Angel Sugar

「ジャックの(偽)誕生日」 (400万ヒットキリ番リクエスト)

タイトル
 また、こんなことしてるよ……。
 朝、珍しく恭夜が早起きをしてキッチンで水を飲もうと冷蔵庫を開け、椅子に座ってくつろいでいたのだが、壁につり下げられているカレンダーに赤丸が打ってあったのだ。
 バレンタインの時もそうだったが、ジャックは何か恭夜に知らせたいときに限ってこんなふうに遠回りに知らせようとする。
 口で言えよ……。
 普通の人間なら、照れくさいからそういう意思表示をするのだろうが、ジャックは違う。照れるという言葉などジャックにはない。だったら、これは何だと問われると恭夜も困惑するしかないだろう。
 何考えてるんだろ……あいつ。
 とはいえ、知らぬ存ぜぬと言う態度をとるとまたどういった行動に出るのか予想のつかない男だ。無視はできない。だが、丸で囲まれた日に思い当たる行事がない。
 何だろう……この日。
 じ~っと眺めてみるのだが、世間の恋人達がこぞって何かを祝う日でもなければ、一般の家族が祝う日でもない。
 とにかく考えろ。
 恭夜は頭を抱えながら、想像できる日を全て思い出そうとした。だが、かなりあれこれ曖昧で、記念になりそうな日を思い出せないのだからどうしようもない。ごく普通の恋人同士が何を祝うのかを考えると出てくるかもしれない。
 つきあい始めた日とか祝うカップルいるよな……あれか?
 あいつと出会った日って……いつだったかな……。
 あれ?
 覚えてねえ~。
 なんか……寒い季節だったような気がするけど……いや、暑かったかな?
 襲われたのは覚えているけど。
 ていうか、こういうのをつきあい始めた日って言うか?
 ……。
 どっちにしても、出会いを祝うような男じゃない……と、思う。
 だったら、なんだ?
 で……出てこね~。
「何を朝から唸ってるんだ……」
 朝からシャワーを浴びてきたのか、ジャックは濡れた髪をタオルで拭きつつ、ローブ姿でキッチンにやってきた。
「……あれ、あんた、仕事に行かないのか?」
「今日から一週間ほど、仕事で海外に行くことになってるからな。しばらく留守にするがいい子にしているんだよ」
 ジャックはどこか寂しそうでいて、優しげに目を細める。そんな姿に恭夜はなんだか気持ちが悪かった。
「……いつもは突然仕事にかり出されるのに、今回は違うのか?」
 ジャックは交渉人という仕事柄、依頼はいつも突然くる。気がつくと海外に飛んでいて、うちを留守にしていた。大抵、恭夜はすでに飛行機に乗ったジャックから連絡をもらって「仕事でうちにはいないぞ~」と小躍りするのだ。
「古巣に少々用事でね」
 新聞を机に置いてジャックは椅子に腰を掛けた。
「古巣?クワンティコに行くのか?」
「野暮用でな」
 興味なさそうな顔でジャックは新聞に視線を落とす。
 いつもそうなのだが、ジャックは仕事内容を話すことがないのだ。今回もアカデミーで何をするのか聞いたところでジャックは適当にはぐらかすだろう。分かっているから恭夜も聞かない。ただ、これだけは聞いておいた方がいい。
「……ところで、俺、気になってるんだけどさ。カレンダーの日付に赤丸が打ってあるんだけど、あんたか?」
 恭夜がそう言うと、ジャックはニンマリと笑った。
「気付いたか」
「気付かないわけないだろ」
「バレンタインの時は気付かなかった男がそういうことを言うのか?」
 ジロリと恭夜を睨み、ジャックは新聞を畳む。
「あ、あれは……はは、ほら、なんていうかさあ……。もう、終わったことなんだからいいいだろ。それより、こっちの赤丸が問題なんだよ。これ、なんだ?」
 恭夜は誤魔化すように笑い、赤丸のついているカレンダーを指さした。
「この日は私が帰国する日だ。一週間出かけているとハニーに話したのだから、帰ってくる日だと分からないのか?」
 だんだん機嫌が傾いていくジャックに、恭夜は内心では肩を竦めながらも、笑顔を浮かべていた。
「あ、そっか~。帰国する日だな。そういうことか……」
「この日は……」
 じ~っとカレンダーの赤丸を眺めてジャックは呟いた。
「なんだよ」
「私の誕生日にしよう」
「は?……しようって、なんだよ。それって、実はあんたの誕生日でも何でもないのに勝手に決めるってことか?そんな誕生日なんて何処にあるんだよ。……ていうか、そういえば、あんたの誕生日、俺、知らないんだけど……」
 確か、そういう行事というか、誕生日……などという祝い事など二人の間ではやったことがないのだ。それは恭夜の誕生日も含まれる。
「……なんだと?」
 ますます険しくなるジャックの表情に、恭夜はやはりというか、これしかないという感じで乾いた笑いを浮かべた。一応、ジャックの恋人である恭夜だ。恋人の誕生日も知らないとはとても口にはできない。ジャックが仕事で留守にしている間に、総務にでも行ってこっそりジャックの履歴を調べたほうがいいだろう。
「え、あ、知ってるから、違う日を誕生日にしようって言う、あんたに驚いているんだよっ!」
 ここで、いつだと問われると非常に不味いが、幸いにもジャックは聞いてこなかった。
「……そういうのもたまにはいいだろう」
 ジャックは別に不思議なことでもないようにあっさりと言う。
「たまには……って、俺には良く理解できないんだけどさあ、誕生日を祝って欲しいってあんたは言ってるのか?」
「びっくりパーティは楽しそうだな」
 淡々と、そして唐突にジャックは言った。
「はあああ?」
 何か又妙な知識を何処からか仕入れてきたのだろうか?
「あの、暗いハニーのお兄さまですら、でかいケーキでクリスマスを祝ったんだろう?なんだか、先を越されたような気がして、腹が立つ」
 意味が不明だ。
 偽の誕生日祝いと、クリスマスがどう同じなのか恭夜にはよく分からない。
 いや、『祝い』というところだけ、共通点はあるが。
 なにより、今頃、あのことを言い出すとは恭夜も思わなかった。
「あんたが、兄貴に嫌がらせしたんだろ。俺があの後どれだけ兄貴にどやされたのか、あんた知ってんのか?」
 思い出すだけでも悪夢だった。
 兄の怒りは普通ではなかったのだ。殴る蹴るというのはなかったが、散々嫌みを言われたのはつい昨日のことのように思える。たかが嫌みだと言われたらそれまでだが、兄には珍しくねちねちとしばらく収まらなかったのだ。余程、頭にきたのだろう。
「嫌がらせ?ハニーのお兄さまは、私のことをそんなふうに言っていたのか。人の好意をなんだと思っているんだ」
 今度はジャックが怒っていた。
「あんなケーキを贈られた身にもなれよ……」
「ケーキを贈られて嫌がらせだと考えるキョウのお兄さまの偏屈にもほどがあるな」
 偏屈な男が偏屈と言うのもどうかと思うけど……。
 ジャックは自分のことをどう見ているのか、恭夜は一度聞いてみたいと心底考えているがもちろん聞いたりしない。
「……も、いいよ。あんた、そろそろ着替えた方がいいんじゃないのか?俺は適当に仕事に行く準備をするからいいけど……」
 話をそらせるつもりで恭夜は言った。
 いつものごとく、ジャックの考えにはついていけない。
「ああ、そうするか」
 ジャックは意外なことにあっさりと腰を上げると、キッチンを出ていった。
 うわ……簡単に引き上げたぞ。
 頭を掻きながら、こういう時が一番問題なのだと、逆に恭夜は肩を落とした。



「だから、何べんも言わせないでくれよっ!」
 科警研に出勤した恭夜は上司の目を盗んで利一に電話をしていた。いつものごとく、利一は協力を拒否している。だが、ここで利一を逃がすわけにはいかない。一人で何かを計画することなどとてもできなかったからだ。
『いいですか、恭夜さん。私がどうしてジャック先生の偽誕生日を祝わなければならないですか?しかもばれているのに何がびっくりパーティなんです。いえ、違いますね。恋人同士こういうのは二人きりで楽しむものでしょう?悪夢に私を誘わないでください』
 口調はいつも通りなのだが、言葉がきつい。見えないが、どうせにこやかな顔で眉間に皺を寄せているに違いない。
「悪夢って……お前。俺が一番悪夢じゃないか~!俺を一人にしないでくれよ。あっ!お前の犬を預かって面倒見てやっただろっ!借りを返せ!」
『……あれは貴方のお兄さんの犬です。私の犬ではありません』
 ちょっぴり低い声で利一は言った。
 怒っているのが恭夜にも分かる。利一は怒ると怖い。恭夜もよく知っている。それでも逃げられると困る。
「分かってるよ……兄貴の犬だ。じゃあ、兄貴と一緒に来いよ。なら、お前も一人じゃなくてラッキーじゃないか」
 自分で何を口走っているのかもう、恭夜には分からない。ただ、利一に逃げられたくないとそれだけしか恭夜の頭にはなかった。
『……最大限に譲歩して、いいですか、計画だけは一緒に考えてもいいでしょう。ですが、私や幾浦さんは、ジャック先生の出迎えはいたしません。これが私の許せるギリギリの案です。これ以外は却下』
 ますます声のトーンが低くなる利一に、恭夜はただ頷くことしかできなかった。とりあえず今逃げられると困るため、ジャックが帰って来るであろう時間を少し遅く伝えたらいいだろう。そうすれば、逃げたくても逃げられない状況になる。
 後のことは知ったことではない。
「分かった。ほんと、悪いな。俺はいい友達と、兄貴を持ったよ~」
 あははと恭夜が乾いた笑いをたてている途中、電話は切られた。



 ジャックが帰ってくる日、朝から利一は渋い顔をしながらも恭夜の自宅にやってきた。ギリギリになって逃げ出してしまうかもしれないと、半ば不安に感じていた恭夜だったが、利一は来てくれたのだ。
 口ではいろいろ言いつつも、友達思いなのだろう。だからこそ、恭夜は利一にお願いしたと言ってもいい。利一は絶対に期待を裏切らない男だ。そんな利一に兄である幾浦も渋々ついて来てくれた。
「うわああ~ありがとう……マジ、俺……感激だよ~……」
 目に涙を浮かべて二人を出迎えた恭夜だったが、利一は苦笑いをし、その背後に立つ幾浦は今までになく怖い顔をしていた。それでも、差し入れなのか二人とも両手に紙袋を持っている。
「恭夜……お前は、何処まで迷惑をかける気だ?」
「兄貴……兄貴~……俺、今日ほど兄弟がいて嬉しく思ったことないよっ!」
 幾浦の手を握りしめて恭夜が叫ぶと、兄は諦めに似たため息をつきながらも、手を振りほどくことはなかった。
 二人をリビングに案内し、恭夜はとりあえず対策を練ることにした。ジャックが帰宅するのは七時だったが、二人には九時頃帰ると話した。
 これで恭夜一人が生け贄になるのは避けられる。
「とりあえず美味いコーヒーを淹れるよ。俺はいつもインスタントだけど、特別に豆から挽くぜ~」
 ここで二人に逃げられるわけにはいかない。恭夜は機嫌良くニコニコしつつ、二人に美味しいコーヒーを淹れた。もちろん、豆から挽いた。自分が飲むコーヒーはいつもインスタントなのだから、恭夜がいかに気を使っているか分かってもらえるだろう。
「ところでさあ、その紙袋、なに?」
 幾浦と利一、それぞれ二つ大きな紙袋を持ってきていたのだ。それが気になって仕方ない。
「もちろん、嘘とはいえ、ジャック先生の誕生日を祝うのでしょう?だったらそれなりの……ね?」
 くすっと笑って利一は幾浦に目配せする。幾浦の方もニヤッと笑った。
 なんだか非常に嫌な気配が漂っている。
「……なに、なんだよ……その笑い」
「まず、部屋の装飾ですよね。沢山、用意しました」
 利一は嬉しそうに、紙袋から造花が沢山ついたリボンや、お子さまの誕生日会に使うような折り紙や金や銀のリボンを取り出した。
「……それ、真面目に言ってるのか?」
「仕方ないでしょう。ハッキリ言って私たちの年齢でやる事じゃないです。普通、誕生日というなら一流ホテルのディナーに、スイートでしょう?なのにジャック先生はびっくりパーティがしたいって言っているそうですから、びっくりさせないと、またどういう暴言が飛び出すか分からないですよ。普通じゃ考えられないことをするのが一番です。もっとも地球が破滅を迎えたとしても、あの方がびっくりするとは思いませんが……」
 ……。
 ていうか、あいつ、びっくりする――ていう顔なんてしたことねえんだけど。
「そんなにびっくりしたければ、絶叫マシーンに乗せるか、怖いと評判のお化け屋敷にでも連れて行けばいいだろう……」
 幾浦はリボンをいそいそと取り出しながらもそう言った。
「遊園地かよ……。ガキじゃないんだから、そんなところにあいつを誘えるわけないだろ。ていうか、二人でどこかへ遊びに行くなんて、ゾッとするよ~」
 ブルブルっと身体を震わせて恭夜が言うと、幾浦がため息をつく。どうせ耳が腐るほど言われたセリフ「これが恋人に対して言うセリフか……」とでも思っているのだろう。もう慣れた恭夜にはこの程度では堪えない。
「俺だって、どうしてあんな人間がいるのか不思議で仕方ないっての。マジで宇宙人かと思う奴と毎日付き合ってる俺の身にもなってくれよな……」
 ブツブツ言いながらも恭夜は部屋を飾り付けるリボンを手に取り、カーテンレールに付けた。けれど、どう見ても部屋のインテリアから浮いている。
 ジャックがやりたいっていうんだから俺は知らない……。
「そうそう、恭夜さん」
 二人から手渡されたリボンで壁を飾っていると、利一が声をかけてきた。振り返ると先程よりニヤニヤとした二人の顔が目に入る。怪訝な顔で恭夜が「なんだよ……」と聞くと冗談だろうと言うものを見せられた。
「おまっ!お前っ!なんだよそれっ!どうするつもりなんだよっ!」
 恭夜は腰を抜かしそうになるほど利一が手にしたものを見て驚いた。
「え、これですか?やだな~見て分かるでしょう?メイド服コスプレセットです」
 利一は今までになく弾んだ声で言った。
「……な……な……な」
「え、お嫌いですか?じゃあ、こっちはどうです?兎の耳、尻尾つきバニーガールとか、あ、チャイナ服もありますよ、おまけの羽毛のショールもついてます。あと、そうですねえ、ムーランルージュの衣装もありますよ。これは大きな羽を背中に付けてもらうんですが、恭夜さんに似合いますよ。でも、ジャック先生が喜ぶ……ってことを前提にしたら、恭夜さんが裸になってリボンで身体を綺麗に装飾したらどうですか?」
 絶対に嘘だ。
 似合う訳ねーだろうがっ!
 からかわれている。
 違う。二人とも、ジャックから、かかるストレスを俺にぶちまけてるんだっ!
「お前、マジでそんなことしろって俺に言うのか?」
 細身でもない、可愛くもない恭夜が着たところで滑稽なだけだ。違う、こういうものを着るなんて考えただけで吐き気がしそうだ。
「何をして見せたところでジャック先生は驚きませんよ。だったら、喜ばせる方を考えた方が建設的です」
 俺がメイドになったり、バニーガールの格好をするのが建設的だって?
 勘弁してくれよ~!
「俺は……ぜって――に断るからなっ!」
「そういう気持ちで私たちが今日来たんだ。分かるか恭夜。だったら、お前も嫌なことでもやるしかないだろう」
 幾浦が真横で凄味を利かせた声で言った。
「……なあ、兄貴。聞いていいか?」
「なんだ?」
「兄貴達がこれを使って遊んだあとのお下がりとかだったら、俺……げふっ!」
 思いきり腹を殴られて恭夜は床に突っ伏しそうになった。
「私たちはこんなもので遊んだりしない。お前のために買ってきたんだ」
 グイッとショールを押しつけられた恭夜は涙が出そうになった。それでも恐ろしいほどの二人の気迫に、羽毛のショールを掴んだまま、遠い目になるしかない。
 こ……これは。
 さっさとこいつらを追い出した方が、実は俺にとっていいとか?
 何も用意してないのか!と言ってジャックに苛められる方がいいのかもしれない。
「あっ……後は……後……おおお……俺がするから、もういいよ。ありがとう兄貴、隠岐」
 二人を無理矢理立たせ、玄関まで背中を押して外へ追い出そうとしたところに、ベルが鳴った。
 ジャックか?
 え、帰宅にはまだ早いけど……。
 額から汗を滲ませながら、インターフォンに出ると宅急便だった。
『ものが大きいので、お部屋までお持ちしたいのですが……』
 モニターに写る宅急便の配達人は数名いて、何となく物々しい様子だ。一体何が送られてきたのだろうと訝しく思うものの、ジャックが土産でも買ってきたのだろうと恭夜は考えた。時々、ジャックは大量に土産を買ってくるのだ。
「あ、はい、キーを解除しますので扉を開けますので上がってきてください。最上階です」
 モニターを切り、今度は二人に言う。
「もう帰ってくれていいよ。ありがとう、感謝しているよ。ジャックと鉢合わせしないように早々に引き上げた方がいいぜ」
 心にもないことを恭夜は口にして、引きつった笑いを浮かべた。幾浦も利一もしてやったりとした笑みを浮かべて「じゃあ、あのコスプレセット、有効に使ってくださいね」などとほざいて帰っていった。
 くっそ~やられた。
 宅急便のやつらが帰ったら速攻にあれを捨てないと……。
 ジャックが見つけたら何をさせられるか分かったものじゃないっ!
 心に誓いつつ、恭夜が宅急便をまっていると、玄関のベルが鳴らされた。
「あ、ご苦労……さ……」
 扉を開けると、配達人が数名で大きな荷物をそろりそろりと運び込む。なんとなく遠い記憶に恭夜はこの大きさのものを見たことがあった。
「リビングに運びますがどうしますか?」
「え、あ……はい。お願いします……でも……」
 恭夜が躊躇しているうちに手際よく大きな荷物はリビングに運ばれていった。
 まさか……まさかだよな?
「捺印かサインお願いします」
 言われるままにサインをしたが、やはり嫌な予感が恭夜にはした。
「それ……なんですか?」
「品名はケーキと書かれていますね……随分と大きなケーキですなあ……」
 玄関に置かれた大きな箱はどう見ても例のあれだった。
 ケーキ……。
 ケーキって……あの、人間が入るケーキかよっ!
「うううう……受け取り拒否します!」
 恭夜が叫ぶよりも先に、「ありがとうございました~」と言って宅急便の配達人は足早に帰っていった。
「受け取り拒否だ――――!」
 玄関で倒れ込みつつ、恭夜は悲痛な声を上げたが、誰も戻っては来てくれなかった。
 どうする?
 どうするんだ?
 あれを何処に捨てに行ったら良いんだ?
 普通に捨てるにしてもでかすぎて不審がられるぞっ!
 早く考えろっ!
 ジャックが帰ってくるぞっ!
 早く早く早く――――!
 と、とりあえず、ケーキを始末した方がいいよな?
 恭夜はリビングに駆け込むと、ケーキの入った大きな箱を掴んだ。とにかくこれを破壊してしまわないと、ジャックがまた何を企むかわかったものではない。
 額に汗を浮かべつつ、恭夜が必死に引きずっていると背後から聞きたくない声が聞こえた。
「なんだ、迎えもなしか?」
 ……俺、今、振り返りたくないんだけど……。
「キョウ。部屋の装飾はまあ、見なかったことにして、この衣装はなんだ?ああ、そうか。ハニーなりに、いろいろ考えてくれたんだな。素晴らしいぞ、キョウっ!」
 ジャックが背後でとてつもないことを考えているのが恭夜には分かった。
 俺にアレを着せて、このケーキから飛びだせっていうのか?
 二度は勘弁しろ~!
 ていうか、マジであいつ考えてるのか?
 そうなんだな?
 そうなんだな――!
 誰か、俺をここで殺してくれ――!
 これ以上の恥をさらして生きていたくねえ~!
 振り返る事ができずケーキの箱を掴んだまま、恭夜は震えていた。
「ハニー……」
 背後から恭夜を抱きしめてくるジャックがこれほど恐ろしいと思ったことはない。
「……な、ジャック。ほら、なんていうか……あの……その……」
 どう誤魔化していいのか恭夜には言葉が見つけられない。あちらこちらに散らばっているコスプレ衣装の説明も思い浮かばなかった。
「なあ、キョウ、どれが似合うと思う?」
 どれが似合うって……俺?
「お……俺……その……」
「私はムーランルージュを試してみたいな」
 私?
 ジャックの言葉に思わず振り返ると、手に兎の耳を持っている。
「ああ……あああああ……あんたっ!」
 おい、また……こいつ、何に興味を示してるんだよっ!
「ジャック……なあ、何、言ってるんだ?」
「以前、キョウがケーキから出てきただろう?楽しそうだったからな」
 楽しそうだったからな……って。
 やってみたいとか、こいつ、考えてるのかっ!
 いや……侮れないぞ。
 裸エプロンだってチャレンジしたんだから……。
 興味がわいたら、それがどれほど変わったことでもこいつはやっちまう男なんだよっ!
 どうして頭のいいやつは、変なことにもチャレンジャーなんだよっ!
「それだけは、やめてくれよ――……!」
 恭夜は絶叫に近い声を上げた。その後は懇願だ。
「な……なあ、頼むから止めてくれよ……俺、嫌だ……ぜってーに嫌だからな」
 ジャックが美形なのを恭夜は知っている。高額なブランドのスーツもサラリと着こなしてしまう男だ。彫りの深い顔立ちと、薄水色の瞳。触れてみたくなるような金髪は日光に当たると極上の色に染まる。ジャックという男の容姿は人々の羨望の的だ。
 なのに、この変人ぶりはなんだというのだろう。
 理解を超えるというのはこういう場合を差すのだ。
「何を泣いているんだ……」
「俺は……三途の川を越えたくねえ……阿鼻叫喚図もみたくねえ~……」
「気味の悪いことを言うな。それより、ハッキリ言え。俺が着たいんだってね。だったら譲ってやるぞ。ああ、一枚残らず、全てハニーのものだよ」
 ニンマリ笑うジャックに恭夜は何度も頷いた。まだ自分がする方がマシだと思ったのだ。
 だが――。
 恭夜が自ら進んでコスプレ衣装を着る……それらがジャックの企みだったことを、恭夜は全てが終わった後に知った。

―完―
タイトル

ありこさまからのリクは「サプライズパーティーを企画する。恭夜&それに巻き込まれる僕・監禁チームってことで…。もちろん、名執と恭眞も強制参加で」とのことだったのですが当初のお話が、なんだか奇妙な方向に行ってしまいました。す、すみません……。しかも書き上げた後に……名執がいないことに気づく私って(汗)これが限界でした~。だらだら長くなって、こんなおちか!! って怒らないでやってください……うう。楽しんでいただけましたでしょうか。

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