終礼が終わってからも、は机につっぷしたままだった。 どのくらい時間がたっただろう。 教室内にはもうほとんど他に姿は見当たらない。 「、帰んないの?」 クラスメイトの一人が声をかけると、ようやくはその顔を上げた。 その表情に驚く。 眉間にしわ。 この学校の男子テニス部元部長といい勝負なほどの。 「ど、どうしたの…?」 恐る恐る聞く。 聞かないほうがいいのかもしれないが、一度気になってしまった以上は放っ てはおけない。 彼女のその言葉に、は不機嫌さMAXの低い声で答えた。 「手塚の無神経さにいい加減嫌気がさしてただけ。気にするほどのことじゃ ないから」 この不機嫌さを見せ付けられて、気にするなも何もあったものではない。 しかし、それ以上触れるのは自殺行為というもの。 彼女は「そ、そう…」とだけ言うと、それじゃと帰っていった。 彼女が去り、一人になっては窓の外を眺めた。 この教室からはテニスコートがよく見える。 クラス替え当時ははしゃいだものだが、今は鬱陶しくて仕方がない。 (楽しそうにボール追っかけて…) 丁度今は部長に納まった桃が見えた。 相変わらずの考えなしのパワー馬鹿っぷりだこと、と心の中で毒づく。 普段ならそんなことは思わないのだが、今日ばかりは話が別だ。 (大体、とっくに引退したくせになーんで未だに部活部活かなぁ) 私は手伝わせてくれないくせに。 は男子テニス部元マネージャーだった。 引退後も何度か手伝いに行ったのだが、引退してまでそんなことさせるわ けにはいかないと追い出されたのだ。 今までは気にとめもしなかったのにとは思ったが、あまり引退した三年が口 を挟むものでもないかと思いそれに従ったのだ。 だが。 マネであるにはそんな扱いだというのに。 体がなまって仕方ないからという理由でテニスをしに行く元レギュラーたち は快く迎え入れられているのだ。 マネと選手でこの差は何なのだ。 わからなくもないが、やはり憤りを感じて仕方がない。 今日はそれだけではない。 さきほど終業式が終わったところ。 そう、世間一般ではクリスマス・イブなのだ。 去年も一昨年も部活があって、中学に入ってからはそれが特別な行事と意 識したことはなかったが、今年は。 今年だけなのだ。 部活を気にせずに過ごせるのは。 来年からはまた高等部での部活がある。 高三になってからでは大学受験がある。 今年が最初で最後かもしれないというのに。 あの馬鹿は今日も今日とてその部活へと行ってしまったのだ。 の恋人―――――手塚国光は。 (手塚のアホ。何考えてんのよ) そんなこと、考えなくともテニスのことだというのは重々承知している。 手塚にとって、テニスは何よりも優先されるもので。 そんなところも好きなわけだがこればっかりは流石に怒らずにはいられない。 (こうしてても仕方ない。帰るか) ここからテニス部を眺めていても空しさは増す一方である。 そう決めて、は立ち上がった。 チャラララッチャッチャ 携帯の突然の呼び出し音に、数学のテキストを問いていたは驚いて顔を 上げた。 もうちょっとでわかりそうだったのに、頭に浮かんでいた公式が吹っ飛んでし まった。 (誰よ、邪魔すんのは。今日は機嫌最悪なんだからね) そう思いつつも手を伸ばす。 ディスプレイに映し出されている文字に、不機嫌さは更に増したようだった。 『手塚国光』 (今さら何の用だってのよ) 一瞬出ないでおこうかという選択肢が頭を過ぎったが、普段電話一本もまと もによこしたことがない彼からのものなので、一応出てみた。 「……もしもし」 『。俺だ、手塚だ』 「んなもん登録してあるから言わなくてもわかるって。何?」 手塚は不機嫌さ全開の自分の恋人の声に驚いた。 なんとなく予想はしていたが、まさかこれほどとは。 思わず「いや、いい」と言って切ってしまおうかと思ったが、彼女に対して償 いをしようと思っていたのにそれでは本末転倒だ。 『今、出てこれるか?』 「あー、あんたのせいでもうちょっとで解けそうだった問題も吹っ飛んだこと だし、出れなくもないんじゃない?」 ……これは重症である。 だが、何にせよ謝らなくては始まらない。 電話が苦手な手塚は、じゃあ今から迎えにいくからといつもの抑揚のない 声でそう告げると、電話を切ってすぐにの家へと向かった。 どこ行くのと訪ねるに、すぐ着くからとだけ言って、黙々と歩く。 二人の間に会話はない。 手塚は口下手で、いつもはの話に相槌を打っているのだが、今日はその がご機嫌ナナメどころかもはや90°と言えるような状態なのでどうしよう もなかった。 「ここだ」 「喫茶店…?もう閉店時間目前じゃない。入ってもオーダー無理なんじゃな いの」 着いたのは大きくはないが小奇麗な喫茶店。 いい雰囲気だと思う。 だが、看板に書かれている営業時間は7時まで。 時計は6時50分。 こんな閉店間際にオーダーなど受け付けてもらえるはずがない。 そう言うに、いいからと言って、手塚は気にする様子もなく入っていった。 カランカラン 入り口に取り付けられたベルが小気味良い音を立てて訪問者の来訪を告 げる。 「いらっしゃいませ」 カウンタにいるマスターらしきにこやかな青年は閉店間際の無作法な客に も、その笑顔を絶やすことはなく迎え入れてくれた。 (……………?) ただ、そのマスター。 どこかで見た顔である。 知り合い? いや、こんな年代の知り合いなんてそうそういない。 それも、なにかやたら身近にいたような………。 「笑顔の手塚がいるっっ!!!」 思わず叫んでからしまったと思ったがもう遅い。 マスターは一瞬面食らったようだったが、すぐにクスクスと笑いだした。 そう、手塚にそっくりなのだ。 手塚がもう少し年を重ねたら丁度こんな感じだろう。 ただ、決定的に違うのはその表情。 不二並の極上の笑顔が手塚に張り付いているようなのである(怖っ) 「いらっしゃい、国光。元気そうなお嬢さんだね」 「…………」 の叫びに手塚の眉間の皺は三割ほど増したようだった。 そしてマスターの言葉にそれはさらに追加される。 「君がさんだね。国光から聞いてるよ。はじめまして。僕は国光の兄で 手塚国風です」 「お、お兄さん……?」 手塚とマスターを何度も見比べる。 確かによく似ている。 兄弟と言われればそれもうなずける気はする。 だが。 一体どういう家庭生活を送ればここまで性格の違う兄弟ができあがるのだ ろう。 まぁ、不二兄弟だって似たようなものだとは思うが。 「…奥の席を借りる」 「カウンタでいいのに」 「……いくぞ、」 兄の言葉を無視して、唖然としているに一言そう言ってスタスタと歩いて いってしまう。 はハっとして手塚を追いかけた。 後ろでは国風がまだクスクスと笑っていた。 「…悪かったな」 席についてからしばしの沈黙の後、手塚はそう言った。 「クリスマスなんて、もう何年も祝ったことがなくて特別何も感じていなかった」 確かに、手塚がクリスマスだサンタクロースだとはしゃいでいる姿など想像 できない。 「今日、不二に言われるまで気づかなかった。お前と予定はないのかと。本 当にすまなかった」 無神経というよりは、こういうことにとことん興味がない奴なのだ、手塚は。 考えてみれば今まで誕生日すらお互いまともに一緒に過ごしたことはない。 いつも部活で。 学校があれば手塚のまわりには女の子の山で。 プレゼントを渡すことだけでも一苦労だった。 手塚は頭を下げたまま顔を上げようとしない。 この様子だとかなり後悔しているらしい。 手塚だって、わかってはいるのだ。 正確には、不二に教えられたといった方が正しいが。 今年が一緒に過ごせる最初で最後のクリスマスだということを。 手塚の脳裏に張り付いて離れない不二の言葉。 『本当に何も約束してないの?、楽しみにしてたんじゃないかな。僕なら そんな思いさせないのにな』 不二ものことが好きで。 だが、勘の良すぎる彼は誰よりも早くが手塚に惚れていると気づいてし まった。 邪魔もした。 だが、何をしても結局が好きなのは手塚であるということは変えられない と悟るのにも、大して時間はかからなかった。 二人が付き合うようになった今でも、時折このように邪魔をしてくる。 今日のことでも、きっとずっと前から気づいていたはずだ。 だが、あえてぎりぎりまで何も言わなかった。 手塚からしてみれば教えてくれてもいいではないかというところだが、不二 にとってはを手に入れることのできた彼へのささやかな報復だ。 不二にしては、可愛らしすぎるほど些細な。 いつまでたってもその体勢を崩そうとしない手塚の耳に届いたのは、の 深ーいタメ息だった。 思わず顔をあげる。 「ったく。仕方ない奴」 すると、その言葉と同時に上げた額をピンっと指先ではじかれた。 「………?」 その行動の意味を図りかねる。 そんな手塚を見て、はもう一度軽くタメ息をついて許してやると言った。 「本当に?」 不二の言葉もあって、こんなに簡単に許してもらえるとは思っていなかった。 だが、目の前の彼女は呆れたようにしながらも微笑んでくれている。 「そんなに私信用ない?」 「いや、そういうわけではないんだが……」 「確かに腹は立ったけど。いちいちそんなこと気にしてたら手塚とは付き合 えないのよ」 許してはもらえているもののしっかりとけなされている。 だが、手塚は知っている。 それがの照れ隠しだということが。 そして、そんなところも可愛いと思ってしまうのだ。 「お待たせしました」 「え?」 オーダーを頼んでもいないのに運ばれてきたケーキに驚く。 それはもちろんここへ来ることを決めたときに手塚がのためにと頼んでお いたものだ。 「何も用意できていなくて、身内のツテのようなもので悪いが」 眼鏡を押さえながらそう言う手塚。 その言葉に、は苦笑しながらも喜んだ。 ケーキはの好きなガトーショコラで、一度も一緒に食べになど行ったこ とはないのに好みを知っていたことに驚いた。 それを言うと、手塚はこともなく前に言っていただろうと返してきた。 「前?」 わからないでいるに、手塚は「調理実習のときに」と言った。 (調理実習のとき……) そう言われても三年間で調理実習なんて何度あったことか。 よく思い出してみる。 一番最近で10月にしたのが最後だった。 そのときは確か和食だったはずだから違うだろう。 その前? ええと……。 「まさか、一年のお菓子実習のとき!!?」 思い当たった答えに大声を上げるに、手塚は何でもないことのように頷 いた。 それは一年生のなかば頃。 調理実習でお菓子を作ったことがあった。 そのときのメニューはカップケーキという調理実習としては何の変哲もない ものだったが。 あのとき、よくよく思い出してみると確かに友達と好きなお菓子について話し ていた気がしないでもない。 だが、その話に手塚が加わっていたわけもない。 そんな自分とはかけ離れたところでされていた話題を覚えていてくれたとい うのか。 それも、まだ付き合い出す前のことだというのに。 「何て言うか…スゴすぎ………」 お礼の言葉も憎まれ口も出ず、ただ驚くばかりである。 「お前は普段からめったに自分の好みなど言わないからな」 そんな普段の何気ない会話からぐらいでしか聞くことはできないので覚えて いたのだという。 黙り込んで俯いてしまったに、手塚は慌てる。 「間違っていたか?それとも黙って聞き耳をたてていたのが嫌だったか?」 はそのまま首を振った。 ならどうしてと手塚はオロオロするばかりである。 しばらくしてようやくは一言ポツリと呟いた。 「…………嬉しすぎて…おかしくなりそう…」 注意していなければ確実に聞き逃していたに違いない。 それほどに、あまりにも小さな声だった。 普段恋人らしいことなど何一つしてくれはしないのに、そんなことよりもずっ と嬉しいことを当然のようにしてくれる。 真面目な手塚らしい。 の顔は真っ赤で。 嬉しさで涙が出そうになっていて俯くしかできなかった。 「ごめん、勝手に怒って、ヤな態度とって。なのにちゃんと私のこと考えてく れて、ありがと…」 好きになったのが手塚で、本当に良かった。 そして。 大勢の女の子の中から彼が選んでくれたのが自分で、本当に嬉しい。 一緒に過ごすクリスマスがこれで最後になるかは 今はまだ、わからない―――― ******************************* クリスマスネタ第二弾は手塚部長です。 やっちゃいました、国風さん。 彼を出したくて書いたようなものです。 Coolはジャンプで連載していたのを読んだ程度の 知識しかないのですが、 マスターは好きでしたv 昨日アップするつもりだったのですが、 寝てしまったため一日遅れてしまいました。 クリスマスまであとわずか。 どれだけクリスマスネタを出せるだろう。 ’01.12.23.up |