最初は、ただのトロくさいボケただけの女だと思ってた。 でもって、感情の線か何かがいくつか足りねぇんじゃねえかなんてことまで思ってた。 なにせいつでも始終ニコニコして、何が楽しいのかってムカつくくらいだった。 ドジやらかしてもそんなだから、それで許して貰えるなんて思ってんじゃねえかとか。 とにかく、気に入らなかった。 けど。 実際は意外と違うもんだと気づいて、 ソイツへの見方が変わった。 「はい、海堂くん」 「……何だ」 部活もクラスも同じである以上、嫌でも始終顔を合わすことになる。 おかげで俺は、入学してから何かと鬱陶しくて仕方がなかった。 他の奴らは一度睨めばおびえて去っていくというのに、だけは何度もどれだけ邪険に扱おうとも一向にめげることはなかった。 今も、何かを手に持って、いつもと変わらないムカツクくらいの笑顔でそれを差し出した。 「お預かり物です」 「…いらねぇ」 「でも、お渡ししないわけにはいきませんから」 そう言って、なかば強引にその包みを俺に押し付けた。 おそらくまたどこかの名前も顔も知らない女子からだろう。 レギュラーになったとたん、まず悩まされたのがこれだ。 女ってのはどうして肩書きやらにこうも惑わされるのか。 それまでは野蛮だの何だの陰でコソコソ言ってた奴らが、急に手の平返して媚打ってくるようになった。 それがたまらなくウザかった。 そして、俺がそれをことごとく拒否していると、今度は作戦を変更したらしい。 マネージャーであるこのを通して渡してくるようになった。 コイツは俺の考えなんて知るはずもないのだろう。 “頼まれたからには渡さないわけにはいかない”と言って、普段ポヤポヤしている割に引き下がることはなかった。 どうしてもいらないなら、その旨を相手に直接言えと言われれば返す言葉も無かった。 だが、直接渡されたものをその場で断るならともかく、わざわざ存在すら知らない女子の元へ赴くのも面倒で放っておいた。 それがまずかった。 その後、どこからどう聞きつけたのか知らないが、そのテのプレゼント類はほとんどが経由で渡されるようになった。 ただでさえ鬱陶しいこのプレゼント攻撃に、それを渡しに来るのが俺の苦手なこの女。 イチイチ相手をしていたことだけでも俺にしてみりゃ褒められるほどの忍耐力だ。 だが、ウザったいのも変えようのない事実。 いい加減、この状態も何とかしなくては。 そう思っていた矢先のことだった。 (…この声、か?) 部活へ向かう途中、校舎の裏手を通る時、すでに耳慣れてしまっている声を耳にした。 また何かのプレゼント運搬係でもやらされているのだろう。 この状況を何とかしたかった俺は、これで終わりにしようと声のした方へと足を向けた。 「マネージャーだからって調子に乗らないことね」 「先輩たちがあんたみたいなボケ女を相手にするはずないのよ」 校舎の角のところまで来て聞こえた言葉に俺は寸でのところで足を止めた。 マネージャーということはのことだろう。 ウチには他にマネージャーなんていない。 希望者は多いと聞くが、顧問がことごとく断っているらしい。 その中でコイツだけが特例にように選ばれた時は部の内外を問わず騒ぎになったものだが。 「そうですね。私ドジですから、いつもみなさんにご迷惑をおかけしてばかりで」 そう答えたの表情はここからは伺えなかったが、声の調子はいつもと変わらぬようだった。 それに、違和感を覚えた。 「わかってんならとっとと退部したら?」 「手塚先輩たちの仕事を増やしてるだけなんじゃない?」 いやに粘着質な、勘に触る言い方だ(俺が言うのかということは置いておいてくれ) はその言葉に何も返さず、大人しく聞いていた。 「聞いてんの!?」 口々に言いたいことを言っていたが、が何も言い返さないのに焦れたらしい。 4,5人の女の内の一人がそう叫ぶように言った。 はアッサリ「聞いてますよ」と言った。 それは嘘ではないだろう。 気にくわないことは確かだが、人の話を聞かないような奴ではない。 このイチャモンも、律儀に全部聞いて、それにどう対応すべきかなんてことまで考えていたはずだ。 だが、その女は「適当なこと言ってんじゃないわよ!」と言うとの肩を掴みかかった。 そのまま壁に叩きつけられる。 おかげで俺の位置からもの顔が見えた。 アイツは痛みに顔をしかめはしたが、相手の女に対しては何も言い返したりはしなかった。 「馬鹿にして!竜崎先生に気に入られたってだけでマネージャーして、いい気にならないでよね!!」 見苦しい嫉妬だ。 顧問がどういう理由で前例を破ってをマネージャーに選んだのかは知らないが、少なくともコイツらのような女でなくて良かったとだけは思う。 毎日こんなのの相手などしていられない。 もっとも、の相手をするのもそれなりに精神的に疲れるのだが。 「あの、できれば手を離していただけると嬉しいんですけど…」 この場の緊迫した空気を読んでいないのか。 当の被害者はそんな間抜けなことを口にした。 「っの、馬鹿にして!!!」 を掴んでいた女が手を振り上げた。 その瞬間俺はハっとした。 何を黙って見ている。 気に入らないとはいえ曲がりなりにもウチのマネージャーだ。 それを放っておくわけにもいかないし、それ以前にあの女子どもの言ってることは身勝手な八つ当たりに他ならない。 そういうものは俺の嫌いな行為だ。 俺はもめている彼女らの前に出て行った。 パシッ 力を入れすぎないようにを殴ろうとしていた腕を掴んだ。 下手に力を入れると暴力だとか何とか煩く言われることがわかっていたからだ。 突然の思いも寄らぬ俺の登場に、その場にいた奴らは皆驚いたようだった。 「かっ、海堂くん!?」 「あ、これは…」 挙動不審なその態度は、例えそれまでの状況を見ていなくとも、やましいことをしていたと判断するには十分だった。 無言で睨みつけると奴らはピタっと口を閉ざし、そそくさと去っていった。 「おい、大丈夫か」 そう声をかけた俺に返されたのは、やはり間抜けな答えだった。 「どうしたんですか、海堂くん。こんなところで」 助けてもらったとか、こういう現場を見られたとか。 そんなことは頭に無いらしく、ただ本当に俺がここにいるという事実に対してのみの驚きらしかった。 本当にボケた奴だ。付き合いきれん。 「どうでもいい。オラ、立て」 肩を掴まれていたのを離され、座り込んでいたに俺は手を差し出した。 は一瞬驚いたようだったが、すぐに嬉しそうにその手につかまった 「よくあるのか」 「何がですか?」 「…さっきみたいなのだ」 そう聞くと、困ったような顔をした。 んと、そうですねぇ。なんて間抜けな声で色々考えていたようだったが、俺がじっと見ると観念したように話し出した。 「まぁ、それなりに…。でも、だからと言って別に困っているわけでもありませんし。部活には支障ありません」 部活に支障というような問題でもないだろうが。 思わずそう怒りたくなった。すぐにそんな考えは打ち消したが。 …怒る?なぜ俺が。 コイツがそう思うのなら俺の関与することではない。 だが、腑に落ちないのもまた事実だった。 誰だって不思議に思うだろう。 あれは完全にいじめの域だ。 いじめられて支障が無いなどと断言するなんて。 そんなことを考えていた俺には言った。 「あの人たちも、他の多くの女子生徒も。みなさん、本当にテニス部の方が好きなんですよ」 俺は黙って聞いていた。 「確かに、その方法は間違っているかもしれません。でも、言い方を変えればなりふり構っていられないほど好きだということですし。その好きな人の近くに私みたいなのがいれば当然じゃないかと思うんです」 ニコ、と笑ったの笑顔に嘘はカケラも無かった。 そして、俺は知った。 コイツはただの天然ボケじゃない。 人の気持ちを何より大切にして。 常に自分より他人を優先して。 自分が傷つけられても相手の心配をできるほどの強さを持った女だった。 いつも笑顔なのは何も考えていないわけではなく。 周りの者に不快な思いをさせないため。 俺は、今までのコイツに対する誤った認識を恥じた。 「」 「なんですか?」 は相変わらず邪気の全くない、誰にでも向ける笑顔で返事をする。 いつもと同じコイツの笑顔。 だが、認識を変えた今、同じはずのこの表情が今までとは違って見えた。 「これからは、ああいうことがあったら俺に言え」 不思議そうな顔をしたに、俺はいいからそうしろと無理やり言った。 はまだ不思議そうだったが、それでも満面の笑顔で「はい」と答えた。 その笑顔に体温が上昇するのを感じた。 俺がアイツを守ってやりたいと思ったのはこの時から。 そして、傍にいたいと思うようになるのは、まだもうすこし先のことだった。 ******************************* お久しぶりの海堂さんです。 相互リンク記念リクエストとして蒼夜南さまに捧げます。 海堂さんということで二人のなれそめなんぞを書いてみたのですが。 恋愛未満で申し訳ありません。 お気に召しませんでしたら改めて書かせていただきますので。 遅くなってしまい申し訳ありません。 よくある呼び出しネタ。 一度書いてみたかったのです。 これが跡部夢のヒロインだったりするとアッサリ終わるんだろうなぁ(苦笑) ’02.2.24.up |