Angel Sugar

「恐怖のホームページ」 (感謝企画)

タイトル
 急ぎの結果報告の書類があり、恭夜は久しぶりに警視庁に来ていた。そこで、自分の用事を済ませて、なんとなく捜査一課の方へ足を向ける。
 からかってやろうと考えていたわけではなく、単に利一がいたら声でも掛けて帰ろうと思ったのだ。もちろん、一課は忙しく大抵人がいないため、期待はしていなかった。
「あれ、珍しい。いるんだ……」
 恭夜の声に利一の顔が上がった。机に広げた報告書の山が、聞かなくても何故利一がここにいるのかを物語っていた。
「珍しいですね。恭夜さん。千葉からわざわざ来たんですか?」
「千葉言うな。俺だってもっと都会に科警研があって欲しいよ……」
 千葉とは言え、別に田舎に科警研が建っているわけではない。一応、周囲はそれなりの施設が建ち並んでいて、新宿とは張り合えないだろうが大宮くらいとなら張り合える筈だった。ちなみに駅前のみの話だ。
「急ぎの書類を持ってきたんだよ。サンプル付きだったから、人の足の方が信頼できるって事だろ。宅急便を使えよな……」
 とはいえ、時間便で、しかも当日していのものはかなりの金額を請求される。しかも、もし輸送事故などあれば、保険で取り戻せないものを恭夜は扱っているのだ。恭夜が扱うものは証拠物件であり、裁判でも有効な、決して失えないものだった。
「経費削減ですから……」
 小さく笑って利一は手元に広げた書類を重ねていた。そろそろ終わる頃なのだろう。
「メシでも一緒にどう?俺、昼飯食って無いし……」
「私、もう少ししたら新宿の捜査本部に行くんです。済みません」
 申し訳なさそうに利一は言った。
「……だよな~お前らが暇だって言うの聞いたことねえし……そか。んじゃ、俺、久しぶりにここの食堂で飯食ってから帰ろうかな……」
 思案しながら視線を彷徨わせていると、利一が何故か綺麗にした机にパソコンを置いて立ち上げた。
「お前さあ、俺の飯断ったくせに、なにくつろいでるんだよ」
「いえ……その。ちょっと思い出したことがあって……」
 画面が立ち上がるのをじっと見つめて利一は、言葉を濁していた。
「なんだよ……思い出した事って……」
「思い出すっていうか……」
 チラチラとこちらを窺いながら利一は言う。だが、肝心なことが分からない恭夜は苛々してきた。こんな風に言葉を濁されるのが嫌いなのだ。なのに、ジャックはいつだって恭夜には本当のことを言わない。そのおかげで、言葉を濁す相手には「馬鹿」と言われるより腹立たしく思うのだ。
「はっきり言えよ」
「知ってしまったというか……」
 何故か利一はため息をつく。
 このまま帰ると気になって今晩寝られない。
「だから何だよっ!」
 恭夜が怒鳴るように言うと、利一は真っ直ぐこちらを見据えて深呼吸をすると、ようやく口を開いた。
「恭夜さん。ジャックさんがホームページ持ってらっしゃる事ご存じですか?」
「え?しらないけど……あいつそんなもん作ってるのか?」
 最近、書斎にこもることが増えたため、仕事だと思っていたが違ったのだ。
「はあ……やっぱり知らなかったんですね」
「もしかして……人に言えない様なホームページとか?」
 想像が付かないのだが、恐ろしいに違いないと本能で恭夜は悟った。なにより、利一がこれほど言いにくそうにしていたのだ。もしかすると口では言えないような恥ずかしいものを作っているのかもしれない。
「内容は……その。真面目なものですよ。だってFBIからもリンクされているようですし……交渉人としての豆知識みたいな感じですって。一般の人は入られないようになっていて、パスワードがないと入室出来ないんです。あちらの友人に聞いたら、今まではクオンティコが移動教室として開催していた授業内容なんかを公開しているそうですよ」
 べらべらと、今まで言い淀んでいた男が急に話し出したことで恭夜は不審に感じた。問題が無いのなら別に言いにくそうにする訳など無い。
「それだけじゃないだろ」
 ジロリと恭夜が睨むと、利一は大げさに「ええっ!分かりましたか?」と、言う。いかにもその態度は馬鹿にしている。
「……俺のことからかってないか?」
「私は見たことが無いんですが……友人が言うには、コンテンツに不似合いなものがあるらしくて……」
「不似合いなものって何だよっ!」
「恭夜さん、怒りません?」
 下から覗き込むように利一は言う。
「怒らないから言えよっ!」
「え~なんか、怒りそうですよ~」
「怒らないって言ってるだろっ!」
「……そうですねえ……」
「もったいぶるんじゃねえよっ!言えっ!言えって」
 利一の胸元を掴んで恭夜は揺さぶった。
「く、苦しいです……恭夜さんっ!」
「お前がっもったいぶるからだろっ!」
「い……言いますから……手を……離して下さい」
 と言って、恭夜の手を掴んできた利一の力は尋常ではなかった。
「あいたたたたたた……」
「痛いんですよ。もう……いい加減にして下さい」
 利一は笑っていたが、目は怒っている。
「悪かった……悪かったって……手……手離してくれよ……」
 恭夜が情けない声を上げると、利一はスッと手を引いた。あのクーパーですら利一は簡単に追い出したのだ。それを恭夜はすっかり忘れていたが、決して忘れてはならないのだろう。利一は可愛い顔で騙されるが、馬鹿力がある。
 兄貴もこの力で羽交い締めにされてたりして……
 実は尻に引かれているのかも……
「なに、笑ってるんです」
「え、別に……じゃなくて、何だよ~教えてくれよ。頼むから……」
 こうなったら拝み倒すしかない。そう考えた恭夜は手を合わせて利一に頼み込んだ。
「大したことじゃないんですって。なんでも……」
「なんでも?」
「ハニーズルームっていうのがあって……」
 はにーずるーむ……って?
「まさか?」
「ええ、見た人が言うには、私の目の前にいる人の写真が沢山飾ってあるとかないとか……あ、でも、プライバシーの保護とかなんとかで、目のところ黒く横線引いてありますから大丈夫でしょう」
 私の目の前って……
 俺だよな?
 写真って……
 目のところが黒いってなんだ?
 犯罪者じゃねえか~!
 ちがーーーーーーう。
「なんだよそりゃあああああ……」
「愛されちゃってますね」
 と、利一はにっこり。
「違う……違うだろう?ていうか、お前、見たんじゃねえのか?」
「見てませんよ。日本の警察だって見られませんって。あれはFBIの企画でしょう?」
 手を振って利一は否定したが、どうも怪しい。
「クワンティコじゃねえのか?」
「そうですけど……」
「お前、今、FBIって言ったよな?」
「リンクでした」
「そうじゃねええええ……!」
「はい。ジャック先生のホームページです」
「俺の企画になってるんだろっ!」
「違いますよ。ネゴシエイターのホームページですよ」
「何で俺がいるんだよっ!」
「知りませんよ……」
 プイと明後日の方向を向いて利一は面白くなさそうに言う。なんとなく遊ばれているような気がしたが、それどころではなかった。
 ジャックが立ち上げているというホームページをこの目で見なければ納得できないのだ。見たところでショックを受けることは分かっていたのだが、それでも知ってしまったのなら見るまでここから離れることなど出来ない。
「見せろよ、そいつ。……だから立ち上げたんだろうっ!」
 パソコンを指さして恭夜が言うと、利一はキーを叩いた。
 最初から見せるつもりだったのだろう。
 何処までもむかつく利一だ。だがここで怒鳴りつけると、機嫌を損なってキーを叩く手を止めてしまう筈だった。
 恭夜は見てから怒鳴ることにした。
「あ、これこれ。これですよ。私は友人にパスを教えてもらったんです」
「え、あ……」
 考え込んでいた所為で、画面が切り替わっていたことに気が付かなかった。
 ジャックの作っているというホームページは濃い青を基調にされていて、薄い灰色の文字の英語が並んでいる。色々専門用語が書かれているために、恭夜にはよく分からなかったが、パッと見た感じはごく普通のサイトに見えた。
「こうやってみると普通なんですが、問題の場所はこの……ずーっと下に降りたところにあって……」
 利一はカーソルを下にドンドン下ろしていく。画面にある文字はそこにはなく、空白が続いているのだが、一番下に小さな点があり、それを利一はクリックした。
 すると画面が、濃い紫の壁紙が敷き詰められた場所にとんだ。
「……ぎゃ……ぎゃあああああっ!」
 ど真ん中に自分の写真が飾られ、ハニーズルームと書かれたロゴが黄色で光っていた。写真はいつ撮ったのだろうか全く分からない正面を向いている顔で、ご丁寧に目の部分に黒い線が入っていた。
「見ない方が良いと思ったんですけどね……」 
「これじゃあ、俺、犯罪者じゃねえかーーーーー!ち、違うけど……そうじゃねええ~俺、なんでこんなところに飾られてるんだよ~!」
 恭夜はショックで穴という穴から血が噴き出しそうだった。
「……何千ドルとか書かれているとまさにそんな感じです」
 しらけたような声で利一は言った。
「おい、おいって、これなんとかしてくれよ!」
「そんなの、私に出来る分けないでしょう」
「じゃあこのままにしとけって言うのか?」
 涙が出そうだった。いや、恭夜は既に涙ぐんでいた。ただ、自分で気が付かないだけだ。
「それより問題はここにある日記ですよ。ここね、基本的に日記サイトみたいなんです」
「読んでるんじゃねえよおおおおお!」
「……だって、気になるじゃないですか……」
 なにが?
 何が気になるんだ?
 俺達の性生活が気になるのか?
 そんなものがあるとはいくら何でも思わないけど……
 じゃなくて。
 おまえ……
 それはただの野次馬だぞ?
 にこやかな表情の利一の隣で、恭夜は呆然とするしかなかった。これをどう受け止めていいのか、判断が付かないのだ。
「ほら、何月何日何分のハニー……て、ずらあああっとあって、これ、全部リンク張ってあるんですよ~一つ見てみます?」
 ……
 きゃーーーーー!
 恭夜は女性のように内股になって叫びたい気分だ。もう散々叫んでいるが、それでもたりない。
「これなんかいい感じでした」
 全部見たのかーーーー!
 みーたーのーかーーー!
 お前……
 それは反則だーーーー!
 あまりのショックに声が出せず、口だけをぱくぱくとする恭夜を後目に、利一は八月十日をクリックした。
「よせ……よせってーーー!……あれ?」
 くつろぐハニーと題名がついていて、煙草をすって不機嫌そうにソファーに座っている自分が飾られていた。しかも腹を掻いている自分がそこにいる。
 エッチな写真も困るが、これはこれで恭夜は嫌だった。
「は……恥だあああああ……!」
「これの何処が可愛いんですかね。こんなのばっかりですよ。ほんと、恋は盲目とはよく言ったものです……」
 感慨深げに利一は言う。
「俺が知るかっ!ていうか、こんなのばっかりって……見るなよ~!」
 そうするとリンクの張られた先には、恭夜が見せたくないようなだらしない格好をしている自分の画像があるに違いない。もちろん全部確認する気は無かった。
 これ以上頭が変になりそうなものは見たくないと思うのは当然だろう。
「……見ちゃった後で後悔したんですよ。ここまで来るとストーカーも真っ青ですよね」
 あははと、恭夜のショックなど全く分からない様な笑い声を利一は上げた。
「何とか出来ないのかよ~……これ」
「だから、私にはどうにも出来ませんよ。恭夜さんがジャック先生に止めるように言えば良いんでしょう?」
「あいつは誰の言うことも聞かねえよっ!そんなのお前だって知ってるだろ!」
「知ってますけどね……」
「あ、ここに BBSがあるぜ。お前が書き込みしろ、書き込み。こういうプライバシーの損害は法律違反だって」
「プライバシーの侵害でしょう?」
「損壊でも損害でも侵害でもなんでもいいよ。書いてくれよ~」
「恭夜さんが書いたら良いじゃないですか……私は別に被害は被ってないんですし……」
「俺が書いたら絶対文章の感じであいつにばれるだろ!ジャックってそういうの得意なんだから……。ていうか、お前、デカだろ?一市民が助けてくれって言ってるんだから助けろよ」
「私は殺人課です。サイバーテロ課の方に回って下さい」
「そんな冷たいこと言わずに書いてくれよ~」
 また手を擦りあわせて恭夜は頼み込んだ。もう、こうなったら利一に頼るしかない。
「……一言だけですよ」
 困ったような顔をしながらも利一は書き込みをしてくれた。

HN 孤島にいるおせっかい
これはプライバシーの侵害になるんじゃないでしょうか?ご本人の了解をとったとしても画像をネットにおくべきものではないと思います。

「悪いな~」
「……これで収まると思わないんですが……」
「あ、俺、このサイト書いて持って帰ろう。パスも教えろよ」
 恭夜がポケットから手帳を取り出そうとすると、利一が小さな声で叫んだ。
「どうしたんだよ」
「れ……レスついてます」
 本当に驚いた顔で利一は言った。
「げ、あいつ……仕事しろよ~なにやってるんだよ~」

HN J管理人
プライバシーのなんたるかを知らない人間に語られたくはない。

 恭夜と利一は顔を見合わせて青くなった。
「どうしましょう?」
「放置したほうがいいよ」
 嫌な過去を思い出して恭夜は言った。
「でも……私。こういう尊大な方、ものすごく反論したくなるんです」
 涼しい顔をしながらも利一が何かに燃えているような感じがしたが、そんな風に見えたのは一瞬だった。
「俺……昼飯いいわ……もう帰るよ。一応サイトの方は控えて置くけど……もう、見る気もねえ……見たら嫌な気分になるし……」
 見つけたものだけでもショックだったのだ。知らない振りをした方が良いのか、ジャックを問いつめた方が良いのか自分でも分からない。
「私も……捜査本部に行かないと……」
 利一は慌ててパソコンを閉じると、上着を羽織り恭夜よりも先に一課を飛び出していった。それを見送りながら、恭夜は小さくため息をついた。



 科警研に戻り、恭夜は暫く仕事をしたものの、例のホームページが気になって、誰もいないことを確認してから課にあるパソコンからアクセスしてみた。
 な……
 なんじゃこりゃああ……
 悪夢再び!
 ほんの数時間前、利一の書いた書き込みが既に何枚も後ろのページになっていて、いつの間にかプライバシーについて……の討論になっていた。
 しかも分刻みで書いているのだから恐ろしい。
 隠岐……
 おまえ……
 仕事は?
 やってんのかーーー!
 死体を放っおいて、書き込みやってんじゃねえぞ~!
 それより……
 こ、怖いよあんた達……
 二人の言い分にゾッとしたものを感じた恭夜はすぐさまサイトを消した。以前、学んだように履歴も消す。
 こわ……
 こえええ~
 もう俺は知らない。
 忘れる……
 恭夜は自分にそう言い聞かせて仕事に没頭することにした。だが、仕事が終わる頃、また例のホームページが気になった恭夜は、これが最後だと思いつつ、またサイトを覗いてみた。
 増えてる……
 また……
 増えてるーーーー!
 何やってるんだよ隠岐っ!
 だが、よくよく増えた書き込みを読んでみると微妙に言葉が違っていた。利一と同じHNではあったが、どうも数名でジャックに対抗しているようだ。
 もしかして……
 あいつ……
 自分の友達にも協力してもらってるとか?
 隠岐ってそんな、勝ち負けにこだわる奴だったっけ?
 ……
 兄貴混じってるとか?
 ……ひ……
 ひーーーっ!
 このページ兄貴に教えたのか?
 真っ青になりながら、恭夜は利一の携帯に電話を入れた。本気で止めて欲しいと思ったからだった。
 利一が頼める相手を想像すると、どう考えても最初に出てくるのは自分の兄だったからだ。それはあまりにも恥ずかしい。いや、腹が立つ。
 ただでさえ、幾浦はジャックを毛嫌いというか、気に入らないと言うか、とにかくそりが合わないのだ。こんなホームページを持っていることを知った幾浦に、今度会ったとき、何を言われるか分からない。
「隠岐……あ、俺。お前……何、書き込み続けてるんだよ!もしかして……なあ、信じられないんだけど、誰かに頼んでないか?」
『あ、済みません。私、今、現場に出てるんです。後にして貰えませんか?』
 バックにパトカーの音が入っていたが、今の恭夜の問題はそんなことではなく、利一が誰に頼んだか……だった。
「だから……誰に頼んだって聞いてるんだよっ!」
『貴方のお兄さんしかいないでしょう?あともう一人友人に頼みました。と言うわけで、また後で……』
 ぷちっと向こうから切られた恭夜ではあったが、すぐに現実に戻ることが出来なかった。
 今、利一は何を言ったのだろうか。
 貴方のお兄さんしか…………
 ぎゃああああっ!
 俺……
 俺が悪いのか?
 ど、どうするんだよ。
 誰もいない場所でキョロキョロしながら、恭夜はしてもいない万引きが見つかったような気持ちになっていた。
 これはもう、ジャックに言ってやめてもらうしかない。
 そう思った恭夜は意を決すると早々に自宅に足を向けた。
 
 家にたどり着いた恭夜がまずしたことはジャックを探すことだった。だが、探すまでもなく問題の男はリビングでモバイル片手になにやら熱くなっている。
 恭夜が帰ってきたことも気付かないのは、未だ続いているプライバシー論争に嬉々としているからだ。
 なんて言ってやめさせるんだよ……
 廊下からジャックの様子を窺いながら、恭夜は作戦を練ることにした。普通に言っても聞かないのがジャックだ。
 だったらどうする?
 どーすんだよーーーーー!
 可愛く頼み込むしかないのか?
 俺に……
 そんなのできっこねえよ!
 ……
 いや……
 やるしかない。
 この恐ろしい事態を誰が見ているか分からないのだ。
 しかも巻き込まれている自分の兄が今頃眉間に皺を寄せて悪態を付いていることすら想像しなくても鮮やかに心中に描ける。なにより、何も知らずに巻き込まれている約一名にも申し訳ないと思うのだ。
「ジャックっ!」
「ああ、帰ったのか……」
 こちらを見ずにジャックは言う。
「お願いが……あるんだけど……」
「……ん?」
 ようやくモバイルから顔を上げてジャックはこちらを見た。
「あの……あのさあ……俺……あんたのホームページを見つけたんだけど……」
 恭夜が恐る恐る言うと、ジャックの片眉が上がった。
「お前が見られる訳など無いだろう?」
「……ちょ、ちょっとした……偶然でさ……あの……じゃなくて……俺……俺が飾られてるんだけど……」
「あれは私のオアシスだよ。ハニー」
 満面の笑みでジャックは言う。
 ちっとも恭夜の気持ちなど分かっていない。
「……俺は嫌だ」
「ん?」
「俺……俺は……ジャック以外に自分が見られてるなんて、ぜってー嫌だからなっ!」
 恭夜の精一杯の甘え方だ。
 これ以上のお願いは恭夜には出来ない。
「ハニー……」
 いきなりジャックは恭夜を抱きしめると、そのまま寝室に向かって身体をぐいぐいと押してくる。
「だからっ!放置すんなよっ!嫌だって言ってるだろっ!今すぐ消してくれよ!消したらあんたの言うこと何だって聞いてやるからっ!」
「今の言葉は取り消すことは出来ないぞ?」
「え?」 
 あれ……
 俺、何言ったっけ?
「それほど言うなら消してやろう。そこで待ってると良い。面白い論争の最中だったが、まあ、ハニーのお願いが私にとって一番だからね」
 恭夜に回していた手を離し、ジャックはモバイルのキーを叩きだした。暫くすると顔を上げ、呆然としている恭夜の方を向くと、ニンマリと笑った。
 悪魔の笑みとはこういうのを差すのかもしれない。恐ろしくなった恭夜が近寄るジャックから身体を退こうとすると、またがっしりと掴まれた。
「えっと……えーっと……何だったっけ?」
 笑いで誤魔化そうとしたが、恭夜と同じように笑いながらジャックが言った。
「ハニーのお願いを聞いたのだから、私は一体何をお願いできるんだろうか……色々として欲しいことがあるんだが……」
 有無を言わせず寝室に連れ込まれた恭夜は、いつものごとく一生後悔するような体験をすることになった。



 翌日、嬉しそうに科警研に電話を掛けてきた利一に、恭夜は答える力も無かった。何がそんなに嬉しいのだろうかとぼんやりする頭で聞いていると、突然恭夜のファイルが消されたこととでジャックが自分から退いたと利一は勘違いしていたのだ。
 違うって……
 俺が……
 俺が…………も……いいけどさ。
 喜んでいる利一に、お礼を言って恭夜は机に突っ伏した。
 もう、何を聞かされようと、知らされようと、ジャックのすることには関わらないのが一番だと言うことを学んだ恭夜だった。

―完―
タイトル

お客様に見つけていただいた、過去に書いたショートです。ご連絡くださった方ありがとうございました。持っていてくださった方がいたなんて……嬉しい~。でも、やっぱり長いばっかりで、内容がないというお話になってますね(汗)。巻き込まれているメンバーが一緒というのはおいてと。続編も考えていたりして(汗)。まあ、いつものごとく恭夜が一番可哀想だったということで笑ってやってくださると嬉しいかも。

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