帰らぬ人













夜。
いつも通りに風呂入って。
そのままテレビ見て。
兄貴たちと笑ってたら、突然大石が来た。
何にも考えず、それまでテレビ見て笑ってたその気分のままで出た。
その時はまだ、大石の様子がおかしいことに気づかなかった。




「英二……」
「どーしたの大石。こんな時間にさ」
普段通りに軽い気分で尋ねた俺は、なかなか答えない大石に、ようやく様子が変だと気づいた。
いつもなら仕方ないなと笑顔で苦笑する大石が、まるで感情ってものを失ったみたいに何も返してくれなくて。
俺は髪を拭いていた手を止めてマジな顔になって大石を見た。
「大石……?」
けど、それでも大石は何も言わなかった。
言おうかどうか迷っている。
とても言いにくいことなんだって、その大石の態度からわかった。
こんな大石は、とても珍しい。
第一、わざわざ来たのに用件を言わないなんて。
「どうしたの。聞くよ、何でも。言ってよ」
俺のその言葉に、迷いながらもようやく腹をくくったようだった。


そして、大石が言った言葉は、俺の全く予想しなかった、そして理解することを拒否したいものだった。








「…………え?」





事態が飲み込めないほど混乱した。
っていうか、思考回路が停止した。
何て、言ったの?
そんな冗談、大石らしくないよ。




「ウソ……だろ?が…………が、そんな…」




けど、大石は辛そうに俺を見たまま、それでもその言葉を否定してはくれなかった。

















「本当なんだ、英二。さんのクラスが……今年の“プログラム”の対象になった……」
















“プログラム”

正式名称なんて覚えてないけど、内容くらい俺だって知ってる。
毎年中学校の何クラスかを選んで、生徒同士を残り一人になるまで殺し合いさせるっていう、腐った法律。
世の中、学校なんて何校もあるし、その中でさらに何クラスもある。
選ばれる確率は全くないわけじゃないけど、そう高くは無い。
だから、テレビなんかでそのニュースを聞く度、嫌な気分になりながらも、どこか他人事のように思っていた。


それに、が選ばれた……?


それは即ち、まず生きて帰っては来れないことを意味していた。



「お…おい、し……」

様子がおかしいにはこういうわけだったのか。
でも。


「……なんで、そんなに冷静でいられるんだよ!がっ…が死ぬんだぞ!?なのにっ、なんで……」


八つ当たりだってわかっていた。
大石だって辛いって、その態度が言っていたのに。
なのに俺はそんなことを言った。最低だってわかっててもどうしようもなかった。



は俺たちテニス部のマネージャーをしていた。
いつもテキパキを仕事を済ませて、先輩である俺たちにも物怖じしないでやるべきことはやれと注意してくれて。
手塚の信頼も厚かった。乾のデータ収集も手伝ってたらしい。
何でもハッキリキッパリ物事を割り切って。
それが時折、どこか自暴自棄に見えることもあった。
いつもは笑顔なのに、時々知らない人みたいな表情になったり。
不思議な子だった。
けど、大好きだった。



大事な……俺の、恋人。




「おかしいと思わなかったか?昨日の晩、この付近で銃声が多かったこと。あれは、プログラムに選ばれた人の家族が知らせを届けた政府の人間に反抗して、やられたんだ……」

確かに、昨日はそんな音がしていた。
でも、多いとは思ったけど、言ってしまえばそう珍しいことでもなかった。
またどこかで反政府運動とか言ってバカやって満足している奴らが一網打尽にでもされたのかと、これも自分とはかけ離れたものだと思って聞き流していた。


「…本当、に……?」


わかってる。
大石はそんな冗談言ったりしない。
だけど、認めたくない。
が、もう帰ってこないなんて。


大石は黙って頷いた。




「だって……俺、約束したんだよ?来週、映画行こうって。、嬉しそうに、笑って……」
「英二……」


めったに休みなんてなくて、もちろんデートだってまともにできやしない。
だから、久しぶりに一緒に出かけられるねって二人で約束した。
それ、つい3日前のことなんだよ?
あの時のの笑顔、今でもはっきり思いだせる。
ちょっと顔赤くして、照れながらも凄く嬉しそうに笑ってくれて。
俺、それが嬉しくて思わず抱きついたらバランス崩して二人で転んじゃって。
打った腰をさすりながら、二人で笑った。
バカみたいに。
それも楽しかった。





「……ね、大石。一人だけは、帰ってこれるんだよね…、無理かな……」


まず無理だろう。
どこか世を儚んでいた感じのあった
それを考えれば、他人を殺してまで自分が生き残ろうとなんてするはず無かった。
けど、希望を捨てたくなかった。
万一、自分に会いたいと思って、生き残ろうとしてくれたら……。
無駄な期待だってわかってても、思わずにはいられなかった。

けど、混乱している俺とは対象的に、大石は冷静に首を横に振った。
俺に言いに来る前に、きっと大石は悩みつくしたんだろう。
俺が考える可能性くらい、大石なら考えつく。
そして、その結果も。


「…無理だ。万一戻ってきたとして、それはきっと、俺たちの知っている彼女じゃない」


帰って来るということは、誰か……いや、多くのクラスメイトを殺してきたということ。望む望まざるに関わらず。
そうして死線を乗り越えてきて、仲の良かった子たちを殺して、もしくは殺されて。あるいはその子に殺されそうになって。
それで今まで通りなんて、無理に決まってる。
昔見た、プログラム生存者の目。
それはどこか狂人じみていて、怖かった。
そんな風に帰ってきて欲しいわけじゃない。
けど、死んで欲しくない。
相対する、二つの願い。
それは、どちらも叶うはずも無かった。






っ…………!!」





俺は、大石にぶつかるようにして泣いた。
人前で泣くのが恥ずかしいなんて思わなかった。
もう、帰ってこない。
の笑顔は、怒った顔は、見れない。二度と。
無駄になった映画のチケット。
散々苦労して取って。と一緒じゃなきゃ意味なかったのに。


大石も泣いてた。声も出さずに。
きっと、大石だけじゃない。
彼女以外にもいる、プログラムの犠牲者。
その人たちを思って、泣いてる奴はきっと大勢いる。


俺は、気の済むまで泣いた。
涙が枯れるんじゃないかってくらい泣いても、まだ溢れてきた。








俺の部屋の写真で、彼女はとても幸せそうに笑ってた……。





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  何を思ったかテニバトです。
  やるまいと思っていたはずなのに…。
  世の中死ぬシーンでのパロが多いようですが、
  あえて残される側の話です。
  辛いのって何もプログラムに選ばれた人に限ったことじゃ
  ないと思うんですよね。
  もちろん、選ばれた人たちの方が圧倒的に苦しいですけど。
  バトロワは本を借りて読んだ(しかも最後まで読む前に返した/爆)
  だけなのですが、興味深い話だと思いました。
  とりあえずR15指定かかってるので15歳未満の人は
  見るの我慢してくださいね(映画のことですけど)
  ビデオ借りてこようかなぁ。
  でも映像ダメなんですよね、私。

                                 ’02.3.26.up


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