今日の朝練は、いつも以上に緊張感が漂っていた。 いつもなら遅刻してきても平然としている越前もちょっと腰が引けているし、菊丸はアクロバティックを決めるかと思いきやミスを出す。 桃のダンクスマッシュも『ドーン!』という迫力は無い。 いや、あのレギュラーたちだからこそその程度で済んでいると言えるのかもしれない。 普通の部員たちは、いつ何が起こるかと始終ビクビクしている始末だった。 原因は一つ。 言わずと知れた、青学テニス部一の実力者・手塚国光。 彼の仏頂面はいつものことながら、今日は少し違っていた。 眉間の皺がいつもの(当社比)3割り増しなのだ。 ただでさえニコヤカとは対極に位置する彼の表情。 しかも他人にも自分にも厳しさを求める彼は、優しいとは形容し難い。 部の雰囲気を決めるとも言える存在である部長がそれで、今日の朝練は皆どこか怯えながらこなしていた。 「……今日の部長、何かいつもより迫力ね?」 「そっスね。何かあったのかな」 「うっわ、手塚こっち睨んでるよー」 桃城、越前、菊丸。 ヒソヒソと話していると、視線がこちらへ向けられる。 ジロ、という一睨みを感じると、何事も無かったように彼らは各々練習へと戻った。 平然としながらも、実は内心かなり焦りながら。 「大石ー。今日の手塚まじ怖いって…」 練習を終えて、菊丸は大石に泣きついた。 普通にしていても睨んでいるように感じる手塚の視線。 それが眉間の皺3割り増しの状態でじっと練習を見られては、できることもできなくなってしまう。 単純な菊丸は、誰よりもその影響があからさまに現れていた。 「はは、手塚も色々あるからな。面倒事とか考えて眠れなかったのかもしれないし」 色々あって眠れないのは大石なんじゃないかという突っ込みはあえて触れずにおくとして。 とにかく今日の手塚はおかしい。 何度も眼鏡をかけなおして眉間に手を当てては何かを考えているようだった。 これだけ大所帯の部の責任者などをしていると、確かに心労は絶えないだろう。 そうでなくともレギュラー勢は曲者揃いで、副部長である大石でさえ胃薬は必需品だ。もっとも彼の場合は生来の性格も多分に影響しているが。 だが、手塚の場合その程度で和らぐような神経の持ち主でもない。 「もしかしたら留学の話を考えてたとか」 手塚のこの変化にも唯一大して動じることの無かった不二がそう言う。 けれど、その話は随分前から持ち出されていたものだし、それが今更彼を悩ませるとは思えない。 原因不明の状態は、かえって彼らの不安を大きくさせた。 せめて、放課後の練習までには彼の皺が1割でも減っていることを望みながら、それぞれ自分の教室に向かった。 「おはよ、菊」 「あ、ハヨー。どしたの。遅刻なんて珍しいじゃん」 一限目を追えた休み時間になって、ようやく姿を現したクラスメイトに挨拶する。 彼女が遅刻するなんてとても珍しいことだった。 手塚が同じ事をすること並に。 それも当然。 彼女は手塚の幼馴染なのだから。 「もー、がいなくて朝大変だったんだから」 「ゴメン、ちょっと病院寄っててさ」 「病院?」 「そ。眼医者」 尋ねる不二に、視力が落ちてね、と答える。 眼鏡はかけていないが、かけるか否かギリギリの視力なので学校から通知の紙をいただいていたのだ。 ヒラヒラとそれを見せるに、菊丸はそれどころじゃなくて、と話を戻した。 「手塚、朝から機嫌最悪でさー。もう俺泣きそうだったもん」 「国光が?」 驚いた顔をする。 手塚が公務に私情を持ち込まないことを誰より知っている彼女にしてみれば、それは簡単に信じられる話ではなかった。 「ああ、ホントだよ。何かすっごい目つきで睨んでたよ。がいないから…なんてことは無いだろうけど」 クス、と笑う不二に、当たり前とこづいて返した。 自分がいないくらいでどうこう言う人じゃない。 そんなことを言われれば、それはむしろ彼を侮辱している。 「でもすっげー怖かったんだって。やたら眉間に手をやるしさ。蛇に睨まれた蛙みたいになっちゃったよ」 机にうなだれながら言う菊丸の言葉を聞いて、は思い出したようにポンと手を打った。 そして笑い出した彼女に、菊丸はムっとした顔で抗議した。 「何だよ、笑うことないじゃん。俺は真面目に怖かったんだから」 仮にも同じ学年の学友を『怖い』と形容するのもどうかと思うが、確かに彼は存在からして別格だ。 そんな菊丸に、はゴメンと謝りながら、そうじゃなくてと否定した。 「コレ」 「は?」 取り出したのは眼鏡ケース。 何の変哲もない、それどころか何の飾り気も無い真っ黒なもの。 の性格を考えても、彼女が持つには少々不釣合いだ。 「、眼鏡にするの?」 何となく腑に落ちないながらも尋ねる不二に、はクス、と笑ってそれには答えずに「1組行ってくる」と言って教室を出て行った。 手にはさきほどの眼鏡ケースを持って。 何かのかわからずにきょとんとしている菊丸の横で、不二は何かわかったらしく「ああ、なるほど」と口にした。その途端「何々?」と飛びつかれたのは言うまでもない。 「おはよう、国光」 「ああ、か。何の用だ?」 流石に今更それを聞いて驚く者もいないが、入学当初は彼が唯一名前で呼ぶ彼女の存在は随分騒がれたものだ。 それが嫌で手塚は苗字で呼ぶように変えようとしたのだが、「周りに流されるのか」とに言われてしぶしぶながらも思いとどまったのだった。 広い学校だから、それから2年以上経った今でもそれを知らずに驚く者は極稀にだがいる。 次の時間の用意をしていた手塚は、顔を上げないまま対応する。 そんな手塚に気分を害した様子も無く、は彼の机の上にさっきの眼鏡ケースを置いた。 硬いそれは置くとカコンと音がして、手塚も思わず視線をそちらへ向けた。 置かれた物を見て驚きに目が見開かれる。 「これは…」 「忘れ物。外は風兄のだけど、中味は国光のだよ」 中には確かに手塚の眼鏡。 ならば今彼がかけているのは一体…。 「朝から眉間に皺寄せてたって?当然よね。度数合わなきゃ辛いもの」 「ああ。兄貴はどうした?」 「風兄はそこまで視力悪くないからね。無しでも何とかなるって。一応コンタクトもあるみたいだし」 「そうか。すまない」 今かけているのは、手塚の兄のものだった。 朝、洗面所で顔を洗っている時に間違えてしまい、気付いたのは既に電車の中で引き返すこともできなかったのだ。 兄の眼鏡は手塚のものに比べて度が緩い。 となれば見えづらい視界を何とか見ようと、顔をしかめてしまって当然だった。 今日朝からずっと眉間の皺が3割り増しだったのはそういうことだったのだ。 今頃は不二から聞いた菊丸が、「心配して損した」とわめいている頃だろう。 「私が遅刻してきて良かったね。でなきゃあと5時間も耐えられ無かったでしょ」 手塚の視力は随分悪い。 両目とも0.1をきっている。 それを度の緩い眼鏡でどうにかできるはずは無かった。 「ああ、助かった」 「どういたしまして。昔からしっかりしてるようでこういうトコ抜けてるもんね」 「………」 否定できずに黙り込む。 そんなところも子供の頃から変わらないとは微笑んだ。 ******************************** お久しぶりです、手塚部長。 甘くもなく、最後も尻切れでごめんなさい。 あくまでも名前変換小説なだけで 夢小説ではありませんとか言い訳してみたり(爆) ヒロインちゃんが手塚と幼馴染以上なのかも出てないですね。 その辺りはお好きなように考えてください(ああダメダメ) 手塚は基本的に天然だと思ってます。 しっかりしてそうで実は、とか(笑) ’02.5.13.up |