Angel Sugar

「恐怖のホームページ―幾浦VSジャック―」 (感謝企画)

タイトル
 リーチに押し切られるように頼まれた。と言えば頭を下げてお願いされたように聞こえるが、実際は無理矢理押しつけられて、幾浦が反論する間も与えずにリーチは電話を切った。引き受けたつもりはなかったが、とりあえず問題のサイトを見てみようとメールで送られてきたアドレスを使い、パスワードを入れた。
 幾浦はホームページの内容まで知らされていなかった。だから、まるで見てくださいと言わんばかりに隠されている場所に、自分の弟の姿を見て卒倒しそうになった。
 なんだ……
 なんだこれは?
 部長代理の席は部下達が一望できるように机が配置され、幾浦の後ろは窓ガラスだったので、今覗いているサイトを他の誰かに見られることはなかったが、それでも幾浦は二度三度と周囲を窺った。
 そうして誰もこちらを見ていないことを確認し、息をはいて、汗も出ていない額を拭う。
 入り口は硬い内容だ。FBIからもリンクを張られているらしい。そんな場所にどうして恭夜がいるのだろうか。もっともこれを管理しているのは、幾浦が二度と会いたくないと思っている恭夜の恋人であるジャックだから、何を考えているのかと問いかける方が間違っているのだ。
 幾浦が初めてジャックと会ったとき、外見にまず驚いた。恭夜の好みのタイプとは正反対の男だったからだ。
 恭夜が好きになる相手は大抵可愛らしい相手で、いつだって自分よりも背の低い男が好きだった。それがどう間違って、あんな鼻持ちならない、何処をどう見ても可愛さのひとかけらもない相手を選んだのか全く分からない。
 目は薄い水色で睫も長い、彫りの深い顔立ちに高い頬骨、すっきり通った眉と肩より長い髪は金髪だ。これだけで表現するとなにやら綺麗なタイプの男に思えるのだろうが、実際は違う。
 顎が反り、瞳もやや瞼が下ろされているせいか、相手を見下しているような印象がある。これは、幾浦よりもジャックの方が背丈があるからそう見えるのだと思えば納得も出来るが、ジャックの形の良い唇は口角がやや上向いていて、なにやら馬鹿にしていように見受けられた。
 いや、馬鹿にしているのだ。
 ひねくれた性格がそのまま表情に現れているに違いない。
 幾浦はべらべらと男のくせにむやみやたらと話すタイプが嫌いだった。恭夜はジャックを弁が立つ男だと思って尊敬しているようだが、あれは単に屁理屈をこねているだけだ。しかも屁理屈とて、言葉としてある程度筋道が通っていて屁理屈だろう。だが、ジャックという男の屁理屈は、屁理屈であって屁理屈ではない。一番近い言葉で表すと、意味不明の屁理屈だ。
 意味不明どころか、理解不能だった。いきなり予想も付かない言葉を投げかけ、相手の戦意を失わせるのが交渉人の仕事だったかと、一瞬疑ったほどだ。
 しかも、ネゴシエイターという言葉を聞き間違えて、大恥をかいたことを幾浦は多分死ぬまで忘れないだろうと確信があった。未だにこの言葉を聞くと頭の中で『ネコシェルター』と、変換されてしまうのだから、始末が悪い。
 何かの話題で、会話に出てきたときは一度、ネゴシエイターと心の中で文字を暗唱してからしか口に出さないことにしているのだから、重症だ。
 とにかく機関銃なのだ。口を開けば、訳の分からない言葉があっちに飛び、こっちに飛ぶ。時にはレールガン並の威力と早さで、心臓を直撃するような言葉が飛んでくるのだから、多少人より頭の回転が速いと自負している幾浦でさえついていくことが不可能だった。
 あれが本当に交渉人だと言われても信用できないのも当然だろう。
 ジャックが本当に交渉人だとすると、一仕事終えた後には人質の死体が累々と横たわってもおかしくないと幾浦は思うが、事実は違い、ジャックは業界でも有名な一級のネゴシエイターなのだから世の中何か間違っている。
 幾浦はまた周囲を見渡し、サイトを眺めた。
 自分の弟が犯罪者の様に飾られているのを見て何処の兄が喜ぶだろうか。ジャックの自己満足だと言ってしまえばそれまでなのだろうが、幾浦からすると不愉快きわまりない行為だ。
 リーチはそれを止めさせようとしたらしいが、全くらちが明かないと話していた。あのリーチが止めようとしたというのだから、このずらずらと並べられている日付のリンク先は、見ない方が良いと思わせる画像のてんこ盛りなのだろう。
 情けない……
 こんな恋人の所行を認めている恭夜が幾浦には情けない。普通なら当事者である恭夜が止めなければならないはずだ。それがどうして放置されているのか。
 そうか……
 あの機関銃に言いくるめられたのだ。
 幾浦はそう思うことで納得することにした。普通なら恭夜に電話の一つでもして、ジャックの行いを改めさせるように忠告するのだが、それが到底無理な話であることを、幾浦は身をもって知っていた。
 ため息をついて幾浦は問題のBBSを開いてみることにした。
 ……
 な……
 なんだこれは?
 プライバシーについて延々と問答しているのだが、返信された時間を見る限りでは、ジャックの方が早い。あの男はキーを打つ手も機関銃並みなのだ。
 これに関しては勝つ自信が幾浦にはあった。幾浦の商売のうちなのだから、ここで負けてはプライドが許さない。
 さて、どう書くか。
 幾浦は色々考え、とりあえず、今の流れを変えることにした。リーチはプライバシーを延々と語っているがこれでは堂々巡りだからだ。

>素通り出来ないお節介者より
これを彼の身内が見たらどう思う?彼も恥ずかしいだろうが、家族に対しても失礼なことをしていると私は思う。身内のことも考えて写真は取り下げるべきだと思います。

 これでどうだ?
 思います……では口調が柔らかすぎるかと幾浦はふと感じたが、誰が見ているか分からない場所で喧嘩を売るわけにもいかない。幾浦はとりあえずキーを押して書き込んだ。身内のことを出せば少しはジャックも考えを変えるのではないかと僅かながらの希望を抱いたのだが、暫くしてリロードをかけて、その考えは甘かったと幾浦は肩を落とした。

>J管理人
ここはパスワード制だ。身内など来るわけがないだろう。

 ……ここにいるんだが……。
 それより速攻レスが返ってきた。
 仕事はしていないのか、あの男は……。
 幾浦は目が点になりながらも新たな書き込みをした。

>素通り出来ないお節介者より
来るわけがないと決めつけるのは良くないと思われますが。どんなきっかけでここがばれるか分からないでしょう。管理人さんは一人でご満悦でしょうが、ばれたときのことをきちんと考えていらっしゃるのでしょうか?裁判沙汰になっても宜しいとでも?

 これでどうだ。
 少しは己の浅はかさを知れというものだ。
 鼻をフンと鳴らして幾浦はまたキーを押して書き込んだ。

>J管理人
馬鹿か貴様は。裁判になったら受けて立つに決まっているだろう。この私が尻尾を巻いて逃げるとでも思ってるのか?
 
 バンっ!
 ムッとした幾浦は思わず拳を机に叩き付けていた。その激しさに部下がいっせに顔を上げた。
「幾浦部長代理。何か不都合でも?」
 恐る恐る課長の佐名木が声を掛けてきた。
「いや。何でもない……」
 落ち着け。
 落ち着くしかない。
 最初からジャックは腹立たしい男だと分かっていた筈だ。それよりも、どうしてこう、問題をすり替えるようなことを書くのか。誰も裁判が問題ではないのだ。身内が見たら激怒するからやめておけと書いているはずなのに、何が受けて立つなのだ。

>素通り出来ないお節介者より
裁判の話などどうでも良い。そうではなくて、家族が激怒すると言いたかったんだ。もちろん、管理人さんの彼に対する気持ちも分かるが、人に見せなくてもご自分で楽しむだけにしておけば宜しいでしょう?違いますか?

 はー……
 はー……
 ムカムカしてきた。
 幾浦がようやく冷静になって書き込みをする。だが、返事がすぐに返ってきた。相変わらず仕事もせずにBBSに入り浸っているようだ。

>J管理人
自分が楽しむだけのものなど自慰行為と同じだ。楽しいことは人と分かち合う主義でね。気に入らなかったら来るな。

 ……ぐ……
 ぐううううう……
 ああいえば、こういう。
 幾浦は怒りを抑えながらも書き込みを続けた。

>素通り出来ないお節介者より
来るなと言われても、偶然、見てしまったものは仕方がないだろう。見えるように作っているお前が悪い。いや、こんなところに置いておけば誰にだっていずれ目に止まるはずだ。見知らぬ男を見て何が楽しい。分かち合うべき楽しいことでは無いだろう。

 押さえて書いたつもりが、かなりけんか腰の口調になってしまったが、ここまで来たらもうどうしようもない。喧嘩を売ってきたのはジャックなのだ。

>J管理人
私が楽しい。それが?

 ……くう……
 幾浦ははき出せない怒りで胸が痛かった。胸元を手で押さえて、何度も深呼吸をする。

>素通り出来ないお節介者より
管理人さんが楽しかろうと、私は不愉快だ。

>J管理人
だったら、出ていけ。もう来るな。

>素通り出来ないお節介者より
そう言う問題ではない。私が言いたいのは、載せられている男が可哀想だと言いたいんだ。

>J管理人
それはお前が勝手に思っているだけだろう?

>素通り出来ないお節介者より
自慰行為は止めろ。

>J管理人
自慰行為などせん。そんなことをしなくても満たされているんでね。

>素通り出来ないお節介者より
じゃあ、写真を下ろせ。

>J管理人
私の楽しみだと言っているだろう?

>素通り出来ないお節介者より
お前の楽しみが波紋を呼んでいるんだろうが。

>J管理人
だから、文句があるなら出ていけ。私のオアシスに二度と来るな。

>素通り出来ないお節介者より
オアシスなどこんなところに作るな。

>J管理人
何処に作ろうと私の勝手だ。

>素通り出来ないお節介者より
自宅でしろと言ってるんだ。

>J管理人
自宅でしても面白くないだろう。

>素通り出来ないお節介者より
何を楽しんでいるんだっ!

>J管理人
五月蠅い男だな。たまってるのか?人の幸せを見るとむかつくタイプだな。寂しい男だ。それこそ自宅にこもって自慰でもしているんだな。

>素通り出来ないお節介者より
自慰、自慰と書くな!

>J管理人
お前が書くから、私も書いている。売られた喧嘩は買うことにしている

 ……く
 パソコンを叩き壊したくなった幾浦であったが、その衝動もなんとか抑えることに成功した。 
くそ……
 くそ!くそ!
 どうしてこの男には謙虚さが無いんだっ!
 いや……
 そんなものはひとかけらも持っていない男だったな。
 
>素通り出来ないお節介者より
とにかく、喧嘩を売ったのはそちらでしょう?私が買ったんだ。

>J管理人
安い男だな(笑)

 括弧、笑、括弧閉じる。
 む……むかついたぞっ!
 一瞬、このサイトの入っているサーバーをアタックし、サーバーごとダウンさせてやろうかと殺意に似たものを幾浦は覚えた。だがそんなことをすれば、バックにあるFBIが動くに違いない。それは幾浦も困る。
 今晩寝られないほどの怒りを内包させたまま、それでも仕事をしている振りを幾浦は続けた。とはいえ、表情が引きつっているのは否定できない。このままではまともに仕事が続けられないのは目に見えていた。
 駄目だ……
 この後は会議だぞ。
 苛々しながら会議に行けるわけがない。
 どうせ何を言っても、訳の分からない言葉が返ってくるのだ。これほど不毛な討論は無いだろう。どうせ意志の疎通が出来ない相手なのだから、放置するのが一番だ。
 幾浦は最初の目的を既に忘れて、サイトから脱出した。この後、名執が引き継いでいることなど知らずに。

―完―
タイトル

なにやってるんでしょうね幾浦。はっきり言ってジャックと対決したところでどうにもならないのは誰が見てもわかること。本人だけは果敢にアタックしたという感じでしょうか。とはいえ、まったくだめでしたねえ。このあと名執がどう対応しているのか見物かも? また機会があったら書きますね~。

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