真なる意味














ベンチに戻る彼は、敗者の雰囲気などどこにも無かった。
疲れ果て、肩の痛みに耐えながら歩いてくるその姿。
けれどそれを見て、誰が彼を敗者だと嘲ることができるだろう。
あの氷帝応援団でさえ、跡部を讃えはしても手塚を罵ることは無かった。


肩の痛みを堪え、互いに全力を出し切った対跡部戦。
棄権することを皆が勧める中、それを押し切って続けたその結果は35−37という長きに渡るタイブレークの末の黒星だった。









越前と言葉を交わし、そのままベンチにドサっと腰を降ろす。
全身を預けるように。
いつも冷静で余力を残して戻る彼には有りえない座り方だった。
頭にタオルをかけたまま、荒い息を整える手塚。
ポタポタと落ちる汗の雫が地面に影のような黒さを残しては消えてゆく。



激戦だった。
言葉では表しきることができない程。
ただでさえ力の均衡した相手との試合。
それを負傷した肩で乗り越え、あそこまで持ち込んだのだ。
負けたのは、結果に過ぎない。
実力は負けていなかった。
肩のことさえ無ければ、なんてことは言わないけれど、どちらが勝ってもおかしくなかった。












「………すまんな」


ポツリと、他の誰にも聞こえない声で彼は呟いた。
周りの歓声が煩くて聞き取りづらかったが、確かにそう聞こえた。
聞き返すこともせず、そのまま何の返事もせず、まるで聞こえていないかのような態度で次の言葉を待った。
聞こえていなかったらどうする気だったのか知らないが、彼はまるで頓着せずにそのまま続けた。


「周りの無理を押し切って、試合を続けて…。それで負けていれば世話は無い」
「………」


一応、自覚はあったらしい。
自分がどれだけ無茶なことをしたのか。
冷静だとか、貫禄があるとか、中学生離れしているとか。
そんなことを言われていても、彼だってまだ14歳の中学三年生なのだ。
どれだけ大人びて見えようとも、子供な部分はまだまだ残っている。
大体にして、彼は基本的にはとても自己中だ。
誰も気づかないかもしれないけど、彼は自分のテニスにとても貪欲だ。
満足のいかない試合には決して妥協しない。
どこまでも先を追い求め、そのためには何をも惜しまない。
それが露見しないのは、彼と拮抗した実力を持つ者が極端に少ないからというだけのこと。



そうでなければこんなたかだか関東大会の初戦で肩を壊しかねないような無茶をするはずがない。



そして、そんな彼だからこそこの試合にここまでこだわった。
普段出し切れない実力を、惜しげもなく発揮できる相手。
そんな好敵手との試合を、負傷したといえ簡単に投げ出せるような奴じゃない。
例え負けても、満足のいく試合なんてそうそうありはしない。
この試合は、正にそれだったのだ。



だから、彼の無理を止める中、私はあえて彼を送り出した。
皆は知らないのだ。彼がそれほどまでに我侭だってことを。









「謝ることなんて、何かあったっけ?」









シレっと答えた私に、手塚は視線だけを向けた。
何を馬鹿な、という意味を込めた視線を。

手塚が負けて、これで2勝2敗1引き分け。
めったに例の無いことだが、これで補欠戦へと勝敗は託された。
手塚が勝っていれば難無く青学が手にできていた勝利。


「次勝てばいいんでしょ。越前の相手、この前まで準レギュだった奴よ。ウチのレギュラーの中でもトップ3に入る実力の越前が負けるはず無いでしょ」
「だが、そういう問題では……」

言い澱む彼は、満足のいく試合をしたいと願う自分の気持ちの中、一方で部長としての責任感によって苦しんでいた。


手塚が負ける。
その事実は、おそらくすぐに他校にも回るだろう。
いや、偵察に来ている幾つかの強豪校は、実際にその目で見ている。
そしてその衝撃は想像を絶するものがあるかもしれない。
青学の沽券に関わることでもあった。
学内においても同じこと。手塚の黒星は、青学の士気にも関わる問題だ。
レギュラーたちはまだそれほどでも無いが、レギュラー以外の者達は完全に狼狽している。


「他に何と言われようと、例えそれが青学の士気を落とすことになろうとも、アンタは満足のいく試合ができた」


その言葉に軽く呻いた。
我侭を押し通して、それでも負けた試合の直後だ。
それはズキズキと彼の心に刺さるだろう。



















「めったにできることじゃないわ。この試合、後々にも大きな意味を残す。
手塚自身にも、青学にも。もちろん、プラス面でね」



















本当に、簡単に体験できることじゃない。
手塚と五分の試合ができる奴なんて限られている。
負け試合から学ぶことは多いと言う。
ならば、それを学ばずに培ってきた彼の強さは、今回の試合で更に磨きをかけることだろう。


だから、無駄なんかじゃない。
色んな意味で、大きなものを残してくれる試合となるだろう。
もっとも、これで肩を壊してしまったりしたら意味は無くなってしまうけれど。










説明せずとも、その意味は伝わったのだろう。
少し目を見開いて、それから少しホっとしたような顔をして。





「………ありがとう…」




さっきよりもずっと小さな声で告げられた、感謝の言葉。

めったに聞けない彼のそれに、少し落ちつかなげに胸が騒いだのは、本人には内緒だ。







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  また早速かよ(爆)
  氷帝戦S1、お疲れ様でした部長。
  勝とうと負けようと格好良かった手塚。
  一応前回の話に続く内容にしました。
  負け試合って、実際めったに体験できそうに無いじゃないですか、彼は。
  だからきっと、この試合は意味のあるものになると思うわけですよ。
  てなワケで、またムリヤリこじつけな話でした(をい)

                            ’02.10.22.up


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