Angel Sugar

「最悪な午後」 (キャラ別ショート)

タイトル
 私はアフガンハウンドのアル。顔立ちは貴族を思わせるような上品な顔立ちをしており、鼻は長く全体的にスレンダーな身体だ。それを覆う白っぽい体毛には黄金色が混じっている。
 アフガンハウンドの毛色は様々だ。どんな色も許されるが、胸元に基本体毛と違う白い毛などがぽつりと混じっていると格が落ちる。だが私は元々全身が白っぽく、場所によって色が違うと言うことが無いため、同じ種類の中でも格が高い。
 気持ちのいい日だ……
 お気に入りのベランダで、私は緩やかにそよぐ風を身体に感じながらそこから見える景色を眺めていた。
「アル……機嫌が良さそうだね……」
 そこにご主人様の恋人であるトシがやってきた。手には犬専用のブラシを持っている。多分、私の身体を綺麗に梳かし付けてくれるつもりだろう。
 私はブラシで毛を撫でて貰うのが好きだった。
「おいでアル……綺麗にして上げるから……」
 言われる前に私はトシの方へ近づき、嬉しさを現すように尻尾を振った。
 まず、トシは私の頭の上から耳にかけて毛を梳かしてくれた。最初は引っかかりを見せていた毛であったが、何度か梳かされるうちに毛が解れ、引っかかることもなくなった。
 アフガンハウンドは毛が細く、そして量が多い。一日でも手入れを怠ると毛が絡まって団子状になったり、毛が密集したまま蒸れ、そこから皮膚病になったりするのだ。
 幸い私は身体に団子を付けた情けない姿をさらすこともなく、もちろん皮膚病になったこともない。それはご主人様がまめに手入れしてくれるからだ。こればかりは私も自分で半出来ない為に人にして貰うしかなかった。
 気持ちいい……
 身体をブラシで撫でられ、私は満足げに鼻を鳴らした。
「恭眞っ!ちょっと!」
 私の身体にブラシを入れてくれていたトシがいきなり声を上げてご主人様を呼んだ。何かあったのだろうか?
 私は怪訝な顔をトシに向けたが、トシはご主人様が来るまで何も言わなかった。
「どうした?」
 トシの声を聞きつけたご主人様がベランダにやって来た。
「ねえ……アルを美容院に何時連れていった?」
「そう言えば暫く忙しかったから連れていっていなかったな……トシの言いたいことは分かるよ……」
 私を眺めながらご主人様は苦笑してそう言った。
 何が問題なんだ?
 ご主人様の顔とトシの顔を交互に見たが分からない。
「アルの毛……カットして貰わないと、これじゃあモップだよ……」
 も……
 モップーーーー!
 むっかーーーー!
 ムカムカムカ……
 トシがそんなことを言うなんて私は信じられなかった。
「はは……そうだな……だがアルはそう言われるのが嫌いなんだ……」
 腹がたった私は思わずご主人様とトシに向かって吠えていた。私はモップと言われるととても不愉快になるのだ。
 もう随分前の話になるのだが、いつものように私はご主人様とともに散歩を楽しんでいた。そこに通学帰りの子供達が数人通りがかり、私に向かってこういった。

「ねえねえ、みてみてあの犬、手足モップみたい~あはははは」
「あ、ほんとうだ。モップだモップ!ダスキン犬だーーー!」
「やーい、やーい!モップモップーーー!」

 あの時はモップとは何か、ダスキン犬とはなんであるのか全く理解できなかったのだが、馬鹿にされたことだけは分かり、子供が嫌いになった。
 だがその後、うちに帰ってからご主人様がリビングにあったものを手にとって私に向かって言ったのだ。
「本当だ。アル、お前は確かにモップに似ているな……」
 黄色い毛糸を束ねたようなそのモップというものを私は初めて認識した。その事よりもモップと言うものは机や床などの埃を取る掃除用具だと知り、どれだけ腹が立ったか思い出せないほどだ。
 あの後、私はモップを無茶苦茶に歯でちぎった覚えがある。あれからモップの姿をこのうちでは見ない。きっとご主人様も分かってくれたのだろう。
 言わせて貰おう。私の何処を見たらモップなのだ。これだけ美しい毛を持っている犬は滅多にお目にかかれない筈なのだ。それがどうして掃除用具に見えるのか、私はその理由の方が聞きたい。
「あ、そうだったの。アル。御免ね。悪気はなかったんだ……」
 申し訳なさそうにトシがそう言った。
 いや……
 いいよ分かって貰えたら……
 少しだけ自分もモップに似てるなあ……なんて思ったこともあったのだから、ここは心を広くしてトシを許すことにした。何より私はトシが大好きなのだ。嫌われたくない。
「……まあ……確かにすごい毛になってるな……。だが、今日は行きつけの動物美容院が休みなんだ……。仕方ないな……」
 そう言ってご主人はうちに引っ込み、暫くするとまた戻ってきた。手には動物用のはさみを持っていた。
「私が切ってやろう……」
 嬉しそうなご主人の顔だった。
「ええっ……恭眞そんなこと出来るの?」
「なせばなる」
「ならないと思うけど……」
 二人の会話を聞いて私は恐くなった。何かとても恐ろしいことをされそうな気がしたのだ。
「だがこのままではあちこち毛を落としてかなわない。美容院に連れていくまでの暫定的な処置だ。たくさん切りはしない。頭の毛と足下を少し切るだけだ」
 ご主人が驚いた顔でそう言った。
 まあ……
 そのくらいならいいか……
 確かに最近歩きにくかった。
 私は納得してご主人様に身を任せることにした。何よりご主人様は私をとても可愛がって大事にしてくれるのだ。滅多なことにはならないだろう。
 だが……

 チョキチョキ……
 チョキチョキチョキ……
「くすくす……くすくすくす……」
 毛をご主人様が切る度に側にいるトシが笑う。
 なにやら嫌な予感がしたが、切ってくれているご主人様は真剣そのものの顔だ。
 チョキチョキ……
 チョキチョキチョキ……
「恭眞……か……可哀想だよ……」
 笑いながらトシはそう言ったが、それは変だろう。可哀想という言葉と、笑うという行為がどうして同時に成立するのか私には分からなかった。
「……いや……なんだか……切れば切るほどバランスが悪くなってな……」
 ポソポソと足下に落ちていく毛は塊で落ちていた。
 私は一体どんな切り方をされているんだ?
 ここには姿を映す鏡はない。だから自分の姿が確認できないのだ。だが考えていたよりも大量に落ちる毛を見ているとだんだん不安になってきた。
 冷や汗を流すことが出来たのなら、私はきっと流していたに違いない。そう思うほど、足下に落ちていく毛の量が多い。
 その上更に恐ろしいのは、なにやら頭の上がすーすーしてきたのだ。
「も……そ、その辺にしてあげたほうが良いって。取り返しがつかなくなっちゃうよ……」
 笑いながらもトシはそう言って私の身体をご主人から庇うように自分に引き寄せた。
 なんだ……
 そんなに酷いのか?
 じーっとご主人様の顔を見ると、明らかに笑っていた。
 ……
 一体……
 私は……
 何をされたんだーーー!!
 耐えられなくなった私はそこから駆けだし、姿見のある部屋へと走り込んだ。
 ドキドキ……
 ドキドキドキドキ……
 恐る恐る私は鏡を覗き込み、自分の姿を見た。
 がーーーーん……
 がーんがーん……
 更に、がーーーーーん……
 なんだこれはーーーーー!!
 私は禿げ鷹宜しく、首から上の毛がほとんどなくなっていた。
 はっきり言おう。
 これは醜い。
 醜い……醜いーーーーー!!
 正直に言おう。
 これは酷い。
 酷い……酷いーーーーー!!
 私は高貴なアフガンハウンドだっ!
 毛が……
 毛が重要なんだーーーー!
 しかもあちこち切り損じた不揃いの毛がぴょんぴょんと逆立っている。
 これではお笑い犬じゃないかーーーー!
 酷いっ!
 酷すぎるーーー!
 あまりのショックに姿見を見たまま私が凍り付いていると、後ろで笑う声がした。口を開けたまま振り返るとご主人様が笑っていた。トシは逆に可哀想に……という表情で私を眺めていた。
 う……
 ううううう……
 わんわんわんわんわんわん!!
 私はご主人様に抗議の声を上げた。
 どうしてくれるんだっ!
 こんな頭で私は外になど出られないぞ!!
 どうしてくれるんだっ!
 こんな顔をユウマに見られたら、余計に私は嫌われてしまう!
 振られたら、ご主人の所為にしてやるっ!
「恭眞……笑ってないでなんとかしてやらないと、本当に可哀想だって……。ほら、犬ってさ、汗腺が無いから毛って重要なんだよ。こんな頭で暑い外にはつれていけないよ……」
 トシがやや困ったようにそう言った。
「……そうだ……そうだった。悪いアル。すまん。素人がこんな事をするから失敗するんだな……。もう絶対しないから……許してくれるか?」
 わんわんわんわんわんわん!!
 ゆーるーせーるーかーーーーー!
 毛はすぐに生えてこないっ!
 どうしてくれるんだっ!
 私のプライドはガラガラと音を立てて崩れていった。
「恭眞……駄目だって」
「仕方ない……カツラでも買ってくるか……」
 私はそのご主人様の一言に喜んで良いのか悲しんで良いのか分からなかった。
 それよりも、ただひたすら頭が寒かった。

―完―
タイトル

この後本当にカツラ買ったのでしょうか? しかし……しばらくかなり寒かったんじゃないかなあ……アル。とりあえず、帽子は買ってもらったようです。でもかなり可哀想な話しになったのかもしれません(笑)。

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