諦めないこと











思わず感嘆の声が零れそうなほど綺麗に決まったスマッシュは、対戦相手の横を見事に抜いてフェンスにぶち当たった。



周りに人がいなくて良かった。
いたら随分な騒ぎになっていただろうから。
いや、最初からそれを見越してわざわざ別の場所にかのルーキーを呼び出したのか。










まさか、青学テニス部の部長が入学して間もない1年生に負けただなんて。


誰かに知られようものなら、たちまち学校中、程なく他校にまで広がるだろう。











けれど、確かにそれだけの実力は持ち合わせているのだ。


あの新入生、手塚国光は。


とはいえ、それでもやはり1年生に完敗する部長の姿は情けない。
簡単に笑っていられるところも情けない。
以前これが部長では青学もここまで、なんて他校生に言われて腹立たしかったことが鮮明に思い出された。
こんなだからそんなこと言われるのよ、大和祐大。





「いやぁ〜、さすがですね。負けてしまいましたか」
「いえ……その…」
「いやいや、文句無しに僕の負けですよ。キミは強い。将来が楽しみですよ」
「はぁ…」


部長を打ち負かしてしまってどう反応して良いのかわからないらしい手塚くん。
それとは正反対に、負けたというのにカラカラ笑っている大和。


実に正反対な二人だ。






「はいはい、そこまで。お疲れ様二人とも」

パンパン、と手を叩きながらコートに割って入った私に注目する二人。
試合に真剣で気づいていなかったのだろう。
男子部の副部長に頼まれて様子を見に来た私のことなんて。


特に手塚くんは私とはさして面識も無いため、とても驚いているようだった。
素直に顔に出したりはしていないけれど。
大和に巧くあしらわれた時と丁度同じ顔をしていた。




「手塚くん、ナイスプレー。今度私とも試合してくれる?」

軽く言うと、彼はハっとして慌てて「喜んで」と返してくれた。
彼と手合わせしてみたいのは大和や男子ばかりではない。
女子部部長の私だって、彼の実力を直接感じてみたいのだ。
負けるつもりは無いけれど。








もう暗くなってくるからと手塚くんを先に帰らせて、大和と二人で後片付け。
ネットを一人で仕舞うなんて無茶もいいところだ。できないことは無いけれど、人手はいるに越したことはない。
すみませんねぇ、なんて言いながらも全然そうは見えない様子の大和。
それにも慣れたもので、サラリとそれを受け流すと大和はえらくウケたようだった。



サン、いつから見ていたんですか」
「ん〜、ほとんど最初から」


大和は本当に気づいていなかったのかと疑問に思うくらい簡単に「おやおや」なんて言っていて、それが余計に私に火をつけた。








負けたのよ!?
それも、ついこの間までは小学生だった子に。
いくら彼が強いと言っても悔しさのカケラすらないの!!?








私には関係無いのだと自分に言い聞かせ、なるべく気にしないようにしていた胸のモヤモヤは簡単に湧き出てしまった。
忍耐力の無い自分が情けない。



次の瞬間には、私は片付けの手を止めて大和の胸倉を掴んでいた。








「アンタねぇ、悔しくないの!?負けたのよ?1年生に!」
「ちょっ、サン苦し…」


降参、と手を挙げている大和を無視して私はまだ納まらないイライラをぶつけた。


「知らないワケじゃないでしょ!?自分が何て言われてるか!」


“あんなのが部長じゃ、所詮青学は都大会止まりだな”


コイツが気づいていないはずがない。
飄々としてるのに、知られたくない事までいつの間にか知っているのが大和祐大という男だ。
それを顔にも態度にも出さないから、なかなかわからないけれど。









本心を見せない。大和は、誰にも。








部員はもちろん、教師や副部長、私にだって腹の内を見せたりしない。
信用できないって言われてるみたいで、それが悔しくて。
とにかく一度でいいから私はヤツに勝ちたかった。テニスではなく、普通の私生活で。
けれど、結局一度も勝てた試しなどないのだ。



「少しくらい…何とか言ってみなさいよぉ……」



一言も反論さえしない大和がもどかしくて、私の手からは次第に力が抜けていった。
襟から離すように私の手を取った大和は、段々と覇気を無くしていく私を怪訝そうに見てその手を止めた。





サン……」
「このままじゃ、全国なんて夢のまた夢じゃない……」


全国に行くっていう私たちの夢。
女子男子、揃って全国へ行こうってそう言っていたのに。
けれど、現実に私たちの代では良くても関東大会が精々だろう。お互いに。
年々強くなっている氷帝などとは違って、推薦制度もない青学は弱くなる一方だった。
それを変えてやるんだって意気込んでいたのに。













「でも、僕は諦めません。例え僕が弱かったとしても、諦めてしまえば可能性は無くなるから」









語気は強く無いのに、意志の強さが伝わる声。
瞳はサングラスで隠されているのに、その目からも確かに強さを感じる。



サンは、諦めてしまうんですか?他校がどれだけ強くなったか、それを目の当たりにして。それだけで、この3年間を捨ててしまうんですか?」



言われてハっとする。
大和は諦めるなんて、一度だって口にしたことは無かった。
自分が弱いって、聞いてて情けないくらいに言っていても、夢を捨てるなんてことは絶対に言わなかった。


私はどうだ。
自分が弱いつもりは無くても、他校の試合を見てある程度の予測をつけてしまった。
そしてその程度なのだと諦めてしまっていた。







弱かったのは私の方だ。
例え実力があったところで、諦めた者に夢は叶わない。








考えていることが全て顔に出たらしく、大和は満足そうに笑うとまだ掴んでいた私の手を取ってぶんぶんと振った。


「まだ、終わってませんよ。ね、サン」
「ん……」


大和の実力が足りないことも、情けないことも曲げようの無い事実だけど。
ただ、コイツが部長で良かった。
そう思うほどには、コイツのことを信頼している。
少なくとも、私は。












「…で、何?」
「え?」


感動で締めくくれるかと思いきや、そこはやはり大和祐大。
しっかりと掴んでいた私の手を一向に離す気配は無く、そのまま空いている方の手を無意味に伸ばしてきた。




「この手は?」
「あはは、気づかれちゃいましたか。いえ何、多少のスキンシップでもと」





あっけらかんと言う大和に見事な右ストレートをお見舞いする。

綺麗に決まったそれは、先ほどの手塚くんのスマッシュ同様大和に受けきれるものではなかった。








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  早速な大和元部長です。彼の味がどれだけ出せているかは不安ですが。
  某ハーモニカ少年のことがあるので彼を「ヤマトさん」とだけは呼べません。
  十代の狼さん…(わかる人だけ笑ってください)
  面白いですよね、大和部長。
  夢で書けるかは微妙だったのですが、
  とりあえず実力の伴わない名言吐きということで。

                           ’02.9.5.up


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