石に漱ぎ流れに枕す
西晋の国の孫楚(そうそ)は学識にすぐれ、とても頭が切れる人物でした。孫楚は若い頃に、仕事をやめて気ままに過ごそうとしたことがありました。当時の宰相(さいしょう)であり友人だった王済(おうせい)に、「私はこれから、石を枕にして眠り、川のせせらぎで口を漱(すす)ぐような自然のままの暮らしをしたいと思っているのです」と言おうとして、間違って「私はこれから、石で口を漱ぎ、川の流れを枕にするような自然のままの暮らしをしたいと思っているのです」 と言ってしまいました。
それを聞いて言い間違いをしていることに気付いた王済が言いました。「おいおい・・。いくらなんでも川の流れを枕にすることはできないよ。それに、石で口を漱ぐことなんてできないだろう?」と冷やかしました。すると負けず嫌いだった孫楚は「いやいや。川のせせらぎを枕にすると言ったのは、世間のつまらない話を聞いて汚れてしまった耳を洗うためです。石で口を漱ぐと言ったのは、自然の中で歯を磨くのだ、ということが言いたかったのですよ。」と負け惜しみを述べて、とうとう間違いを認めませんでした。
■負け惜しみの強いこと。強情や意地をはること。
<例> 彼の性格は、石に漱ぎ流れに枕すという言葉がぴったりだ。
●孫楚の切り返しがあまりに素早かったので、さすが、という言葉に 「流石」という漢字をあてるようになりました。