第2夜 「企む男」 (七夕企画2003)
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タイトル
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「何、怒ってるんだよ……」みそ汁の味見をしながらリビングでふて腐れている博貴に大地は声をかけた。理由は分かっているが、仕方のないことだってある。
「ねえ、ウサ吉。あの、大地の態度、どう思う?大地はねえ、七夕の日にあの、いけ好かない藤城って男に会ってたんだ。普通、こういう日は恋人と一緒に過ごすものだよねえ」
膝にウサ吉を乗せて、博貴はブツブツと語りかけている。もちろん、大地に聞こえるように話しているのだ。
「飯おごってもらっただけだろ。そんな、怒るなよ」
カレイの煮付けを皿に盛り、夕食を準備しているのに、博貴は手伝おうともしない。もちろん、大地もちょっぴり悪かったな~と思うのだが、七夕というのを忘れていたのだ。覚えていたら藤城の誘いを断り、もうすこし夕食を奮発していた。
「わ、おごってもらっただけって言ってるよ。自分だけ豪華な夕食をしてきて、反省がないねえ……ウサ吉、酷い飼い主だと思わないかい?」
博貴が言うと、ウサ吉はまるで答えるように『ヴヴヴ』を鳴いていた。週に三日ほどしかホストとして働いていない博貴は、大地よりもウサ吉と過ごす時間が多い。そのため、ウサ吉はどちらかというと博貴に懐いているのだ。
だが博貴はいつだって、ウサ吉を愛情表現だといって大地から見るとどうも苛めている。ウサ吉の方も苛められても、博貴に懐いているのだから大地には面白くない。
「飯。できたけど食わないのか?」
テーブルにカレイの煮付けと、みそ汁、ほうれん草のお浸しを並べて大地が言うと、渋々というふうに博貴はウサ吉を抱き上げてこちらにやってきた。顔はまだ怒っている。
「で、何を食べてきたんだい?」
「……コース」
湯飲みに茶を注ぎつつ、大地は答えた。
「何の?」
「フランス料理」
ドンと湯飲みを博貴の前に置いて大地は睨んだ。いちいち、博貴はしつこいのだ。
「ウサ吉。どう思う?フランス料理をしこたま食べてきて、私には特別な料理も作ってくれないんだよ。もちろん、大地の作る料理はどんなものでも美味しいけどね。今日は文句を言わせてもらうよ」
「食わないのなら、いいぜ。なんだよ。どっかの小姑みたいにぐじぐじ文句言ってさあ、俺だって七夕って分かってたらさっさと帰ってきたよ。大良が分かってたんだったら、俺が朝、仕事に出る前に教えてくれたらよかったんだろ。大良だって、女からいろいろもらって帰ってくるくせに、俺がちょっと藤城さんと食事に行ったからってなんだよ。もういい、勝手に食ってろよ」
いつもは、博貴の向かい側に座っていろいろと話をするのだが、今日は違った。いつまでもふて腐れている博貴に呆れているのだ。ここにいると延々嫌みを言われそうで、大地は博貴の膝からウサ吉を奪うとリビングの方へ向かった。
だいたい、男のくせになんだよ。
ちょっと他の奴と飯食ったからって……あ……。
ソファーに座って大地が見つけたのはマントルピースに立てかけるようにして置かれている葉竹だった。テーブルには色とりどりの短冊が置かれていて、博貴がいろいろと願い事を書いている。
・大ちゃんが仕事で怪我をしないように。
大地を想って書かれた短冊を見てしまい、自分が博貴の気持ちを考えずに怒鳴っていたことを後悔してしまった。キッチンで一人、黙々と夕食を食べている博貴がなんだか可哀想になってくる。
藤城の誘いを断れなかったのも、申し訳ないと七夕でなくても実は考えていたのだ。大地に対し藤城が一体どういう感情を持っているのか分かっているから余計だろう。滅多なことにならない相手とは言え、博貴は大地を奪いに藤城の家に侵入した男だ。そういう相手と食事をしたとなると博貴も確かにいい気分はしないに違いない。
・大ちゃんと今年は海外旅行に行けますように。
博貴……旅行に行きたいんだ。
そういえば、行ったことが無かった。
大地の仕事が不規則なため、なかなか休みが取れないのだ。そのことについて博貴は何も言わないが、実はこういうことを考えていたことを知って、何となく悪い気がしてきた。まだ新人であるから、長い休みを申請できないというのもある。来年くらいは考えてもいいか……と大地は本当に思った。
・大ちゃんのお兄さんたちに好かれますように。
こいつ、意外に気にしてたんだな……。
博貴と大地の兄達はどちらかというと犬猿の仲だ。まだ戸浪はましだが、早樹に至っては未だに文句を言っているらしい。博貴には家族がいないため、余計にこういうことを考えているのかもしれない。
・大ちゃんが藤城と縁が切れますように。
……。
なんていうか……。
気持ちは分かるけど。
大地は見なかったことにした。それでも、博貴の気持ちは理解できたし、もう少し気を配ることにしようと心に決めた。
・大ちゃんが浮気をしませんように。
……それはお前だろう。と、言いたかったがこれについても、口を閉ざすことにした。誘惑が多いのは博貴で大地ではない。博貴は綺麗な女性に囲まれる仕事なのだ。大地は違う。周りは中年男性しかいないからだ。
・ウサ吉が丸々、むっちりと太りますように。
なんだか……あいつ、まだ不遜なことを考えているような気がする。可愛がっているように見えているのだが、実はウサ吉のことを『非常食』と博貴は考えている節があるのだ。どうしてこういう願いを書くのか後で問いつめなければならないだろう。
・ウサ吉が美味しく育ちますように。
や……やっぱり非常食だと思ってやがるっ!
どうしてこういうことを書くのだと本当に腹が立ってきた。先程までは少し優しくしてやろうと考えていたが、こんなことを書く博貴だ。数発殴ってもおつりが来るに違いない。
・ウサ吉の泡立ちがよくなりますように。
なんだよこれーーーーー!
また、ウサ吉スポンジ計画でも練ってやがるのか!
一度、ウサ吉をスポンジ代わりにして大地は散々身体を洗われたのだ。あのときのことは未だに忘れられない。
「大ちゃん。大ちゃんは何を書くんだい?」
食事を済ませ、ひょいと顔をだした博貴の首根っこを大地は押さえた。
「お~ま~え……ウサ吉をなんだと思ってるんだよっ!」
「痛いって……大ちゃん。誤解だよ……」
「誤解ってなんだ?言葉通りなんだろ?」
グイグイと首を締め付けて大地は怒っていた。
「ぐは~……放してくれないか?説明するから……」
赤くなってきた博貴の顔を見て、大地は仕方なしに手を解く。説明と言うがくだらないことを言ったらまた締めてやると本気で大地は考えた。
「……ウサ吉が丸々、むっちりと太りますように。っていうのは、健康なウサギはむっちり丸々してるんだよ。だからウサ吉の健康を願って書いたんだ。素敵でしょ?」
どこか嘘くさいが、一応大地は信じてやることにした。
「じゃあ、美味しく育つってなんだよ……」
「そりゃあ、もちろん。ウサ吉の可愛いお婿さんのためだよ。やっぱりこう、美味しいウサギでないと、素敵な男性に惹かれないからね」
満面の笑みで博貴は答えたが、ウサ吉は雄だ。メスではない。
「ウサ吉は男だぞ。お婿さんってなんだよ」
「ウサギの世界初!ホモウサギ誕生!」
訳の分からないことを叫ぶ博貴に大地は一発殴った。
「いたたた……もう、大地は冗談も分からないんだから……」
殴られた箇所を撫でつつ、博貴は笑っていた。笑い事じゃないと大地は怒っているにもかかわらずだ。こういうことを平気で言う博貴に呆れそうだ。いや、もう呆れている。
「じゃあ、これは何だよ。泡立ちって……。お前どうせ、以前のことに味を占めてこんなことを書いたんだろっ!いいかげんにしろよ」
「違うよ。はあ~ん……大ちゃんはウサ吉の面倒見てないからねえ、分からないんだよ。私は時々ウサ吉を洗ってあげるんだけど、ほら、猫っ毛みたいだろ。泡が立たずに困るんだよ。だから、泡立ちがよくなるように願って書いたんだ」
真面目に答えているのだろうが、何処から聞いても嘘くさい。どうせまた何かを企んでいるのだ。大地にはよく分かっていた。
「……嘘だろ。お前、また変なことを考えてるはずだぜ」
「考えてないって……」
両手を振って、博貴は答える。
「いや、絶対に大良は考えてる。だって、そういう顔してるもんな。何企んでるんだよ……」
じーっと顔を見つめていると、やれやれというふうに博貴は言った。
「じゃあ、証明してあげるよ。大地の前でウサ吉を洗って見せてあげる。どんなふうに泡が立つのかその目で見たら私が書いた理由も分かるから……。そろそろウサ吉も洗ってやらないと……って考えていたところだからちょうどいいねえ」
そう言って博貴はウサ吉を抱き上げて、大地の手を引っ張った。
「嘘だったら承知しないからな……」
大地は博貴に連れられるままにバスルームに向かった。
だが……。
バスルームに連れられてまた騙されたと分かったときには遅かった。
泡だらけのウサ吉で散々身体を撫でられ、またもや大地がひどい目にあったのは言うまでもない。
―完―
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なんか面白い企画だったのでもう一本書いてしまいました。無茶苦茶久しぶりのかもしんないチームです。しかも……相変わらずの二人ですね。ははは。それにしても味を占めている博貴。愛玩動物は大切にしてくださいというところです……こらこら。 |