Angel Sugar

第3夜 「悩みすぎる男」 (七夕企画2003)

タイトル
 ここ最近、逆転現象が起きていた。
 今までの帰宅は戸浪の方が遅く、祐馬が早かったのだが、最近はそれが逆になっていた。そうなると、問題が出てくる。夕食は祐馬の担当で、戸浪は一切キッチンに立たないことになっていたため、さすがの戸浪も腹を空かせてしまう。
 考えてみると、今までは祐馬がこういう気持ちになっていたのだ。それを一切口にせず、祐馬は夕食を作り、戸浪を待っていてくれた。そんな祐馬に感謝の気持ちが生まれるのは自然なことで、自らが用意してやろうと思い立つのに時間はかからなかった。
 折しも今日は七夕だ。
 葉竹を用意し、短冊も用意した。戸浪が夕食を作ると、後が大変なため、ホテルで調理された様々な食材を買ってきた。祐馬が帰ったら、温めて並べるといいだろう。既にできあがっているものであるから時間もかからない。
 戸浪は先にユウマの餌入れの皿にキャットフードを入れて、キッチンテーブルに向かうと短冊を書き始めた。
 何を書こう……。
 こういう経験はちいさい頃の思い出だけだった。実際は今日、七夕だと言うことも忘れていたのだ。昼間社内でそういう話題が出なければ、七夕を知らずに過ごしたはずだ。せっかく小耳に挟んだのだから、今日は童心に戻って七夕を祝うのもいい。
 七夕を祝うというのも変だが……。
 自分で考えたことに首を傾げつつ、戸浪は筆ペンを持った。
 それで……何を書くんだ。
 暫く、短冊を眺めながら唸っていると、食事を済ませたユウマが膝に乗ってきてテーブルに置かれている短冊に手を伸ばす。
「こら、ユウマ。駄目だぞ。これは願い事を書くんだ」
 ユウマの手を軽く叩くと、ひょいと手を引っ込める。
 そうだ。願い事を書くのだ。
 ……。
 願い事……。
 戸浪には願い事が浮かばない。
 今、祐馬とこうやって毎日淡々と過ごすことで満足している戸浪からすると、他に願いなどない。このまま毎日が続けばいいと願うだけ。
 あ……。
 そうそう、毎日が続けばいいんだな。
 ようやく戸浪は一つ願い事を思い立ち、サラサラと筆を動かした。

・このまま毎日が続くように。

 ……うーん。
 なんだかこれでは、何が毎日続くのかよく分からないな。
 戸浪は短冊を丸めると、新しい短冊にもう一度書いてみた。

・祐馬とこのまま毎日続くように。

 ……これも。なんだか変だ。
 もう一度短冊を丸めて新しい短冊に書く。

・祐馬と暮らす日が毎日続くように。
 
 なんとなく意味が分かるからいいか。
 戸浪はそこで筆を置いた。他に何か希望があるかどうか考えることにしたのだ。だがすぐに浮かんでこない。
 こう言うのは昔から戸浪は苦手なのだ。両親が誕生日に何が欲しいと聞いてきても『なんでもいいよ』と答えてきた。それがそのまま今の戸浪なのだ。あまり欲しいものがないのだから、希望も少ない。

 あ……!
 大事なことを忘れていたぞ。
 一番戸浪が考えていることを、考えもなしに思うまま筆に乗せて書く。

・セックスがもっとできますように。
 
 ……!
 まずい。
 これではあまりにも直接的すぎる。
 ストイックな性格の戸浪だ。ちょっと言葉が悪い。しかもこんなものを葉竹にぶら下げるのは少々不味いだろう。誰かが訊ねてきたことなど無いが、それでも弟の大地であっても戸浪は見られたくなかった。いや、身内だから余計に見られたくないと言うのが正しい。
 戸浪は短冊を丸め新しい短冊に言葉を変えて書いてみた。

・アレの回数が増えますように。
 
 アレ……アレって何だ?
 自分で書いて、戸浪は笑いそうになった。
 これも駄目だな。

・ベッドでの行為について、もう少し増やして欲しいと思う。

 ……言葉は悪くないが、なんだかこれもピンと来ない。

・エッチが増えますように。
 
 エッチ……エッチというのもちょっと恥ずかしいな。

・寄り添う時間が増えますように。
 
 こんな感じか。
 これなら、誰に見られても恥ずかしくないだろう。いや、恥ずかしいことは恥ずかしいが直接的な言葉より、柔らかくていい。
 戸浪は一人で満足していた。
 だが、葉竹には葉がたくさんついていて、一つや二つの短冊では見栄えがよくない。せめて一人十枚くらい書かなくてはならないだろう。
 他に……何があった?
 ああ、普通は健康を願うんだった。

・祐馬とユウマが健康で病気一つしないで毎日暮らせますように。

 分けて書けば二枚になったんだが……。
 まあいいか。
 そのほか……うーん……。
 腕組みしながら戸浪は更に自分に問いかけた。なにかを願うことがこれほど難しいとは思わなかった。もっとも、それだけ無欲だと言ってしまえばそれまでだ。
 ああ、忘れていた。
 これは祐馬に見てもらいたいぞ。

・やるのはいい、回数を減らせ。細く長くのおつきあいだ。

 ……。
 怒りにまかせて書いてしまったが、やるという言葉も下品だな。しかも細く長く……というのも素麺みたいだ。
 戸浪はそれを丸めて新しい短冊を手に取った。

・一度にする回数をどうにかしたい。お前のは長すぎるんだ。

 なんだか……上手く書けないぞ。
 戸浪は自分の文才の無さにため息が漏れそうだった。しかも最期の一言は、確かにそうなのだが、言葉にするとあまりにも恥ずかしい。

・抱き合うのはいい、一回にしよう。お前はタフだ。

 ……意味が通らない。
 なんだか、私が年上だから、体力が無いようにみられそうだな。タフと言う言葉もどうかと思う……。
 戸浪はまたそれを丸めた。

・一晩一回。明日も元気。

 ……ますます意味が通らなくなってきたぞ。
 何が元気なんだ?
 いや、私的には意味が通っているんだが……。
 あの鈍感な男にこういう遠回しのいい方が通じると戸浪も思わない。この短冊を祐馬も読むだろうから、言葉にできない希望を書かなくてはならないのだ。しかも一年に一度のチャンス。無駄にすることはないだろう。
 問題は誰かに見られたときのことだ。祐馬には意味が通じて、他の誰が見ても分からない言葉にしなくてはならない。

・毎日でもいいが、回数を減らそう。

 ……うーん……。
 これで通じるか?

・清々しい朝を迎えるために、お前が努力しろ。

 こんな感じか?
 ……はっ!
 短冊というのは、星に願いを託すもので、祐馬に願いを託すものではなかったことに戸浪は気がついた。これでは全く、七夕の意味がない。
 戸浪が慌てて書いたものを丸めようとすると背後からいきなり祐馬が声を掛けてきた。
「戸浪ちゃん。なにしてんの?俺、帰ってきたんだけど……」
 集中していたために、戸浪は祐馬が帰ってきたことに全く気がつかなかったのだ。
「え、はは。いや……今日は七夕らしいから、葉竹を買ってきたんだ。短冊にいろいろと願い事を書いてぶら下げると叶うらしい。祐馬が帰ってこない間に自分の分を書いてしまおうと思って……その……だな……」
 テーブルに広げた短冊を両手でかき集めて戸浪は乾いた笑いを浮かべた。
「あ、そういえば、七夕だったんだ。そうだよなあ、願い事を書くんだった。なんだか懐かしいな。戸浪ちゃんどういう願い事を書いてた?」
 かき集めた短冊を覗き込もうとした祐馬を睨みながら、戸浪は慌てて束にする。
「これは失敗したんだ。見なくていいからな、いや……す、捨ててくる……!」
 戸浪は書いたものを全部手に取ると、リビングから飛び出してマンションの一階まで降りると、絶対に見つからないだろうと思われるゴミ箱に突っ込んだ。
 全く……。
 どうして、こうタイミングが悪いんだ……。
 肩を落としつつ、自宅に戻ると祐馬がキッチンで、顔を赤らめていた。
「なんだ。どうした?熱でもあるのか?」
「と……戸浪ちゃん、これ、ユウマが床で転がしてたんだけど……」
 ぴらりと見せられた短冊は丸めて捨てたはずのものだった。テーブルから落ちてユウマが転がしていたのだろう。
 問題は、見つかった短冊の内容だった。

・一度にする回数をどうにかしたい。お前のは長すぎるんだ。

「そそそそそそ……それは……っ!」
「俺のって長すぎるの?」
 なんとなく、悲しそうに祐馬が言った。
「いや……別に……誰と比べてどうだとか……そういうのではなくて、はっ!違う、そう言う問題ではなくて……私のあそこが……違うっ!」
 戸浪の言い訳に、祐馬が怪訝な目を向けてきた。こういう場合の切り抜け方を戸浪は知らない。
「戸浪ちゃんとなかなかできないのって、俺の息子が長すぎるからか?」
 ……。
 いや。
 それが気持ちよすぎて……なんていうか……はっ!
 そういう話か?
 どどどどど、どう答えたら良いんだ?
 戸浪が狼狽えていると、祐馬がため息をついた。
「こゆの、切って貰えるのか?」
「己のあそこを切る馬鹿が何処にいるっ!」
 思わず戸浪は声を張り上げていた。もう、自分で言っていることもわけが分からなくなっている。
「だってさあ、戸浪ちゃんが長すぎるって書くからだろっ!なんだよ。俺は普通だぞ。ていうか、普通短冊にこんなん書く人いる?戸浪ちゃん信じられないよ……」
「わ、わたしだって……あ……あそこのサイズは……違う、ちょ……ちょっとした冗談で書いたんだが……ははは。わ、笑えないか?」
「笑えないよ。んも~……勘弁してよ」
「いや、なんていうか……なあ、はははは、ほら、長は短を兼ねるっていうし、いいことなんだ。長いのはいいことだ。私もいい感じだ……はははは……」
 自分で言ったことに戸浪は羞恥心がドッと襲ってきた。大は小を兼ねるという言葉まで変になっている。
 どうしてこんな会話になっているのだ。私が悪いのか?
 そうだな。私が書いたことでこういう話題になっているんだ。
 これは祐馬の責任ではないことを戸浪は分かっていたが、だからどう答えて良いのかまるでわからない。
「……き……き、き、き……」
「き、って何だよ……」
 ふて腐れた祐馬は口を尖らせていた。
「記憶喪失になってくれーーーーーーーー!」
「ぎゃーーー!」
 思いきり拳を飛ばした戸浪だったが、当然のことながら、戸浪の思うように祐馬は脳しんとうを起こしただけで記憶を失うことはなかった。

―完―
タイトル

なんだか戸浪が切実な思いを込めて拳をとばしたような気がするんですが(汗)。口に出せないことってありますよねえ。この場合よいことなのか悪いことなのか判断がつきかねるんですが。というか、長いってどうしてわかるのかということはあまりふか~く追求してやらないでやってね(笑)。

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