それは。 桃城と越前が面白半分で菊丸の家へ押しかけたときのこと。 「エージ先輩ん家広いっスねー」 「家族多いからこれくらいじゃなきゃ生活できないんだって…、あっコラ桃!勝 手に漁るな!!」 マックで奢って貰えなかった腹いせにというか。 突然菊丸の家に押しかけてきた二人。 菊丸は慌てたものの、やたらと面白がる姉が勝手に中へと進めてしまい、部 屋の中まで押しかけられるハメになってしまった。 特に面白そうな顔をしないクセになにかといじる越前と。 それとは対照的に何でもかんでも面白がって触りまくる桃。 どちらも大分と始末が悪い。 さっきから古いテニス雑誌を引っ張り出してきたり、クローゼットを開けて何か 入ってないか調べたり。 「お前ら……俺のこと先輩だと思ってないだろ…」 そう思われる普段の自分の態度はさて置いて、ガックリと肩を落としながらタ メ息混じりにそう呟く。 その言葉に越前が小憎らしく返してきた。 「そんなコトないスよ」 「ホントかよ……」 そう言いながらも密かに嬉しい菊丸。 だが、その喜びは、次の言葉を以ってして音をたてて崩された。 「だって、先輩にじゃなかったら奢って貰えないじゃないスか」 「…………」 早い話がメシづる(そんな言葉あるのか?)である。 ちょっと浮上していた分、さらにそのダメージは大きかった。 「もう、いい加減にしない?」 「エージ先輩。これ、なんスか?」 もう疲れたとばかりに口にした言葉も無視される。 相変わらず部屋をいじりまわす二人。 もう勝手にしてくれと言おうとした菊丸だったが、越前が手にしているものを見 てそれどころではないことを悟った。 「これ……先輩たちの写真っスよね」 それは、自分たちが二年の時の都大会の写真。 今よりずっと幼い自分たちが納められている。 「っだぁっ!!」 しげしげと眺めている越前の手から物凄い勢いでそれを奪い取る。 その挙動不審な態度をこのスーパールーキーが見逃してくれるはずもない。 驚いた後、ニヤリと笑って菊丸を問い詰めた。 やはり菊丸を先輩だなどとは思ってないご様子。 「先輩、なんで隠すんです?」 薄い笑いが怖い。 …不二ほどじゃないけど。 「いや〜、やっぱ昔の自分って恥ずかしいし……」 「ならなんでこんなトコに飾ってあるんですか?」 越前……。 キミ、本当に一年生? 凄みも貫禄も、バッチリなんですけど。 「………ええとぉ…」 俺の背中、冷や汗ダラダラ。 早く風呂入りたい……。 だが、そうまでして守った写真は、菊丸の気づかぬ間に背後にまわっていた 桃によって暴かれてしまった。 「なんだ。去年のいつぞやの写真じゃないですか。確か……都大会?」 桃〜…。 俺の苦労は一体………。 いい加減諦めたのか、それとも自分の身の危険を最大級にキャッチしたから か。 菊丸はもうどうとでもなれと半ばヤケっぱちに開き直った。 「そうだよ。去年の都大会の後みんなで撮ったヤツ」 それをなぜ隠す必要があるのか。 それは、写真をぶん取られる前に越前が一瞬引っかかったことが原因だっ た。 「これ………先輩っスよね?」 信じられないという顔で呟く越前。 それも当然だった。 その写真のは、眩しいくらいの笑顔だったのだから。 彼女、は青学男子テニス部のマネージャー。 大石と同じクラスで、菊丸たちとは三年のつきあい。 美人で仕事もきっちりこなし、手塚からの信頼も厚い。 それだけ聞けばさぞいい女だろうと思うことだろう。 しかし。 問題は、その性格と、それによる表情にあった。 が笑っているところを見たことのある者は、少なくとも越前の知る限りでは 存在しなかった。 いつもすました顔で、どんなことにもポーカーフェイスを崩さない。 手塚よりも表情が堅いのではないかと言われるほどに。 そのような鉄仮面であっても、美人であるということだけでかなりの高得点な のか言い寄ってくる男は多かったが、彼女はそれをことごとくはねつけていた。 それも、ずいぶんな言い方で。 一度、越前は見たことがあった。 が告白されて断っているところを。 別に見ようと思っていたわけではなく。 ただ、部活に遅れそうだったので近道をしていただけだったのだが。 その時のことは、今でも鮮明に思い出せる。 それほど印象が強かった。 「さんのことが好きなんだ」 そう言った相手の男を、彼女は眼鏡越しに黙って見ていた。 「その、良かったら……付き合って、欲しい」 男が言い終わったのを確認すると、はふぅ、と一つタメ息をついてキッパリ とこう言った。 「悪いけど、私は嫌いなの」 その言葉に随分なショックを受けている相手の男。 見た目からして結構モテるだろう感じの彼は、おそらくそんな答えは予想して いなかったのだろう。 何も言えずにいる男に、は追い討ちをかけるように言う。 「だいたい、私の中身を知っていればそんなことは言わないはずよ。その時 点で私を顔だけで判断していたこと丸分かり。そんな人と付き合う気はない わ」 顔色一つ変えずに淡々と言葉を紡ぐ。 正論のようで矛盾しているその言葉。 自分を好きだと言ってくる男とは付き合わないと、つまりはそういうことだ。 「そんなの、理由になるワケないだろ」 意味を理解した男が食い下がる。 その男を冷めた目で見ながら彼女は言った。 「だから。恋愛事に興味はないわ。そんな気の迷い、信じる方がどうかしてる」 それだけ言うと、彼女は立ち去った。 固まったままの男を気にする風もなく。 いつもと同じようにすました顔で部活へと向かった。 そして。 その時から越前はの存在を頭にインプットした。 それまでは、特に何も思わずただ雑用をこなしてくれるマネージャーとしか見 ていなかった。 彼女にしてみても自分たち一年に何か言葉をかけるでもなく。 まるで乾の助手であるかのように、むしろ影のように部に存在していたからだ。 縁の下の力持ちといったとことだろうか。 何にしろ、美人であっても越前にとってはそんなことは大して問題でなかった。 そんなことよりも、普段何事にも動じない彼女がそこまで拒むことの方がが珍 しくて。 少しずつ、気になっていった。 そのが、この写真では笑っているのである。 天変地異の前触れ? いや、この写真は一年も前の物なのだから、そうならばとっくにそれは起きて いるはずだ。 そんな疑問を抱えている越前の横で、こともなく桃は言った。 「あの頃は、先輩もよく笑ってたのになー」 (よく、笑ってた??) 「桃先輩。それって、どういうことスか?」 「桃!!」 越前の疑問と、制止する菊丸の声はほぼ同時だったが。 一度聞かされてしまった以上気にするなと言われても無理な話だ。 しまったという風に口を押さえている桃に、先ほど菊丸にしたのと同じように にじり寄る。 「えっちぜ〜ん。コワいよ、お前」 「さっき俺もそれを味わった……」 標的が自分に向かなかったことに安堵する菊丸に助けを求めるが、それは 無駄なこと。 悪い、桃。自分で蒔いた種だ、と手を合わせる菊丸に、桃は涙目になりながら 薄情者〜と叫んだ。 「ミャ〜オゥ」 猫じゃらしで飼い猫カルピンと遊びながら、越前は菊丸の家で聞いたことを思 い出した。 『先輩な。昔、っても一年前だけど。あのころはよく笑ってたんだ』 あの先輩が? 驚きを隠せない越前に、菊丸は嘘じゃないと頷いた。 『、付き合ってた人がいて。今は卒業しちゃったテニス部の先輩なんだけ ど。とにかく、凄く仲よくてさ。どれだけ想いあってたか、俺たちもよく知ってた』 でもな、とそこで言葉を切って、菊丸は言いにくそうに目を反らした。 『でも、なんスか?』 ここまで教えてくれて、今さらこれ以上は話せないはないだろう。 いつになく必死になって、越前は彼らからさらなる情報を引っ張り出した。 『それが、二股かけてて。俺らもびっくりした。その相手の女の人が業を煮や したらしく、先輩のトコに直接話しつけに来たらしい』 どういう内容が交わされたのかはわからない。 だが、その時を境に彼女はその先輩とも別れ、以来笑わなくなってしまったと 言う。 『そんな男……』 『悪い人じゃなかった。どっちも言い出せなかっただけらしい。あんま詳しいこ とは聞けなかったけど』 そんな男が悪い奴じゃなかったって? そんなこと、信じられない。 例えそいつがどんな奴だったとしても、そのせいでが傷つけられたことは事 実だ。 『この話、聞かなかったことにして。は思い出したくないだろうから』 自分のことのように辛そうな菊丸の様子に、越前は頷くしかなかった。 「あの、先輩が……ねぇ」 「ナァ〜〜オ」 もっと遊んでくれとせがむカルピンを抱き上げ、ベッドに倒れこむ。 「想像、できないんだけど」 男と付き合っていたことが? それとも笑っていたことが? わからない。 けど、今の彼女はあまりにも脆く感じた。 気になったのは、そのせいだったのかもしれない。 「笑ったら、可愛かったのに」 写真の中の、見たことも無い彼女。 その表情が、越前の脳裏に焼きついて離れなかった。 「何か用?越前リョーマくん」 それから数日間。 越前はを観察していた。 昔はよく笑っていたというのなら、ふとした瞬間にそれを垣間見せることもある かもしれない。 怒っているところでもいい。 とにかく、あの鉄仮面がはがれることはないか、彼は注意深く見ていた。 それをが気づかないはずがなく。 いい加減鬱陶しくなって嫌々ながらも声をかけた。 「いえ、なんでも。俺のこと知っててくれてたんスね」 「部員の名前も覚えられないようなマネージャーだと思ってた?」 サラリと返された言葉。 それは、『レギュラー』ではなく『部員』と言っていた。 「まさか…この青学テニス部員全員覚えてるんスか?」 「それがどうかした?」 一度は越前に向き合ったものの、すぐに作業へと戻ったは、手を動かしな がら答える。 青学テニス部員が一体何人いると思っているのだ。 青学ほどの強豪となれば、入部希望者の数も半端ではない。 各学年、約40人前後ほどだろうか。 全学年合わせるととんでもない数だ。 「まじっスか?」 「……用件は?」 興味もなさそうに問う。 表情が崩れそうな様子は微塵もない。 「いえ。先輩って笑ったら可愛いだろうなぁって思って」 こちらも事もなく口にする。 彼のファンが聞けば卒倒ものだろうその言葉も彼女には通用せず。 「それはどうも」という抑揚の無い声が返ってきただけだった。 「普通こう言われたら笑ってくれてもいいんじゃないスか?」 「生憎普通じゃないから」 取り付く島もなさそうだ。 だが、これで諦める越前ではない。 「せんぱーい」 「だから何?」 「笑ってくださいよ」 「楽しくもないのに笑えない」 「じゃ、俺とどっか遊びに行きましょうよ」 「そんなヒマあったら練習なさい」 そんな無謀なやりとりを続けていた時だった。 「」 思いも寄らぬ声が彼女の名を呼んだ。 「…先輩」 ふいに、の表情が揺れたような気がした。 あくまでも、気がした程度だったが。 そこに立っていた男に、越前は見覚えがあった。 この前菊丸の家で見た、例の写真に写っていたうちの一人。 そして、のこの様子からしておそらくは彼女を振った男に違いない。 越前は少し睨みつけるようにその男を見たが、彼は視界にも入っていないよ うに全く気にすることはなくの元へと歩み寄った。 「久しぶり」 「お久しぶりです」 さきほど一瞬みせた動揺は、もう見て取れなかった。 彼女のその様子に慣れていないのか、その男は困ったように言った。 「そんなに警戒しないでくれよ。あの時は悪かったから」 から? だから何だと言うのだ。 その一件以来、は変わってしまったというのに。 「そういうワケじゃ…。手塚くんなら、竜崎先生のところへ行ってますけど」 普段通りの態度を崩さないようにしているだったが、それでもいつもとは 違って感じられた。 「いや、そうじゃなくて…」 言いにくそうに口ごもる男の様子を見ていると、確かに悪い人物ではないこと は越前にもわかった。 そうして、口にされたある程度予測できた言葉。 「もう一度、やり直せないか?アイツとは別れた。俺は……」 三流ドラマのような陳腐なセリフ。 それでも、の心を動かすには十分だったようだ。 彼から反らした視線がそれを告げていた。 あのが。 こんな男のこんな安っぽいセリフで。 越前が何を言っても一向に動じなかったというのに。 「私………」 が何かを言おうとした時。 二人の間に越前が割って入った。 「越前リョーマくん?」 未だにフルネームで呼ぶのは気を許していない証拠。 それでも、今は。 「すいませんけど、すでに先約があるんで」 相手の男をキっと見据えてそう言う越前は、背丈の割りに頼もしかった。 だが、相手の男からすれば、越前などついこの間まで小学生だったただのコ ドモだ。 一瞬驚きはしたものの、全く本気には取らずに苦笑している。 「キミは?」 「一年の越前リョーマっス」 「ああ、キミが」 話くらいは聞いたことがあるのだろう。 ピンと思い当たる節があるという顔をした。 「で、先約って?」 余裕というよりは、本当に本気にとっていないだけだ。 「先輩は、俺と約束があるんで」 「ふ〜ん?」 そう鼻で返事をすると、の方に向く。 「って言ってるけど?」 そんなハズないよな、と顔が言っている。 に確かめられれば、そんな嘘、つくだけ無駄なのはわかっていた。 それでも、今はこの男からを引き離したかった。 これ以上一緒にいると、がダメになりそうに思えたから。 「……その子の、言う通りですので…」 搾り出されるように言われた言葉に、その男だけでなく、越前本人も耳を疑っ た。 「、ホントに?」 「今更、先輩には関係ないと思いますけど」 虚勢とわかるその態度だったが、それでも昔のしか知らないその男には効 果があったらしく。 すごすごと気落ちした様子で帰っていった。 「先輩………」 がどういうつもりかわからずに、越前は突っ立ったまま彼女の名を呼ぶこと しかできなかった。 はあの男の後姿を見送ってから、越前に向かい合った。 「助かった。一応、礼は言っておくわ」 またしても淡々と告げられる言葉。 さっきまでのは嘘だったのではないかと思えるほどの。 それでも、ほんの少しだけ余韻が残っている。 「俺、冗談のつもりじゃないんですけど」 「それならお礼も取り消すけど?」 その態度に次の言葉も出ない。 「先輩、辛そうっスよ?」 「余計なお世話。……誰かに何か聞いたの?」 さすが。 勘が鋭い。 「…ちょっとだけ」 嘘ではない。 どれだけが全部かも知らないが、少なくともことの全部を聞けたわけではな かった。 「まぁ、どうでもいいわ。それよりあなたも同じなの?」 「同じって?」 「私のことをよく知りもしないクセに告白してくる男たちと」 ひどい言われようである。 だがその警戒心こそが、彼女が己を守るために身につけた唯一の方法だっ た。 「随分な言われようですね」 「私のこの性格を知ってそれでも告白してくる男なんて、そうはいないわ」 「じゃあ俺は、その“そうはいない”内の一人ってコトで」 口の減らない越前に、は呆れたようだった。 手を止めて越前をじっと見つめる。 何かを見定めるように。 越前はそれをしっかりと受け止めた。 この想いが伝わるように。 「私をその気にさせるのは、難しいわよ」 それだけ言って、また作業に戻る。 その意味を理解するのに、しばらくの時間を要した。 「先輩……。それって…」 珍しく驚いて立ち尽くす彼に、は言った。 「とりあえず、キミが本気だってことはわかったわ。そこから先はキミ次第よ、 “リョーマくん”」 「うス」 それから 越前との 先の見えないバトルが始まる。 ******************************* めずらしく王子ドリなどを。 ホントに珍しいですね。自分でびっくりです。 ようやく今年初の青学ドリ(遅) 思いついたら早いのはいつものことながら、 今回は最後を決めずに書き始めたので 結構難産でした。 なんか続き物っぽいですが、 続けるつもりはあまりなかったり。 結構結果見えてますし。 反響があったら書こうかなと。 もしくは気が向いたら。 今回はヒロインも珍しく淡白な子です。 もとは違ったらしいけど。 セリフの掛け合いが面白かったです♪ 深司と会話させたら面白そう(笑) ’02.1.22.up |