相容れない存在











私はあの、越前リョーマという人がとても苦手だ。
あの強いテニス部で異例に1年生でレギュラーになったとか聞くし、実際格好良いとは思うけど。
そんなことでは補えない。
私にとって、彼は相容れない存在なのだ。






だから授業中、とても困る。
何の因果で同じクラスで。
その上隣の席なんかになってしまうのか。
自分のクジ運の悪さをここまで呪ったことは過去片手の指で足りるだろう。
クラスの半数以上の女子から交換して欲しいと言われたが、どんなに隣の席の奴が嫌でもクジはクジ。
そして、窓際の後ろから2番目という位置だけを考えればこの上ない極上の席である以上、そんなことはできなかった。





そして知る、彼の実態。

彼はとてもよく寝る。
それも時間なんて関係なく。
朝練に出ているから遅刻こそしないものの、一時間目からずっと爆睡。
時折起きたりするものの、それでもボーっと窓の外を眺めている。

なのに当てられた問いはちゃんと答えられるなんてインチキだ。
要領いいとかいう問題じゃない。
世の中不公平だと思う。
毎日ずっと真面目に授業を聞いている私はサッパリなのに。


隣の席になってもう一つ嫌なこと。
それは月に二回まわってくる、席の隣同士で当てられている日直。
ずぼらな彼は、仕事なんてほとんどやってくれない。
そして私も彼に話し掛けるのは苦手だから、何も言わずに自分でやってしまう。
元来の面倒見の良い性格がさらに拍車をかける。
彼はきっと、日直に割り当てられた仕事内容の半分も知らないことだろう。






今日はその日直の日。
いつもより早く家を出て、荷物を置いたらすぐに職員室へと走って日誌を取りに行く。
これに関しては彼は朝練があるからと思えばまぁ仕方の無いこと。
それは良い。


授業が終わるたびにしなければいけない黒板消し。
チョークの粉をかぶりながら、なるべく制服を汚さないように注意を払って手早くしなければならない。
休み時間はほんの十分しかなく、そしてその間にしなければならないことはこれだけでは無いのだから。

けど、背の低い私は上の方に書かれた文字まで届かない。
精一杯背伸びするけど、それはたった数センチしか変わらない。焼け石に水。
男女一組になっているこの日直。
普通ならこれは大抵一緒にやるか、男子がやってくれる。
けれど、越前リョーマにそれは期待できない。
チラリと振り返ってみると、机に顔を突っ伏したままの彼の頭が見えて余計に腹が立った。



他にも花の水変え、金魚の水槽洗い、教材運びと色々と仕事はある。
それを私は毎度毎度一人でやっていた。





今もさきほど社会科教師に頼まれたデッカイ世界地図を一人で運んでいる。
くるくるとまるめられていても、そもそも横の幅が半端じゃない。
女一人で運べるような代物ではないのだ。
それでも声をかけない私が悪いと言われれば反論できないが、どうせ言ったって手伝ってくれるとは思わないし、周りの女子の視線を考えると嫌だった。


というわけで、私はフラフラととても危険な足取りではあるものの、二階の私たちの教室から三階の離れた校舎にある社会科研究室までの半分ほどの道のりをクリアしていた。



一旦ブツを置いて休憩する。
この校舎は先生たちの研究室ばかりなので、普段生徒が立ち寄ることはめったにない。
通りかかった誰かの邪魔になるなんてことはないだろうから、私は遠慮なく地面にそれを下ろして一息ついた。





しかしどうして私なんだろう。彼の隣は。
越前リョーマの隣に座りたい子はごまんといる。
なのに私。
神様っていうのは、子供たちに試練を与えるものなのか。
頼むから勘弁して欲しい。
他の試練なら文句言わずに受けるから。


さて、こんなことをぐちぐち考えていても道のりは縮まらない。
あと半分。
腹くくっていっちゃいますか。




そう思い、ムンと気合を入れて立ち上がった私に、唐突に後ろから声をかけてきた者がいた。







「なんだ、まだこんなトコにいたんだ」







……なんか、今聞きたくない声が聞こえたような気が。
気のせいよね。うん、そうに違いない。
だってあの越前リョーマがこんなところに足を運ぶはずがない。


けれど、現実を逃避するわけにもいかず、おそるおそる振り向くとそこにはやはり予想通り、かの王子様が立っていた。


「越前リョーマ……」
「早くしないと次の授業始まるよ」


誰のせいで時間かかってたと思ってるんだ。
といっても、責任は私にもある。
黙っている私に気にした様子もなく、彼は腰をかがめると置いていた世界地図に手を伸ばした。
「そっち持って」
「……はい」
なんで同級生に敬語なんだ、私。
けど、彼の言葉には有無を言わせない強さがあった。








「失礼しました」

私たちはその後無言であれを運び、そのまま研究室を出た。
半分終えていたとはいえ、結構な距離を無言というのは普通なら重く感じるだろうに、彼相手だとあまりそう感じなかった。
何を話していいかなんてわからないし、お互いまともに会話が成立するとは思ってなかったから丁度よかったと思うけれど。


そしてその研究室を出た時、彼は一言ボソっと言った。



「無理なんだったら黙ってないで言えばいいのに」



どうしてそうしないんだと言う彼の視線に私は戸惑った。
まさかいくら本当のことでも本人を目の前に「あなたが苦手だからです」なんて言えるはずがない。
それがあれだけ私が悪態をついてきたこの越前リョーマであっても。


黙ってしまった私をじっと見ていた彼だったが、私が答えを迷っているうちに「まぁいいけど」と言ってスタスタと行ってしまった。




そんな越前リョーマの背中を見ながら歩いていると、彼はもう一言ポツリと漏らした。








「もう少し、俺を頼りなよ」








何なんだろう、あの人は。
大体、そんなことを言い出すくらいなら、最初から手伝ってくれればいいものを。
やっぱり私はあの人が苦手だ。何を考えてるのかサッパリわからない。






けど、思ったほど合わないこともないのかもしれない、なんて。
そんなことを思い始めている自分がいた。





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  30000HITキリリクとして緋芽さまに捧げます。
  同級生ということでしたが、こんなんでよろしかったでしょうか。
  なんか望まれていたのと違うような…(汗)
  これ、越前視点も書いた方が良いかも。
  ちょっと分かりづらいですよね。
  気が向いたら、ってことで(爆)
  久々の王子様ですが、またも主導権握れぬまま。
  どうしてこうも私の書くヒロインは強い娘が多いのか。

                           ’02.5.29.up


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