Angel Sugar

第4夜 「口べたな男」 (七夕企画2003)

タイトル
 こんなものもらってくるんじゃなかった……。
 冬夜は部屋の隅にぽつんと置かれた葉竹を眺めながらため息をついた。ニュース番組の飾りに使ったものだが、独り身の部屋では用をなさない。
 帰ってくると約束してくれた青柳がいない部屋で、何を一人で願えというのだ。願い事一つ書かれていない短冊が、葉竹で揺れて、一層もの悲しく見えるだけ。
 燃えるゴミの日に出せばいいのかな。
 ぼんやりとソファーに座りながら、冬夜はため息をついた。
 だんだん一人でいることに疲れてきたのだろう。ようやく出会えた恋人は相変わらず音信不通だ。自分から電話を掛けようと思うのだが、気持ちだけで指先が受話器に伸びない。なんとなく、仕事の邪魔をしそうで気が引けるのだ。
 もう少し、青柳がまめに連絡をくれたら、掛けやすくなったに違いない。だが、忙しいのかなかなか連絡が入らないのだ。しかも、会話も短い。なんとなくだんだん会話が無くなってきているように思える。
 後ろ向きな自分を叱咤しつつ、それでも遠く離れた恋人の存在が冬夜の悪い性格に拍車を掛けてしまうのだろう。こういう性格を青柳は知っているのに、どうして分かってくれないのかと、逆に腹立たしい気持ちまで一人でいるとわき上がってくるのだから不思議だ。
 駄目だな……僕は。
 目を閉じて、冷えたコーヒーの入ったカップをテーブルに置く。
 静かな部屋はそれだけで冬夜を追いつめていく。仕事に追われる毎日が辛いわけではない。仕事は順調で、自分の責任の重さも分かっていた。真実を追い求めることに、疲れたわけではない。
 ただ、戻ってこない男のことだけが、不安材料になっているだけだ。
 そこに電話が鳴った。
 冬夜はテーブルに突っ伏していた身体を跳ねるように起こして、受話器を取った。
『よう、元気にしてるか。今日はそっち、七夕だろ?』 
 いつも、青柳は名乗らない。
 だが冬夜が聞き間違えることなど無かった。
「元気にしてるよ。こっちは、全国各地で七夕日和だ」
 思わず口に笑みが浮かびながら冬夜は言った。
『あんたも、短冊に願いを書いたのか?』
「もう、そんな年は越えたよ……」
 くすくす笑いながら冬夜は椅子に座り直す。
『夢がないぜ。こういう日は童心に戻って、短冊に願い事を書くんだろ?』
 呆れたような口調の青柳だが、バックがざわついている。
「仕事中かい?」
『まあな。そんなことはどうでもいいけど、短冊はあるんだよな?』
「欲しいなら、国際便で送るよ」
『げ、勘弁しろよ。いらねえよ。そうじゃなくて、俺が今からファックス流すから、あんたが代わりに短冊に書いて葉竹につけろよ。いいな?』
 青柳がそう言うことをしたがるとは夢にも思わなかった。
「メールでいいよ。その方が青柳くんも送りやすいだろ?」
『一枚ずつ送る方がおもしれーだろ。じゃあな』
 がちゃんといきなり電話を切った青柳に冬夜はびっくりしつつも、なんだか空しい気持ちになった。大抵言いたいことだけ話して切るのが青柳だ。冬夜の気持ちを何処まで分かってくれているのかこれでは分からない。
 このままズルズルと、青柳が帰ってこないような気がするのもこういうところからだった。それならそれではっきり言ってくれたらいいのだろうが、聞くと青柳はもうすぐ帰ると言うだけで、いつ帰るとはっきりと言わないのだ。
 帰れないのかも……。
 パリで有名なモデルなのだ。
 日本人で、これほど成功したモデルはいないだろうと言われているほど、世間の週刊誌によく登場する。冬夜もこんなに青柳が有名だったとは知らなかったのだ。そんな男が、一介の、しかもサブキャスターのために、己の経歴全てを捨てて帰ってくるとはとても信じられない。
 ただ、冬夜は、心の底ではそう思いつつ、青柳を信じていたかったのだ。信じていれば、少しだけ気持ちが楽になるから。
 電話が再度鳴り、ファックスに切り替わる。
 先ほど青柳が言っていたファックスが送られて来るのだろう。
 じっと見つめていると、紙が一枚到着した。

・冬夜が浮気をしないように頼むぜ。

 A4の紙にでかでかとサインペンで書いたような文字が、冬夜を驚かせた。
「青柳くんって……」
 それは君じゃないのか?と呆れながらも、冬夜のうじうじと悩んでいた気持ちが温かいものへと変わる。ファックスはまだカタカタと動き、紙を吐き出していく。

・冬夜の後ろ向きの性格が治りますようにって言っても無駄だよなあ……。一応書いておくぜ。

 ……。
 なんだよこれは。
 僕はそんなに、後ろ向きじゃあ……と、思いつつ、確かに否定できないところが冬夜には辛い。

・ 冬夜が一瞬たりとも俺を忘れないようにって、忘れたらぶっ殺してやるからな。

 ……なんだか、脅されてるみたいだよ……。
 とはいえ、青柳らしいといえばそれまでだ。変にかしこまったことを書かれるより、冬夜はこういう青柳の方が好きだった。

・一人でめそめそないてないだろうな?

 ……問いかけになってる。
 短冊には、願い事を書くはずであるのに、青柳は妙なことを書いている。もしかすると電話では照れくさくて言えなかったのかもしれない。青柳らしい。

・冬夜がまめに国際電話を掛けるように。つーか、あんた、いい加減にしろよ!掛けて来いって言ってるだろ。

 そ……それは青柳くんだってそうじゃないか。
 ムッとしながらもまだまだ吐き出されてくるファックスを冬夜は手に取った。

・ま、俺も人のこといえねえな。

 ファックスに書かれた文字を見て、冬夜は笑いが込み上げてきた。一枚ずつ送っている青柳は一体どんな顔をしてこれをかいているのだろう。想像するだけでも冬夜は楽しい気持ちになってくる。

・あんたが、掛けたら俺も掛ける。そうしよう。

 なに、勝手なことを書いてるんだよっ!と、思いつつ、これはお互い様なのだと冬夜も肩を竦めた。青柳は照れくさくて掛けるのが苦手だ。冬夜は、気を使いすぎて掛けるのが苦手。これでは疎遠になっても仕方ない。

・冬夜がいつか、立派なメインキャスターになれますように。一応、俺も願ってやるから、引っ込んでないで前に出ろよ。

 ……もう。
 僕は今のサブで満足なんだから、それこそ青柳くんには関係ないよ。と、口を尖らせてみたものの、青柳の気持ちは嬉しい。

・つーことで、全部短冊に書いておけよ。俺が確認して、全部短冊にぶら下がってなかったらキスもセックスもお預けだからな。ていうか、あんたもなんか書いてぶら下げておけよ。あんたが何を書いたのか楽しみにしてるぜ。

 側にいないのに、青柳は何を書いているんだろうと、冬夜は呆れてしまった。こう言うところが、青柳なのだろう。逆に寂しさが余計に身体を覆って、また落ち込んできた。もうこれで終わりなのだろうと思っていると、またファックスが流れてきた。

・来月、帰る。

 え!
 えーーー!
 最期のファックスに冬夜は暫く動けなかった。
 ようやく帰ってきてくれるのだと思うと涙が浮かぶ。長かったような短かったような奇妙な感覚だ。どうせ無理なのだろうと思いつつ、それでも諦めきれなかった。
 ファックスはもう流れてこなかったが、冬夜は最期に流れてきたファックスを持ったまま泣き笑いを続けていた。
 だが。涙が、止まったあと、もらったファックスをもう一度見て、困り果てることになった。どの部分までを短冊に書けばいいのだろうかと。
 
 結局、冬夜は送られてきたファックスに穴を開け、それを葉竹にぶら下げることにした。なんだか、葉竹が見えなくなるのだが、青柳が書いたファックスを眺めるほうが冬夜には心地よかったのだ。

 来月帰る。それを一番よく見えるようにぶら下げた。
 
 冬夜は暫く眠れない日が続きそうだった。

―完―
タイトル

しっとりムードで終わったお話。なんとなくこの二人にはこんな感じがいいのかな~なんて思いつつ書いてしまいました。そろそろ続編が書きたいところですね。それにしても、口べたな男が二人いると意思疎通が難しいですねえ……。ここも大変そうなカップルという感じです(笑)。

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