Angel Sugar

第3夜 「バレンタイン最大の恐怖」 (350万ヒットキリ番リクエスト)

タイトル
 ジャックとの日常を恭夜は時々、兄である幾浦から聞かれる。
 幾浦は、会話のない寒い食卓を囲んでいるのだろう、ジャックの言葉にビクビクして楽しくない毎日を送っているのだろう……と、いつだって言うのだから始末が悪かった。
 多分、ジャックと恭夜のことを知っている人間はみなそう考えているにちがいない。
 だが、そんなことはない。
 ジャックから会話を振ってくることもあるし、恭夜から話しかけることもある。いや、どちらかというと恭夜の方からベラベラと今日あったことなどいつの間にか話していると言った方がいいだろう。そんな恭夜にジャックは不機嫌になることもなく耳を傾けているようだ。
 もっとも、相手はジャックであるから返ってくる言葉が辛辣なときもあれば、訳の分からない言葉であることも多い。それでも、ジャックと一緒に暮らすことは、恭夜にとって一人でいるより、他の誰といるよりも、心地良く思えるのが不思議だ。
「なあ、今日さあ……隠岐が科警研に来たの知ってたか?」
 いつものように恭夜はジャックの作った夕食のシチューを食べながら話しかけた。向かい側に座るジャックは、フランスパンをちぎりながらこちらに視線を向ける。
「知らなかったな……」
 なんとなくいつもとは違って不機嫌そうだったが、恭夜は気のせいだと思うことにした。
「でさあ、すげえ、面白かったんだぜ。今日さ、法一にデスマスクを作る最新型の機械を業者が営業で持ってきたんだけど、ちょうど誰が真っ先に体験するかってみんなで悩んでいるところに隠岐が来たんだ。だからさあ、俺、無理矢理、あいつを実験台にして、隠岐のデスマスクを作ってやったんだけど……それがまた、すっげー笑えたんだぜ。なんか、生きてる人間のデスマスクってちょっと笑えるよ。こう、緊張してるのかしらないんだけど、できあがったマスクはちょっと能面みたいな顔になっててさあ……って、あんた聞いてる?」
 いつもなら、とりあえず相づちをうってくれるのだが、今日に限ってジャックは眉間にやや皺を寄せたままだ。先ほど機嫌が悪いのかと思った恭夜だったが、もしかすると本当に機嫌が悪いのかもしれない。
「……ああ、聞いているが」
 とりあえず、ジャックは答えてくれたものの、どこか突き放したような口調だ。
「なんか、すっげー不機嫌そうだよな。なんかあった?」
 恭夜が聞くと、ジャックはため息をついて、金髪をかき上げると、手の平を組み合わせてテーブルの上に置いた。
「今日は二月十四日だ」
 突然そう言ったジャックに恭夜は首を傾げた。
 一体、どういうことなのか、恭夜にはすぐに分からなかったのだ。
「だから?」
「法二には女性職員はいなかったな」
 また分からないことを言う。
「いねえけど……それがなんだよ?」
「しかも、独身者はもてそうな男はいない。ああ、ハニーは別だがね」
 別だと言いながらも馬鹿にしたような口調に、恭夜は呆れた。恭夜の部署にジャックがわざわざ文句をつける筋合いなどない。
「だから、それがどうしたんだよ」
 せっかくいい気分であったのに、恭夜まで不機嫌になりそうだ。
「今日は鬱陶しい日だった」
 ジャックが今まで口にした言葉を頭の中で並べたところで、何を言いたいのか全く理解ができない。とはいえ、いつだってジャックはこうなのだから、今更仕方ないのだろうが、それでも恭夜は口にしてしまう。
「……あんたさあ、その、意味不明な言葉を突然言うなよ。あんたは、一人で納得して満足かしらねえけど、俺は気持ち悪くてしかたないんだよっ!」
 思わず椅子から腰を浮かせて恭夜は怒鳴った。
 こういう意味が通らない会話が恭夜には苦手なのだが、ジャックとはいつもこうだ。
「ハニー……本当に今日が何の日か分からないのか?」
 チラリと壁に貼り付けてあるカレンダーにジャックの視線が向かうのを、思わず恭夜も追った。すると、いつの間にか二月十四日にはハートマークがつけられていた。しかも赤ペンだ。
「なんだこりゃ……あんた、いつ、こんなへんてこなことしたんだ?あんたの誕生日でもねえだろ?」
「一ヶ月前からこうしておいたが、ハニーの目はどうなってる……」
 静かにジャックは怒っていた。
 ジャックが怒ると周囲の温度が下がったように冷えるのだ。こうなるとジャックは恭夜には手に負えない。このときばかりは下手に出て、とりあえず宥めるしかないだろう。
「え~っと……俺、分からないんだけど……はは。俺は、ほら、どっか抜けてるからさあ、こういうのよく分からないんだ……なんだったかな?」
 へらっと笑いながら恭夜が言うと、ジャックはまたため息をついて言った。
「バレンタインデーだ」
「は?」
 ジャックの言葉に恭夜は目を丸くした。
 確かに、言われてみれば二月十四日が近づくと、駅前のデパートや百貨店でチョコがたくさん売られているのが目に付く。自分に関係のないことであったから恭夜は全く視界に入らなかったのだ。
 だが大昔、そういう経験はあったことはあった。が、お返しとしてプレゼントをしたことはあれど、自分から渡すことは当然なかった。
「は……とはなんだ。今日は愛する人にプレゼントをする日だろう?」
「愛する人?誰それ……」
 ぼんやり恭夜がそう言うと、ジャックは目を細めてジロリと睨んでくる。その視線に突き刺されるよう、我に返った恭夜は慌てて誤魔化すような言葉を口にした。
「……えっ……あ、はは。ほら、ああいうのって男女でやるもんだし、俺、全然、視界に入ってなかったよ……」
「愛する人にプレゼントをする日だ」
 ジャックは冷えた目つきで恭夜の瞳を射抜きながらもう一度言う。
「……あのさあ、だからさあ、それって、男女の行為で……」
「ハニーの愛する人は誰だ?ん?」
 腕を組み、ジャックは笑いもしない。
「……だから、言ってるだろ。そういうのは俺達には関係ないって。なんだよ。あんた、甘いものは食わないのに、チョコレートは欲しいって言うのか?」
 ジャックの問いかけを理解していながら、恭夜は話をそらせようとした。愛する人が誰だと問われてすぐに答えられるほど、恭夜は素直な男ではなかったのだ。というより、照れくさくて今更口になど出せない。
「私は、ハニーの愛する人は誰だと聞いているんだ。キョウの耳は寝ているのか?」
 ジャックの機嫌は途方もなく傾いている。何をどういえば、一気に機嫌がよくなるのかを恭夜は分かっていて、とても言葉にできそうにない。今までもそうだったのだから、仕方ないことと言えば仕方ないのだろう。
「そんなに、あんたがチョコを欲しいって言うなら明日買ってくるからさあ、それでいいだろ。もう、怒るなよ……」
 ジャックからの視線を逸らせて俯くと、恭夜はブツブツと口ごもりながらパンをちぎって口に放り込んだ。だいたい、どうして男同士でチョコを渡したり、もらったりしなければならないのだと恭夜は思う。もっとも、過去、付き合っていた相手からプレゼントされたときは嬉しくて仕方がなかったが、自分がプレゼントする立場になることなどこれっぽっちも考えたことは無かった。
 もともと恭夜はそういった行事に疎いのだ。
「キョウ……」
 いきなり両肩に手を置かれた恭夜は口の中に入っていたパンを喉に詰まらせそうになった。真後ろにジャックがいつ移動したのか、恭夜は俯いていたために気がつかなかったのだ。
「……っう……げほっ!……な、なんだよっ!もう、チョコのことは……」
 口元を拭いながら肩越しに恭夜は叫んでみるものの、ジャックの冷たい視線は背筋を凍らせる。ジャックが聞いていたことを無視した為に、憤慨しているようだ。
「……明日買ってくるって言ってるだろ……」
 こ……
 こええええ……!!
 マジで怒ってる!
 本来は、チョコなどどうでも良いだろうと言うつもりだったが、こういうジャック相手に喧嘩を売ることは地獄の片道切符を自らすすんで買い求めるようなものだ。
「私は先程から、チョコのことなど聞いていないだろうが」
 ギュッと方に置かれた手に力が込められ、恭夜は身が竦む思いだった。
「……なんだよ。飯の最中だろ」
「飯などどうでもいい……」
 肩から離された手が、ぐるりと椅子を回して、恭夜は座ったままジャックと対面する形になった。
「だから、チョコはさあ……」
 恭夜が仕方なしに、やはりチョコのことを口にすると、ジャックは無言でくるりときびすを返すとキッチンを出ていった。
あれ……
 どうしたんだ?
 首を伸ばして恭夜がジャックの去っていった方向を眺めながら首を傾げていた。このまま引き下がるような男では無いのだ。また何か、恐ろしいことを企んでいるような気がした恭夜は伸ばしていた首を引っ込めて、今からどこかへ逃げた方がいいのだろうかとあちこち視線を巡らせてみたものの、身を隠すところなど無いことに気がつき、ため息をついた。
 どうするよ……
 マジで怒ってる。
 ジャックが聞きたい言葉を恭夜は知っていた。
 だが、今更口にできない言葉だから、いつだって誤魔化しているのだ。もっとも、ジャックは強制することは無い。言うまで吐かせるという行動もしたことがない。そんなジャックに安心しながらも、逆にじゃあ、聞きたくないのかと問いつめてみたい気に駆られるときもあり、結局、自分でもどうしたいのか分からない。
 うだうだと考えていると、ジャックは大きな袋を両手にいくつも持ってキッチンに入ってくると、恭夜の足元にどさりと置いた。袋の中には綺麗に包装されたプレゼントらしきものがたくさん詰まっている。
「何これ……」
 下から上へと視線を移動させてジャックの表情を見ると、笑いもしない顔がそこにあった。
「私がもらった、今日のイベントのプレゼントだ。まだ書斎にはある。処分に困っているんだがね」
 ……って。
 じゃあ、これって、全部チョコ?
 あんぐりと口を開いたまま、恭夜は再度紙袋の中身を眺めて見た。綺麗に包装されてリボンのついた箱は、大小取り混ぜて入っている。中には航空便で来たプレゼントもあるようだ。
 ジャックのような変人に、バレンタインデーのチョコレートをわざわざ送る、趣味の変わった人間がこれほど世の中にいるのだという事実は驚きだ。とはいえ、ジャックはハリウッドの役者ではないかと言うほどの容姿なのだから、見た目に騙されている人間も多いに違いない。
「うわ……あんた、これ、どうするんだ?食いきれね……いでででで……」
 ギュッと頬を引っ張られて恭夜は呻いた。
「何するんだよっ!痛いだろっ!」
 ジャックの手を払いのけ、恭夜が怒鳴ると、今までになくジャックは静かに怒っていた。
「普通、こういうものを見ると、義理でも腹を立てて見せるのが恋人の役目ではないのか?」
 義理でもって……なんだそりゃ。
 恭夜はジャックの言わんとしていることを理解できないとは言わない。確かにこっそり見つけたのなら少しは気分が悪かったかもしれないが、こうやって目の前にどっさり持ってこられると、逆に現実味が湧かない。
「……俺からすると、あんたがこんなにもてる方が……なんていうか……不思議なんだけ……いでえ~……!」
 今度は、ズボンの上から思いきり雄を掴まれて恭夜はまた叫び声を上げた。
「そうだな。そういう言い方もあるか」
 顔を近づけ、ジャックは目を細めたまま、恭夜の耳元で囁くが、手の方は相変わらずグリグリと恭夜の雄を押しつぶしていて、痛みが更に強く感じる。
「ジャック……よせって……ん!」
 唇をかすめ取られ、ジャックによって舌を吸われたが、いつもなら甘く感じる刺激も、下半身から伝わる痛みで相殺された。
「う……うーーーーっ!」
 ジャックの手を掴んで引き剥がそうとするのだが、全く動かない。怒っている理由は分かるが、こういうふうに態度に示されると、恭夜は性格的に反抗することしかできない。もっとも、だからといってしおらしく『ごめんなさい~』などと言えるわけでもなく、じたばたと手足を動かすことしかできなかった。
「……っう!」
 ようやく掴まれていた手と、唇が離されて、恭夜は椅子に座ったまま脱力しそうな気分に陥っていた。だが、ジャックは涼しい顔つきでこちらを見下ろしている。とはいえ、冷えた瞳は緩むことなく、凍ったままだ。食事を終え、このまま寝室に向かったら何をされるか分からない。できるだけ機嫌をよくしておかないと、ひどい目に合うのは目に見えていた。
「……あのさあ、ジャック」
「さっさと食ってしまえ。私はもう済ませた」
 ジャックは腹を立てている状態で、自分の食べ終えた皿をシンクに放り込むと、さっさとキッチンを出ていった。
 ま……
 まず……
 怒りが収まらなかったぞ。
 ぞ~っと背筋を凍らせながら、恭夜は皿に残ったパンを口に無理矢理詰め込んで、モグモグと口を動かしながら、ジャックが置いていった紙袋にチラリと視線を向けた。何度見てもぎっしり詰まったプレゼントの箱にうんざりしそうだ。
 考えると。
 俺みたいにジャックが……ていうか、あいつがいいっていう奴も世の中にはいるんだろうなあ……。
 口の中のパンを呑み込み、ミネラルウオーターで流し込み、今頃になってムッとしている自分に恭夜は気がついた。
 あんな奴と暮らせるのは俺くらいだと思うんだけどな。
 あいつは、会話をしても続かねえし、訳の分からないことばっか言うし……。
 恭夜がいくら止めようと、ジャックはあちこちで恥ずかしげもなく、恭夜のことを吹聴して回ってるのだ。恋人がいるということは周知の事実のはずだった。にもかかわらず、こういうものを送ってくる人間は自分のしていることが恥ずかしいことだとどうして考えないのだ。
 あわよくばとでも思っているのだろうか。
「……あ~もう……」
 綺麗に食べ終えて、恭夜は自分の食べ終えた皿を先ほどジャックがしたようにシンクに放り込み、皿を洗った。一応、恭夜が片づけることになっているのだ。
 人の言うことをこれっぽっちも、きかねえ。
 自分が一番正しいと思ってるやっかいな奴で……。
 毎晩身体がくたくたになるほどセックスしやがるし……。
 誰が周りにいても『ハニー』なんて、恥ずかしげもなく口にするんだぜ。
 そういうことを知らないから、見た目だけでチョコなんて送って来るんだ。
 ばっかじゃねえの。
 手を泡だらけにしながら、恭夜はブツブツと心の中で悪態をつきながら皿を自動食器洗い機に並べていた。
 悪態をついていないと、多分、不安だったのだろう。
 もう少し素直で、可愛らしい性格であればよかったのだろうが、恭夜にはそういう部分が皆無だ。自分でも分かっているが、意地を張りだしたら最期まで突き通すタイプだった。こういう相手はさぞかしかわいげが無いだろう。
 いずれ、ジャックは恭夜に突然飽きてしまうに違いない。
 いくら、恭夜にだけ色が付いて見えることが、相手を好きになる理由として多少のプラスになるかもしれない。だが、いつまでもそれが有利に働くとは思えないのだ。
 そうと分かっていながら、一向に素直になれないこの己の性格に恭夜はため息が漏れる。とはいえ、生まれたときからこうなのだから、今更主旨替えなどできるわけなどない。
 別に……。
 もういいけど……。
 全て並べ終えると、恭夜は扉を締めてタイマーを回した。
 あとは自動的に汚れた皿は綺麗になる。
 恭夜はキッチンに凭れながら、ため息をついていると、ジャックが戻ってきた。風呂に入ったのか、既にローブに着替えていて、乾ききらない金髪をタオルで拭っている。薄水色の瞳は、ほんのり桜色に染まる肌に映え、いつもの容貌が更に際立っているように見えた。
「片づけは終わったのか?」
「え、あ。まあ……うん」
「じゃあ、さっさと風呂に入ってこい」
 どこか面倒くさそうに言われ、恭夜は張り付いた笑いを表情に浮かべながらも、キッチンから逃げ出すようにバスルームに走った。



 熱い湯を浴びたことで、恭夜はバスルームから出る頃に気分も良くなり、先程まで一体何を悩んでいのか思い出せないほど上機嫌になっていた。だが、鼻をつく甘い香りに気がついて、肩にひっかけていたタオルで思わず鼻を押さえていた。
「なんだよ……この、甘ったるい、くせ~の……」
 廊下に出ると凄まじい芳香が漂っていて、それがチョコレートの香りだと恭夜は気がつくと、真っ青になりそうになった。
 また……
 あいつ、なんか企んでやがる!!
 以前、恐怖の酒風呂に突っ込まれた記憶が蘇り、今度は一体なんだと慌ててキッチンに走っていくと、コンロのところでジャックは一抱えほどある鍋を煮詰めていた。その姿はまるで魔女が怪しげな媚薬を作っているようにも見える。
「ぐは~、く……くせえ~……あんた、なにやってんだよっ!」
 恭夜の声に振り返ったジャックは、細菌をあつかう特殊部隊が使用するようなマスクを顔につけていた。
「ぎゃーーーーーっ!」
 思わず腰を抜かした恭夜に、ジャックは少しだけマスクをずらせて呆れたふうに言う。
「何を叫んでいるんだ。ああ、ちょうどいいところに来た。座って待っているんだな」
 言い終えると、マスクをまたしっかりと被り、ジャックは木べらで鍋の中身をかき混ぜている。
 こわ……
 こわ……!!
 こいつ、チョコ風呂でもやらかす気か?
 腰が抜けたまま、手を伸ばして椅子の背もたれ部分を掴んで立ち上がろうとすると、先程まで気がつかなかったのだが、テーブルの上にはラップがたくさん置かれていた。
 ら……ラップ?
 なにすんだこれ……。
 ていうか、チョコ……チョコって、あいつ、自分がもらったチョコを全部ぶち込んで煮詰めてるのか?
 紙袋の中に入っていたはずのプレゼントは全て包装が解かれて、紙くずだけになっているのだ。中身が無いと言うことは、全てあの鍋の中にあるのだろう。これだけの量のチョコレートを溶かして何をしようというのだろうか。
 ちょ……
 チョコ風呂決定?
「あああ……あんたっ!あんたなあ、酒風呂は分かるけど、チョコ風呂は勘弁しろよっ!」
 恭夜が震える声で叫ぶと、ジャックは振り返ってまたマスクをずらす。
「見て分からんものを、話して理解できるとはおもえんな」
 言い終えるとまたしっかりとマスクをして、木べらを回した。
 に……
 逃げないと……
 俺、俺、マジでやばい?
 抜けた腰のまま、四つんばいでそろそろと逃げようと這っていた恭夜だったが、ジャックに足首を掴まれて引き戻された。
「げーーーっ!チョコ風呂は勘弁しろよ~……!」
 床にへばりつくようにして、恭夜が叫ぶと、ジャックは呆れたように言った。
「チョコ風呂とは何だ。そんなものにハニーは入りたいのか?」
 グイグイと足首を引っ張られるのと同時に、羽織っていたローブまで後ろから剥がされる。こんなところで裸にされると嫌な体験しか出てこない。
「入りたかねえよっ!今度は何、企んでるんだよっ!」
 掴まれた足を振って叫ぶと、ジャックは身体の上にのしかって腰を下ろした。身体を挟まれたような形になってしまい、恭夜は身動きが取れない。
「デスマスクを作る機械を貸し出してもらおうと連絡したんだが、既に業者が引き取っていったそうだ。科警研は予算が潤沢にあるんだろうから、そのくらいポンと買ったらどうなんだ」
 恭夜に説明していると言うより、ジャックは一人で文句を言っているようだった。だが、マスクを被っているせいか、声が籠もって聞こえる。とはいえ、いつの間に連絡したのだろうか。違う。そんなものを何に使う気だったのか。
 なんとなく恭夜が予想したのは、あまりにも突拍子もないことだったので、まさかと一瞬浮かんだことを否定した。
「……あんた、そんなもん、貸し出してもらって何する気だったんだ?」
「ああいったもので、人型を作ることができるかと思ってね……」
 ようやくジャックの声は弾んだものに聞こえたが、マスクをしているために表情が読みとれない。多分、虎視眈々と狙うような、意地悪な笑みでも浮かべているのだろう。
「ひ……人型?」
 顔の型じゃなくて、人間の型?
 もしかしてこいつ……
 俺の型を取って、溶かしたチョコを流し込む気だったのか?
 でもあれ、顔だけしか型はとれねえぞ。
 違う。そんなもん、作ってどーすんだよっ!
 旨いかそんなもん。
 いや、飾りたいのか??
 あーーなんか違う~!
 ……。
 ていうか、断られたんだよな?
 だったら、今は何をしようとしてるんだ?
「あ……あああ……あんた、まさか……自力で、作ろうとか企んでる?」
 震える声で恭夜が言うと、ジャックは頭上でラップを箱から引っ張り出して、長さを計っていた。このラップでグルグル巻きにして、次にチョコを身体中に塗りつけようとでも考えているのか?それとも、チョコを風呂に、ラップ巻きにした恭夜を沈めようとでも言うのだろうか。
 どんな方法を考えてみても、明日、命が無いような気が恭夜にはした。
「ぎゃああああっ!ぜってー嫌だっ!てめえっ!殺人でも犯す気でいるのかよっ!チョコに浸かるなんて、ぜってー嫌だからなっ!」
 両手両脚をばたつかせて必死に恭夜が逆らうのを、ジャックは相変わらずマスクをしたまま眺め下ろしたまま、ラップを切った。
「ジャックっ!あんた、マジで何考えてるんだ?普通、そういうことをしたいなんて考える人間なんていねえぞっ!」
 ラップを掴んだジャックの手を両手で掴んで、恭夜は渾身の力を込めて押し戻した。毎回訳の分からないことを考えているジャックだが、この奇行は許し難い。
「くさいな……」
 一言ジャックはそう言って、素っ裸になっている恭夜の身体から離れると、コンロに置いてある鍋に蓋をした。その一瞬の隙を狙って、恭夜はキッチンから飛び出したのだが、もちろん逃げ場など無い。
 外に出るのがいいのだろうが、裸で逃げ出せば行き先は留置場だ。科警研に勤めていてそれほどの恥はないだろう。
 うわ~どこに逃げるんだよ……
 己のペニスを隠しながら、廊下でキョロキョロしているところにジャックがまたやってきた。
「恥ずかしい格好でウロウロとするな」
 マスクを外したジャックは呆れたように言う。これではどちらが悪いのか分からない。
「あんたがゾッとするようなことを考えているからだろっ!」
「確かに……。動き回る身体にそのままチョコレートを被せてみたところで、綺麗な型など取れないな。眠らせてからゆっくり作業した方がいいんだろう」
 さらっといった言葉だが、恐ろしいことだ。
 眠らせてからって……
「あんたっ!諦めろよっ!普通な、型って言うのはチョコで取るもんじゃねえだろっ!できあがりをチョコにしたいなら、ゴムで先に型を取ってから形にしたい液体を流し込むんだぜ。それじゃあ、チョコの型じゃねえかっ!」
 憤慨している恭夜だが、素っ裸では様にならない。それでもどうにかジャックの気持ちを変えないとひどい目に合うのは目に見えていた。やるといったら、この男。絶対にやるのだから始末が悪い。
「……そういえば、そうだった。ああ、私としたことが……」
「あんた、そういう、偶像崇拝の趣味はねえだろ。チョコの俺なんて作ってどうするんだ?気持ち悪い……」
「科警研の私の部屋にでも飾ろうと思ってね。自慢の一品になるだろう?」
 嬉しそうにようやくジャックは笑みを浮かべる。何が恐ろしいかと言うと、本当に心から嬉しそうに笑っているのだ。これはこれで怒っている顔より怖い。
「……あのな、あーのーな……っ!個人の趣味を仕事に持ち込むなっ!俺は……俺だったら、生身がいい。逆に考えてもチョコのあんたより、生きてる生身のあんたがいい」
 もう、興奮していて恭夜は自分で何を言ってしまったのか分からない。だが、ジャックは恭夜の一言に、更に満面の笑みを浮かべた。
 ひゃ……
 ひゃーーーー!
 こわっ!
 笑ってるこいつもこええええーーー!
 逃げようとしたところで、思いきりジャックに抱きしめられた恭夜は息が止まりそうだった。
「ぐえ~……!」
「忘れていたよ。ハニー……私も、ハニーがいいね。本当にいつも一緒に連れて回りたいほど私はハニーを愛している」
 顔のあちこちにキスを落とされながら、恭夜はきつい拘束に目を回しそうだ。
「わ、分かったから、は~な~せ~。ぐは~……!ぐるじいい……」
「だが、今日はバレンタインデーだ。せっかくの日だぞ。私はハニーからプレゼントしてもらえるとばかり思っていたんだが……」
 身体をやや離し、切なげにジャックに言われると恭夜も少しばかり申し訳ないような気になった。ジャックがイベント好きとは知らなかったが、恭夜の誕生日はもちろん、出会った日までこの男は事細かに覚えているのだから始末が悪い。
「だから……明日買ってくるって……」
「いや、それはそれでいいんだが、今日は今日のイベントがある」
 きっぱりジャックは言うと、恭夜の腕を掴んだまま、またキッチンに引っ張った。どうでも人型を取ろうとしているのだ。思わず恭夜がまた暴れようとすると、肩越しに睨まれた。
「型を取るのは諦めた。おとなしくしていろ」
「……な、ならいいんだけど……」
 仕方なしにジャックに連れられたまま、甘ったるい香りの漂うキッチンに入り、椅子に座らされた恭夜は肩を竦めたままジャックの行動を眺めていた。するとジャックは先ほど蓋をした鍋からひと掬いチョコを小皿に入れると、恭夜の元に戻ってきてテーブルの上に置く。チョコは随分と冷えているようだが、まだ固まるほどではなく、どろりとした光沢を放っていた。
「チョコレートなどと言う甘い菓子は嫌いだが、せっかくのイベントだ。今日くらいは味わってみてもいいだろう」
 ジャックは言いながら恭夜の雄を口に含んで、いきなり擦りあげてきた。何をどう味わうのか謎だが、甘い刺激は恭夜を翻弄し、何もかもどうでもよくしてしまう。
「ジャック……っ……あ……」
 自分が椅子に座り、大きく両脚を広げているところに、ジャックが膝をついて股下に顔を埋めている姿を見ていると、妙な気分になってくる。下を向くと、ジャックが己の雄に食らいついて、舌で舐め回している姿を間近に見えるのだから、それだけでも羞恥心が跳ね上がるのだ。
 明るいキッチンという場所も、慣れない。
 だが、ジャックは一向に気にすることなく己の行為に没頭していた。巻き付く舌は柔らかく、それでいて生暖かい。根元から吸い上げられると、夢心地に浸って、我を失ってしまう。
「……あ……ああ……っ……」
 キュウッと根元から頂点へ絞られていく己の雄がジャックの口内でビクビクと蠢いているのが自分でも恭夜は分かる。照れくさくて、どうしようもない気に駆られながらも与えられる快感に酔っていた。
 駄目だ……俺……
 こういうのに弱い……。
 椅子の縁を握りしめたまま、恭夜は顎を仰け反らせたり、嬌声を漏らしたりして、もう駄目だ……と、思った瞬間、ふっとジャックの舌の感触を失ったことに気がついた。ぼんやりと目を開けて俯くと、ジャックは恭夜の勃った雄の先端にチョコを塗っているのが目に入った。
「なっ……なにやってるんだよっーーーーーー!」
 一気に萎みそうな行為に、恭夜が立ち上がろうとしたが、今まで与えられていた快感に身体が痺れていて動かない。あわあわと、だらしなく両脚を投げ出したまま、叫ぶことしかできなかった。
「……こうやって味わうんだ。なに、溶かしたチョコレートにはワインをしこたま入れているから固まりはしない。安心しろ」
 安心って……
 そういう問題か?
 普通、そんなところにチョコを塗るか?
「ああああ……あんた、そ、これじゃあ、俺のペニスは屋台で売ってるチョコバナナじゃねえかっ!なんてことするんだよーーーー!」
 腰が抜けている状態で恭夜は叫んだ。
「日本の屋台と言うところではこんなものを売っているのか……知らなかったな……」
 眉を顰めながらも、ジャックは恭夜の雄の根元にどこからか持ち出してきたのか分からないが、リボンまでつけている。
「素晴らしい、プレゼントになったな……キョウ。私も嬉しいよ」
 満面の笑みでジャックは下から微笑みを恭夜に投げかけている。だが、恭夜は真っ青になったまま口をパクパクすることしかできない。
「そうか……こういうものが日本で売られているのか。今度私を案内してくれないか?見てみたい」
 真面目な顔でジャックは恭夜の雄を眺めて言う。
「こ、こんなの売ってるわけねえだろっ!あんた、おかしいんじゃねえのか?」
 ようやく出た言葉は震えていた。
「チョコペニスを売っているといったのはキョウだろうが」
「ち……違うっ!チョコバナナだっ!バナナの表面をチョコでコーティングしたお菓子が屋台で売られてるんだよっ!ペニスなんて、売ってねえよっ!ていうか、売れるかっ!そんなものっ!」
 恭夜が慌ててそう言うと、ジャックはジロリと睨んできた。
「同じものだろう。ペニスもバナナも」
「あんたが、言うと、同じのものの意味が違うだろっ!」
 絶対にジャックは、ペニスの形をしたものが屋台で売られていると勘違いしているに違いないのだ。ここで誤解を解いておかないと大変なことになるだろう。だが、先端にチョコを塗られた雄を再度ジャックによって銜えられ、恭夜は言葉を失った。
 既に限界が来ていたところに、こういうことをされたのだから地獄の苦しみと言ってもいい。
「……う……あっ……っ!」
 根元をリボンで縛られていて、恭夜は身悶えた。イケそうで、イケないのだから堪らない刺激が下半身を覆って、脳を直撃する。
「や……やめろ……よっ……ひっ……あ……!」
 ジャックがチョコを舐めながら、雄の表面を爪で撫でていく行為に恭夜は頭をガクガクと上下に振った。
「こうやって食すと、チョコもなかなか旨いな……」
 ニンマリ笑う、ジャックの口元にはチョコの痕などついていない。
「も……やめ……っ……!」
 張りつめた雄の先端を舌先でチロチロと舐められ、恭夜は頭の中が真っ白になりそうだった。こういうことを考えられるのはジャックだけだ。しかも実践しているのだからどうしようもない。
 恭夜は散々翻弄されて、ようやく許されたときには、身体の力が全て抜け落ちていた。

「……あんた、ぜって~……変態だ」
 グッタリと椅子に身体を凭れさせて恭夜は呻くように言った。もう、動くこともできないし、指先も動かせない。数回イカされただけでこんな状態になるのだ。まだ挿れられてもいないのに、この後どんな目に合うのか想像もしたくない。
「変態?そんなものを売っているのが日本の屋台というところだろう。では日本は変態の国なんだな」
 真面目な顔で、ジャックは誤解している。
 ちげえよ……
 誰でもいいからこいつに説明してやってくれよ……
 俺にはもう、無理だ……。
 がっくりと肩を落としていると、ジャックは立ち上がった。
「次は私の番だ。さあ、キョウ、私のモノを銜えてもらおうか」
 ジャックは手にまだ残っているチョコの入った皿を持って、恭夜に言い放った。
 バレンタイン最大の恐怖はこれからだった。

―完―
タイトル

青嵐様からのリクエストです。やたら長くなってしまったお話ですね。落ちはラストだけにあるという、もう少しどうにかならんのか! というところで……げほごほ。恭夜のこの恐怖はどこまで続いたのでしょうか? なんだかちょっと変態入ってましたが……あ、いつもでしたっけ?? うう。それにしても屋台のことはきちんと誤解を解いておかないと、今度祭りにでも繰り出した日には大変なことに! まあ、それもまた面白いかも? おそまつでした~。
なお、こちらの感想も掲示板やメールでいただけるととてもありがたいです。これからもどうぞ当サイトを可愛がってやってくださいね!

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