僕はここにいる











しくった。
なんてことだろう。


私は赤く染まった重い足を引きずりながら、力尽きてその場に座り込んだ。





周りに人の気配が無いことを確認する。
今の私は、何が起こっても対処しきれない。
この足の痛みを抱えたまま、これ以上このゲームを切り抜けるなんて、不可能だった。


ディパックから支給されていた水を出す。
残りはボトルの4分の1ほど。
貴重な水だけど、そうは言ってられない。
喉が渇いたとかいう以前に、この傷のせいで不覚を取ってしまっては意味が無い。
それでもなるべく無駄にしないように、トポトポと少量をハンカチに染み込ませて使う。

「いっつ……」

傷口にそれを当てると、鈍かった痛みが鋭い刃のように私の体を痛めつけた。
じんわりと赤く染まっていく水色のハンカチ。
これだって、すでに綺麗とは言いがたいが贅沢は言っていられない。



それにしても、こんなことで足止めを食らうなんて。
とても不覚だった。



さっき対峙した男子生徒。
確実にしとめたと思ったのに、それでもヤツは最後の力を振り絞ってか残ってはいないはずの力で起き上がると、手にしていた小さなナイフを私のふとももに思いっきり突き刺してくれた。
何とか振りほどいたけれど、刺されてしまった傷は消えはしない。
私が息の根を止めるよりも前にヤツは息絶えていたから、弾を無駄遣いせずには済んだが。





この状態では、私はもう無理だろう。
それはわかっているけど、それでも死にたくなんかない。
きっと誰もがそう思ってる。
でなければ、こんな風に今生きてなんかいない。




つい数日前まで同じ教室で机を並べて勉強していた友達を殺してまで――…。




そこまで考えて、私は頭を振った。
考えても詮無いことだ。
もう引き返せない。すでにこの手は真っ赤に染まっているのだから。






……?」




突然自分の名前を耳にして、私は驚きに反射的にそちらを向いた。
手にはしっかりと拳銃を握って。



そこにはこの学校の生徒会長である男が立っていた。
正確にはもう過去形か。
私たちがそこに戻れる可能性は、ほとんど皆無なのだから。


「…手塚」


彼は私を確認すると、相変わらず固い表情のまま歩み寄ってきた。
何を考えてるのかなんて読めなかったけど、まるで私のことなんてカケラも警戒していないように。





パン…!





私は彼の足元を打った。
彼のすぐそばの枯葉が跳ね上がる。
彼は少しだけ表情を動かして歩みを止めた。


「………」
「来ないで!!」


今の私は、彼と戦えるだけの力がない。
それでも飛び道具を持っている以上、全く可能性が無いわけじゃないけど、戦わずに済むならそうしたい。
今後のことを考えれば、ここで体力を使うのは得策じゃない。

「来たら、打つわ。来なければ見逃してあげる。だから、行って」

けれど、彼は動かなかった。
じっと私を見て。その視線はすぐに私の足へと移動した。
手負いなら勝てると判断されれば、私に逃げ道はない。
そう思い、体を硬くした。






なのに彼は信じられない行動に出た。
銃口を下げずに威嚇し続ける私に構うことなくそばに来て、殺すのではなく何を思ったのか手当てなどし始めた。


「なっ、何するのよ!!」
「怪我をしているだろう」

生きるか死ぬかのこの状況で、他人を助けるなんて正気の沙汰じゃない。
絶対おかしい、コイツ。
だって生き残れるのは一人だけ。
どうして自分が助かろうと思わないのか。
彼が真面目だってことくらい知ってるけど、今はそんな場合じゃない。

「結構深いな。応急手当で間に合うかどうかわからんが…」

それでもクソ真面目にそんなことを言う。
表情は全く変わらない。




「どうして……アンタおかしいよ」
「何がだ」
普通考えなくてもわかるだろうに、彼はそれさえ真面目に聞き返す。
「だって、生き残れるの、たった一人なんだよ?なのに他人の手当てなんてして。そんなの無意味じゃない。どうして信じられるの、他人を。絶対無理よ、こんな状況!私は無理!!!」


なぜだか私は声を荒げていた。
そんなことをすれば自殺行為に繋がると、さっきまでの私なら忘れるはずなかったのに。
感情のままに叫んでいた。彼への苛立ちを。
そんな私の言葉を彼は黙って聞いていた。





「だが、今俺を信じているだろう」





彼の口から思いがけない言葉が出て、私は顔を上げて目を見開いた。


「誰が……」
「そうだろう?俺を信じていないなら、俺がお前を信じているということだって疑ったはずだ。だがお前は俺に手当てされるまま抗おうとはしない。それはつまり俺を信じているのではないのか?」


どうして、そう言いきれるのだろう、彼は。
とても強い、何者にも屈しない強固な意志を宿した瞳。
それにじっと見つめられ、私は自分が酷くみじめに思えた。


「……わからない」


彼はそれに一言「そうか」と答えただけで、止めていた手をまた動かして手当ての続きを始めた。
私も今度は黙ってされるがままに任せた。








「手塚」
「なんだ」
「生き残れるの、たった一人なんだよ?」
「そうだな」
「なのにどうして他人を気にするの?」


手当てを終え、私も心を落ち着けて彼に向き合った。
手には水。手塚が渡してくれた、そのボトルの中には、まだ半分ほどの量が残っていた。
後々のことまで考えている辺り、いかにも彼らしいと思った。


私の質問に、彼はなかなか答えなかった。
彼にしては珍しく、とても言いづらそうにして。
けど、心を決めたら今度は何でもないことのように話した。


「きっと、だからこそだろう」
「どういうこと?」

だからこそ?自分が生き残れば、他人は全て死んでいる結果になるというのに?
意味がわからず首をかしげた私に、彼はこともなく言った。


「一人しか残れないのなら、俺が残っても意味は無い」
「どうして?」
「俺が残るということは、お前はいないということだろう?なら無意味だ」


言われた意味が、やっぱりわからなかった。



「生き残れ、。それが俺の望みだ」


どうして私が残ることが彼の望みなのか。
誰だって、自分が一番可愛いんじゃないか。
美奈だって、遥だって、恭二だってそうだった。
数日前まで、楽しく語り合っていた気の合う仲間たち皆、まるで別人のように恐ろしい顔して襲い掛かってきた。


そして、私もその例外ではない。










が好きだ。だから、俺一人帰っても意味は無い」








ガ好キダ






こんな時に聞いたのでなければ、きっともっと素直に受け止められただろう。



「え……?何、ソレ」
私の口は、うまく回ってくれなかった。
まるでカタコトで出た言葉は、機械のようだった。
「言葉の通りだ。それ以外にどう言えばいい?」
なのに彼は平然と言ってのける。




この手塚国光という人は、テニス部の部長で生徒会の会長で。
頭も良くてスポーツ万能で。
その上顔も良くて正に超人のような人だった。
女の子の憧れの的で、でもそういうのには一切興味は無いらしく浮いた話は一切聞かなかった。



そんな彼を、私はそこそこに近い位置で見てきた。
あくまでも『そこそこ』止まりだけど。
3年間の中学生活のうち、1年とちょっとを同じ教室で過ごしてきた。
その程度。






「……手塚、言うの遅スギ」
「ああ、すまない」





気づかなかった。
彼が誰を見ているかも。
私自身が誰を見ているかも。




「でも、いーや。私も遅スギたから」
「何がだ?」
「んー?私も手塚が好きだったみたい」




私は隣に座っている彼の肩に頭を預けてそう言った。
彼はそれを聞いても一言「そうか」と言っただけだった。





今頃気づくなんて。
本当に遅すぎる。笑ってしまう。







「手塚」


呼びかけると、彼はやはり表情を変えぬまま視線だけを合わせた。


もう私は無理だろう。
手当てしてもらっておいて何だけど、傷が酷く痛む。
それは今更ながら正気に戻ったせいか、それとも現実的にもたないほどの傷なのか。あるいは両方。


だから。




「手塚さー、アンタこそ生き残ってよ」
「お前無しでか?」

そんなこっぱずかしいこと、真顔で言うなよ。

「テニス、強いんでしょ?留学するとか言ってたじゃん」
「ああ」
「なら手塚が残った方が絶対いい。世のため人のため」


厳しい目をして私を睨む彼の双眸。
茶化してるわけじゃないよ、私。本気でそう思うだけ。





「私の分まで生きてって言っても、拒む?」
「………」





睨んでいたその瞳が、微かに揺れた。
そして彼はそれには答えずに、私を抱きしめた。
彼の腕の中は温かくて、泣きそうだった。








「足、痛い」
「………」
「私もーダメだから。手塚は残って」



返事は無い。
代わりに、嫌だと言わんばかりに腕に力が込められる。
私はそれにしがみついた。









「………最後まで、一緒にいたかったな」
「…俺は、ここにいる」
「うん」










私はそのまま意識を失った。


だから、その後彼がどうしたのかは知らない。






********************************

  影響されやすすぎる自分がどうかと思います。
  バトロワ見たら、すぐさまバトテニネタいくつか思いつくなんて。
  単純すぎっしょ。
  しかし手塚氏ですか。なぜに。
  最初大石先輩で思いついていたネタとミックスして。
  ああ、でもやっぱりバトロワパロをするとヒロインが病んだ子になってしまう。

                            ’02.5.30.up


BACK