=002.階段=






子供遊戯








「ジャンケンポン!」
「グリコ!!」





帰り道。
いつもと同じように手塚、菊、大石くん、私の四人で帰っていると、前方からそんな奇妙な掛け声が聞こえてきた。
カン高い子供の声。
楽しそうにはしゃいでいるその声自体はとても微笑ましいものだけど、叫ばれている単語の意味がイマイチ理解できなくて私は首をかしげた。



「何だろアレ?」
賛同の意を表すように隣で手塚も小さく頷く。
すると、そんな私たちを『信じられない』とばかりの顔で菊が答えた。

「えっ!二人とも知らないの!?」

マジで!?とこちらが驚くほどの勢いで尋ねられるが、知らないものは知らない。
むしろなぜ菊が知っているのか不思議なくらいだ。
知っていて当然というその態度は手塚のカンに少々触れたらしく、眉間の皺が当人には気づかれない程度に一瞬だけ寄った。



「知らないの?って。知ってるの?」
「子供の遊びだよ」
手塚の眉間に気づいていたのか、そうでなくとも私たちがこれ以上気分を害さないようにと思ったのか、大石くんは苦笑しながら答えてくれた。

子供の遊び、と言われてもそれがどうしてグリコと繋がるのか。
グリコっていうとお菓子のアレでしょ?
何だか妙な恰好してるおっさんが描かれてる、赤い箱の。
誰だって知ってるとても一般的な、会社名にもなっているお菓子だ。



「えっとな。まず、ジャンケンしてさ。勝った方が階段を上がれるんだ。グーで勝ったら『グリコ』、チョキで勝ったら『チョコレート』、パーで勝ったら『パイナップル』って、その言葉の数だけね」
「で、先にゴールに着いた方が勝ち。子供の頃、やらなかったか?」

菊の説明に相槌を打つ大石くんの様子を考えれば、おそらく誰でも子供の頃に一度はやっている遊びなのだろう。
菊だって、無神経であることは否めないが本気で不思議がっている。
きっと、知らない私たちの方が珍しいのだろう。




「初耳。けど、当たり前かも」
「?」
きょとんとする菊に、私は隣を指差して言った。









「私の子供の頃の遊び相手って、コレだもの」






指の差す方を見て、黄金ペアは揃って深く頷いた。
同時に増える手塚の眉間の皺。
私の指差す先には、手塚国光その人。


私の唯一の幼馴染。
手塚国光という人物を知っていれば、この指を差すだけの行動でも十分に答えとしての意味を理解できるだろう。
二人の反応を見ればそれは一目瞭然だ。



「そーか。忘れがちだけど、手塚とって幼馴染だっけ」


忘れがちも何も、わざわざ言う必要も無いと思って黙っていたら、ついこの間まで隠し通す結果になってしまった。
2年間も気づかない周りも周りだが、この場合は気づかせない私たちも大いに問題有りなのだろう。


「誰でもやるモンなの?」
素直に疑問を表す私に、大石くんは困ったように頬をかきながら答える。
「ああ、まぁ…人に、よるんじゃないか?」
遠慮がちに言ってくれてるけど、つまりは大抵の子供はやるということだろう。
手塚を気にしているらしい横目の動きがそれを如実に語っている。
コラコラ睨むな。

「ふーん。ま、別に今更どうでもいいけど」

今になって知らされたところで、この年になってそれをやるのは流石に恥ずかしいし、知らなかったからと言って別段人生を損したわけでもない。
今となってはただの雑学だ。一般常識と分類されてしまうと話は少し変わるが。










駅前で菊と大石くんと別れ、残りの道のりは手塚と二人きり。
相手が相手なだけにそうそう会話が弾むこともないが、沈黙が重いということもない。
子供の頃から一緒の彼だから、何も気にする必要は無くかえって楽だ。
最近は大抵会話は無く、あったとしても部のことか勉強についての話題で、娯楽と呼べるものでは無い。

そんな言葉の無い道程を半分ほどこなした時、ふいに手塚が口を開いた。



「やって、みたいか?」
「何が?」

躊躇いがちに言われたが、何のことやらサッパリで聞き返す。
しかし、それだけ言うのが精一杯だったらしく彼はやっぱりいいと誤魔化すように眼鏡を抑えて顔を背けた。





「……手塚」
「なんだ」
「ジャンケン、ポン」
「………っ!」


何の前置きも無しにジャンケンの素振りをする。
不思議なもので、人間はどうしてかジャンケンをされるとつられて自分も反射的に出してしまうもの。
今の手塚が正にそれだった。
ハっと我に返った時はすでに遅い。

私はグー。
彼はチョキ。

出されたピースサインに、私はニッコリと笑った。



「“グリコ”、ね」


ポン、ポン、ポン、と。軽やかに三歩進んでくるりと振り返る。
「そこから動いちゃダメだからね。勝った分だけ進める、だったよね」
手塚は何か言いかけたが、言葉を見付けられなかったのかそのまま押し黙って軽くタメ息をついた。


「ここは階段じゃない」
「いいじゃん。文句言わない」
「そうじゃなくて……お前と俺では歩幅が違うだろう」

遊びにさえクソ真面目な手塚に、私は余裕で返す。

「ハンデってことで。ジャンケン弱いでしょ、国光クン」
!」

子供の頃の呼び方が恥ずかしかったのか声を荒げるが、そうしながらもアイツ自身つられて私の呼び名が昔に戻ってる。
クスクスと笑う私を怒ろうとしたようだったが、その前にもう一度手を突き出してやる。






「ジャンケンポン!!」






傍からはどう見たって怪しかったことだろう。
そうでなくても老けて見える手塚が、中学三年にもなってグリコなんて遊びをしてる。
立海大の真田くんとかが見たら「たるんどる」なんてセリフが出るより前に卒倒してるだろう。


けれど、幸いひとけは無く、私たちは自分の影を追うように延々とそれを繰り返しながら家路についた。







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  第二弾「階段」
  この間登校途中にグリコをしてる小学生を見たところだったので、
  こんなネタができました。
  ……ここまで書いといて全国共通の遊びじゃなかったらどうしよう(黙)
  手塚がそんなことしたら絶対引くとか、そういうところはご愛嬌(待て)

                             ’02.12.16.up


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