思い出













式が終わって、みんなと話したりして。
少しずつ人が帰って行って。
辺りにほとんど人がいなくなってふと周りを見回してみた。
もう、ホントに数人しかその場には残っていなくて。
いつも賑わっている場所が静かだって思ったら、ようやく、ああ、卒業したんだなって。今更実感が湧いた気がした。




それから俺は、テニスコートへと足を向けた。
一番思い出深い場所。
辛いことも、楽しいことも。
そのほとんどはここで味わった。ここが始まりだった。
思い返してみて、つくづく青春したなぁって思う。
来る日も来る日もボール追っかけて。
飽きもせずに、ただひたすら頑張った。
引退した時は寂しかったな。
もう、ここには来ないのかって。
来ても今までとは違うんだなって。
もしかしたら卒業式を終えたばかりの今より、ずっと寂しかったかもしれない。
そんな場所を、もう一度見ておきたかった。





(………あれ?)


テニスコートに着くと、先客がいた。
見慣れたセーラー服に、長い髪。
俺たち男子テニス部の元マネージャーのだった。

。何してんの?」
「菊?」

振り向いたはどう見てもいつも通りだった。
大石と同じクラスで、二年の時は俺と同じクラスで。
俺たちと一緒に、三年間苦楽を共にした仲間だった
そして、俺の彼女。
俺はベンチに荷物を置いての方へと近寄った。

「卒業、おめでと」
「お互いね」

どうせみんな同じ高等部へ進むだけなのだから、特別別れがあるわけじゃない。
とも、大石とも、他のみんなとも今まで通り。
きっとまた同じようにテニス部に入って、めちゃめちゃに暴れることになるだろう。

「ここを。……もう一度見ておきたくてさ」

も俺と同じだったらしい。
俺たちは別れない。
別れるのは、このテニスコートだ。
後輩たちは、きっとまた1年、2年後に入ってくる。
けど、このコートだけはこれっきり。
訪れないわけじゃないかもしれないけど、OBがあまり口を挟むのは良くないし、何より俺たちは現役としてプレイすることは二度と無い。
「俺も」
そう答えると、は笑った。



よく見ると、は手にテニスボールを持っていた。
「そのボール…」
「ああ、コレね」
はそれを渡して見せてくれた。
見覚えがある。
黄色いボールに、黒いマジックで落書きしてあって。
きったない字で“全国!”と書かれている。
これは確か、引退の時に桃、海堂、越前のレギュラー三人がにあげた物だった。
マネージャーとして、いつも俺たちを支えてくれた
そんなは、それでももちろん試合に出ることは適わない。
けど、全国へ行こうって気持ちは同じなんだって。アイツらにしちゃイキな計らいだったと思う。
そのボールを、はおまもりみたいに大事にしてた。

「なんとなく、持ってきたかったんだ」
「うん」

その気持ちはわかった。
これで最後だから。
大事なそれを持っていたかったんだろう。


「色々あったよね。三年間」
「そうだね。まさか菊がレギュラー取るなんて、入部当時は考えられなかったけど」
「それどういう意味!」
わざとらしく怒ってみせるとは笑ってごめんごめんと謝った。
「うん、ま。でもね。カッコ良くなったよね。背も、あの頃は同じだったのに。もう見上げないといけないなんて」
なんか悔しい、と言いながらは背伸びをしてみせた。

バランス悪そうだった彼女の体を捕まえると、そのまま抱きついてきた。
触れるだけのキスをして、顔を離すとお互い照れたように笑った。
そういうこと、1年以上つきあいながら、ほとんどしたことが無かったから。
全くないわけじゃないけど、やっぱり免疫なくて、恥ずかしかったりする。

「卒業しても、高校行っても、一緒だよね」
「そういう恥ずかしいセリフを言わないの」
ベシっと叩かれた頭を押さえると、は俺の腕から抜け出した。



人気の無いテニスコートは、覚えているものとは違って見えたけど、やっぱり俺の…俺たちの大好きな場所だった。




あの茂みの辺り。
あそこにはよく偵察で張り込んでいた他校生が忍び込んでたなぁ。
あそこ、実はここから丸見えだったりしたんだよね。
練習しながらソイツの間抜けさに笑ってたっけ。
それから水飲み場。
乾の野菜汁の後はこれが無かったら確実に死んでた。
もう強烈。今でもあの味だけは忘れたいランキング1位だよ。
そして、ひたすら走り回ったコート。
これに関しては思い出なんて有りすぎて何を言っていいのかわかんない。
手塚に周囲を走らされたりだとか、先輩に負けて悔しかったりだとか。
入部当初はただ憧れて見ることしかできなかったその場所で、初めてボールを打った時は凄く嬉しかった。

どこにだって色んな思い出がある。
それはも同じだろう。
どんな思いで見つめているのかはわからないが、きっと俺と大差無いって思う。




ふと、目をやるとしまい忘れているらしい見慣れた物が目に入った。
そーだ。いい事思いついた!
俺はそっちへ走った。
「ねー、ー!」
「何ー?」
ちょっと離れてるので大声で呼ぶと、向こうも同じように返してきた。
そんなに俺はニパっと笑って“それ”を持ち上げて言った。




「しょーぶ!!」




俺が手にしているのはラケット。
ちゃんと二本。
手塚が部長だった頃は、こんなの見つかろうモンなら容赦無くグラウンド10周が言い渡されていただろう。
それが桃が部長になったらこれか。
一応厳しさは昔から変わらないようだったけど、このあたりのズボラさは部長ゆえかもしれない。
けど、今回はちょっぴり感謝。
そのおかげで最後にここでとテニスできるんだから。

は俺の言葉を聞くと、苦笑しながらこっちへ近づいてきた。
「オッケ!」
そう返事をしながら手を差し出す。
俺はその手にラケットの1本を渡した。



vs菊丸!、サービスプレイ!」


俺の掛け声で試合開始。
もそこそこテニスはできる。
ただ、普段から練習しているわけではないので、強くはないけど。
今は強さなんてどうでもいい。
と気の済むまでテニスしたい。それだけだから。
お互い気の向くままボールを打ち合った。
俺もアクロバティック全開で。
そんな俺の打球にもは食らいついてきた。
根性なら海堂と張るんじゃないかって言われてるだ。
それくらいはしてみせるだろうと思った。
制服のまま、汗をかくのもお構い無し。
どうせこの服とも今日でオサラバなんだし。
も汚れるのなんて気にしてなかった。



「菊ー!」
「なーにー!」
「目指せインハイ!!」
「おーーっ!!」



打ち合いながら、そんな会話。
もう高校での話なんて、気が早いかもしれないけど。
新たな目標は、次へ進むための大事なもの。
だからこそ、ここで誓うことは意味があるように思えた。












新しいテニスコートで、また俺たちは同じように同じものを目指すだろう。
そしてまた、そのために泣いて、笑って。
そんな青春を繰り返すんだろう。
その間も、ずっと一緒にいよう。
大好きなキミとなら、きっと頑張れるから。

ね、―――。






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  恥ずかしい!(苦笑)
  ああ、青春ですね。
  青春といえば菊らしいです。私にとって。
  こんなだけど受け取ってください。
  お礼の品として玖堂刹那氏に捧げます。
  またお邪魔するからよろしくね♪(断言!?)

                              ’02.3.25.up


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