淡すぎる期待















女の子の決戦の日

2/14

聖バレンタインデー






今年も街中がピンクに彩られ、どれだけの期間が経っただろう。
それも明日まで。
正確にはその売り上げはおそらく今日が目一杯だろう。



決戦の日は、明日。
今日は2/13。



勇気を出すのは女の子とは言え、男の子たちももらえるかどうか、それなりに
胸を高鳴らせ緊張する者も多い。
ことに、好きな子がいるのなら、なおさらに。





そんな中、浮かない顔をする者が1人。
青学の王子、越前リョーマである。
浮かない顔とは言っても、普段からすました表情を崩すことは無く、今も他人 が見てもそうとは読み取ることはできないだろう。
しかし、理由を知っている者が見れば確実に気が滅入っているのがわかった。
原因は例にもれず、明日にひかえたバレンタイン。
青学の王子と呼ばれる彼が一つももらえないなどということはない。
むしろ、多すぎて始末に困るほどの数になるだろう。
それはそれで鬱陶しいが、だからと言ってそんなことを気にしているわけでは ない。
彼にとっての問題は、たった一つ。



自分の思い人にもらえるかどうか、である。



一応本気であることは認めてもらえたものの、両思いになったわけでもなく。
彼女の性格を考えると、たとえ自分を想ってくれていたとしてもくれる確率は かなり低い。
さらに追い討ちをかけるように彼女は今受験生。
青学は内部進学率も結構高いが、だからと言ってそれに甘んじるような人で はない。
そんな時に、ただでさえ嫌いなこういうイベントにかまけるはずも無かった。




「どーした越前」
微かについたタメ息には気づかれてはいないようだが、それでもいつもと比 べ調子の悪い彼に桃城が声をかけた。
理由は聞かずとも知っている。
可愛い後輩をからかいたいだけの態度で満ち溢れている。
ニヤニヤと近寄ってくる先輩を冷たく見やって越前はプイと横を向いた。

「別に。何でもないス」
そんな無理やりな態度があからさまに意地を張っているだけなのをさらに際 立たせてしまう。
もうすぐ2年とはいえ、まだまだお子様。
桃は笑いを止めず、隠すこともせずにそのまま越前の前まで来た。
「まーたまた。明日のことでも考えてたんだろ」
わかっていながらわざと「お前ならかなりの数もらえんじゃねーの?」と言う桃 に、越前はつい返してしまう。
「他の女のなんかいらないっスよ」
朋香あたりが聞けば泣き出しかねないセリフ。
この場に女の子がいなくて本当に良かったと桃は思った。
テニス部レギュラーだというだけで、皆かなりの数を毎年いただいている。
もちろん、人によってその量にも質にも個人差はあるが。
たしかにミーハー気分で渡してくれる子もいるが、本当に本気の子だって少な くないのだ。
しかし、そのことを今の越前に言ったところで聞きはしないだろう。
何せ本命にもらえる気配は全くないのだ。
他に気を使っている余裕などなくて当然だろう。


先輩なぁ…。あの人相手に望む方が間違ってね?」
「余計なお世話っス」
ある意味正当な意見を述べる桃。
痛いところを突かれつつも、越前は顔色一つ変えずにそう返した。

あのからのチョコを期待するほうがどうかしている。
それはわかっている。
クリスマス=自分の誕生日も「忙しい」の一言で一蹴されてしまったし、初詣 に誘っても「人ごみは嫌い」で済まされてしまった。
そんな相手に抱いている期待など、越前の中でも結構薄っぺらかったりもす るのだが。
それを口に出して認めるのも嫌。
なんとも複雑な状態だった。
そんな彼女にだから、きっと貰えなくてもそうガッカリすることもないだろうが。
それでも淡い期待を抱いてしまうのは仕方が無いのだろう。


無理がみえみえの状態のまま練習に戻った越前の背中に、桃は「期待すん なよー」となんとも励ましているというよりはむしろ残酷と言える言葉を贈った。







(まぁ、三年は既に自由登校だし。その状態で約束もなしに来るわけないか)


帰り支度をしながら、さきほど桃からいただいたありがたくない言葉を思い出 して越前は考えた。

期待しないように。
それは、この一年で嫌というほど身に染みてわかったへの対応策だった。
どんなイベントがあろうとも。
どれだけ試合に勝とうとも。
から特別待遇をもらうことなどできなかったのだから。
「負けた人だって勝った人だって、頑張ったのはみんな同じ。なのに勝った人 だけ特別扱い?」
そう言われれば返す言葉はなかった。
後にも先にも、この越前リョーマに皮肉を返せないほどやりこめられる者は
くらいのものだろう。
惚れた弱みというヤツも、当然含まれてはいるが。


「じゃ、お先に」
「あーっ、待てよ越前!」
「おーぅ、お疲れさん」

さっさと帰り支度を済ませて出て行こうとした越前。
行くと言ったら本当に先帰ってしまう奴なのだ、越前は。
それがわかっているので堀尾たちは慌てて彼を追いかけた。

そして扉を開けると。
そこには越前が微動だにせずに立ち尽くしていた。
先にと言った以上待つことなどない彼が珍しく。
「リョーマくん?」
不思議に思ったカチローが声をかけたが、何の返事も返ってこなかった。
それどころかそこから一歩も動かない。
「おい、越前。このままじゃ俺たち出られねーだろ!」
「どきなよ、リョーマくん」
堀尾が叫んだ後に続くように発された声に三人は「え?」と、ほんの少し開か れた扉から外を覗いた。

扉と越前との間の狭い隙間から見えたのは。
学校指定のコートを着た、自分たちの元マネージャー。
越前が今もっとも気に病んでいるだろう人物であった。


先輩!」
「おっ、お久しぶりです!!」
「どもっ!」
口々に挨拶する三人に「久しぶり」とだけ返して、はもう一度越前に言った。
「それじゃ、他の人たちが出られないでしょ」
「……うス」
ようやく越前がどいて、三人は外へと出た。
三人の言葉を聞いていた着替え中の他の部員たちもちらりと見えたの姿に 驚いた。
なにせ、彼女は『引退した以上、三年が口を挟むのはお門違い』と言って、引 退後はめったに部へは近づかなかったのだから。


しかし、驚きつつも喜んでいる他の部員たちが出てくるよりも前に、越前は
を引っ張ってさっさと行ってしまった。
後から出てきた者たちは、皆一様に越前を多少なりとも恨んだという。





「どうしたんスか、突然」
「元マネージャーが部に来るのがそんなに不思議?」
「そうじゃなくて…。先輩、引退してから今までほとんど来たことなかった
じゃないスか」
そう言った越前を、はじっと見た。

引退してからも結構しつこく付きまとってきた彼。
それは他の男のように無様な程ではなく、それでも自分の存在を忘れるなと アピールするように。
それでもそれまでと比べれば会える機会は目に見えて減っていた。
久しぶりに見た彼は、以前よりもずっと背が高く、男らしくなっていた。
そういえば去年の桃城くんと海堂くんもこんなだったわね、などとは思った。



「何の用スか」
ちょっと期待をしつつも、あまり期待しすぎるとかえって後のダメージが大きい ことをわかっているため、なるべく何も考えないように対応する。
そんな彼を見ながら、彼女は端的に用件を口にした。


「明日、欲しい?」
「………………は?」


明日。
いくらでも明日が何の日かはわかっているだろう。
このセリフは、くれるつもりがあると取っていいのだろうか。

しかし…。

「普通、あげる相手にそんなこと聞きます?」
当日受け取ってもらえるかドキドキしながら待つというのが一般的だろう。
がそんなことをするとも思えないが、それにしても本人に確認とは。
だが、そう尋ねた越前に、彼女はいつもと同じように
「いらないならいいけど」
と返した。


「………………」
確かに彼女の性格上、欲しいと言えばくれるだろう。
それでも催促したからくれたでは意味が無い。
彼女が本当に自分にあげたいと思ってくれているのでなければ。
とは言え、ここでいらないなどと言えば、本当にくれないことも目に見えてい る。
ここは素直に折れた方が良いだろう。

しかし。
そこはやはり王子。プライドは高い。
いくら好きな人相手といえど、そう簡単にくださいなどと言えるはずもなかった。


「……欲しいって言えば、くれるんスか?」
「だから聞いてるんでしょ」
「…………」

欲しいと言えば、くれる。
それは自分だからなのか、それとも他の部員でもそうなのか。
どちらであるかで随分違う。
そんなことを聞くのも男としては抵抗があるが、相手にそんなことは言って いられない。
考えた挙句、越前はボソボソとそのことを尋ねた。


「………他の人でも?」
返ってきた答えは案の定。
「まあね」というたった一言。


(そんなんで貰って嬉しいはずないじゃん)


期待していないつもりだったが、それでもほんの少しくらい微かな希望を抱い ていたことは否定できなくて。
ガッカリしながらもそんなもんかと妙に納得しながら断ろうとした時。
は先ほどの答えの続きを口にした。





「もっとも、私が聞いてあげるのはキミくらいだけど」





(…………今、なんて…?)



言われたことがわからなかった。
期待をすればするだけ惨めになる。
けれど。
今のセリフは、期待しても良いのではないか?
少なくとも、言葉通りの意味ならば。


驚いて何の反応も返せないでいる越前に、彼女はいつもと何ら変わり無い様 子で「返事は?」と促した。




「欲しいっス」




そう、越前の答えを聞いた時。
ほんの少しだが。
彼女の表情が笑みの形に崩れた気がした。





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  バレンタイン創作第一弾は王子です。
  スランプ中でヤバイヤバイ。
  何もこんな夢サイトにはおいしい時期にならんでも…。
  ようやくちょっと落ち着いてきたカンジです。
  ネタ的にはまだあるので、できる限り書きたいなぁなんて。
  一応『素顔』と同じヒロインです。
  ゆえに王子、主導権握れません(苦笑)

                             ’02.2.10.up


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