ガラガラガラッ ピシャンッ!! 荷物の整理をしていたは、突然派手に開かれ、またすぐに閉められた扉の音に驚いて顔をあげた。 ここは生徒会室。 追いかけっこなどをしている子供っぷり全開の男子生徒だってさすがに足を踏み入れることは無いはずの場所である。 だから、やらなければいけないことがあったり一人になりたい時には生徒会役員特権とも言えるこの部屋で過ごすことが多い。 今もやたらと煩い女子をまいてようやく落ち着いたところだった。 せっかく静かになったのにと思いその乱入者をじろっと睨もうとした。 しかし、その人物を確認してそれは思いとどまった。 「…何やってんの、手塚」 それは、この学校の生徒会長その人だった。 普段物静かな彼なのに、かなり慌てた様子で扉の鍵を手早く閉める。 手塚はがいることに気づくと人差し指を口元に当てて静かにという合図をした。 そして、この部屋の前で聞こえる複数の声と足音。 それに耳を傾けて、は手塚の身に何が起こっているのか理解した。 「あれ〜っ、確かにこっちに来たと思ったのに。手塚くん」 「手塚せんぱ〜い」 人影からして、この前にいるのは6,7人というところか。 おそらくこれ以外にも大勢いるに違いない。 そして、彼女らから逃げながらこの部屋の前を通った時とっさにここに隠れることにしたのだろう。 外の女の子たちはしばらく動かずに騒いでいたが、探し回っていないと判断したのかようやく去って行く音が聞こえた。 「行ったみたいだよ」 「……ああ」 心底疲れたというように椅子に腰を降ろす。 本来騒がしいことは苦手だし、こういう女の子に騒がれることも嫌いな彼だ。 これがテニス部内で何かあったならば一睨みと『グラウンド10周』で片は着くのだが、女の子相手ではそうはいかない。 いつもの威厳はどこへやら、完全に力尽きているようだった。 女の子のパワーは計り知れない。集団になるとなおさらだ。 そんな手塚には苦笑しながら声をかけた。 「お疲れ様、部長兼会長サマ」 それを聞いて嫌そうな顔をする手塚。 責任感が強く威厳もあり、カリスマ的存在であることがこの場合は災いしたと言って良いのかもしれない。 強豪であるテニス部の部長というだけでもかなりの人気は約束されたようなものだが、それに生徒会長という役職が更に輪をかける。 それでも顔がイケてなければ何事もないだろうが、美形な上に成績も良いとなれば女の子たちが放っておく理由が無い。 そんなこんなで年を重ねるごとに彼の人気は上がるばかりだった。 本人からすれば勘弁して欲しいというところなのだろうが。 「今年も盛大ね。不二や英二もかなりだったみたいだけど。そういや大石くんもかなり貰ってたみたいよ」 「…そうか」 自分は放っておいて欲しいと言わんばかりの疲れきった返事。 はそんな手塚にクスクスと笑った。 じろりと睨む手塚にもお構い無しに。 今日はバレンタイン。 クリスマス、誕生日と並んで女の子に騒がれる日だった。 「手塚さぁ。本命作らないの?彼女ができれば少しは収まると思うよ?」 「…別に、そんなことのためにわざわざ誰かと付き合うものではないだろう」 「まーね」 手塚らしい的確な答え。 何かのために付き合うなんてこと、彼にできるはずもない。 「……ところで、それは何だ?」 手塚が入ってくる前からがしていた作業。 紙袋の中から何かをとりだし分別している。 それはどう見ても生徒会の仕事には見えないのだが……。 そう尋ねた手塚に苦笑しながら答えた。 「マネージャーとしての仕事…かなぁ?」 は手塚同様生徒会の副会長であると共に、男子テニス部のマネージャーでもある。 そんなだから、二人は噂されることも少なくないのだが、実際の二人を見ている限り恋愛感情など成立しているようにはとてもではないが見えなかった。 サッパリした性格のと、厳格のある手塚。 良い友人関係ではあるが、現在二人の間に甘い感情など存在していない。 それはあの不二のお墨付きなほどだ。 「それのどこがマネージャーとしての仕事だ。頼んだ覚えは無いぞ」 「そりゃそうでしょ。アンタら宛てのだもん」 その言葉に嫌な予感を覚える。 立ち上がって傍まで行くと、彼女の手にしているものが何なのかようやくわかった。 「………」 「はい」 「……そういうものは受け取るな…」 がしていたのは、テニス部員宛てのチョコの仕分け。 綺麗にラッピングされたそのチョコの数々を誰宛てかで分別していたのだった。 基本的にピンク系が多いが、色とりどりの包装の施された箱。 大きめの紙袋3つに納まりきれていないほどの量に手塚はげんなりとした。 直接渡された物だけでも始末に困るほどだったのに、まださらにこんなにもあるというのか。 渡せないでその辺りをウロついている子もまだいるのに。 ウンザリと言った手塚には心外だと反論した。 「私だって好きで受け取ってるわけじゃないわよ。気づいたら机の上に山積みにされてたり、鞄に入ってたり。アンタたちが渡されてるのと多分大差ないよ」 確かに直接渡してこないでそんな方法に出る者も結構いるが、間接的に渡すのにもそんなことをするのか。 手塚には彼女らの行動が理解できなかった。 「ちょうどいいから手伝ってよ。何もこれ全部手塚宛てなわけじゃないから」 今はこんな包み見たくはない。 正直そう言って辞退したかったが、本来なら関係のないがこんなことをするハメになっているのだ。 その原因が自分たちである以上そう言うことは手塚の信念に反した。 渋々ながらも手を伸ばした手塚に、は説明した。 「こっちが不二ね。で、これが大石くん。手塚宛てのはそっち…だけど、別にもう自分の方に持ってってくれていいよ」 「ああ…。面倒をかけるな」 「べっつに。いつも通りよ。数が増えただけで」 普段からこういったプレゼント運搬業のようなことも珍しくない。 そのことに思い当たり手塚はの存在に感謝した。 これらが全部直接自分のところへ来ていたらと思うとそれだけで心労がかさむようだ。 そうして手伝っていた手塚だったが、フと他よりは格段に少ない山が気になって聞いた。 「こっちは誰宛てだ?レギュラーでない奴らか?」 そう問われて、は何とも言えない顔で苦笑した。 「それね。……私」 「………………は?」 「だから、私宛て」 聞き間違いかと思い尋ね返した手塚だったが、もう一度同じ答えを返されて言葉が出なかった。 そう。 サッパリした性格で人当たりも悪く無いは、一部の女子に結構な人気があった。 自身にそんな気はないので相手にしてはいないが、それでも今日男子と同じようにいくつかチョコをいただいた。 それは、その辺のモテ無い男子などよりは圧倒的に多いほどだった。 「……嬉しいものなのか?」 友達同士ならともかく、全く知らない同性からのバレンタインのチョコ。 嫌悪されるよりはましなのかもしれないが、それでも手塚には理解し難いことだった。 としても困っているのだろう。 肩をすくめながらも仕方ないという風に答えた。 「カミソリレター貰うよりはいいしね」 「そんな物まであるのか」 「ものの例えよ」 いただくのは、せいぜい嫌がらせメールくらいの物だが、それでも手塚に言えば大事になりかねないのではそのことについては言わなかった。 「それにしても…なぜこんな量になるんだ……」 あらかた分別も終えた頃に手塚はうんざりと言った。 「アンタたちがモテるからでしょ」 そのままの答え。 顔良し、性格良し、成績良し(一部除く)、運動神経良し。 これで放っておかれたら驚きだ。 しかし、手塚はそれでも腑に落ちないという顔をした。 「本命ならわかる。だが、あからさまにミーハーなのも目に着くのがな」 本当に本気ならば、手塚だってあそこまで逃げ回ったりはしないつもりだった。 しかし、どう考えても彼女らのその行為はさながら芸能人でも追っかけているようで。 そんな者たちからのチョコを受け取る気には全くならなかった。 中には本気の子もいただろうが、それを一人一人判断できるような状況ではなかった。 「言ってみれば手近な芸能人みたいなモンなんでしょ」 私もその内の一人みたいだけど、と言う。 紙袋の中身もほとんど終りだ。 最後の仕分けをしながら答える。 「オレが欲しいのは一人だけなんだがな…」 何でもないことにようにポツリと漏らされた呟きは、しかしの耳にもしっかり届いた。 そして、その言葉を発した本人である手塚も、自分で言ったことにハっとして慌てて口を押さえた。 「なんだ。本命いるんじゃない」 拍子抜けしたようなの言葉。 手塚は罰悪そうに顔を背けた。 嘘をついたつもりは無かったが、さっき言ったことと矛盾しているのは確かなので。 しかしはそんな手塚の様子はさして気にしていないようだった。 「はい、終了」 分別を終えて、ん〜っとのびをする。 まるで残業を終えたOLのようだ。 いつもそんな作業をしてくれていたに手塚は改めて感謝した。 そうして部活へ行こうとして腰をあげた二人だったが、手塚は一つ別に転がっている箱を目にして拾い上げた。 「これは……?」 他のチョコ同様、あの紙袋に入っていたうちの一つが転がり落ちていたのか。 そう思い宛名を見ようとした瞬間、それはにとりあげられていた。 「…なんだ?」 不思議に思って問う手塚にはごまかすように笑う。 けれど、あの手塚がそんなことで見逃してくれるはずは無かった。 「何なんだ。それもこの仕分けした中に入れないといかんだろう」 すでに彼にとってもさっきまでの作業は仕事としてインプットされているらしい。 その辺り、融通の利かない男だ。 何とかごまかそうとしていただったが、どうしても引かない手塚にとうとう諦めた。 「……手塚宛て。一応ね。けど、本命いるならいらないでしょ」 「?他のは同じように分別しただろう」 そんな理由なら、さきほどまでの作業など最初からしなければ良い。 そう思った手塚にはアッサリと言った。 「だって、私からだもん。手塚に本命がいるならわざわざあげることもないし。 ……そりゃ、後で捨てられようと一応でも受け取ってもらうって手もあるけど、その量だからね。そんな無理言わないから安心していいよ」 手塚は耳を疑った。 今、は何と言った? 彼女自身から、自分に宛てた物だと。そう言ったように思えたが。 いつもサッパりと何の後腐れも特別な感情も無く接してきた彼女が、自分に渡すつもりだったと……。 何でも無いことのように口にして、そのまま箱をしまおうとしたの手を手塚は掴んで止めた。 今までそんなことは思ってもみなかったが、それでもやはり女であるの腕は細くて、手塚の手では軽く掴むことができていた。 「痛っ……」 「あ……すまない」 反射的に手を出したので加減が出来なかった。 の上げた声に慌てて腕を離した。 「どうしたのよ、手塚。チョコ足りないなんて言わないでしょ?」 心底不思議そうな声。 わかっていないに、手塚は言った。 「俺が欲しいのは………それだ…」 それだけ言って、箱を奪うと顔を背けた。 は驚きに声も出ない。 微妙な沈黙がこの部屋を支配した。 (え、ちょっと待って……。欲しいのは一つだけって……これ、って……) 手塚に本命がいるというだけでもかなりの驚きだった。 その相手が、まさか自分だなんてそうそう信じられる話ではない。 嬉しさもあるが、それ以上に驚きの方が大きかった。 「あの……それは、告白を受け入れてもらえたと取っていいの?」 自分だってはっきり告白したわけではない。 ただ、流れ的にはそういうことだ。 がバレンタインにチョコを渡す相手なんて好きな人以外にはいないし。 そして、あれほどこの行事を嫌がっていた手塚が自分から受け取るのもまた、本命相手だけだろう。 信じられない思いで尋ねるに、手塚は振り向かないまま頷いた。 後ろ姿からも見える耳は、心なしか赤かった……。 ******************************* なんで今更バレンタインやねん! 皆様そうお思いでしょう。私もそう思います。 あの時期、ちょうどスランプと重なっていてなかなか筆(パソコン)が 進まなくて結局書き上げられずに放置していたものを 今更書き上げました。 ようやく完全健全を書けました(苦笑) 手塚部長って今まであんまり書いてなかったんだなと今更認識。 これから増えるかと問われれば気分次第(爆) でも青学の中でも書きやすい方かもしれません。 いや、ヒロインがかもしれないですが…。 ’02.3.13.up |