いつでもまっすぐに














さんは、誰にあげるんですか?」
「何が?」
「はひっ!?」

興味津々に聞いてきたハルに意味がわからずそう返すと、彼女は驚きのあまりのけぞった。






「そっかー。さん帰国子女ですもんねぇ」

納得した、というよりホっとした様子のハルに、その「ばれんたいん」なるものはそんなに染み付いた習慣なのかと思った。
イタリアにはなかった風習に、戸惑いを隠せない。
元はお菓子会社の策略だと、わかった上でも乗せられる女の子たち。
不思議なものだ。

「ハルはもちろん、10代目?」
「はい!」

ココアの入ったマグカップで手を温めながら聞くと、嬉しそうに元気な返事が返ってくる。
可愛くて女の子らしいハル。
時々ちょっと…かなりズレたところもあるが、そんなところもハルの魅力だ。
10代目も、邪険にしているようで何だかんだと構ってやっているのだから、まんざらでもないはずだ。
もちろん、笹川京子という存在があるからこそ、彼もハルと親密になることを避けているのだろうけれど。

目を輝かせてガッツポーズしたハル。握りこぶしはいつもよりも力が入っていて頼もしい。
「絶対に受け取ってもらうんです!」と意気込む彼女に、私は「頑張って」と微笑んだ。
笹川京子も悪く無いが、ボンゴレ10代目のアネさんとしては、ハルの方がいいんじゃないだろうかと思っての笑みだった。
単純に、彼女のことは嫌いじゃない。


しかし、私の応援に頼もしく頷きながらもハルはハルだった。

「それからランボちゃんに、リボーンちゃんに、イーピンちゃんに…。あっ、もちろんさんにもお渡ししますからね!」
「……ハル?」

それじゃお歳暮やお中元と変わらない。これも日本に来て初めて知った風習だ。
眉をひそめて指摘した私に、ハルは「でも皆大好きですもん」と実にあっけらかんと答えてくれた。
どうやらバレンタインには、そういう意味もあるらしいと新たに記憶した。








最後のやり取りに不安を感じた私だったが、聞いておいて良かったと思ったのはバレンタイン当日。
登校途中は数人の女子に捕まり、登校すれば下駄箱と机とロッカーに山積み、休み時間は毎度呼び出されるとなれば、何も知らなければ裸足で逃げ出していただろう。
イタリア生活が長く同性愛に抵抗は無いが、私自身の趣向とは異なる。
これらが全て本気の愛の告白だったらたまったものじゃない。
当日を迎える前に予備知識をくれたハルに、ただひたすら感謝した。




「おおー、大量だな」
「……山本ほどじゃないよ」
「つーか、なんで女のお前が俺らと同じくらいの数なんだ」
「知らない」

悪友二人も収穫は上々で、積み上げられたプレゼントの山は一日で持って帰るのは無理そうだった。
放課後前、最後の休憩時間。
さすがに疲れきって、机に突っ伏した。
獄寺の隣で困ったように笑っている10代目は、あまり収穫は無いらしく少しばかりヘコんでいるようだった。
部下としてはボスを立てて然るべきなのだが、こればかりはどうにもフォローのしようが無い。


「10代目」
「うん?」

声をかけると、ちょっと期待した顔。
部下からのお歳暮みたいな義理チョコでも欲しいですか、ボス。
本音を言えば笹川京子から貰いたいのだろうけど、それは高望みだと諦めている様子だった。
10代目がこんな顔をするのなら、義理チョコでも用意しておくんだったと今更ながら思ったが手遅れだ。
期待を裏切ることになるが、まったく用意はしていなかった。


「…すみませんが、義理チョコという意味がよくわかっていなくて。用意していないんです」
「あ…うん。って、オレそんなもの欲しそうな顔してた!!?」
「ええ、少々…」
「ハハハ、おいおいツナ」
「義理とかいうな!10代目には本命だろ!!」

本気で吠えた獄寺に、一瞬教室中の目がびくりとこちらを見た。
獄寺が10代目に本命チョコ。
ありそうすぎて笑えない。
唯一それを笑って済ませた山本は、やはり大物だ。

馬鹿なやり取りも、無粋なチャイムに邪魔される。
「放課後が決戦だな…」と去り際に呟いた山本の言葉に、思わず身震いした。
今日はさっさと帰ろうと、三人で目配せした。





山本の忠告も虚しく、放課後はピークを極めた。
逃げ出そうにも、終了のチャイムが鳴った時には廊下にスタンバイしていた女子が数名。
それどころかクラス内にすらいるという有様では、タイミングはゼロだった。
ぎょっとしたが、まさか突き飛ばして逃げるわけにもいかない。獄寺じゃあるまいし。
山本は部活があるからとさらりとかわし、最後に残った私は格好の的にされた。









日も暮れる頃になってようやく逃げ出した私の足は、勝手に屋上へと向いていた。
人酔いしたらしく、ひとけの無いところで風に当たりたかった。
2月のさなかに屋上で過ごす物好きもそういない。
扉を開けると、案の定誰もいなかった。
日本の寒さも結構だが、それでもイタリアの夜と比べればなんてことはない。
マフィアなんてのは、夜に活動することもあるから、寒さには慣れっこだった。
上着も着ずに出てきた私に風は容赦が無かったが、ものともせずに座り込んだ。


ちょっとばかり重くなったため息を吐く。
寒さで白くなった息は、そのまま風に吹き消された。


確か、バレンタインというのは女が男に告白するものだと聞いていたはずだと思う。
なのに、なぜ私が疲れるはめになるのか。
おかしい。どう考えてもおかしい。
せめて親しい人たちだけならともかく、顔も名前も知らない子からというのは本当に理解に苦しむ。
お歳暮もある程度にして欲しいと心から願った。


静かな空間に、落ち着きを感じて目を閉じる。
思えば今日は朝から心静かに過ごせなかった。
元来一人の時間が無ければ落ち着かない私にとっては、それだけで心労となる。
しばらくここで時間を潰して、校内にひとけが無くなったら教室に戻ろうと決めた。
荷物はまだ、教室に置いたままだった。





女の子…か。


通常女と男では、女の方が弱いとされるが嘘っぱちだと思う。
少なくとも精神的には女性の方が強いというのはもはや定説だし、魂は肉体を凌駕するという言葉通り、時にありえない馬鹿力を発揮するのも女の方だ。
精神が強ければ、肉体もある程度それに伴ってくる。
圧倒されるほどのイキオイで押しかけてきた女の子たちを思って、やはりその通りだと思った。

力いっぱいだった子。
おどおどしていた子。

それぞれ態度は違ったけれど、行動に移せる勇気は賞賛されるべきだと思う。
明らかにミーハーなのはともかく、本気で好きな人に告白できる子は、本当に強い。
バレンタインというきっかけは、普段それを出すことのできない臆病な子を勇気付けるきっかけとなるのだろうと、考えを改めた。
お菓子会社の策略とかじゃない。
勇気を出すための、大義名分なのだ。
それは決して悪いことじゃない。





「おー、やっぱココにいたな」

片手を挙げて近づいてきたのは、曇ることのない明るい笑顔だった。
ここにあるはずの無い顔に眉を潜める。


「山本?部活中じゃないの?」
「貴重な休憩時間。女子が煩いから、どっかに隠れてろってさ」

冷てーよな、と口ではいいながら笑ってた。
柵から校庭を見れば、確かにグラウンドは一時休憩に入っていた。
そして、群がる少数の女子の姿も。

この寒空の下、いつ終わるともしれない野球部の練習を待っているのか。ご苦労なことだ。
そうまでして伝えたいのかと呆れる気持ちがあり、同時にその熱意を羨ましくも思う。
まっすぐな気持ちを送られたなら、それは煩いばかりのものでは無いはずだ。


「受け取らないの?」
「お前、この状況でそれを言うか」
「…ごもっとも」


私とて、逃げてきたのと何ら変わらない状況だ。彼を非難できるわけもない。
ただ、いつもの山本らしく無い気がした。
八方美人という言い方は違う。
けれど、山本は誰に対しても笑顔を崩さない。
当然、ああやって渡されるチョコレートも人の好い笑みで「サンキュな」と言って受け取るのだと思っていた。
言葉以上でも以下でもない、ある意味では一番残酷な笑顔で。
もちろん、数が増えすぎればそうも言ってられないのだけれど。


隣を空けると、山本は当然のように腰を降ろした。
ユニフォーム姿の山本を見るのは少し新鮮で、ちょっと違和感があった。
野球をしている時の山本は、野球部員であってボンゴレファミリーではない。
別にボンゴレだってことが消えるわけじゃないけれど、何となく明確な境界線があるような気がした。
それは多分、山本にとっているべき場所と仲間の違いなのだろうけど。
必要は無いのに、少し対応に困った。


「部活中でもなきゃ、落ち着けないと思ったしな」
「…部活がない私はそらもうエライ目にあった」
「ハハハ」

せめて獄寺がいれば生贄、もとい、少しは違ったのだろうけど、残念なことに全力で逃げおおせてしまった。
あの逃避力は、ビアンキから逃げ続けてついたものだと思う。
しかし逃げ帰った沢田家には、まず間違いなくビアンキがいることを思うと果たしてそれは吉と出るか凶と出るか。
それはこれから私も沢田家にいけばわかることだ。
ハルから貰うと約束したので、行かないわけにはいかない。


「ま、それもなんだけどな」

意味深に呟いて、山本は下から覗きこんだ。
面白そうな笑みを浮かべて。
出てきた言葉は随分なもの。


「で、からは?」


絶句した。
山になるほどのチョコレートを貰っておきながら、まだ催促してまで欲しいと思うのか。

何も言えずに固まった私に、山本はニカっと笑う。
いつも笑顔の山本が、時々しか見せない底の見えない笑み。

「数の問題じゃねーんだよな。のが欲しいんだからさ」

当たり前にすらすら出てくる言葉。
貰えないわけがないと、本気で思っている。
10代目にも用意していない私から。
ありえないにもほどがある。




「…無い」
「マジで!?」


本気で驚くところですかそこは。
ぎょっとしてわざとらしく体をのけぞらせる。
どこまで本気かわからない。



そもそも私がハルからバレンタインの話を聞いたのは、つい昨日のことだ。
夕方遊びに行って話を聞いて、それから何ができたというのか。
ギリギリ買うくらいのことはできただろうが、義理チョコの意味もわかっていなかったのに買いに走る必要性など感じなかった。
せめて、これほどまでに義理チョコというものが飛び交っていると知っていれば、違ったのだけど。



本気で告白するものなんだと思ったからこそ、何も準備できなかった。
バレンタインにかこつける、そんな勇気すら無かったのだ。



私の元にも届けられた、女の子たちの気持ち。
綺麗なラッピングに包まれた、チョコレートに託された想い。
膨大な数に腰がひけながらも、その素直さが羨ましかった。
彼女らの数分の一でも、私にその可愛さがあればと思っても、それは無理な話だ。
14年で形成されてきた性格は、一晩くらいじゃ直らない。




だから、期待している山本をざっくり切り捨てる。
私からのチョコなんて、期待しても無駄だと。
山本が欲しがっているのは、結局のところ一番親しい女友達である私からのチョコレート。
そこに恋愛感情などあるはずもない。
私たちの間にあるのは、仲間意識だけでいい。
そんな、4人の空間が居心地良かったから。
ヘタなものを挟みたくは無かった。




驚いたポーズのまま固まっていた山本だったが、本当に無いとようやく理解したらしい。
ゆっくりと普通の体制に戻って、がっくりと肩を落とした。
あまりに力ない姿に少しばかりの罪悪感はあったけれど、それでも用意すれば良かったとは思わなかった。

…なんて、そう思っているのも言い訳だろうか。

勇気の無い自分。
勇気が無いのだと認めることさえ勇気がいる。




「ま、予想はしてた」


息を吹き返した山本は、それまでの落胆が嘘のように笑っていた。
これぞ山本節。
アッケラと笑う山本に、救われた気持ちになった。
考え込みすぎるのは私の悪いくせだ。
すぐにそうなる私を、山本は無意識のうちに救ってくれる。
無意識だからこその、救い。



「だから、こんなものを用意してみた」
「何?」
「俺からのチョコレート」
「……」



満足そうな笑みに、呆れたようにため息をつく。
どうして男がバレンタインにチョコレートを用意するというのか。
バレンタインに受け取る女代表の私が言うのも何だが、色々間違っていないか。


ツッコミどころ満載で、どこからツッコもうか思案していたら、山本に先手を越された。
勢い良く立ち上がり、私の正面に立ちふさがる。
包装された箱を突き出して、改まる。







「好きだ。付き合おうぜ」






まっすぐな言葉に呆然とする。
しかもそれは、どんなに逃げようとしても逃げられない「恋愛要素」を含んでいて。
「好き」だけなら、友達としてだと思えただろう。
「付き合ってくれ」なら「どこへ?」とボケ返すこともできた。
けれど、その両方を備えれば意味は明らかで。

一呼吸おいて、私は真っ赤になった。



「な…山本?」
「うわっ、そんな可愛い初めて見た」


すぐにいつもの山本で。
でも出てきた言葉はちっとも取り消されてなくて。
「まぁまぁ」と笑いながら勝手に私の手に箱を持たせる。
自然すぎる行動に、思わず受け取ってしまった。


「バレンタインに送るのは、チョコじゃなくてもいいんだぜ」


その言葉が何を催促しているか、わからなければ流石に馬鹿で。
期待いっぱいの山本の顔。憎らしいくらいの笑顔。
これまでの関係が崩されてしまったのが悲しいのか、新しい関係を築けるのが嬉しいのか、それすらもわからない。
悩んでいたこと自体が馬鹿らしくなってくる。


「……Ti amo」


あんまり悔しいので、イタリア語で言ってやった。
山本には意味なんてわかるわけがない。
どういう意味だ、なんて聞いてきたって、教えてなんてやるもんか。
自分で調べればいい。
ついでに、これに懲りてもっと勉強すればいいんだ。


悔しまぎれささやかな意地悪だった。





山本は面食らった顔をした。
してやったりと思ったのも数秒。
すぐにぷっと吹き出して笑顔になった。


「サンキュ」


意味なんてわかるはずがないのに。
英語もさっぱりな山本が、イタリア語なんてわかるわけがないのに。
確信に満ちた顔で、腕を伸ばしてくる。
戸惑っているうちにアッサリと捕まえられて、土だらけのユニフォームに押し付けられた。




屋上の風は寒かったらしく、山本の腕がやけに温かく感じられた。










後で聞いた話によると、私の対応なんて予想済みだった山本は、あらかじめ獄寺にイタリア語で「愛してる」は何て言うのか聞いておいたらしい。
本当に、天然なくせに抜け目の無い男だ。







++++++++++++++++++++++++++

  山本にしようと思って書き始めたのに、
  途中で「いや部活あるから無理だろう」と獄寺に変更したけれど、
  やっぱりもっさんに戻ってきてしまいました(笑)
  ハルは可愛いよねという話(待て)

                              ’06.2.5.up


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