「ウサ吉奪還大作戦」 (緊急企画)
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タイトル
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問題がある。だがその問題は根が深そうだ。
ため息をつき、大地は床のフローリング上に見える白と黒の毛の固まりを眺めた。
床で寝転がっているウサ吉は大地の視線を感じたのか、小さな身体をくるんとひっくり返して鼻を動かしこちらを見上げる。
その鼻にはひげがない。
しかも前歯が欠けている。
可哀想に……
大地はウサ吉の身体を両手でそっと持ち上げ膝に置く。するとウサ吉は嬉しそうに尻尾を動かした。
「ウサ吉~もう、いじめられてないか?ああいう性格の悪い男には近づいちゃ駄目だぞ」
聞こえるように声高に言うと、問題の男がソファーから顔を上げた。
「大ちゃん……なにも聞こえるように言わなくても……」
苦笑いしたような声だ。
「博貴はちょっと性格が曲がってるからな。お前みたいに純粋無垢な可愛らしいウサギは、あんな奴なんか無視しろよ」
博貴に背を向けたまま大地は床に座り込み、膝にウサ吉を乗せてふわふわの毛を撫でた。
「だから大地……そういう嫌みを言わないでくれないかなあ……悪気はなかったとちゃんと説明したはずなんだけどねえ……」
相変わらず博貴は言い訳を並べ立てる。
大地にはいくら博貴に説明されても納得がいかなかったのだ。
何処の世界に、愛玩動物として飼われている無力で可愛いウサギと生きたロブスターやタラバガニと戦わせようとする飼い主がいるのだろう。そんなことを思いつく博貴も博貴だ。
どうも博貴はペットが嫌いなようなのだ。本人もそう言っていた。だから大地が居ないときにいじめていたのだろう。
そんな博貴が大地には情けなかったのだ。
「俺は納得なんかしてない」
「……悪かったと謝ってるでしょ……?大ちゃんって結構しつこいんだねえ……」
博貴は大地に聞こえるようにため息をついた。
しつこい?
しつこくなんかないぞっ!
「お前はペットが嫌いだからこんな事したんだろっ!分かってるんだぞ」
そこでようやく大地は振り返り博貴を見ると、ローソファー上でまた横になり雑誌を読んでいた。ということは今までの返答も適当に相づちをうっていただけなのだ。
「……うううう……お前って……お前って……最低だぞっ!ちゃんと聞けよ」
大地が叫ぶように言うと、博貴は雑誌を机に置き、視線をよこしてきた。
「……なんだよ……」
「ウサ吉~おいで~遊ぼうか~」
いきなり博貴が言うと、膝の上に乗っていたウサ吉がまさに脱兎の勢いで博貴のところに飛び跳ねていく。
な……
なんだよ……
ええ??
唖然と大地がその光景を見ていると、ウサ吉はローソファー上に飛び乗り、博貴の胸元によじ登る。すると博貴はウサ吉の耳をこちょこちょと指でかいてやっていた。
「ほら……懐いているでしょ?ということは私はウサ吉に気に入られていると言うことだと思うんだけどね。もし本気で虐めていたら、ウサ吉もこんな風に飛び跳ねて来ないだろうし……どうだい大地?」
にやにやとした笑みで博貴は言った。
「……ふ……ふうん……良いけど……さ」
大地は頭をかきながら立ち上がり、キッチンに向かった。何となく自分が滑稽に思えたからだ。
なんか……
ムッとした……
仲良くしてくれるのは良いんだけどな……
鍋やフライパンを戸棚から取り出しながら大地は説明できない腹立たしい気持ちに自分でも説明が付かないまま夕食の準備に取りかかった。
後ろでは先程大地がしたように、聞こえるように博貴がウサ吉をかわいがる声が聞こえてくる。その声は大地からすると芝居かかっているようにしか聞こえないのだ。
だが大地がそんなことを考えている間もウサ吉は博貴にかいぐりされていた。
「ほんとウサ吉は可愛いねえ……」
博貴の嘘くさい言葉が後ろから相変わらず聞こえてくる。
どう考えても嘘くさい。大地はそう考えるのだが、当のウサ吉は本当に博貴に懐いているようなのだ。
どうやってたらし込んだんだ……などと考え込んでしまうほど、大地にとっては異常事態だ。しかし動物は家に長くいる方に懐くもの。大地のように、しかも不規則な出勤時間の飼い主より、週四日うちにいる博貴に大地より懐くのが自然なのかもしれない。
現在博貴は週のうち三日しか働いていない。しかもホストのバイトだ。父親から譲り受けたマンションのオーナーである博貴は実のところ働かなくても月に一度家賃が入ってくる。それも普通の金額ではない。大地は一度聞いてあまりの金額に耳を疑ったほどだ。
このマンションは高級を売りにしており、大地ですら見知っているタレントなども住んでいる。時折一階のエントランスで有名人とすれ違うが、毎度大地はここは別世界だと感じる。
その高級マンションの最上階をすべて己のものにしている博貴はさぞかし気分がいいはずだ。働かない日は最上階に作られたオーナー専用の庭に出てウサ吉を散歩させている。それを終えるとウサ吉がくたくたになるまで遊んでやるのだから、どう考えても大地には分が悪い。
分かってるけどむかつくんだよな……。
元はといえば大地が兄の戸浪から譲り受けたウサギだ。博貴は反対していた。それが、ふたを開けてみるとどちらが飼い主か分からない。
ウサ吉は……
俺のだっ!
あのふかふかの毛も、愛くるしいまん丸な瞳も、小さくぷるぷる振られる尻尾も、いつも床を掃除しているような長い耳も、牛のような柄も……全部、全部俺のだっ!
大地は本当にウサ吉をかわいがっているのだ。だからこそ飼い主としての独占欲がむくむくと膨れあがっていた。
しかも、博貴は動物嫌いだと豪語していたはずだった。それが何を企んでいるのか知らないが、ウサ吉をあれよという間に手なずけてしまった。
ホストって……
なんでも手なずけるのかよっ!
と、的はずれな怒りを大地は小さな身体にここしばらく内包していたのだ。
気が付くとウサ吉は博貴の後を追いかけ、頭を撫でてもらいたがる。視線はいつも博貴を捜しているのだから、せっかく遊んでやろうとしている大地の気もそがれてしまう。
むーーーっ……
むかつくっ!
いらいらとしながら大地は夕食の用意を終えた。
「いつもながらおいしそうだねえ……」
博貴は嬉しそうにテーブルに並べられた料理を眺めている。だがちゃっかりとその膝にウサ吉をこれ見よがしに座らせているのだから大地は余計に腹が立った。
俺の……
俺のウサ吉が……
お玉を持ったままウサ吉を眺めていると博貴がニヤリと笑った。それに気が付いた大地は慌ててとろろを落とした大根の吸い物を椀に取り分けた。
「いただきます~」
何故か普段より大きな声で言う博貴が憎らしい。
「……んだよ……返せよウサ吉……」
うちにいるときくらいウサ吉を膝に乗せてかいぐりしてやりたいのだ。だがウサ吉は博貴の膝から離れない。もしや長い足を縛られているんじゃないかと本気で確認した程だ。
もちろん縛られてなどいない。
「ええ~ウサ吉はここがいいんだよねえ」
にやにやとした目つきで博貴は言ってウサ吉の背中を撫でている。するとウサ吉は気持ちよさそうな顔をした。
ああ……
いいなあ……
俺も触りたい……
じーっと見つめていると博貴が爆笑した。
「いいよ。大ちゃん連れて行って……」
「あ……別に……俺は……」
ちらちらとウサ吉を眺めながら大地はそれでも手を出した。
わーい……
ふわふわウサ吉だ~
なあんて喜んでいたのもつかの間、せっかく自分の膝に乗せたウサ吉は身体を起こして向かい側に座る博貴の方ばかり見ている。
……
俺のこと……
嫌いになったのかな……
あんまり家にいないし……
でも俺だって仕事してるし……
大地の思いも空しくウサ吉はとうとうヴヴヴヴと鳴き出した。
「ウサ吉……博貴の方がいいみたい……」
しゅんと肩を落としながら大地は膝に乗せたウサ吉を抱き上げると、また博貴のところに連れて行った。
「大ちゃん……」
やや表情を曇らせた博貴は大地の頭を撫でる。
「いいよ……俺のとこ気に入らないみたいだし……」
博貴の膝に置いたウサ吉を振り返らずに大地は自分の席に戻ると箸を取った。
「仕方ないよ……私はうちにずっといるからねえ……」
「ああそうだよな。うちにさえいたら動物嫌いにでも懐くんだ」
大地は本当に悔しかったのだ。その言葉に博貴の反論はない。
暫く無言で料理を食べていると、何故か博貴の手が下に時折向かうのが見えた。
あいつ……
なにやってんだよ……
よくよく見ていると、博貴はウサ吉に事もあろうか本日の夕食を分け与えていたのだ。
え……
餌付けしてやがったんだっ!
「お前っ!動物に人間の食べ物やっちゃ駄目だって言っただろうっ!最初にそう決めたじゃないかっ!」
餌付けしてやがったーーー!
だから博貴のそばを離れなかったんだっ!
俺は絶対ウサ吉がほしがってもやらないの知ってるから……
むーかーつーくーーっ!
「ばれたか……」
当の博貴は反省の色などこれっぽっちも表情に浮かべていなかった。
「博貴……お前……それじゃあお前に懐くの当然だろうっ!分かっていてやったな!」
大地はもうこれは確信犯だと思ったのだ。何の理由も無く博貴がウサ吉を餌付けするわけなど無い。大地に見せびらかして意地悪してやろうという魂胆が見え見えだ。
「大ちゃん。違うよ。ほら、よくテレビでもやってるよね。可愛い飼い犬や猫に駄目だと分かっていても飼い主はこうやって人間の食べ物とやっちゃうってやつ」
博貴はウサ吉の耳を撫で撫でしながらそう言った。
違う……
こいつは俺に見せびらかしたかったんだっ!
俺がウサ吉がすんごく好きなの知ってるから……
分かってるんだぞっ!
「ウサ吉にもう人間の食べ物をやっちゃだめだっ!」
大地はお玉を振り回しながら言った。
「ええ~嫌だよねえウサ吉~」
ぶちぶちと言いながら博貴はウサ吉を抱き上げて鼻の頭にチュッと唇をよせた。
む……
むかつくーーー!
「俺のだっ!ウサ吉は俺が飼い主だっ!飼い主の俺が言ってるんだからお前も聞けよっ!」
席から立ち上がり、大地は博貴の元に走るとその手からウサ吉を奪い取った。
「ウサ吉……俺が飼い主なんだぞ。分かってるだろ?兄ちゃんのところから連れてきたの俺だよ?ううう……どうして博貴の方ばっかり見るんだよ……」
せっかく大地がウサ吉を抱き上げているのにも関わらず、ウサ吉の方は相変わらず博貴の方ばかり見て長い足をブルブルと振っている。
その姿がとにかく大地のしゃくに障るのだ。
「大ちゃん。ほら~ウサ吉は私に懐いているよ」
「違うっ!俺だっ!ウサ吉は俺のだっ!」
半べそになりながら大地は無理矢理ウサ吉を連れて自分の席に再度座る。そんな姿を博貴はにやにやとした目つきで眺めていた。
「……なんだよ……俺が飼い主だ」
ジロッと博貴の方を見ながら大地は言った。
「ん?もちろん分かってるよ。さてと夕食の続きをとろうかな」
博貴はくすくす笑いながらも食事を再開し始めた。
「ウサ吉。駄目なんだよ。人間の食べ物は食べたらお腹壊しちゃうし、虫歯にもなるって動物病院で言われただろ?」
大地がそう言って聞かせようとするのだが、当のウサ吉は机に両手を置いて顔を上げると鼻をぴくぴく動かしている。
「ほら……大地。少しくらいやったらいいんだよ。人間の食べ物を食べたからって死んだりしないんだしねえ。なにより私は毎日やってたけど死んでないだろう?」
お前……
お前って……
何考えてるんだ?
死んでたらどうするつもりだったんだ?
「お前最低……」
「大地。人間だっておいしいものをたらふく食べて幸せな気分で過ごしたいだろう?私だったらすきなもの食べて暮らしたいねえ……」
「へりくつこねるなよっ!」
大地は言いながら、机に置いているウサ吉の手を引っ張りまた膝に戻す。
「だってねえ大地……大地を食べちゃ駄目って言われたら、私は悲しくて死んでしまうよ……」
「俺の何を食うんだよっ!訳の分からないこと言うな!」
分かっていながら大地はお茶を飲んで気持ちを落ち着けようとした。
「え、何って……大地のアレだよ」
さらりと博貴は言ったがその瞬間、大地はお茶を吹き出した。
「うわっ……ごめんウサ吉……」
上から落ちてきたお茶をふかふかだった毛に散らせたウサ吉は目を白黒させていた。
「ああ~大ちゃん。ウサギはぬれたら死んじゃうんだぞ」
博貴は知ったようにそう言った。大地も耳にしたことがあったので不安になった。
「ど、どうしよう……」
「じゃあ風呂に入れて綺麗にしてやろうねえ……ウサ吉~」
大地に近寄ってきた博貴は濡れたウサ吉を抱き上げた。
「お前、今、ウサギは濡らしたら死ぬって言ったぞ!なのになんで風呂に入れるんだよ!」
「冗談だよ。でも冷えたら駄目らしいから、兎は汚れたらお湯で洗って綺麗にしてから暖かい場所で乾燥させたら良いんだって」
どうしてそんなにウサギのことをよく知っているのか大地には謎だった。
「へ……へええ……そうなんだ。よく知ってるなあ……」
大地は自分が飼い主だと主張している割には何も知らないことで非常に恥ずかしかった。
「初めてのウサギっていう本を読んだんだ……じゃあ私が入れてあげるよ。大地は食事の続きをするといい……」
「お……俺が入れるから……」
わあい~
ウサ吉とお風呂~
俺がふかふかにしてやるんだ~
と、思っていたのだが、博貴が駄目だと言った。
「え、なんで……」
「大地ってほんっと、自分が飼い主だと言う割には何も知らないからね。そんな大ちゃんに任せたらウサ吉は中耳炎になってしまうかもしれないでしょ」
中耳炎って……
なんだよ……
なんでウサギがそんな病気になるんだよ……
「……それは……そうだけど……」
ちらちらとウサ吉を見ていると小さな鼻でくしゃみをした。
「ああ……風邪を引かせてしまうね。じゃあ大地一緒に洗ってあげようか……私が教えてあげるからね」
自慢げに博貴が言うのに、大地はまたむかつきを覚えたが、ここは博貴の任すのが一番だと大地も納得するしかなかった。
大地は本当にウサギの飼い方を知らなかったのだ。
「う……うん」
「じゃあ大地、裸になって」
「はあ?」
博貴の言った裸の理由が大地には分からなかった。
「おい、ちょっと待てよ……ウサ吉洗うのと、俺が裸になるのとどういうつながりがあるんだよ……」
ジロリと博貴を睨み付けた大地は納得がいかない。
「つながりって……大地、ウサ吉をお風呂に入れるんだよ。私たちも裸になって入ったら丁度良いだろう?」
……
なんだかこいつ……
企んでそうなんだけどなあ……
言われてみたらそうだし……
「……う~ん……分かった。じゃあ、バスルームに行こうよ……」
大地が言うと博貴は嬉しそうに頷いた。この表情ではなにやら悪巧みをしているようには見えない。
そうしてバスルームまでやってくると、またウサ吉がくしゃみをした。身体が冷えてきたのかもしれない。大地は心配になり、急いで衣服を脱ぐと博貴の手からウサ吉を奪って風呂場に駆け込んだ。
「ウサ吉~すぐ暖かくしてあげるからな。ごめんな……寒いよな……」
言いながら大地は蛇口をひねり、お湯を洗面器に注いでいた。
「大ちゃん、耳栓」
耳栓?
「耳栓って?」
「ほら、耳に水が入ったら駄目だから耳栓をしてあげるんだ……」
黄色いぐにゃりとした発泡スチロールの小型版のようなものを博貴は手に持って入ってきた。
「前隠せ!!!」
かああっと顔を朱に染めながら大地は叫んだ。
「前って……ああ、お見苦しいモノを見せてしまって済みませんねえ……」
などと博貴は言いながら腰を振ってみせるのだから、注意しても仕方ないのだろう。
「……も……お前って……」
呆れながらも博貴から耳栓を奪い、いそいそと大地はウサ吉の耳の穴に栓をした。するとウサ吉は気持ちが悪いのか、片足を上げて耳をかこうとする。
「あ、駄目だよウサ吉……耳に水が入ったら病気になるんだから……」
上がっている足を捕まえて、また下に戻しながら大地は言った。
「大地……こんなに熱いと駄目だよ……」
洗面器の湯の温度を博貴は確認しながら困った表情を返してくる。
「え、熱いの駄目なのか?」
「温めの湯で良いんだよ」
博貴は今度水を洗面器に足しながら、手を入れて温度を測っていた。湯が適温になると博貴は次にウサギの絵の描かれたシャンプーを湯に混ぜる。
そっか……
これウサ吉のだったんだ……
風呂場に置かれたシャンプーであったので、大地はここしばらく知らずにこれで髪の毛を洗っていたのだ。当然、博貴には言うつもりはない。
くそ~
先に教えてくれていたら、頭洗わなかったのに……
……でも
意外に気に入ってたんだけどなあ……
ウサギマークの入ったシャンプーで洗ったあと、大地の髪はサラサラになりいい香りがしたのだ。だから実は気に入っていた。
でもウサ吉のだったんだ……
くそ……
と、悪態を心の中で付いていると、博貴がこちらを見ていった。
「あれええ……大ちゃん。なんだかシャンプーの量が減ってるんだけど……」
分かってたら言うなよっ!
俺がそれで頭を洗ってたんだっ!
むーかーつーく!!
「知らないよ……」
心の中では散々腹を立てていたが、もちろん言えない。
「ふうん。ん?この香りって大地の髪と同じ香りがするねえ……」
くすくすと笑いながら博貴は言う。
だから……
こういう事は知らない振りをしてやるのが人情だろうっ!
「あそ」
「くっ……」
博貴は笑いを堪えながらシャンプーを落とした洗面器の湯をかき混ぜて泡立てていた。
それにしても……
俺……
何も知らない……
ウサ吉の飼い主なのに……
チラリと膝に置いたウサ吉を見ると鼻をひくひく動かしている。瞳はまん丸に見開かれてこれから自分の身に起こるであろう事に怯えていた。
「ウサ吉……大丈夫だからなあ……」
よしよしとウサ吉の頭を撫でて大地は博貴の方を見る。するとにっこりと頷くので、たっぷり泡だった洗面器にそっとウサ吉を入れた。
だがウサ吉は湯に入った瞬間、両足を水泳選手のごとく振り、跳ね返った泡があちこちに飛び散った。
「わーーーっ!ウサ吉駄目だってっ!」
目に泡が飛び込み、目がちくちく痛む。それでもウサ吉を離さなかった。
「あははははははは」
博貴は予想していたのか、こちらの慌てる様子を見て大笑いしている。
「わ、笑うなよっ!畜生~!分かってたら教えてくれたらいいじゃないかっ!」
ウサ吉を一旦洗面器から上げ、大地は怒鳴りながら言った。
「いや……おもしろすぎてねえ……。私も最初ウサ吉の洗礼を浴びたから、大ちゃんにもお裾分けってね」
くくくと笑い博貴は目に涙をためている。
「いた……痛い……目に入って痛い……ちょっと交代してよ……」
目を閉じたまま大地はウサ吉を博貴に渡すと、蛇口をひねって水を出し目を洗った。
「ああ……痛かった」
ようやく目の痛みが取れ、続きをしようと振り返ると、博貴が既にウサ吉を泡だらけにしていた。シャボン玉を沢山付けた羊のようだ。
か……
可愛いよ……ウサ吉~
もう目がハートになっている大地に博貴は言った。
「じゃーん……生きたスポンジができあがり~」
「は?」
「ささ、天然ウサギの毛で大地の身体を洗ってあげるからねえ」
「俺の身体?何で?」
と問いかけた瞬間、博貴は泡だらけになっているウサ吉を大地の背中に滑らせた。
「ぎゃああああっ!なんてことするんだよっ!」
ぐるりと振り返り、大地は叫んだ。
「え、生きたスポンジだよ。気持ちいいだろう?」
博貴はきょとんとした顔をして、泡だらけになっているウサ吉を手に持っている。ウサ吉の方は目をまん丸にして両足をぱたぱた動かし、尻尾をピルピル振っていた。
か……
可愛いウサ吉……
じゃねええええっ!
「気持ち良いわけ無いだろう!お前っ、まさか……自分も体験したのか?」
博貴ならやりかねないと大地はぴんと来た。
「当たり前じゃないか。自分でまず体験しないとねえ。痛かったら大地にこんなことしないだろう?」
って……
「そんな問題かーーーー!」
洗面器を持って博貴を殴ってやろうと大地はしたが、当の博貴がウサ吉を盾にしているのでそれが出来なかった。
「……ウサ吉返せ」
「ええ~これから良いところなのに?大地も体験したらきっと止められなくなるよ」
にこにこと笑顔で博貴は言う。
「止められなくなるって……お前……まさか……頻繁にウサ吉で自分の身体を洗ってたとか言わないよな?」
顔を青くさせて大地は聞いた。すると博貴は大きく頷いた。
「……てっ……てめえのやってることは……動物虐待って言うんだよっ!」
今度は顔を赤くして大地は怒鳴る。
「……大ちゃん……おもしろいねえ。君の顔、青くなったり赤くなったりおもしろいよ」
「うるせええええっ!ウサ吉を返せっ!」
と、大地が手を伸ばすのだが、所詮博貴との身長差はかなりあるため、取り返すことが出来ない。
「虐待じゃないよ。ウサ吉だって気持ちよさそうな顔をしていたんだからね。嫌なら噛みついたり、けりつけたりするだろう?ウサ吉はいい子だからそんなことを一度だってしたことがないんだ。私の教育のたまものだねえ~」
博貴はきっぱり、しかも胸を張って言った。
「……お前がそう思ってるだけだ。違う。お前が餌付けしたからウサ吉は逆らえないんじゃないか!なんて酷い奴なんだっ!」
もう顔から湯気が出そうなほど怒鳴りながら大地は言ったが、当の博貴はこれっぽっちも堪えた顔をしない。それが余計に大地にはむかつくのだ。
「大ちゃん。ウサ吉でね、ここ洗うと気持ちいいよ~」
と、言って博貴はウサ吉を己の股下に向かわせ、ごしごしとウサ吉を動かす。
「うぎゃーーーーーーっ!何やってるんだよっ!そんな、きっ……汚いところをウサ吉で洗うなっ!」
大地が慌てて叫ぶと笑っていた博貴の顔がすっと平静に戻る。
「汚い?どうして?じゃあなにかい。私の汚いアレを君の中に毎日、毎晩つっこんでると言いたいのかい?君はそんな風に私の息子ちゃんを思っていたんだ。傷つくねえ……。悪いけど、この場所は何処よりも綺麗にしてるんだよ……ウサ吉で」
ウサ吉で……というところで博貴の口元がニヤリと歪んだ。
こいつ……
こいつ……
何、考えてるんだ?
普通するか?
ウサ吉で……
あそこ洗うか?
「お前、頭おかしいんじゃないのか!!いい加減にしろよ!ふざけんなーーー!」
きーーーーっと、頭に血を上らせて大地が怒ろうと、博貴は楽しんでいる。
「だからねえ……大地も経験すれば分かるって……」
ぐいっと引っ張られた大地は、タイル下に尻餅をついた。それを狙って博貴は上に乗ってくる。もちろん片手には、生きたスポンジと称するウサ吉を持っていた。
「嫌だっ!よせよっ!やめろよっ!」
大地が博貴に組み敷かれながらも身体をばたばたと振るのだが、がっちり腰元に座り込んだ博貴を押しのけることが出来ない。
「ほ~ら、大ちゃん。君の大好きなウサ吉スポンジだよ~」
「ひゃああっ!くすぐったいっ!」
胸の尖りをウサ吉の毛で撫でられ、大地は笑いが止まらなかった。
「やめっ……わはっ……あはははっ!くすぐったい~!」
頭では怒りで飽和しそうなのだが、敏感な部分をウサ吉で擦られると気持ちいいというよりくすぐったいのだ。しかも笑いは理性で止められるものではない。
「大地。喜んでいるじゃないか……」
くすくすと笑いながら、博貴は更に大地の脇の下や、首筋をウサ吉でなで回した。
「うっせーーー!止めろって……うはっ……ぎゃははははっ!」
駄目だ……
くすぐったい……
腹立ってるのに、怒鳴れないよ……
だってマジでくすぐったいんだもん。
「笑いを誘おうと思ってる訳じゃないんだけどねえ……」
ちょっと困惑した顔で博貴は言い、ウサ吉の動きを止めた。
「はーーっ……はーーーっ……脇腹が痛い……」
はっ!
俺……
今、何言った?
「脇腹が痛いのかい?」
仕方ないねえと言いつつ博貴は今度、脇腹をウサ吉でなで回してきた。
「やめっ……やめてくれよっ!わらっ……笑い死にするよっ!」
涙目になりながら大地は博貴に訴えるのだが、博貴はどうあっても止めるつもりがなさそうな笑顔を浮かべていた。
「当然、ここが一番の問題だからね……」
なにが?
問題だ?
大地は博貴の考えていることを一瞬で悟った。
「おい、よせよ……やめろって……」
冷や汗をかきながら大地が言うのだが、博貴はウサ吉をどんどん滑らせていく。
「駄目だって……ウサ吉ーーーー!」
もう終わりだと思った瞬間、博貴はウサ吉を大地の股間ギリギリのところで持ち上げた。
「うはははははは。大ちゃんおもしろい~」
ウサ吉がものであったら、床にばんばんとたたきつけていただろうというほど博貴はウサ吉を振り回して笑っていた。
「うさ……ウサ吉~!!」
空中でぐるんぐるん振り回されているウサ吉に大地は手を伸ばしながら半泣きだ。
「大ちゃん。君って本当におもしろいねえ……。本気で君のここを洗うわけ無いだろう?だって、ここは私のものなんだから……」
言いながら博貴は大地のモノに手を置いた。
「……ウサ吉……離せ」
「ちゃんと洗ってからね」
博貴は真面目な顔でそう言って、洗面器に湯をはると、それを大地の腹に置いてウサ吉を浸けた。
なんで……
こんなところに洗面器を置いてウサ吉を洗うんだよ~と情けなく大地は思っていたのだが、もうぐすぐすと鼻を鳴らすのが精一杯だったのだ。
「ほうらウサ吉、気持ちいいね」
ウサ吉は大地の方に顔を向けて博貴に洗われていたが、気持ちよさそうに目を細めて鼻をぴくぴくとさせていた。大地は本気でウサ吉のことを心配したが、ウサ吉本人?はあまり気にしていない様子で目を細めている。
なんか……
俺すっごい馬鹿みたい……
うう……
俺って……
思い切り博貴に踊らされてる?
「ウサ吉。綺麗になったねえ~。はい、ちょっとここにいてね。」
お湯を流した洗面器にウサ吉を入れたまま、それを脇にどけると博貴が覆い被さってきた。
「おい……おいおいおい。風呂場で何するんだよっ!」
「身体を洗うんでしょ?」
当然のように博貴は言い、ウサ吉とは違う本物のスポンジにボディソープをつけて大地の胸元を洗い出した。
「いいよ……俺はっ……いいって!!」
「だって大地。最近私とお風呂に入ってくれないからね。すねていたんだよ。私は……」
って……
いくつだよっ!
子供じゃないぞ!
「な、博貴……ウサ吉乾かさないと……ほら……濡れてたら風引く……ん……」
口元を掬われ、大地は言葉が途切れた。
舌をまず甘噛みされ、次に口内をくまなくなめ回してくる博貴は相変わらずキスも上手かった。そんな博貴に翻弄され、大地の頬が上気してきた。
「……っあ……駄目だって……やっ……」
さわさわと腰元をスポンジで撫でられて、大地の身体は仰け反った。すると目線に洗面器に入ってこちらをじっと見つめる黒い瞳と目があった。
ウサ吉……
ウサ吉が見てる……
「ぎゃあああっ!嫌だっ!嫌だって!ウサ吉に見られながらするのは嫌だっ!」
なんだが純な瞳を汚しているような気がして仕方ないのだ。もちろんウサ吉にはこちらが男同士で何をしているかなど全く分からないに違いない。
だが大地はこんな風に、視線を感じてセックスするのは嫌だった。
「ウサ吉は大人の勉強をしてるんだよねえ~」
な……
何が大人の勉強だ?
せ……
性教育とでもいいたいのか?
「何考えてるんだよっ!も……はなっ……っああっ……」
ごりっと敏感な部分をスポンジで押さえつけられて大地は喘いだ。スポンジは更に大地のモノを擦りあげ、下に付いている二つのモノも泡だらけにしていく。
気持ち悪いのだが、気持ちも良いという奇妙な感覚にとらわれながらも、まだある理性がウサ吉の瞳を気にしていた。
見てる……
見てるよ……
見てるーーーー!
「やだって……やだやだっ!ウサ吉見てるから嫌だっ!」
身体を更に動かそうとすると、博貴はスポンジを放り投げ、大地のモノをギュッと掴んできた。
「ひっ!」
「駄目駄目。もう私の方が限界なんだから……」
何が?
今度は何だよ?
チラリと博貴の股間を見ると、立派に反り上がったモノが見えた。
こいつ……
「どうしてこういう状況で勃ってんだよっ!」
信じられない……
ウサ吉が見てるのに……
見てるって言うのに……
大地は混乱しているのだが、博貴は興奮していた。
「大地……」
博貴の瞳はじっとこちらを見つめたまま動かない。
「大良……なあ……ウサ吉が……」
相変わらずウサ吉は洗面器の縁に顔を置き、じっと見ている。
「ただのうさぎじゃないか……だろう?」
博貴の足は大地の両足に絡み、身体がそのまま覆い被さってくる。ここまで来ると何を言っても止まらないことを大地はよく知っていた。
……嘘だ……
こんな状態で……
うう……
畜生……
と、思いながらも博貴の唇が胸元や腹を愛撫し出すと、身体が高揚し自分でもどうにもならなくなる。
ああもう……
畜生……
心の中ではこのやろ~などと考えているのだが、口元と同時に動かされる手の動きが大地の快感を高め、悪態もただの睦言になってしまうのだ。
気にしなければいいのだと、大地は目を閉じる。その瞼の上からも博貴は舌を滑らせて瞼の丸みを舐め上げてくる。
「……あ……」
大地のモノをゆるゆると上下にすりあげ、その間に何度も手の中にあるモノの大きさを確認するように握られる。快感はそこから上半身に伝わり、甘やかな刺激を脳に伝えた。
「博貴……っ……あ……」
両膝をがくがくとさせて大地は博貴の背に手を伸ばしてしがみつき、広い胸元に頬をこすりつけて声を上げる。
「ここ好きでしょ?」
くすっと小さく笑い、太股の付け根を親指の先で力を入れてくると、大地はきゅっと目と目の間に力を入れた。
「……あ……やだ……」
「ん?ここは?」
次に大地のモノを持つ手の方を動かし、指先で先端をくりくりと弄られると、背筋の痛みも忘れるほどの刺激が身体を覆った。
「あっ……あっ……あああっ……!」
「ここはボディソープで濡らしてみようか?」
余裕のなくなっている大地の耳に博貴はそう囁いて、ボディシャンプーを手に付けると大地の蕾に塗り込めだした。
「……冷たい……っ」
ひやりとした感触に気が付いた大地は喘ぎながら声を出した。
「ぬくもるよ……すぐに……」
ボディシャンプーのぬめりに助けられた博貴の指はすんなり内部に入ってきた。それは冷たい刺激を大地に伝えてくる。
「……あ……や……だ……ああっ……」
中に入った指は折り曲げられて内側の壁を擦りあげてくる。大地がいくら嫌だと言っても博貴は止めることをしない。実際は大地の方もこの状態で指を抜かれ、はい、これまで……と、言われることは望まなかった。
ここまで来たのだから最後まで……
大地は甘い刺激に翻弄されながらも、心の隅でそう考えていた。
「ここも好きだね?」
ギュッと指が届く最後の地点を擦られて大地は嬌声を上げた。
「あっ……あああっ……ひろ……っき……」
腰から下の感覚がいつの間にか無くなっている。快感だけだ支配する己の身体が、理性の制御を離れているのだ。
「……ほら……ほらね……」
ぐりぐりと何度も内側を弄られて、荒い息に熱がこもる。身体の方はもう博貴のモノを受け入れたがっているのだ。それがわかるように大地の内側は博貴の指をくわえ込んで離そうとしない。
ああ……
も……
「入れて……くれよ……っ……」
目には快感の涙を浮かべ、大地は吐息と一緒にそう吐きだした。
「もういいの?」
問われた言葉に大地は小さく頷くと、なにやら鼻の頭にふわふわとしたものが当たった。
あれ……
なんだ?
目線を自分の胸元に向けると、ウサ吉がいつの間にかそこに登り、こちらに尻尾を向けた状態で博貴を見上げていた。
鼻は相変わらずぴくぴく動かしている。
ぎゃ……
「ぎゃあああああっ!う……ウサ吉がっ!ウサ吉がっ!」
急に現実に引き戻された大地はウサ吉の尻尾に向かって叫んでいた。するとウサ吉がチラリとこちらを振り返ったが、また博貴の方に視線を戻して「ヴヴヴ」と鳴いた。
「やあ。ウサ吉。大地を虐めてる訳じゃないよ。ほら~私たちは愛を語らっているんだ」
不思議そうに博貴を見上げているウサ吉の頭にキスを落とす。
「……いやだ……こ……こんな状態で……お……お前入れるなよ?」
恐る恐る大地が言うと、博貴はにんまりと笑った。
「君ね、こんな状態で止まれという方が間違いだと思わないかい?」
と、同時にぐいっと一気に奥まで博貴は己のモノを大地の狭い中に突き入れてきた。
「ひっ……やっ……ああっ……ば……馬鹿野郎っ!……くっ……あああっ……」
入れたと同時に腰をグラインドさせる博貴に悪態を付くのだが、快感を感じている大地には説得力がない。だが、その大地の胸元にしっかりと居座っているウサ吉はゆれる地面から落ちないようにと踏ん張っていた。
「ヴヴヴヴヴ」
大地の胸で揺られながらもウサ吉は博貴に向かって鳴いていた。
「……な……なんで……ウサ吉鳴いてるんだよ……」
快感に身を任せながらも、気になるウサ吉は可愛らしい尻尾を左右に振っている。
「さあ……本人も喜んでるんじゃないのかい?」
なんか……
なんかおかしいよなあ……
俺……
一体何やってるんだろう……
風呂場で……
しかもウサ吉付き……
僅かに残る理性がふとそう考える。だがこの状態で真剣に何かを考えることは不可能に近い。
「……あっ……ああ……博貴……っ」
博貴の腕を掴み、感極まった声を上げた大地にウサ吉がまた振り返る。
「ヴヴヴヴ!!」
ウサ吉は甲高い声で鳴き、足を踏みならし、裏側にある柔らかな肉球は大地の胸の尖りに触れて刺激をもたらした。
「……駄目だ……っ……ウサ吉……そんなところで……動かないでくれよ……っ!」
涙目で大地が叫ぶと、ウサ吉はこちらを見て「ヴヴヴ」と、鳴く。何が言いたいのか、全く大地には分からない。ただこの状況を楽しんでいる博貴の楽しそうな表情だけが恨めしく思えた。
「……ひ……博貴っ……ウサ吉……どけてくれよ……駄目だ……」
途切れながらもようやく大地は言ったが、博貴は顔を縦に振ろうとはしなかった。
「……ん?どうして?良いじゃないか……ウサ吉も楽しそうだしねえ……」
「……あ……も……お前……最低……っ……や……っ」
急に腰を突き入れられた大地は身体を仰け反らせ、同時にずり落ちてくるウサ吉の尻尾が鼻にかかる。ふわふわした毛に大地はしゃみが出そうだった。
「……は……鼻がっ……くすぐったい……っ!」
顔を左右に振ると、ウサ吉はまたよじよじと大地の胸の辺りに移動して居座る。
「……大地……お笑いセックスじゃないんだから……集中してくれないかな……。上から君を見ていると、百面相をしているみたいだよ……」
笑いを堪えたように博貴は言うのだが、大地にするとこんな状態で入れることの方が信じられない。
「お前がっ……悪いっ……ひっ……あっ……あっ……!」
何度の腰を突き動かされ、大地は身体を走る快感を全身で感じながら声を上げた。荒くなっている博貴の呼吸も間近に聞こえ、耳元を掠める。そんな僅かな音ですら大地の身体を熱くさせた。
「……あっ……ああ……い……良い……」
ポイントを突いた博貴の動きに、大地は自分からも両足を絡めると、上下する動きにあわせて自らも腰を振った。
「大地……愛してるよ……」
遠くに博貴の告白を聞き、応えるように頷きながら、快感を貪った。
事が終わり、それでもまだ大地の胸元に居座るウサ吉を後目に、博貴は真横に寝そべっていた。風呂場にも暖房が入っているために寒くはないが、いつも抱き合って余韻を楽しむ二人であったから、大地には何となく物足りなかった。
「ヴヴヴ……」
満足げな顔で大地の隣に身体を伸ばす博貴に、ウサ吉はまた何か言いたげな声を上げている。だが博貴はそんなウサ吉を無視して大地に言った。
「大ちゃん~おいで」
片手を上げて、腕の中においでと博貴は誘っている。だが胸元にどっかり座り込んでいる小さなウサ吉を払いのけることが大地には出来なかった。
「俺……動けないよ……からだ痛いし……。お前がこんなところでやるから、タイルで俺の背中は散々擦ってるんだからな……」
言って大地はウサ吉の頭を撫でた。すると丸い瞳が細くなる。
「……私が擦ったのは大地の中だろう?」
「エッチい事ばっかり言うな。……ったくもう……」
はあとため息をつき、大地はウサ吉を撫でていた手を離してタイルにのばした。今はもう何もせずに身体を横にして、余韻を味わうように目を閉じていたいのだ。
「大地~」
博貴が不満げに大地の腕を掴もうと手を伸ばした瞬間、ウサ吉が噛みついた。
「あいたっ……!」
「ヴヴヴヴ……」
ウサ吉はまた足をうち鳴らして、博貴に向かって鳴いていた。
「……大ちゃん……ウサ吉に噛まれたよ……」
「……え?嘘だろ?ウサ吉はそんな凶暴じゃないぞ。嘘を付くなよ……」
閉じた目を開けて大地は博貴の方を見る。すると手を振り、大げさに息を吹きかけていた。
「ほんとだって……」
「……お前の嘘はたちが悪いからなあ……」
「大地って私の言うこと全部嘘だって思ってないかい?」
ややムッとした表情で博貴が言ったが、本気で気分を害しているわけではないことを大地は知っていた。
「思ってるよ……。ウサ吉のこと悪者にしようとするな……」
「うわあ~。酷いねえ……恋人に対してそれはないだろう……。ほら、もう一度手を伸ばしてみるから……」
そおっとのばされた博貴の手が大地の腕を掴もうとした瞬間、ウサ吉は白い歯をむき出して、噛みつこうと顔を近づけた。だが、博貴の方はウサ吉に噛みつかれそうになった瞬間手を引っ込めた。
「ほらっ……ほら、ほらね」
「……ほんとだ……どうしたんだろう……」
ゆるゆると身体を起こすと、胸元にいたウサ吉がずるずると腰元までずり下がる。だが下にたどり着くまでにウサ吉はタイルに降り、また博貴に近づいて「ヴヴヴ」と鳴いた。
そんなウサ吉に博貴は困惑した表情をしている。
もしかすると……
俺が虐められてると思ったのかな?
そうかもしれない……
「ウサ吉~お前は良い奴だ~」
博貴を威嚇しているウサ吉を抱き上げて大地はまだ濡れているウサ吉の頬に鼻をこすりつけた。
「……大ちゃん……何、一人で納得してるんだい……」
まだ理由がよく分からないのか博貴だけが不機嫌そうに言った。
「え、ウサ吉は、お前が俺を虐めたと思って守ってくれようとしてるんじゃないか~なんて可愛い奴なんだ~。そうだぞ。あいつは悪い奴なんだからな……」
「……ちょっと大ちゃん……君だった楽しんだのに、それはないだろう?」
「お前が勝手に盛り上がって俺を押し倒したんだからな」
「……それはないだろう……。ねえウサ吉……」
といって博貴がのばした手に再度ウサ吉が噛みついた。
「あいたっ……参ったねえ……」
苦笑する博貴とは対照的に、ウサ吉奪還成功~とほくそ笑んだ大地であったが、これで本当に良かったのかなあ……という気持ちもあった。
ま、いっか……。
何か誤解しているウサ吉がこれからどういう態度に出るのか、大地は問題の重大さに今は全く気付かなかった。
―完―
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