰もが捨てようって言ったさ」



そんな中、ボンゴレ9代目だけは頑として捨てることを良しとしなかったのだという。



「何度噛み付かれても、引っかかれても、ボスはやめようとしなかった。
ボンゴレのボスが子供一人を手懐けることもできないなんて恥だとか何とか言ってたけど、本心は違ったな。を見捨てられなかったんだ」



決して慣れないと思われたという犬が、初めて気を許したのは拾われて一週間が経ってからだった。
それまで一度として何も口にしなかったが、とうとう出された食事に手をつけた。
喜びに抱きしめた9代目に、は戸惑っていたが、もう攻撃はしてこなかった。
困ったように口をへの字に曲げて、そうして初めて口を開いた。



「……ボス」



それを聞いたファミリーは、赤ん坊が初めて「マンマ」という言葉を発するのと同じような気がしたという。










は誰にも決して懐かない野生の動物だった。9代目に慣れてからも、他の人間に慣れるまでは随分かかった」

その『随分』は、数年単位の話だという。つまり、つい最近までだ。


「そんながお前を連れてきたんだ。驚くのも無理ないだろ」
「……ああ」


話し終えたイヴは、これまでの少しばかり神妙な態度をころりと変えて、いたずらっぽく笑った。
俺はそんな事情は知らなかったし、おそらくジャッポーネにいる他のボンゴレファミリーも知らないだろう。
彼らの様子は普通のファミリーと何ら変わりは無かった。
ましてやあの10代目が、そんな経緯を人目から隠し通せるとは思えない。


イヴの説明に俺の疑問は解けた。
同時に、彼らの疑問である「なぜ俺を連れてきたのか」ということも、なんとなくわかった気がした。


多分は俺を自分と同じだと思ったのだろう。
大事なものが欲しいけれど、それを手にして壊してしまわない保障がない。
誰かの愛情を受けたくて、でも受けるのが怖くて。
それを経験したが、俺のことも俺を思って。昔の自分と同じだと考えて。
だから自分を受け入れてくれたこのボンゴレファミリーに連れてきた。
きっと、そんなところだ。





同族意識のようなその厚意に、素直に感謝した。





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  ちっとも夢じゃありませんけれど。
  これも次号読む前に書いてしまいたかったので。
  ランチアさんがボンゴレに入ファミリー激しく希望。

                         ’06.1.22.up


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