=006.ポラロイドカメラ=





激写










部室の鍵も返し、これで本日の部活終了。
まだ日は長いとはいえ、すでに7時をまわっているこの時間。
よその部はとっくに終わっているらしく、職員室ですら先生たちの気配も少なかった。
スミレちゃんに早く帰れよと言われ、素直に返事をして外に出る。
辺りはまだ薄明るく、時間ほどに危険は感じない。


正に部活日和、と言えるだろうか。
遅くまで部活があるのは面倒だけど、それが充実しているのも確かで、私はこの時期が結構好きだったりする。
何より、この時期は皆が全国大会に向けて一丸となって頑張る時だから。
いつだって頑張っていることに変わりは無いけど、大会をこなしている今の気合の入れようは他の時期の比じゃない。
目標が目の前にあるっていうのは良いものだ。
毎日懸命にボールを追いかける彼らを見ていると、そう思わないではいられない。
そして、そんな彼らをサポートするべく、私もますます気合いが入るのだった。



下駄箱にたどり着いても、当然誰もいなかった。
鍵閉めまでが含まれるマネージャーの仕事。帰りは自然に一番最後。
冬だったら誰かが送ってくれたりしないでも無いのだが、まだまだ明るい今の時期に、どう考えても男共よりよほど強いと思われるマネージャーを待っててやろうなんて奴はさすがにいない。
あの大石くんですら先に帰ってしまう。もっとも、彼の場合は他に色々とやることが山積みなのだろうが。

今日も一人か。

当たり前のことを別段寂しいとも思わない。
いつも通りに歩き出した時、校舎横から声が聞こえてきた。










「お前らな〜。なんでいっつも俺ばっかなんだよ」

(菊……?)

聞き覚えのある声に自然に足が向いた。
一人で帰りたくないわけじゃないけど、わざわざいる人間を無視してまで一人で帰りたいわけでもない。
いるんだったら駅までくらい一緒に行くかと思って行った先には、彼の他に桃と越前が揃っていた。





「いーじゃないスか。引退したら終わり……って、アレ。先輩」
「どうしたの、三人揃って」

揃っている面子に疑問はカケラも無いけれど、この時間まで用事も無く残っているのは不思議だ。
おまけに、後輩たちが先輩を泣かせていては。


私の登場に一番目を輝かせたのは、いぢめられている菊だった。
パァっと擬態語が後ろに見えるほど輝いて、両手を向けて私の名を呼ぶ。
それこそ救世主扱いのその歓迎に腰が引けた。


「助けてくれっ!」
「ど、どしたの…?」

飛びついてきた菊に聞くのは無駄と悟り、この中で一番冷静そうな越前に尋ねる。最年少の彼が一番落ち着いているというのも何だか情けない話だ。
越前はいつもの飄々とした態度を崩さず、肩をすくめてみせた。

「どうしたって言われても。別にいじめてるわけじゃないっスよ」
「だよなー」
「アンタは黙ってて」

相槌を打つ桃を制して、もう一度越前に詳しい状況を聞こうとした。
けれど、それは私に抱きついていた菊によって阻まれることとなった。

、聞いてくれよ!コイツら俺のコト財布だとしか思ってないんだよ!!」
「財布……?」
眉を潜めると、桃からあがる抗議の声。

「違いますって。財布じゃなくて」
「うん。どっちかって言うとメシっス」
「………」

なるほど。
ようするに、いつも通り二人が菊に『奢ってくれ』とたかっているだけらしい。
少しでも心配して損をした。
私は菊の頭をポンポンと慰めるように叩くと、タメ息をついて真顔で言った。


「菊…」
……」

これぞ救い!とばかりに私を見つめる菊。
それにトドメをさすのはとても容易いことだった。





「私、フィレオフィッシュね」





その一言で、後輩二人はニヤリと笑い、味方を失ったクラスメイトは望みは絶たれたと泣き崩れた。















平日でも込み合うファーストフード店だが、運の良いことにうまい具合に4人席を見つけられた私たちは、菊の財布から出たハンバーガーを美味しく頂いていた。
あまりに情けない彼の姿に結局私は自分で払うことにしたが、後輩たちはそんなに甘くなかった。
とりあえず一応の遠慮はしているらしく、一人前の量しかトレイには乗っていないが、制限を外したらおそらくこのテーブルの上に山積みになるほど注文するのだろう。
成長期とか言うよりも、これは本人の食い意地の問題だ。
特に桃の食べる量が人間の範疇を超えていることは、去年の合宿で証明済み。
越前にしても、その小さい体でよくぞと思えるほどの勢いの良さだ。


「相変わらずよく食うわねー」
「いふぁいふぁ、まらまらふぁりねーっす(ガツガツガツ)」

口いっぱいに頬張りながらがっつく様は、散歩の後にエサを食べる犬を連想させる。

「はぁ、俺の金……」

ガックリと肩を落とす菊の分は、あまりに可哀想だったので半額私が出してやった。だってあまりにあまりな様子だったから。
たかだかハンバーガー程度で、普段は仏心なんて全く出さない私にすら同情させるほどの落ち込みようってのも、ある意味凄い。
それだけ普段からコイツらは菊にたかっているのだろう。
ウチの部の三年で親しみやすいっていうと、真っ先に思い浮かぶのは菊だろうから、人選は間違っていないのだけど。
限度ってものを知らない後輩たちにターゲットとされてしまった菊には同情を禁じえない。



そうやってガっついていると、突然桃が何かを見つけたらしく、口の中の物を飲み込まないまま私たちの後ろを指差して「あ」と声をあげた。
実際には声はくぐもって、「ふぁ」って感じに聞こえたけど。
ちなみに、並び方は壁側に越前と桃。その向かいに私と菊だ。
桃の行動につられて振り向くと……










パシャ










「わっ!?」

突然の光に目を瞑る。
まだチカチカする目をこらえて瞬きをしながらそちらを見ると、そこにはいつものように底の見えない笑顔を湛えた不二がカメラを手に立っていた。

「皆揃って楽しそうだね」
「…楽しくないし」

菊の呟きは誰も聞こえなかったことにして、不二は手近の席に余っていた椅子を引っ張ってくるとそのまま相席した。
幸い、それを批難される程には店内に客はいなかった。


「先輩、どうしたんスか。カメラなんて持って」
「あ、しかももうできてる。ポラロイドっスか」

質問しながらも答えを返すヒマさえ与えないで、二人は好き勝手に喋る。
答えようとしても無駄であることは悟っているのだろう。
そんな二人を不二はニコニコと見ている。

手にしているカメラは、ジーと音とたてながら舌を出すかのように一枚の写真を出した。



「そういや不二って写真好きだったっけね」
「え、そうなの?」
クラスメイトかつ部活仲間って言っても、普段関係の無い趣味の話なんてものは機会が無い限りめったにしない。
馴染みにあるものならしないでもないのだが、カメラとなるとそうそう話題にのぼることもない。
私は何かの時に聞いていた覚えがあったが、菊は初耳だったらしく驚きに目を見開いた。
「うん、そうだよ。話してなかったっけ。……はい、
菊に答えながら、完全にプリントアウトされて出てきた写真を見せる。


………。







「……没収」







ふふっと笑う不二。
そして覗き込んだ三人は揃って爆笑した。



「うひゃひゃ、すっげー口!」
「ぶははは、先輩ナーイス!」
「……ぷっ」


そこに写っていたのは私。
さっき振り向いた瞬間を見事に写しているそれは、全く見事なまでの大口でハンバーガーをくわえているところだったのだ。




「撮るか!?普通乙女がモノ食ってるトコ写して見世物にするか!!?」


不二の首を絞めそうな勢いでくってかかるが、後が怖いので幾分それはセーブされてしまう。
隣でお腹をかかえてヒィヒィ言ってる菊にゲンコをくれてやって、目の前の桃と越前には脳天チョップ。
その時点で乙女失格という突っ込みは断じて拒否する。
不二は相変わらず笑ったままで、余計に怒りは増す。


「やだなぁ。何も見世物にするつもりなんて無かったんだよ?桃城たちが覗き込んじゃっただけで。
それに、写真は嘘をつかないよ」


最後の一言にグっと詰まる。
当たり前だ。写真に写っているのは、まぎれもなく私がしていた行動そのものなのだから。
確かに…確かにそうだ。それはどうやったって否定できることじゃない。
けど。しかし、だ。
この場合、私が被害者であることを主張するのは間違いなんだろうか。
「世の中には肖像権ってものがあってね」
「うん。だからあげるよ」
「そういう問題じゃない!」
不二に口で勝とうなんて、神や悪魔に挑むくらい無駄なことだってわかっているけれど。
だからと言って黙っていられるほど私は冷静な人間じゃない。

まだ怒りの収まらない私に不二は困った顔をしたが、それもどこまで本心なのかわかったもんじゃない。
今にも噛み付きそうな私を見てしばらく考えていたようだったが、彼は何やら思いついたらしくポンと手を打った。














何がどうなったか、今私は不二と二人で歩いている。
送ってくれるという申し出を受けたわけだが、あの手を打った動作の意味は何だったのか。
怒りを収めるために何か言い出すのだろうとちょっと期待していた私に、不二はアッサリと「じゃあ帰ろうか」と言って腕を掴んだ。
私だけを連れ去ろうとする不二をいぶかしく思いながらも、どうせ越前たちとはここから先は方向が違うのだからと、とりあえず慌てて別れの挨拶をして引かれるままに不二について行った。



それからは何事も無かったかのように二人で歩きだした。
他愛も無いことを話しながら歩く、いつも通りの帰り道。
一緒に帰ることが多いわけではないけど、クラスが同じ彼とは一緒にいることも多い。
気も合うし、一緒にいてとても自然だ。
大石くんだって手塚だって皆同じことだけど、クラスの違いっていうのは意外に大きい。




。コレ、あげるよ」
話の途中、不二は鞄から一枚の紙切れを取り出した。
「何?」
「さっきのお詫び」
裏向けて渡されたそれをひっくり返す。






「……これは、どう返事をすれば良いんだろう」
「ふふ。思った通りでいいんだよ」


思った通りと言われても困る。
私の中で、二つの反する意見が同時に存在しているのだから。



渡されたのは一枚の写真。
さっきのとは違う、けれどやっぱり被写体は私。
いつのものだかわからないけど、場所は教室。
満面の笑みで笑っている、とても綺麗に撮られたものだった。








撮られた覚えの全く無いそれを「隠し撮り」だと怒るべきか。
それともこんなに綺麗に撮ってくれたことにお礼を言うべきか。







「ポラロイドだったから、さっきのはその場で出ちゃって。悪かったね」
あんなに見事な大口とも思ってなかったし、と余計な一言を付け足す不二の腹を軽く小突く。


「でもコレ、いつ撮ったのよ」
「んーと、今日の3時間目の後の休憩時間だったかな」
いつの間に。
そして、あれだけ人がいたにも関わらず誰も気付かないっていうのもまた凄い。

「綺麗に撮れてるだろ?」
「実物より、って言いたい?」

先取りした私の言葉に困ったように笑う。
「まさか。写真は綺麗に保存しておけるけど、実物のその瞬間には敵わないよ。どんなものでもね」
それは写真を好きだからこその彼の言葉なのだろう。
趣味として何枚もの写真を撮り続けてきた彼だからこそ、本物のよさもまたわかる。そう思う


「くれるなら貰っとく。ありがと」

綺麗に撮ってくれたことに文句があるはずもない。
これだけのものを撮ってくれたのだ。許可無しだったことは不問にしておこう。

どういたしまして、と答えた不二は、そのままとんでもないセリフを付け足してくれた。














「他の奴には、見せたくないしね。がこんなに綺麗に笑うってコト、保存して見れるのは僕だけでいい」













「…………はい?」


今、物凄くこっぱずかしいセリフが彼の口から出たような気がしたんだけど。
幻聴かしら。
ありえないっていうより寒いだろそれは。


けど、思わず漏らした私の声に、不二は笑顔を崩さずに言い直した。



「うん、だからさ。僕だけが知ってればいいんだ。は綺麗だよ。他の奴には見せたくないほどね」


………。
待て待て。
きっとあくまでも『被写体』ってことだ(それも自惚れか)



「ええと……私で良ければ撮ってくれて構わないけども」

ぎこちないカタコトで返す。
すると不二は緩く首を振った。



「言った意味わかんない?僕は、他の男にキミを見せたくない。僕だけのでいればいいと思う。そう言ってるんだよ」
「それはつまり……」


今まで考えもしなかったことを私の頭は予想してる。
違う、それはいくら何でもありえない。

天才様よ。あの不二周助よ。

そう思いながら、浮かんできた考えを否定できない。



一人葛藤する私に、不二はニッコリとトドメをさしてくれた。














「うん。告白」













言っちゃったよ。
マジですか周助さん。
今の一言で泣き崩れる子が世界に何人いると思ってらっしゃるのか。



問題はそこじゃないが、私の頭はあくまでも逃げた。
不二の気持ちを受け入れることをどこかで拒否していたんだ。


しかし、ここまで言って獲物を逃す彼じゃない。
笑ったまま目を薄く開いた彼は、何も言わずにじっと私の返事を待っている。
その瞳から逃れられるはずは無かった。







答えを返せないわけじゃない。
私の中でも、多分答えは出てる。それもとっくの昔に。

ただ、それを口に出すのが怖い。
今までの関係を崩すことになるその一言を、私は言いようも無く恐れている。
それが関係を悪化させるものでは無いとわかっていても。



逃げたかった。
逃げ出したかった。


けど、それと同じくらいに嬉しかったんだ。
同じ気持ちだったことが。




怖かったのは好きだから。
今の関係を壊すことで、大切な何かが崩されてしまう。そんな気がしたから。
大事な友達。
好きだって気持ちよりもそっちが先行してしまうくらい、特別な。
けど、それで逃げるっていうのもまた何かが違うんだ。

今、必要なのは……。









「私…………も」









たった一文字だけのことなのに、消え入りそうな声。
たった一つの意味なのに、とても重い言葉。
本当の、気持ち。
逃げないってことは、こんなにも勇気のいることだっただろうか。



けど、言った。
口に出した言葉は戻らない。
私も告白したのだ。
不二のことが好きだと。
友人関係を壊し、新たな関係を築いていくことを。




こんなにも勇気を振り絞った私。
ある程度予想はついたことだけど、当の不二はそんな私に、余裕の顔をして答えたんだ。





「うん、知ってる」





って。アッサリと。















長い友人関係に終止符を打ったきっかけは、一枚の写真。

それは今も彼のコレクションの一つとして、大切に保存されているらしい。

あんなに間抜けな顔でも綺麗だと言い切ってくれる彼には、本当に勝てない。




多分、一生かかっても……。







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  其の六「ポラロイドカメラ」
  どうしてもありきたりな、
  例えば記念写真とかそういうのが浮かんで仕方なかったのですが、
  そういえば不二先輩の趣味は写真だったことを思い出しまして。
  SWEAT&TEARSをプレイするまでは
  全然覚えてなかった設定なんですけどね(苦笑)
  …初のまともな不二夢?(前のはどう考えても違った)
  最初で最後だったら笑えない。
  いや、キリリクは書きますので!
  (一瞬これをキリリクに、なんて甘いことを考えた私を許してください…/爆)

                               ’02.12.20.up


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