Angel Sugar

第2夜 「雪の日の二人」 (超短編)

タイトル
 都会には似つかないほど沢山の雪が降った翌日、屋上に作られた庭は辺り一面を真っ白に染めていた。
「おーい、大良!すっげえ、積もってるぞ」
 大地はリビングと庭を隔てるガラス窓に両手をぴったりと張り付かせ、目の前に広がる白銀の世界に見入っていた。
 実家のある秋田では、毎年見慣れた光景だ。いや、見慣れるどころかうんざりするほど雪が積もった。年間を通して太陽が地上を覆うより、雲が空を隠すことが多い地方なのだから、うんざりもするだろう。
 だが、都会に出てきてからは雪が降ること自体珍しいことだと大地は知った。そうなると今度は懐かしくなるのだから不思議だ。
「大ちゃん。朝から何を騒いでいるんだい?」
 小さくあくびをしながら博貴が近寄ってくると、別に興味もない顔で大地の隣に腰を掛けた。
「お前っ!雪がこんなに積もってるの見て、こう、なんか感動は無いのか?」
「別に……」
「別にって……。面白くない奴だよな……大良って……」
 自分一人が興奮していることに大地は面白くない。
「私は暑いのも、寒いのも嫌いだからねえ」
 そう博貴は言いながら折角の雪景色に目もくれず、新聞をパラパラと読んでいる。
「お前みたいなのを軟弱だって言うんだよ。人間は暑いのも寒いのも身体一杯に感じないと駄目なんだぞ。身体を鍛えるってそう言うことなんだからな」
「大ちゃんは、空手をやっていて、鍛えるためにそう教わったのかもしれないけれど、普通は暑いときはクーラーを付けて、寒いときは暖房を付けるんだよ」
 チラリとこちらを見て、博貴はニコリと笑った。
「……それが軟弱だって言うんだよっ!な、外に出てみないか?絶対面白いって」
 新聞を持つ博貴の手を掴み、大地はグイグイと引っ張る。すると、仕方なさそうに博貴は気怠げに立ち上がった。
「私は遠慮するよ」
「そう言わずに、外に出てさ、雪合戦しようぜ」
 大地が言うと、ようやく立ち上がった筈の博貴がまた座り込んだ。
「あ、なんだよ。俺の事、ガキって思ったのか?」
「私は雪合戦は嫌いなんだよ……」
 苦笑して博貴は側にいたウサ吉を膝に乗せる。
「なんで?」
「雪玉を当てられて私は鼻血を出してね。そのまま救急車に運ばれた思い出があるんだよねえ……。それを思い出すような事はしないよ」
 淡々と博貴は言ったのだが、鼻血を出して倒れる博貴を想像するとひどく可笑しくて思わず笑ってしまった。
「君ねえ、笑い事じゃないんだよ。ほら、雪合戦って言うのは敵、味方分かれてどっちが勝つかって勝負をするだろう?あれで、頭の良い奴が雪玉をぎゅうぎゅう固めて、まるで石みたいにしたものを投げてきたんだ。あれじゃあ死ぬね。良く生きていたものだと時々思い出すよ」
「あっ!そういう奴、俺の友達でもいたよ。硬い雪じゃなくて、雪玉の中に石を入れるんだ。あれは殺人玉だったよな。当たるとマジ痛いんだ」
 笑いながら大地が言うと、博貴は目を見開いて驚いていた。
「大ちゃんはそんな恐ろしいやり方で雪合戦をしたのかい?」
 博貴は驚いた顔で言う。
「別に恐ろしい訳じゃなくてさあ、みんなやってることだったし。ただ、ある日学校から禁止された事は覚えてる。大良みたいに誰か救急車で運ばれたのかな?」
「……怖い話をさらりと言うんだね、大地は……」
 苦笑いしながら博貴はまた新聞を取ろうとする。そんな博貴の手をもう一度掴んで大地は引っ張った。
「石なんて入れないから、やろうよ。相手がいないと面白くないじゃん」
「それもそうだけどねえ……」
 気乗りしない様子であった博貴だが、大地が何度も引っ張ったことで再度腰を上げた。しかし渋々という感じだ。
「ウサ吉も行こう~」
 大地は一人嬉々として庭に出るガラス戸を開けて外に飛び出した。後を追うように博貴は出てくるが、やはりあまり楽しそうではない。
 こういう奴と雪合戦しても面白く無いなあ……。
 見るからにやる気のない相手と雪を投げ合ったところで、楽しいことなど無い。
「もういいよ。寒いなら出てくるな。俺、ウサ吉と雪だるまでも作るから……」
 大地は沢山雪が積もっている箇所に手を突っ込みながら、何処を見るまでもなく目線を虚ろに彷徨わせている博貴に言う。
「いや……雪だるまなら良いよ」
 急にやる気を見せる博貴に大地は怪訝な目を向けた。
「何だよ……突然」
「別に……雪だるまは作ってみたいね」
 大地が腰を下ろして雪をかき集めている隣に同じように博貴も腰を下ろして雪を手に取る。そんな二人の間を行ったり来たりしているのがウサ吉だ。
 ウサ吉は初めて見る雪が物珍しいのか、ぴょんぴょんと数回跳ねて前進すると、顔をあげて鼻をヒクヒクさせて、またぴょんぴょんと跳ねて同じような仕草をする。
 雪の上に付けられた小さな足跡が可愛らしい。
 ウサ吉って可愛いよなあ……
 思わず見とれていると博貴の声が響いた。
「ねえ、大ちゃん。胴体はこのくらいでいいかな?」
 博貴の方を振り返ると、数分の間しか目を離していなかったにもかかわらず、既に大きな雪の塊ができあがっていた。
「おま……っ……お前、いつ作ったんだよ!」
「やると決めたら早いんだ」
 にこやかな顔で博貴は言う。
 だが、大地は何となく嫌な予感がした。
 こいつ……
 またなんか、企んでる。
 あれほど外出ることを渋っていた博貴が機嫌良く雪だるまを作るとは思えないのだ。何か理由があるから楽しそうにしているのだろう。
「……」
「大ちゃんも、さっさと手を動かしてほしいねえ。あ、君は頭を作ってくれたらいいよ。私は脚をつくるから……」
「あ、うん」
 何かを企んでいることは分かるのだが、その先を想像できないのが大地だ。いつもそれでからかわれている。
 分かっていても、誘ったのは大地なのだから、雪だるまを完成させるしかないだろう。
 無言で大地は雪の塊をつくり、足元に置いて、更に雪をくっつけて塊を大きくする。頭にするのだからそれほど大きくなくても良いだろう。
 チラリと博貴の方を窺うと、腰を屈めてなにやら脚を作っている。
 脚……?
 雪だるまに脚ってなんだよ?
「なあ……大良。雪だるまに脚ってついてたか?別にお前が小さい頃そういう雪だるまが流行だったら構わない……」
 博貴の手元を覗き込むと、どう見ても男性のシンボルを作っているようにしか見えず、大地は声を失った。
「……お、お……お前っ!何、作ってるんだよっ!」
「え、大地のペニス」
 ……
 これ……
 冗談か?
「ほら、結構似てるだろう。毎晩見てるから、目を瞑っていても私には大地のペニスを作ることが出来るよ」
 そ、それは……
 自慢げにいうことか?
 大地が博貴の行動を理解できず、受けたショックで動けずにいると、問題の男は更に手を動かして雪を固める。
「こっちは、まだ勃起していない大地のペニス。こっちがちょっと勃ったペニス。これが最高強度」
 ……な
 なああああっ!
「止めろよっ!雪だるまにそんなもん付けるな~!」
 三本作られた雪の盛り上がりを大地は足で踏みつけて壊すと大声で怒鳴った。
「あ……大ちゃんの三本ともイった……」
 その言葉に大地が条件反射的に股間を押さえると、博貴は本気で笑い出した。
 自分の行動に対して、あまりにも恥ずかしい思いをした大地が博貴に対して散々殴りつけた後、暫く口を利かなかった事は言うまでもない。

―完―
タイトル

馬鹿馬鹿しいショートを書いてしまいました(汗)。申し訳ない~という感じ。

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